第35話:院長はかく語りき・1
私、一回死んじゃったの――ブカブカの白衣を身に着けた少女、『薄手真希』のあっけらかんとした言葉を聞いた常葉は、しばらくの間、驚きの表情を見せたまま動けなかった。
真希ちゃんが、死んだ。
あの病室で、弱々しくも優しい笑顔で、ずっと自分を見つめてくれたあの勇気ある少女が。
骨と皮だけになりかけながらも、あの小さな手で懸命に自分の掌に触れた、あの優しい少女が。
その言葉は、何度も何度も常葉の心に、響き渡った。
どれだけ頑張ろうが、どれだけ励まし続けようが、結局は不治の病に侵されていた真希の命を救えなかったという事実を、改めて突きつけられたのだから。
「……真希ちゃん……」
再び常葉の口から謝罪の言葉が出ようとした時、目の前の真希――どう見ても『生きている』、しかも病院で見た時とは比べ物にならないほど元気な姿を見せている存在は、それを遮った。
「まって、先生。さっきもいったでしょ?先生はなにもわるくないって。だから、先生があやまるひつよーなんてぜんぜんない」
「でも……真希ちゃん、死んじゃったんでしょう……?」
「まあ、それは『じじつ』だけどね」
ただ、少なくとも『常葉先生』が危惧していたような死に方はしていない、と、真希は常葉を宥めるかのように言葉を続けた。
自分が命を落としたのは、常葉があの病院を逃げだした当日、『手術』に見せかけた『臓器摘出』が行われる数時間前だった、と。
「なんというか、きゅうにいきができなくなって、とってもくるしかった。うごこうとしても、なにもできなくて……」
「……」
「あ、先生。そんな『しんこく』にならなくてもだいじょーぶだよ。すぐにふわーってなって、からだもへいきになったから」
とはいえ、死ぬ瞬間と言うのは、そう何度も体感するようなものじゃない。あの時は本当にきつかったから、と、真希は話した。
そういうものか、と納得しかけた常葉だったが、彼女はある事に気が付いた。
いや、『ようやく』気づけた、と言った方が正しいかもしれない。
確かに『薄手真希』と言う存在の命は尽きたかもしれない。では、自分の目の前でその事を語る『薄手真希』は、一体何者なのだろうか、という、根本的な疑問に。
「あなたは、一体誰なの……?本当に、『真希ちゃん』なの?」
「そうだよー。わたしはだれでもなく、『薄手真希』。それだけはまちがいない」
「でも、真希ちゃんはもういないんでしょう……?それなのにここにいるって……」
信じられない話だけれど、まさか、ここは『あの世』のような場所なのだろうか。そうしたら自分も、ひょっとしたら――困惑してしまった常葉を落ち着かせるのように、『真希』の姿をした存在はより強く手を握った。
幽霊やお化け、ましてや死体ではない、しっかりとした温もりが自分たちに存在する事を、確かめさせるように。
「だいじょうぶ。ちょっとややこしいけれど、ここからせつめーするね。わたしがどうして、ここにいるのか」
「……うん……」
自らの命が尽きようとしていた時、真希の心の中にはこれまでの様々な人生が走馬灯のように流れた。
まるで、自分の体験の集大成を見ているようなその光景の中、最も長い時間を費やしていたのは、『氏神常葉』と言う存在だった。
まだ体が十分に動かせていた頃も、少しづつ元気を失っていた時も、やがてベッドで横になり続ける暮らしを余儀なくされるようになっていた時期も、常葉は常に真希に寄り添ってくれた。
忙しい時間を縫って、彼女はずっと真希のもとを訪れ、彼女に優しく接してくれた。
「だからかな……わたし、こんなことをおもったんだ」
生まれ変わったら、『常葉先生』みたいな人になりたい。強くて優しくて、綺麗で格好良くて、どんな病気も治してしまう。そんなお医者さんになりたい。
そんな事を考えながら、ゆっくりと意識を失う直前だった。
「えっ……?『流れ星』……?」
「うん。先生、しらない?びょういんのちかくに『ながれぼし』がふってきたニュース」
