三国志で引用されてる書や伝の日本語訳
miwi
曹瞞傳(曹瞞伝の日本語訳 )
『曹瞞傳』
作者不明、書物自体は残っておらず幾つかの書に逸文として残っている
翻訳元資料はwikisourceを参照
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太祖はまた吉利という名を持ち、幼名を阿瞞といった。
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父の嵩は夏侯氏の出身で、夏侯惇の叔父にあたる。
したがって、太祖と夏侯惇は従父兄弟の関係であった。
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〔太祖〕若い頃、鷹狩りや犬を連れての狩猟を好み、遊び歩いて度を過ごすことが多かった。
そのため叔父がたびたび父の嵩にそのことを告げ口をしていた。
太祖はこれを悩みに思っていたが、ある時道で叔父に出会うと、わざと顔を歪めて口元をゆがめてみせた。
叔父が怪しんで理由を尋ねると、太祖は「急に悪い風に当たったのです」と答えた。
叔父がこのことを嵩に報告すると、嵩は驚いて太祖を呼び出したが、太祖の顔つきは普段と変わらなかった。
嵩が「叔父がお前が中風になったと言っていたが、もう治ったのか?」と尋ねると、
太祖は「最初から中風などではありません。ただ叔父様に嫌われているために、このように事実無根のことを言われるのです」と答えた。
これを聞いた嵩は叔父の告げ口を疑うようになり、以後叔父が何を報告しても嵩は信じなくなった。
こうして太祖はますます思うままに振る舞えるようになったのである。
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〔洛陽北部尉に就任した時〕
赴任するとすぐに役所の整備を行い、四つの門を修繕した。
そして「五色の棒」を作り、門の左右に十数本ずつ掲げ、禁令に違反する者がいれば、権勢のある者であろうと容赦せず、すべて棒で打ち殺した。
数か月後、霊帝の寵愛を受けていた宦官・蹇碩の叔父が夜間に外出したところを、曹操は即刻処刑した。
都の人々は恐れをなして法を犯す者がなくなり、側近や寵臣たちは曹操を憎んだが、彼を傷つけることができなかった。
そこで逆に彼を称賛して推薦したため、曹操は頓丘令に昇進した。
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京師で董卓の乱が起きると、人々は東へ逃れ、多くは彭城に身を寄せた。
そこへ曹操が攻め込むと、泗水で男女数万人を生き埋めにし、川の流れが止まるほどだった。
陶謙が武原で軍を率いて防戦したため、曹操は進軍できず、泗水の南から取慮、睢陵、夏丘などの県を攻め落とした。
しかし、そこでも住民を皆殺しにし、鶏や犬すら残さず、廃墟と化した町には人影もなくなった。
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曹操は梁孝王の棺を破壊し、金銀財宝を奪った。
このことを知った天子は悲しみ泣いた。
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曹操は許攸がやって来たと聞くと、裸足のまま飛び出して迎え、手を叩きながら笑って言った。
「子卿よ、遠くからよく来てくれた。これで我が事は成る!」
席に着くと、許攸は曹操に尋ねた。
「袁紹の軍は強大です。どう対処するおつもりですか? 今、兵糧はどれほど残っていますか?」
曹操は答えた。
「あと1年は持つだろう。」
許攸が「そんなはずはない。もう一度言ってください!」と迫ると、
曹操は「半年は持つ。」と答えた。
許攸は言った。
「貴方は袁紹を打ち破る気がないのですか? なぜ嘘をつくのですか!」
曹操は笑って言った。
「さっきのは冗談だ。実は1か月分しかない。どうすればよいか?」
許攸は答えた。
「貴方は孤立無援で、援軍もなく兵糧も尽きようとしている。これ以上ない危機です。
しかし、袁紹軍の補給物資は1万台以上も故市・烏巢にあり、守りは手薄です。
軽装の精鋭で急襲し、不意を突いて兵糧を焼き払えば、3日もせず袁紹軍は自滅するでしょう。」
曹操は大いに喜び、精鋭の歩兵・騎兵を選び、袁軍の旗印を使い、馬の口を縛り、夜陰に乗じて迂回ルートから進軍した。
兵士はそれぞれ柴を抱え、道中で尋ねられると、
