石橋直樹/Ishibashi Naoki

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石橋直樹/Ishibashi Naoki
@1484_naoki
宗教学・近世思想史(平田篤胤の研究) | 研究と批評 | 論考「ザシキワラシ考」(佐々木喜善賞奨励賞)・論考「〈残存〉の彼方へ」(第29回三田文學新人賞評論部門) | 集英社新書プラスで連載中shinsho-plus.shueisha.co.jp/column/cc/atsu
naoki.pc@icloud.comresearchmap.jp/1484_naokiBorn August 22, 2001

石橋直樹/Ishibashi Naoki’s posts

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本日発売の『三田文學』2023年春季号(No.153)に拙論、石橋直樹「〈残存〉の彼方へー折口信夫の『あたゐずむ』からー」が掲載されています。若輩ながら三田文學新人賞にご選出いただいたこと、本当に嬉しく思います。是非。
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海外で勉強するために、平田篤胤全集と本居宣長全集を全巻買い揃えてきました。金銭的にも肉体的にも大変な買い物でしたが、腰を据えてしっかり勉強しようと思います。ちなみに、三田文學新人賞の賞金を全部使って買いました。
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岩波文庫青は、見つけたらなるべく集めて全部読むようにしている。世界中の思想・芸術・哲学・宗教における〈知〉の結晶が、こんなにも読みやすく並んでいるのに、全部読まないで一生を終えるのなど勿体ないではないか。
岩波文庫全部読め!という言説には大いに賛成して実践をしている。強制されて読むべきではないという反発はわかるが、読まないことによって失う〈知〉の方がはるかに多いのだから、さかしらに考えず黙々と読めばよい。人から何と言われようと、読んで〈知〉を得るのは貴方なのだ。
保守主義者ほど古典を読み、教養を身につけなければならないという提言、本当にその通りだと思う。 下劣な排外主義という感情に陥るのではなく、少なくとも記紀や四書五経、諸々の古典を読破・暗誦してこそ、保守すべきものも見えてくるだろう。教養なき〈主義〉は、悲惨な結果しか産まない。
めちゃくちゃ基礎的なことが入門書として大量に乱発されているという現象は、思想や哲学が読み手に十分に咀嚼されてないということを意味しているのであって、ここ十年あらゆる層の知的合意の底がぽっかりと抜けてしまった印象がある。要は「これが教科書的な基礎事項ですよ」がない。
今回、岩波文庫という名前が出ただけで激しい抵抗を示す層がいることがわかり、読書を難しく考えすぎではと思う。親の仇の如くという言葉があるが、こうなるともう本当に文庫本に親でも殺されたんじゃないのか。とはいえ、いくらXといっても礼節を欠く批判は、相手にしようがないなあ。悲しいことだ。
人文系はおおむね将来の目算として「本屋・私塾・酒場」のどれかを開くことに憧れるという話があるけれども、その中なら自分は「私塾」的なものを目指していきたいな。 「本屋・酒場」は、言論内容に優先して無理に採算を取らなきゃいけないから、悲惨なことになる場合が多いというのもある。
読み手より書き手の方が多い時代というのは真剣に考えなければいけないと思っていて、個々の書き手が大量に書籍を出版しても、一般の(働いている)読み手も、書き手自身も当然全てを追い切れるわけもなく、言論内でどういう議論が行われているのかを追うのだけで一苦労な時代になっている。
大学学部の卒業が無事に確定しましたことを、ご報告いたします。 学部の試験では第二外国語のアラビア語、大学院試験ではフランス語を合格しなければならない針の穴を通すような一年でしたが、無事合格です! 来年より東京大学大学院の宗教学科に進学します。精進いたします。
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本日、24歳の誕生日を迎えました。 23の年は激動の一年で、大学院と神職、執筆の道を少しずつ歩みはじめました。 24歳というとちょうど、青年篤胤が備中松山藩士平田家に養子に入り、学問の基礎を固めた時期。 吾に於ても、吾が学問の飛躍の年たれ!
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【新連載】 集英社新書プラス で 石橋直樹「もし死が存在しなかったら 平田篤胤と『死ぬこと』の思想史」 がはじまりました! 「死ぬこと」を無意識に恐れている現代社会。それを乗り越えるための篤胤思想を展開します。 是非! なぜ人は死を怖がるのか
このたび、第29回三田文學新人賞評論部門に、拙論、石橋直樹「〈残存〉の彼方へー折口信夫の『あたゐずむ』からー」で受賞いたしました。九年間受賞作が出ていなかったということで、今回選ばれたこと、こころから嬉しく思います。本当にありがとうございました。 mitabungaku.jp/shinjin.html
