左翼が好き 差別が好き
なぜ彼らは集まるのか。なぜ彼らは差別するのか。
加藤文宏
ゴシップと“けがれ”から始まる差別
差別と言えば、しばき隊である。
しばき隊は敵対するものを実力行使で排除する装置のように思われている。しかし彼らは、集団や人に対して差別や排除が正当化される状態をつくるため、「レイシスト」ばかりか「オタク」「カルト」「アンフェ(アンチフェミニストまたはアンチフェミニズム)」などといったラベリングに精を出している。しばき隊が、特定の集団と個人に「社会的に望ましくないもの」とスティグマを形成する装置であるのを忘れてはならない。
しばき隊への嫌悪感は、刺青を見せびらかして威嚇していた連中の存在や、エフスキュア個人情報無断リスト化問題や、内ゲバによるリンチ事件以前に、一存で「社会的に望ましくないもの」を裁定し、断罪し、対象を社会から排除して人生までも奪おうとする姿勢から生じていたのである。
彼らの社会運動としての新しさは、ネット空間で敵対者のゴシップを生み出して「けがれ」意識を発生させた点だ。
しばき隊が当初“しばく”対象にしていたのは、在日韓国人・朝鮮人への差別煽動者と差別行動を取る人々だった。このとき差別は、在日韓国人・朝鮮人が「共同体の道徳や常識を乱している」という「ゴシップ」を使いながら煽動された。「共同体の正常な状態を乱すもの」つまり在日という属性や該当する個人が「けがれ」とされたのである。
しばき隊も共同体の正常な状態を定義して、差別煽動者と煽動に乗った人々を、道徳や常識を乱すスキャンダルと位置付け、こうした情報をゴシップとして広め、共同体の正常な状態を乱すものである「けがれ」として扱い、社会から排除されてしかるべきものとした。これが「レイシスト」というラベリングだった。
そして、しばき隊の街宣活動や街頭での暴力沙汰は、善悪の裁定者としての存在感を高め、権威まがいの暴力への恐怖を生み出すために行われたといえる。
しばき隊は実力行使のための装置ではなく、情報戦を主体とした活動をしていると言ってよいだろう。ポリコレが「共同体の道徳や常識」とされ、何が共同体の正常な状態を乱すもので、何がけがれかを街頭で可視化して宣伝する装置とも言える。これが反差別といえばしばき隊ではなく、差別と言えばしばき隊といった様相になっている現状だ。
(なお、しばき隊はもう存在しないという戯言は、身内だけのものにしてもらいたい。頭目が「C.R.A.C(クラック)としばき隊は同じものです」と過去に発言している。また、しばき隊は一般名詞ではないにもかかわらず「ニューしばき隊」が存在している)
差別するのが左翼と定着
日本共産党の部落問題の公式見解に[「部落民以外は差別者」とする部落排外主義]とある。
〈問い〉 部落問題は解消しつつあるといわれていますが、現状はどうなのでしょう。(新潟・一読者)
〈答え〉 部落問題は、江戸時代の身分制度のもとで最下層におかれていた「えた」「非人」への不当な身分差別が、明治以降も半封建的なものとして残ったものです。戦後日本国憲法に基本的人権の保障が明記され、部落解放運動など民主主義の発展をめざす国民的な運動が前進。部落の住環境や生活実態についてはかつてのような格差は是正され、差別を許さない国民の意識も大きく前進してきています。
こうした状況のなか、二十八年間にわたり特別法ですすめられた同和事業は、一九九七年三月末、基本的には終了。同和行政として特別扱いせず一般行政のもとで対応する段階にはいり、地方自治体でも、同和行政を終結し一般行政に移行するのが流れとなっています。
一方、六〇年代半ばころから「部落民以外は差別者」とする部落排外主義に陥って、行政と癒着し同和事業を私物化して利権をあさってきた「解同」(部落解放同盟)は、「同和事業がなくなれば食い上げだ」として「部落差別撤廃条例」や「人権条例」などの「解同条例」を自治体につくらせ、特別法なきあとも乱脈な同和行政に利権を確保しようと巻き返しにでています。
また「解放教育」と称する公教育への乱暴な介入、「部落の子」調査、人権侵害の「差別糾弾闘争」、「部落民宣言」の強要など、部落問題を解決するどころか、温存・固定化する策動を強めています。
こうしたもとで、国は同和行政はやめながらも、実質的には特別対策を残す動きを強め、九六年に「人権擁護施策推進法」を制定。同和問題を「人権」問題の中心問題であるかのように位置づけています。その結果、同和行政を恒久化する自治体(大阪府・市)や、「人権・啓発」の名で事実上同和事業・同和教育を存続させる自治体もでています。
こうした逆流を許さず、憲法の民主的原則にそくして融合をすすめる国民的努力によって部落問題は解決されていくべきです。(絹)
〔1999・3・25(木)〕