少し悩む常葉のもとに、近くで大量に立ち並んでいた別の常葉の1人がタブレットを持ってきて、その中身を見せてくれた。
そこには、氏神常葉が総合病院に退職届を出し、全ての役職を逃げだしてしまった当日に起きた出来事を記すネットニュースが表示されていた。
「病院近くの住宅街に……隕石が落下……」
「落ちた衝撃でガラスが割れたりしたけれど、幸い怪我人はいなかったそうよ。でも、未だにその隕石そのものは見つかっていない……」
地面に激突した衝撃で消滅してしまったか、小さな破片として飛び散ったか、未だに科学者の間で見解は分かれているようだ、と別の常葉は解説した。
『あの日』を直視できるだけの勇気がまだ持てていなかった常葉は、予想外の天体イベントにただ驚くばかりだった。
こんな事が起きていたのか、という思いがつい口に出た彼女の様子を見ていた真希は語った。自分は、この不思議な『隕石』=『ながれぼし』の顛末をよく知っている、と。
「どういう事……?」
「うーんとねぇ……ちょっとむずかしいかな……。先生、わたしがいきていたころにおしえてくれたはなし、おぼえてる?」
流れ星が落ちている間に願い事をすると、その願いは叶う――確かに、常葉はそのような事を真希にそっと教えた記憶があった。
「……まさか、本当に……本当に、願い事が……!?」
「そういうかんじかな。せーかくには、『いんせき』になっておちてきたあの『ながれぼし』に、どんなねがいでもかなえるちからがあったみたい」
「なんでも叶える力……」
「うん。そのちからで、わたしはよみがえったんだ」
そんなお伽噺みたいな事が本当に起きるなんて、って考えたでしょう、と真希はまるで常葉の心を読んで、先回りするかのように語った。
自分も、最初はそのような事が信じられなかった、と本心を明かしながら。
「でも……まちがいなかった。わたしはげんきなからだになって、てあしもちゃんとしていて、たつこともできるようになった」
「真希ちゃん……」
「せんもんようごでいっちゃうとね、あの『ながれぼし』とわたしの心が、『ゆーごー』したの。そのおかげで、わたしはここにいる、ってこと」
「流れ星と……真希ちゃんが……融合……」
あまりにも常識を逸脱し過ぎているぶっ飛んだ話であったが、目の前にいる『薄手真希』――不思議な力を持つ空からの物体と、最後に残された思念が融合し、新たに創造された存在の言葉に、確固たる説得力を常葉は感じていた。
それに、今までだってこの『ムゲン病院』で、常識外れの出来事を何度も経験した身として、そう言った話は既に慣れていた。
何より、自分がずっと付き添い続けた勇気ある少女の言葉を疑う事など、出来なかった。
「……その後はどうなったの?」
「そのあとね、まわりをみたらなーんにもないの。ただまっしろなひかりがぱーってあたりにいっぱいあるだけ」
一体どうすれば良いか、と思った時、真希は気づいた。
なんでも願いを叶える『流れ星』と一体化した結果、自分はなんでも、あらゆる概念、あらゆる存在を、思いつくまま自由自在に『創造』したり『入手』したり、『消去』したり出来るようになった、という事に。
端的に言えば、彼女は『
「えっ……!?」
今日何度目になるだろうか、驚きの表情を見せる常葉に、証拠を見せよう、と真希は指を鳴らした。
その瞬間、常葉の目の前に、ふわふわの白い毛に包まれた、一羽の白い『ウサギ』が姿を現し――。
『どう、驚いたでしょう?』
――薄手真希と全く同じ声で、常葉に語りかけてきたのである。
「……!」
声帯が存在しないはずのウサギが、人間と同じ声で喋り、しかもにやりと笑顔を見せる。
常葉の言葉に嘘偽りがない事を『実証』でまざまざと見せつけられた常葉は、素直に『凄い』と言う感情を覚えた。
一方、真希は自分と同じ声色を持つ白いウサギのもとに近づき、ゆっくりと抱き寄せた。その直後、ウサギはその場に元からいなくなったかのように忽然と姿を消した。
「……と、こういうかんじ。あ、しんぱいしないで。さっきのウサギさんはもともとわたしの『いちぶ』だから」