「袁公が曹操の背後襲撃を恐れ、追加の守備隊を送ったのだ。」と答えた。
これを聞いた袁紹軍の兵は疑わず、何事もなかったように通過させた。
烏巢に到着すると、曹操軍は包囲して火を放ち、袁紹軍の陣営は大混乱に陥った。
兵糧・財宝をすべて焼き払い、督将の眭元進、騎督の韓莒子、呂威璜、趙叡などを斬首、
将軍・淳于仲簡の鼻を切り取り、兵士千人の鼻を削ぎ、牛馬の唇や舌を切り落とし、袁紹軍へ見せつけた
袁紹軍の将兵は恐怖に震え上がった。
夜間に淳于仲簡が捕らえられ、曹操の前に連れて来られると、曹操は尋ねた。
「なぜここまで抵抗した?」
仲簡は答えた。
「勝敗は天の命。いまさら何を聞く必要があろうか!」
曹操は殺すつもりはなかったが、許攸が言った。
「明日、鏡を見れば、この鼻の傷が恨みを忘れさせまい。」
結局、仲簡は処刑された。
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袁買は、袁尚の甥である。
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曹操は複数の偵察隊を派遣し、袁尚の動向を探らせた。
偵察隊が戻り、一様に「袁尚は西道を進み、すでに邯鄲に到着しています」と報告した。
曹操は大喜びで諸将を集め、言った。
「私はすでに冀州を手に入れた。諸君は知っているか?」
諸将は「知りません」と答えると、曹操は笑って言った。
「諸君もすぐに見られるだろう。」
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その時は厳寒かつ干ばつで、二百里にわたって水がなく、兵糧も尽きかけていた。
曹操軍は数千頭の馬を殺して食料とし、地面を三十丈以上掘ってようやく水を得た。
帰還後、曹操は当初この進軍に反対した者たちを呼び出した。
一同は何のためかわからず恐れおののいたが、曹操は全員に厚く褒美を与え、こう言った。
「私は危険を冒して冀州を奪ったが、これは天の助けによるもので、常に通用する策ではない。
諸君の諫言こそ万全の策であった。だから褒賞する。今後も遠慮なく意見を言ってほしい。」
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曹操が馬超と戦った時、川を渡ろうとしたが、先鋒部隊が渡り終えた直後、馬超軍が襲いかかってきた。
曹操は怒りながらも胡牀に座ったまま動こうとしない。
張郃らは危急と見て、無理やり曹操を船に乗せ、何とか対岸へ渡らせた。
川の流れは速く、北岸に着くまでに四、五里も流され、馬超軍の騎兵が追いすがり、雨のように矢を射かけてきた。
諸将は軍が敗走し、曹操の行方がわからず恐慌状態だったが、無事を確認すると、喜びのあまり涙を流す者もいた。
曹操は大笑いして言った。
「今日はちょっとした賊に困らされたな!」
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曹操と馬超が渭水を挟んで対峙した時、曹操軍が渡河しようとするたびに、馬超の騎兵に阻まれ、陣営を築くことができなかった。
加えて地盤が砂地で、防御壁の構築も困難だった。
そこで婁子伯が献策した。
「今は寒い時期です。
砂で城壁を築き、水をかければ一夜で凍り付き、城が完成します。」
曹操はこれを受け入れ、絹の袋で水を運ばせ、夜間に兵を動員して砂城を築かせた。
夜明けまでに城は完成し、曹操軍は無事に渭水を渡りきった。
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曹操が張魯征伐のため陽平に進軍すると、張魯は弟の張衛に陽平関を守らせ、山に沿って10里以上も城壁を築かせていた。
曹操は攻めあぐね、いったん撤退を装った。
敵軍が油断したところを見計らい、曹操は密かに騎兵を送り、夜襲を仕掛けて大破した。
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廬江太守・劉勳は明城を治め、兵強く士勇ましいと自負し、江淮一帯で横行していた。
当時、孫策は既に江東を掌握し会稽太守を自称していたが、劉勳を危険視していた。
孫策は卑辞と厚い贈り物で劉勳を誘い、こう説いた。
「海昏の上繚の宗族は、長年我が領土を侵しています。しかし、こちらから攻めるには道が不便です。
将軍の武威を借りて征伐していただけないでしょうか?
