ウェルネスとーく
医療・健康・介護のコラム
[阿刀田高さん](下)妻の最後の言葉に苦笑…でも「よかった」 胃がんの診断で医師の見せた微妙な表情
内視鏡でがんを「剥がす」
――そういえば、胃がんの方はどうされましたか?
それが、そのことを最近まですっかり忘れていまして(笑)。家内が5月に死んで、その後人間ドックに入って、そしたら初期がんがあるからと。
私は狭心症で3度手術をして血管にステント(小さな金属製の筒)が入っています。年も年ですから、医者もいろいろ心配だったでしょう。結局サードオピニオンまで聞いて、思い切って手術をする方に定めました。
担当の医師は、このままほっといても5年くらいは大丈夫ですよ。というんですね。5年後には苦しむんですかって聞いたら、それはやっぱり症状が悪くなるから少しは苦しむでしょうねと。
医者はあからさまには言いませんが、顔を見てると、その前にあんた死ぬんじゃないかといった様子です。理屈を言えばそうですよね。だけど私はあと10年くらいは生きようと思っているから、5年でひどくなるんだったらたまらんと。
内視鏡的 剥離 術という手術を受けることになりました。のどから管を入れて剥がしちゃうわけです。このごろは医者も手術と言わなくなりましたね。
8月2日に入院したかな、3日に手術をやって。自分の胃袋に変なものが入っていくのを(モニターで)見ているのが割と好きなんだけど、今回もそれを見ていようと、医者がのどに管を入れるのまでは記憶があるんです。それきり、麻酔がきいて。
2時間くらいでしたからね。終わりましたって言われて目を覚まして、2日間何も食べさせてもらえなかったけど、3日目に重湯から始まって1週間で退院していいですと。
荷物を自分で持って、1人でタクシーに乗って帰りましたよ。
「キョウヨウ」にあふれた1年
――早く退院できてよかったです。
この正月に子供たちがやってきて、いろいろな話をしましたが、私自身も自分が胃がんだったことなど忘れて話題にもしなかったし、子供たちも、その後は大丈夫かと聞いてくるやつは誰一人いない。
9月末に、医師が最終チェックをということで、もう1回管を飲みまして。術後もきれいに治っております、もうあなたは私の患者じゃありませんって言われてね。
軽くいけそうだという話でしたが、本当に軽くすんで、年末に忘れちゃうぐらいで。
――とはいえ、大変な年でした。
友人が以前、「老人にはキョウヨウが大切なんだ」ということを言っていましてね。「教養」ではなくて、「今日用」。「今日、用があるかどうか」が日々の張り合いになると言うんですね。私にしてみれば、昨年は家内の死という大きな事件があったし、本の方も幸いよく売れて、立て続けに「キョウヨウ」がありあまっちゃって、胃がんの方はすっかり頭から消えていました。
普通なら、がんです、と言われたら相当悩まなくちゃいけないんだろうと思いますけどね。少しは心配しないと罰が当たるんじゃないかと思っています。
――新しい年が明けました。老年を機嫌良く過ごす秘訣を教えてください。
そんな偉そうなことをいう柄じゃないですが、あまり難しいことを考えずに、その日その日を切り抜けられたら、それでいいかなと。できるだけ気楽に、まあまあで過ごしてみたら、それでいいんじゃないですか。
あとうだ・たかし 1935年1月、東京生まれ。小説家。早稲田大学文学部卒。国立国会図書館に勤務しながら執筆活動を続け、78年、「冷蔵庫より愛をこめて」で小説家デビュー。79年、「ナポレオン狂」で直木賞、95年、「新トロイア物語」で吉川英治文学賞。日本推理作家協会理事長、日本ペンクラブ会長、直木賞選考委員などを務める。「源氏物語を知っていますか」「ギリシア神話を知っていますか」などの古典解説シリーズも人気を集める。2018年、文化功労者。
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