ウェルネスとーく
医療・健康・介護のコラム
[阿刀田高さん](上)新刊「90歳、男のひとり暮らし」が大反響…「まあいいか」諦めるクセと認知症の妻についた切ないウソ
短編小説の名手として、半世紀にわたり人気を集めてきた作家の阿刀田高さんは、朗読家としても知られた妻の慶子さんの介護施設入所をきっかけに、90歳を目前に突如単身生活を経験することになりました。老いを受け止めながら、料理も皿洗いもこなし、ささやかな趣味を楽しむ……そんな日々を軽妙な文章でつづった新刊エッセー「90歳、男のひとり暮らし」が、昨年の刊行以来、反響を呼んでいます。ほどほどに生きることをよしとする老境の原点は、若い頃の肺結核の闘病体験にありそうです。認知症を患った奥様との切ない別れも経験しました。(聞き手・松本由佳、撮影・秋元和夫)
高齢男性の「ひとり暮らし」は謎?
刊行1か月で4刷となった「90歳、男のひとり暮らし」(新潮社)。皿洗いをする阿刀田さんの写真を掲載した重版記念の限定フルカバー
――ひとり暮らしの高齢男性によるエッセーは、あまり見かけない気がします。
だいたい死んでるからじゃないかな。本当によく死んでます、思い出すと。
――年をとると、できなくなることが増えて、それを嘆きがちです。
できないことを当たり前だと思えばいいんです。この年になったらもう立派になんて生きられるもんじゃないです。私も足腰が弱くなり、目も遠くなってルーペが欠かせません。
――世の高齢者はなかなかそれが認めがたいみたいです。
志が高いんですよ。できないことはもう本当にできないと諦めています。
――どうしたら諦められるものなんですか。
私の場合は、もともとそんなに執着がない方なんじゃないかな。二十歳の頃に肺結核にかかってますから。
3か月ごとにレントゲン写真なんか撮ってもらって、良くなったね、なんて言われるから、ああいよいよ退院かと思うと、もう少し頑張りましょうと言われて。また3か月後にレントゲンを撮って、次もだいぶ良くなってる、薬がよく効いてると聞いて、これは退院かなと思うと、いやもう少しと。それを1年半繰り返していたわけです。
本来、普通の青年っていうのは将来へ向けて、進学や就職といったゼロからプラスの状況に生きているわけです。プラス3をプラス4、プラス5にすることに一生懸命に努力して、それが喜びにつながっていくのに、自分は結局、一生懸命努力してもマイナス5をマイナス4、マイナス3にするっていうことくらいなものでした。
「人生に大きな期待はしない」二十歳で悟る
――肺結核は当時、大病でした。
10歳年上の姉も肺結核で亡くなっています。だんだん衰えて死んでいくのをつぶさに見ていましたから、自分も死ぬのかなと不安を抱いてはいました。
何かもし、悟る、という言葉があるとしたら、あのときは悟ったんじゃないかな。自分はそういう自分なんだということを。友人たちのようになれるわけじゃないんだし、自分を少しでもいい方向に持っていくよりしょうがないんだと。自分の人生にそんなに大きな期待を持たなくて、まあいいかと思う習慣がついた。そんな説明をしています。
――その後も、胆嚢 炎や狭心症も患い、何度も手術を受けられています。
ひととおり病気はちゃんとやっています。
長い人生では、マイナスの時もあるだろう、でもどう過ごすかでプラスが生じたりもします。肺結核で大学を2年休学しましたが、仕方ない、とひたすら本を読んでいたことが、その後小説家になることに少なからず役立った。それから、そのときお尻に180本以上打ったストレプトマイシンその他の薬剤のおかげで健康を取り戻すことができて、以来、私は医療を信じる立場です。
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