上繚は国が富み、倉庫は満ち、呉や越の美女が後宮に充ち、明珠や大貝が蔵に積まれています。
これを奪えば軍資金にできます。蜀の成都の金碧輝く府庫さえ及ばぬほどです。
私は自国の兵を外援として差し向けましょう。」
劉勳はこれに乗ったが、劉曄が諫めた。
「上繚は小国ながら城は堅く堀は深い。守るのは易しいが攻めるのは難しく、短期間で落とせません。
しかも、外征で疲弊している間に本国が手薄になれば、孫策が虚を突いて攻めてきたらどう防ぎますか?
進めば敵に阻まれ、退けば帰る場所もない。『羝羊が垣根に角を引っ掛け、進退窮まる』ようなことになりますぞ。」
劉勳は聞き入れず、大軍を率いて上繚を攻めた。
すると予想通り、廬江が孫策に急襲され、劉勳は窮地に陥って曹操のもとへ逃亡した。
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呂布は「赤兎」という駿馬を愛用し、常に騎乗していた。
当時の人はこう評した。
「人の中に呂布あり、馬の中に赤兎あり。」
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曹操は華歆に命じ、兵を率いて宮中に侵入させ伏皇后を捕らえさせた。
皇后は戸を閉めて壁の中に隠れたが、華歆は戸を破壊し、壁を壊して皇后を引きずり出した。
その時、献帝は御史大夫・郗慮と同席していた。
皇后は髪を乱し、裸足で献帝の前を通り過ぎながら、その手を握って訴えた。
「もう私を助けることはできないのですか?」
献帝は答えた。
「我が身の命運さえ、いつまで持つかわからない。」
そして献帝は郗慮に言った。
「郗公よ、天下にこのようなことがあってよいのか!」
結局、伏皇后は処刑され、伏完一族数百人も皆殺しにされた。
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昔、曹操が洛陽北部尉だった時、尚書右丞・司馬建公に推挙された。
後に曹操が魏王になると、司馬建公を鄴に招き、酒を酌み交わしながら尋ねた。
「私は今でも尉が務まるだろうか?」
司馬建公は答えた。
「昔、大王を推挙した時は、確かに尉に丁度よい方でした。」
曹操は大笑いした。
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当時、南陽の民は重い徭役に苦しんでいた。
侯音は太守の東里襃を捕らえ、官民と共に反乱を起こし、関羽と連携した。
南陽の功曹宗子卿は侯音を説得した。
「あなたは民心に順い、大事を起こされた。天下はあなたの行いを称賛している。
しかし、太守を捕らえるのは逆効果だ。彼を釈放し、私と共に力を合わせよう。
曹操軍が来る前に、関羽の援軍も到着するだろう。」
侯音はこれに従い、太守を解放した。
しかし、宗子卿は夜間に城を脱出し、太守と共に残った民衆を集めて侯音を包囲した。
そこに曹仁の軍が到着し、反乱軍は鎮圧された。
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(軍が洛陽に帰還すると)王(曹操)はさらに北部尉の役所を改修・整備し、以前よりも立派なものとした。
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桓階は王(曹操)に帝位に即くよう進言したが、夏侯惇は「まず蜀を討つべきであり、蜀が滅びれば呉も降伏する。
両国を平定した後、舜や禹(古代の聖王)の故事に倣って帝位につくのがよい」と主張した。王はこれを聞き入れた。
しかし、王が逝去すると、夏侯惇は以前の自らの進言を後悔し、病を発して亡くなった。
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王(曹操)は漢中から洛陽に帰還し、建始殿を造営する際、工匠の蘇越を遣わして美梨(立派な梨の木)を移植させた。
