この映画は公開時に新宿でかみ
さんと観た。
結構面白かった。
大沢在昌の原作に近い。
作品中、新宿駅南口のバラック
のような飲食街が出て来る。
登場人物がそこで乱闘するシー
ンはゲリラ撮影だったようだ。
角の中華屋から店主が出てきて
それを見ているのが映像に収ま
っている。
ひし美ゆり子さんの当時の夫だ。
私の職場への依頼案件の商店街
立ち退き反対訴訟の件で、私が
夜に自腹で南口飲食街を一軒一
軒回って実情を現地調査した頃
の映画。
調査の最後の店を中華屋にして、
一応聞き取りをした後、食事し
て新宿からすぐの家に帰ろうと
思った。
その中の一軒がひし美さんが突
如結婚を決めて引退して中華料
理屋の女将さんになっている店
だった。その訪問時はひし美さ
んの嫁ぎ先とは私は不知。
「これは私からのオゴリ」と言
って女将さんが老酒を注いでく
れた。「よろしくお願いします
ねぇ」とも。
今まで実際に肉眼で観た女性で
一番綺麗だった。別格。突き抜
けて。歩いて近づいてきたらフ
ワ~ッと場の空気がそこだけ華
やぐ感じ。一般人とは別物のオ
ーラ全開だった。
あの人、映像作品よりも実物の
ほうが遥かに美しかった。
私はガキンチョの頃はアンヌ隊
員の大ファンだったのに、ひし
美さんがその南口の中華店の奥
さんになっているなどとは知ら
なかった。
ただただ、綺麗な人だなぁと思
っていたが、後日「あ!」とな
った次第(笑
その店の中華料理、かなりうま
かった。
訴訟の行く末は、商店街は立ち
退きとなった。実質和解だが。
その中華屋は調布に移転し、そ
の移転先でもひし美さんは女将
さんだったが、かなり後年に離
婚されたようだ。
新宿、マイタウン。
高校の頃から社会人になるまで
馴染みの眠らない街。
一時期などは私は新宿ゴールデ
ン街の住人のようだった。
私が小学生の頃から、新宿西口
の発電所の煙突のような大きな
換気口はずっとそのままあった。
1968年10.21新宿騒乱の頃は、
その下の1F通路は「西口広場」
と呼ばれたが、新宿騒乱の後に
「ここは通路である」として、
その場所で立ち止まったり集ま
ったりする事は警察によって取
り締まられるようになった。
1968年、1969年にはフォーク
ゲリラが群衆と共に歌を歌って
いた広場だ。
小学生の頃、スケート旅行に行
く深夜バスも新宿駅西口から出
発した。
子どもの頃は渋谷も馴染みだっ
たが、新宿はさらに成人後も特
に馴染み深い街だ。
新宿を知らない人は、繁華街の
歌舞伎町やビジネスビル街の西
口都庁周辺のイメージが強いよ
うだが、新宿区はそのエリア以
外はびっしりと一面住宅街だ。
商業ビルがあるのは主要街道筋
のみ。あとはマンションと戸建
て住宅と学校だらけの区が新宿
区である。
江戸城半蔵門を出て、甲州街道
沿いは江戸期には商家だが、四
谷をはじめ武家地の住宅街が現
在の新宿区にあたる場所には広
がっていた。戦前は牛込区。
幕末に試衛館道場があったのも
今の新宿区だ。
坂がやたら多いエリアが新宿区。
1986年の映画『彼のオートバイ.
彼女の島』で、主人公の大学生
コオが住んでいるアパートのロ
ケ地もおそらく新宿区内だろう。
スナック「道草」は目黒区だろ
うが。(道草の場所は十中八九
自由が丘)
私の子は新宿区で生まれた。
キリスト教の病院だったので、
出産まで性別を教えてくれなか
ったが、それもアリだと感じた。
その病院の看護婦(当時の呼称)
たちは、どなたもナイチンゲー
ル精神に溢れ、医師も含めて素
晴らしい病院だった。
世の中、奇縁というのはあるも
ので、私の娘が大学時代に一番
仲が良かった誕生日が数日違い
の同級生の子が、生まれた病院
が同じだったそうだ。
それを互いに知った時「え~!」
となったという。
世の中、偶然にしても、摩訶不
思議な出来事というのは結構あ
るものだ。
映画作品『眠らない街 新宿鮫』
はおすすめ。
面白かったよ。
主人公の鮫島刑事を演じる真田
広之がドラマ『高校教師』でそ
れまでの演技を超える新境地を
開いた年の映画作品。
「高校教師」での羽村先生役と
まったく別キャラの刑事を演じ
切っている。
映画の真田鮫島は、ドラマの舘
ひろしの鮫島よりもよかった。