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齢二十二の誕生日を迎えました。この一年、いろいろな人に出会い大きく人生が動いたような感がしてましたが、この喜ばしきひとときが末永く続くよう一層努められればと思います。ちょうどイギリスでは、祝詞の訓読をしながら、古本屋で見つけた「ダブリン市民」を読んでます。
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【ご報告】今春、神職資格を拝受いたしましたこと、お世話になっている水天宮宮司さま、有馬里佳さん(@stg_rikaarima17 )にご報告に上がりました! 神明奉仕をしながら学問をする生活になりますが、相通じるところ多く、倦まず弛まず日々努めて参りたいと思います。
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満を持して『NARUTO-ナルト』を読破した。 第四次忍界大戦で、死者=祖先が全員復活して生者と対話しながら闘争するのが、めちゃくちゃ凄いなと。生者の世界は死者との対決=血みどろの闘争そのものであるという国学的世界観。
ピーター・バーガーの『天使のうわさ』を読んで大感激した後に、田川建三の『宗教批判をめぐる』を読んで全く違う意味で感動してぶっ飛んだのだが、続けていい本に出会えるのは幸せだなともう一度感動をしている。特に田川建三の遠藤周作批判は舌鋒凄まじく、腹を抱えて笑った。
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フェノロサが九鬼隆一を連れて法隆寺の救世観音像を四〇〇年ぶりに開扉したのは有名だけれども、ラフカディオ・ハーンの「神々の終焉」という随筆を読んでいたらフェノロサの法隆寺開扉を批判するような文章だなと。〈美術〉概念=〈博物館〉批判だ。
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実は2024年の年始、戦時下ウクライナのハルキウに1ヶ月ほど渡航しておりました。その渡航記事が、Webゲンロンで公開されました。 空襲鳴り響くハルキウで、何を目撃してきたのか、どうかお読みいただければと思います。 後篇も今週中に公開、そちらも力が入ってます。何卒。
最近は、とにかく入沢康夫の詩をノートに写す日々が続いている。海外という土地でなぜこれを続けられているのかは、自分にもわからぬ。 これは、入沢康夫『牛の首のある三十の情景』の「牛の首のある七つの情景」。
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ゼレンスキー会談をみたが、19世紀からの非常に古典的な問題に国際社会が回帰しつつあるように感じる。民族主義や自国中心主義の、ルール無用の殴り合いが始まっているのであって、リベラリズムの立場からウクライナ支持をするというのが、あまりに相対的な留保にすぎなくなっているようにみえる。
井筒俊彦を読んでると、うまく線にならなかった思考がだんだん結びつきはじめて、それもまた解けるような激烈な読書体験をする。井筒三部作を読むのは、そうした意味でとても楽しい。ちょうど先ほど、真っ赤になるまで線を引いた『意識と本質』のレジュメが、2万5千字を超えた。
カルチャー系の発達障害や精神疾患を面白がる傾向には辟易するものがある。まえに、木村敏を読んだばかりの大学生が、人に「〜の症状の傾向がありますね」といったときには空いた口が塞がらなかった。 大前提として、医療従事者でもない素人は他人を〈診断〉するべきではないだろう。
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自らの、たった一人分の人生は全く凡庸かもしれないが、少なくとも岩波青をひらけば歴史の“その時”を追体験することができる。仏陀の、荻生徂徠の、アリストテレスの、コペルニクスの、ルターの〈知〉が世界を変える歴史の一瞬に我々は立ち会うことができる。ただの知識ではなく、その感動を読むのだ。
浅田彰などが中心となって発刊されていた批評誌『GS たのしい知識』の幻の第七号が届く。浅田が責任編集から抜けていて、毛色が全然違うので爆笑。 赤坂憲雄・武邑光裕・四方田犬彦が責任編集で、特集名は「神国/日本」。武田崇元・津城寛文などが執筆参加、神世文字で書かれたページもある。
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今年24歳の代なのだけれども、目の前にある選択肢をどれも決断できないような、進むも退くもどうにもならない状況に突き当たり、「ああ、人生が始まったのだな」と思った。ここからは、どうにもならなくても、進んでいかなければならないのだな。
大変私的なことだが、今日ロンドンで三ヶ月ぶりに父母に会った。わたしを留学に出すためにすっかり小さくなってしまった高齢の両親の後ろ姿をみて、留学するとはどういうことかをぞ考える。 わたしの代わりに支払われた数多の苦労によって成り立つこの風景が、止まってくれはしないかと心から思う。
秋田県秋田市の平田篤胤の奥墓へ参詣。 学問の成就を誓い、論文に書かせていただくことをご報告いたしました。奥墓の前に佇み、自らの進むべき道を考えるような重要な時間となりました。 今度訪れるときには、出来上がった論文をお供えできればと。
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