ところが、これを掘り起こすと、根が傷つき、そこから血が流れ出た。
蘇越がこのことを報告すると、王は自らその場へ赴いて視察したが、これは不吉な前兆だと考え、帰還した後、ほどなくして病に臥した。
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太祖(曹操)は人となり軽佻で威厳がなく、音楽を好み、倡優(道化役者や芸人)を側に置き、常に朝から夕方まで楽しんだ。
軽やかな絹の衣を身にまとい、自ら小さな鞶囊(鞄のようなもの)を帯びて手巾や細かい物を入れ、時には帢帽(庶民風の帽子)をかぶって賓客に会うこともあった。
人と談論するたびに、言葉を弄び冗談を言い、何も隠さず、楽しんで大笑いするときには、頭を杯や机に突っ込み、料理や汁物で巾幘(頭巾)を汚すほど、その軽率さはこのようであった。
しかし、法を執行する際には厳格で冷酷であり、諸将の中で自分より優れた策略を持つ者は、すぐに法にかけて誅殺した。
また、旧知の間柄であっても、過去の恨みがあれば容赦せず、ことごとく根絶やしにした。
彼が刑罰を加え、殺すときは、いつもその者に対し涙を流し嘆き悲しんだが、結局、助けることはなかった。
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初めに、袁忠は沛の相となり、かつて法をもって太祖(曹操)を治めようとしたことがあり、沛国の桓邵もまた彼を軽んじていた。
そして兗州におり、陳留の辺譲がその言論で太祖をかなり害したので、太祖は辺譲を殺し、その家族を皆殺しにした。
袁忠と桓邵はともに難を避けて交州に逃れたが、太祖は使者を遣わして太守の士燮に命じ、彼らの家族をことごとく殺させた。
桓邵は出頭することができ、庭中で拝謝したが、太祖は「跪けば死を免れると思うのか」と言い、ついに彼を殺した。
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ある時、曹操は軍を率いて麦畑を通りかかり、
「麦を踏む者は死刑」と命じた。
兵士は皆、馬から降りて慎重に進んだが、曹操の馬が突然暴れ、麦を踏み荒らした。
曹操は主簿に罪を問うたが、主簿は「春秋の義により、君主は罰せられない」と答えた。
曹操は言った。
「自ら法を犯しておきながら、どうして部下を統率できようか?
ただし、私は総大将だから自殺はできない。代わりに髪を切って罪を償おう。」
そして剣で自らの髪を切り落とし、地面に置いて見せた。
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また、幸姫がいつものように昼寝に付き添い、頭を枕に乗せて寝かせていた時、太祖は「しばらくしたら私を起こせ」と告げた。
しかし、姫は太祖が安らかに眠っているのを見て、すぐには起こさなかった。
その後、太祖が自然に目を覚ますと、姫を棒で打ち殺した。
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ある戦いで兵糧が不足した時、曹操は担当官に「どうすればよいか?」と尋ねた。
担当官は「量を減らして帳尻を合わせましょう」と提案し、曹操は「良いだろう」と同意した。
しかし、兵士から「曹操が量をごまかしている」と不満が噴出すると、曹操は担当官を呼び出し、言った。
「君の死をもって兵の怒りを鎮めるしかない。さもなくば事態は収まらない。」
そして担当官を処刑し、その首を軍門に晒して、「小斛で兵糧を横領した罪で斬った」と触れ回った。
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