笹塚の名店「エムズカレー」が遺したもの。16年を経て蘇る、最後の一皿を分かち合った記憶
皆さんは、人生を変えるような一皿に出会ったことはありますか?
京王線・笹塚駅。商店街の活気から少し離れた路地裏に、かつて多くのファンから熱狂的に愛されながら、2010年に突如としてその歴史を閉じた伝説のお店がありました。その名は「エムズカレー(M's CURRY)」。
先日、Xの投稿でこのお店について記された一冊のZINEを見つけた瞬間、私の脳裏にはあの日の光景が鮮烈に蘇りました。
それは、あまりにも急な別れと、その後に起きた「奇跡のようなカレーの再会」の物語です。
店内に響き渡る「ポンポン」と、あまりに突然の幕切れ
エムズカレーを語る上で欠かせないのが、主役のカレーを食うほどの人気があった「野菜サラダ」です。
人参などの野菜をミキサーにかけた、オレンジ色のとろりと濃厚なオリジナルドレッシング。それが瓶にパンパンに詰まって出てくるのです。そのままではなかなか出てこないため、お客さんは皆、瓶をひっくり返して底を「ポンポン」と叩く。このリズムこそが、笹塚の路地裏で奏でられる平和なランチタイムの合図でした。
カレーはポークカレー、チキンカレー、挽肉カレー、野菜カレーの4種がレギュラー。私は食べたことがないのですが、極稀に「幻のカレー」というのもあったそうです。
そしてその日は来ます。2010年3月7日。閉店後の仕込み中にマスターが倒れ、大動脈瘤破裂により、そのまま帰らぬ人となりました。笹塚から「ポンポン」が消えた日でした。
店主が遺した「最期のカレー」を受け取る
悲報を知り、すぐにお店の前へ向かうと、そこには溢れんばかりの花束が置かれていました。これほどまでに愛されていたんだなと実感すると同時に、もう二度とあの味に出会えない喪失感が街を包んでいました。
当時、私がその思いをTwitter(現X)に綴ったところ、不思議なご縁が繋がります。私の友人が亡くなったマスターの奥様と知り合いだったことが分かり、ご自宅でお線香をあげさせていただく機会をいただいたのです。
そこで奥様から「どれだけ好きだったか伝わりました」と手渡されたのは、「冷凍庫に残っていた、最後のエムズカレー」でした。
16年前、東松原で分かち合った「記憶の味」
この貴重なカレーを、自分一人で抱えるのは恐れ多い。 「エムズカレーを愛したファンの方々に、この最後の一皿を届けたい」
その一心で、知り合いの東松原のカフェ「COKAGE(コカゲ)」で、「最後のカレーをみんなで食べる会」を企画しました。Twitterでの呼びかけに、知人はもちろん、面識のないファンの方々までが続々と集まり、店内はすぐに満員に。
限られた量を少しずつ小分けにして、みんなで惜しむように、大切に口へ運んだミニカレー。
「あぁ、これだ、この味だ」 「もう食べられないと思っていたのに……」
集まった皆さんの、楽しそうで、嬉しそうで、そしてどこか少し悲しそうな、あの複雑で温かい表情を私は今でも鮮明に覚えています。
16年の月日を越えても料理が持つ本当の力
あの日から16年の月日が流れました。 唯一無二だった笹塚のエムズカレーの味と、あの「ポンポン」と瓶を叩く音は、今も私の記憶の中に当時のまま残っています。
形あるお店はなくなっても、一皿のカレーが繋いだ縁は、こうして時を超えて語り継がれていく。それこそが、料理が持つ本当の力なのかもしれません。
あの時、笹塚でエムズカレーに出会えた幸せに、心からの感謝を込めて。
2026年3月7日