まったく同じとは言い難いものの、しばき隊に限らず日本共産党をふくむ左翼陣営の活動が排外的な身内主義に陥っている。全面的な賛同でなければ排除するためのラベリングとスティグマを元にした差別を、個人に対しても白昼堂々と行うようになった。
国家や企業に対する反権力的姿勢からの糾弾ではなく、個人への低レベルな嫌がらせへと雪崩を打って変わって行くとき、象徴的だったのが安倍晋三の似顔マスクを重機で踏み潰したり、肖像写真にヒトラー髭を描いてドラムに貼ったものを共産党員が叩くなどした2014年の出来事だった。これらは、しばき隊が結成された翌年のことだった。
その後の「オタク」「カルト」「アンフェ」狩りとも呼べそうな出来事では、我田引水な論拠か捏造された情報をもとに政治家だけでなく一般人も差別された。
たとえば草津町が「セカンドレイプの町」と呼ばれた重大な人権侵害事案では、左翼活動家と政治家が差別を煽動している。これはユダヤ人の社会からの排除と絶滅を、計画的かつ組織的に実行したナチス・ドイツとどこが違うのか。
攻撃と差別の快楽
戦後の高学歴左翼にあった、高度な教育を受けられた出身であることへの心苦しさや、恥じらいに似た感情が、たとえ現実を知らないゆえに的外れだったとしても労働者への共感につながっていたことだろう。
だが一億総中流時代を経て、大格差時代へと突入している今、日本共産党中央と左翼論客や左翼活動家から、労働者に向ける視線が消え、あるというなら口先だけになり、いかに選挙で自党・自派に投票するクラスターを増やすかだけがテーマになってしまった。
左翼政党を見捨てたとみなされた層がネトウヨと位置付けられ、ネトウヨを含め定義が曖昧なまま「レイシスト」「オタク」「カルト」「アンフェ」とラベリングされて差別の対象にされ、どちらに付くかが問われた。同時に、これらとは違うと自己正当化して非差別クラスターであることを自認したい人々を囲い込んだ。
他者を見下して差別する者に、快楽を見出す心理が生じる。差別から生まれる快楽は、優越感と自己肯定感の補填、ストレスや怒りの転嫁であり、共通の敵を作り出して特定の属性を持つ人々を攻撃の対象にすることで、仲間意識や所属感が満たされて安心感が得られるようになる。
倫理に背く差別行為だが、日本共産党や左翼陣営から、相手の行為と存在が「共同体の道徳や常識を乱すスキャンダル」とされて正当性が付与されるので、「共同体」を正常化するために「けがれ」をしばいているというロジックによって罪悪感が生じない仕組みになっている。街頭で暴れると動画で配信されるしばき隊では、承認欲求も満たされる。
しばき隊に限らず、けがれ退治への煽動は、日本共産党と左翼陣営の多数派工作としては失敗しているが、囲い込んだ層を手放したくないため、この戦略を続けざるを得なくなっている。つまり、差別に酔った層が日本共産党と左翼陣営の顧客かつ兵隊と言えるのではないか。
以上は、彼らが敵視する政党などを批判する理由に酷似している。
寛容、平和、平等、正義の独占
日本共産党と左翼陣営は、他にも手放したくないものがある。それは独占しているつもりになっている寛容、平和、平等、正義と、これらの裁定者としての立場だ。
独占し続けるため、社会と人に対して裁定を下し続けなければいけない。また、これらが常に危機的な状況を作り出さなければいけない。
上記したものもまた、ゴシップとけがれの生産をやめられない原因である。
(この記事もまた彼ら流のけがれにされ、排除が始まるのかもしれない)
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ある方がおっしゃってましたが 差別を訴える人ほど差別的 平和を訴える人ほど攻撃的 多様性を訴える人ほど不寛容 なるほどと思いました。 今の右翼が本来のリベラルに相当し、今の左翼はそれより左に行ったリベラルと呼べない過激な何かになってしまっていますね。
根本にあるのはルサンチマンで、それをリベラルなお題目で覆い、「我々は常に正しい、なぜなら我々は正しいからだ」という稚拙・粗雑な理屈でラベリングも差別も暴力も正当化しているファシスト、というのが現在の左翼陣営に対する私の理解です。 正義の下に他人を断罪する快感は麻薬に等しいでしょう…
安易なラベリングを繰り返して支持を失ってることに気づいていないのかと。 オタクデモの時も、呼びかけたポストに「この味は嘘を吐いてる味だぜ」の画像貼り付けたら、発狂されましたね。 拙作の趣味で書いてるWeb小説にも「ネトウヨ書く話に価値は無い」とやられましたw どうにも安直なヤッテル…
政党は政策を問いかけてなんぼのものですが、完全に置いてきぼりをくらっています。争点を見失っていたり、先を越されてしまっているからです。自民党右派と左派と真ん中があれば、これで与野党が揃うといった面もあるでしょう。残された道が、ラベリングで揚げ足取りと、支持者の囲い込みだとしたら悲…
なお「若い女性が犠牲になるとルールが変わる」と言うメタルール