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医療・健康・介護のコラム
[阿刀田高さん](下)妻の最後の言葉に苦笑…でも「よかった」 胃がんの診断で医師の見せた微妙な表情
900作以上の短編小説を発表し、日本ペンクラブ会長など文壇の牽引役も務めてこられた小説家の阿刀田高さんは今年91歳を迎えました。昨年は、認知症を患って介護施設で暮らしていた愛妻・慶子さんを亡くし、自身も初期の胃がんと診断されて手術を受けるなど、大きな出来事が相次ぎました。今もひとり暮らしを続け、「もういつ死んでも誰も困らない」ことに自由を感じていると言います。(聞き手・松本由佳、撮影・秋元和夫)
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[阿刀田高さん](上)新刊「90歳、男のひとり暮らし」が大反響…「まあいいか」諦めるクセと認知症の妻についた切ないウソ
「おじいちゃん大好き」
――奥様を昨年5月に亡くされました。
認知症を患って、2年4か月施設にお世話になっていましたけど、最後は老衰ですね。全身が弱っていったんだろうと思います。終わりの頃はまったく食べられなくなって。血管が細くなって点滴もできなくなり、鼻から直接管を入れて、とか、おなかの脇を切って胃に食べ物を入れるとか、そういう方便をやるかどうかっていうことを医師に問われましてね、まあそれをやったってそんなに長く生きるわけではないし、やって管を通しておいしいものが食べられるわけじゃない。子供たちとも相談して、もうだいぶ弱りきってるから、このまま静かにという方の道をとりました。それから2か月くらいで亡くなりました。
――亡くなるときに、「ありがとう」という表情をされたとか。
いや、そうじゃなかったかな、と思っているだけで。実際に言葉が聞こえたわけでもないし、呼びかけたときに確かに、表情がかすかに動いたような気がしたんですよね。
動いたとしたら「ありがとう」って言ったんじゃないかっていうのは、こっちの勝手な思いでもあるわけですが。
その10日くらい前、このときは、ちゃんと、頭が働いてるなっていう感じのときだったんですがね。そのときに「おじいちゃん大好き」って言ったんですね。一番最後に聞いたきちんとした言葉が、「おじいちゃん大好き」だった。
――それは驚きだった。
大好きなんて言われたことはないような気がするな。おじいちゃんと言われること自体がちょっと珍しいんですけどね、普段は他の人と話すときや施設などでは「高さん来た?」なんて言ってたんですね。孫がいれば、おじいちゃん、ということもあったけど、2人でいる時はあまりなかった気がしますね。
驚きっていうより、ちょっとおかしかったからね。手を握り合って、「おじいちゃん大好き」なんて。この日の私の日記帳には、「苦笑した」と書いてあります。一番最後の生きた言葉として、「大好き」と言ってくれたんだから、それはそれで、よかったなと内心思ってます。
私は先に死んじゃいけない
――死生観が変わりましたか。
そんなに変わらない。ただ、相当昔から、とにかく私が先に死んじゃいかんって思い続けてきましたから。子供たちも大変だろうと思い、何より私が先に死んだら、この人がかわいそうだって思いがありましたね。
それが今は本当に、いつ死んでも誰も困らないんです。子供たちはみんな独立してのんきに暮らしているし。もう勝手気ままに自由に、好きに生きればいい。いつ死んでもいい。こういう状況は誰にでもあるもんじゃないという気がしますよね。
改めて自分の死を強く意識したとはいえます。やがて自分も消えていき、後にはなにも残らない。それでいいと。
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