「軍事と政治」プーチン氏から消える二つの余裕 兵頭慎治氏の分析
ロシアは9日、対ナチス・ドイツの戦勝81周年を祝う軍事パレードをモスクワの赤の広場で行いました。戦車などの地上装備は登場しませんでした。防衛研究所の兵頭慎治研究幹事は「ロシアのプーチン大統領から余裕がなくなっているように見える」と語ります。
――なぜ、このようなパレードになったのでしょうか。
ウクライナの長距離ドローン(無人機)攻撃に妨害されることを懸念したとみられていますが、ロシア独立系メディアは、西側情報機関の分析として、プーチン氏が命を狙われることも気にしていたと報じています。
事実、ロシアは3月ごろからインターネットやモバイル通信などの規制をより強めています。表向きにはウクライナのドローンへの対応だとしていますが、プーチン氏の警護強化の動きと比例しているように見えます。
「プーチン氏は、ドローンによる暗殺に必要な内部協力者の存在に不安を抱いている」という見方があります。ウクライナは昨年6月、ロシア空軍基地に対する同時多発的な近接ドローン攻撃「クモの巣作戦」を成功させました。ロシア軍高官の殺害事件も後を絶ちません。事件の背後には、軍関係者の一部に協力者がいたという指摘も出ています。こうしたことへの過剰な不安が警備態勢の強化につながったのではないでしょうか。
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「(戦争は)終結に向かいつつある」は「弱気な発言」
――プーチン氏は軍事パレード直後の会見で「(ウクライナ戦争は)終結に向かいつつある」と語りました。
余裕がなくなってきていると感じます。第一に軍事的余裕がありません。ロシア軍装備の損耗も激しくなっています。パレードで地上装備の展示ができないのは、前線での戦闘に集中しなければならないからでしょう。
第二に政治的にも余裕がありません。ロシア政府系世論調査機関が調べたプーチン氏の支持率は低下傾向が続き、歯止めがききません。経済の低迷状況も続き、年明けから増税を余儀なくされました。通信規制も、若い世代を中心に反発があると言われています。軍事的な成果がアピールできないなか、国内は閉塞(へいそく)感が高まっています。
「終結に向かいつつある」という表現は、弱気な発言です。プーチン氏が公言したウクライナ東南部4州の完全制圧が短期で成立するめどは立っていません。ロシア国内では「いつまで戦争を続けるのか」という不透明感が漂っています。このため、あたかも着地点があるかのような発言をしたのでしょう。
――ウクライナ戦争の現状をどうみますか。
前線では局所的な攻防が見られますが、戦況は全体として膠着(こうちゃく)状態が続いています。どちらが優勢とは言い切れない状況がしばらく続くと思います。他方で、ドローンやミサイルを使った相互攻撃は激化しています。ウクライナのフラミンゴ長距離巡航ミサイルは約1500キロ離れたロシア中部への攻撃を成功させました。ロシアもウクライナ領内へのインフラ攻撃を強めています。
国際的な原油価格の高騰、ウクライナ戦争への影響はこれから
――イランでの戦闘はどう影響していますか。
今年のロシア国家予算は、ウラル産原油1バレルあたり59ドルを前提に編成されています。1、2月は平均約40ドル台まで落ち込んで財政赤字となりましたが、3月以降は一時的に100ドルを超えました。ロシアの財政は臨時収入で息を吹き返しつつあります。ただ、継戦能力の向上にまでは至っていません。
ロシアも増収分はまず、閉塞感が高まっている国内向けに使うでしょう。(ウクライナでの)戦闘に大きな影響が出るまで、しばらく時間がかかると思います。
――プーチン氏は今月、訪中する見通しです。
(14、15日の)米中首脳会談直後の21日ごろに訪中するとの見通しが報じられています。プーチン氏はロシアの頭越しに米中が接近することを懸念しています。
中ロ両国は様々な国際問題で足並みをそろえてきましたが、イラン情勢では、温度差があるように見えます。ロシアにとって、今のイラン情勢は悪くありません。原油価格が高くなれば、ロシアの財政が潤います。長期化すれば、北大西洋条約機構(NATO)で欧州諸国と米国との間に生まれた溝が、さらに深まります。
一方、中国はホルムズ海峡の開放を希望しています。中国が米国の要請を受けてイラン情勢の改善に乗り出すと、中ロ両国の立ち位置にずれが出る可能性があります。たとえ、中ロ両国の立場を調整できなくても、米中首脳会談の直後に、中ロ両国の結束ぶりをアピールしたい思惑がプーチン氏にはあると思います。
ウクライナ戦争の今後は「トランプ氏次第」
――ウクライナ戦争は今後、どうなりますか。
トランプ米大統領次第でしょう。プーチン氏の立場からは、イランの体制転換に至らないのであれば、ホルムズ海峡の封鎖は悪くない状況です。プーチン氏は、国際社会から「ウクライナ侵略は国際法違反だ」と言われてきましたが、「トランプ氏もイランを攻撃している」と主張し、問題を相対化できます。(イランでの戦闘で)米国の国力が消耗することもありがたいでしょう。
ただ、プーチン氏は、トランプ氏がウクライナ戦争の停戦交渉に完全に関心を持たなくなることを望んでいません。ウクライナ東部ドネツク州の未占領地域の割譲など、ロシアに圧倒的に有利な形で停戦できる可能性があるトランプ氏の仲介に魅力を感じているのです。
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- 服部倫卓北海道大学教授=ロシア・東欧視点
一説によると、最近クレムリン内部で、ウクライナ侵攻はこのあたりで手仕舞いにし、「平時」へのソフトランディングのシナリオを描くレポートが策定されたという情報がある。従来は何としてでもウクライナをロシアの影響下に入れることを目指していたのに対し、「ウクライナを使ってロシアを崩壊させようとする西側の企図にもかかわらず、我が国は持ち堪えた。これは勝利だ」という具合に、「勝利」の中身をすり替えることで、国民各層を納得させようとしている由である。 むろん、プーチン大統領がこのシナリオをすでに受け入れたとか、これから受け入れるかなどは、不明である。しかし、戦勝記念日前後のプーチン氏の言動を見るにつけ、案外ロシアは実際その方向に向かうのかもしれないとは思わされる。
2026年5月19日 09:39