「な、なるほど……分かったわ……」
そして、真希の話は本筋――今に至るまでの経緯の解説へと戻った。
文字通りの『全能』の力を身につける形で、この世に蘇った彼女は、光に包まれた空間の中で、まず最初にあるものの創造を行った。
それは、これから自分が暮らす事になる居場所を作る事だった。そう、それが――。
「……このムゲン病院……って事?」
「そう。さすが先生、ごめいとうだね」
自宅の事はあまり覚えていないし、もし作ったとしても両親がいつも自分を放置して喧嘩ばかりしていたという辛い思い出が溢れてしまうだけ。
それならば、ずっと暮らし続けて記憶にもはっきり刻まれている『病院』を作った方が良い。
それに、自分の最後の願いである、『どんな病気でも治す力を持つ名医』を実現させるのならば、あの総合病院のような、デカくて広くて大きい病院がうってつけだ。
そんな真希の思いで、無から創造されたのが、この『ムゲン病院』だったのである。
「それでね、どうせ病院をつくるのなら、とにかくでっかいのがいいな、っておもったんだ。そしたら、ほんとうにおおきな病院ができちゃった。ろうかがどこまでもつづいて、へやがかぞえきれないぐらいあって……」
「なるほど……大きくしたい、広くしたい、どんな病院にも負けないぐらいの巨大病院にしたい、って思った訳ね」
「うん。そうしたら、『むげん』に大きな病院になった。だから、『ムゲン病院』ってつけたんだ」
そう語る真希の声には、どこか自分の事を誇らしげにするような、ちょぴり子供じみた雰囲気があった。
「そのあとに、『ないそう』をいろいろかんがえたんだ。病院のどうぐとか、つくえとか、でっかいベッドとか、しゅじゅつよーぐとか、いろいろ……」
その中で、真希は様々な『診療科』の名前も考えた。
『内科』や『眼科』、『外科』、『歯科』、『耳鼻咽喉科』など、彼女が知る限りの様々な名前を、あちこちに付け続けた。
でも、それだけでは無限に広がる病院全体をカバーするには到底足りなかった。
その結果、悩みに悩んだ彼女は、苦肉の策と言う事で、自分が考えたオリジナルの診療科の名前を使うようになったのである。
「あぁ……『まるごと科』とか、『なんとかなる科』とか……」
「そう。だって、わたし、病院のしんりょーかのなまえなんて、ぜんぜんわからなかったから……」
やっぱり変だったでしょう、と苦笑いしながら語る真希を見て、常葉は気恥ずかしさや申し訳なさの気分で顔を真っ赤にした。
今に至るまで、常葉はあの『変な名前』の診療科の数々――『まるごと科』『なんとかなる科』『なおる科』『とんでも科』、そして『なんでも科』の事を、子供っぽくて奇妙な名前だとずっと思っていた。
だが、それは全て、彼女が常に見守っていた薄手真希本人が、『ムゲン病院』病院をより病院らしくするため必死に頭を使って考え付いた、真希なりの努力の結晶だったのだ。
「うぅ……そうだったのね……」
「ううん、せつめーできなかったわたしのほうこそごめん。いいかげんななまえばかりになっちゃって……」
「大丈夫よ。真希ちゃんはいっぱい考えてくれたんでしょう?よく頑張った、って今なら思うわ」
「先生……」
その言葉に、真希は笑顔に加え、どこか愛おしげな視線を常葉に送った。
「それでね、わたしはかんがえたの。病院は、ひとりだけのばしょじゃないって。おいしゃさんやかんごしさんがいないと、やっていけないって」
その時、既に自分はあるアイデアが頭にあった――そう言葉を続けた真希の声が、少しだけ低くなった。
その中には、一抹の恥ずかしさ、照れくささのような感情が混ざっているようであった。
「……わたし、つくったんだ。氏神常葉先生を」
その言葉と共に、院長室の空間を埋め尽くしていた『氏神常葉』の大群が、一斉に頷いた。
自分たちが、『薄手真希』と言う存在によって創造された、と言う事実を、肯定するかのように……。
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