[264]任天堂を考える【短期集中連載第2回】横井軍平~枯れた技術の水平思考・任天堂の発明王~
「最新の技術を使えば、良い商品が作れる」
そう信じている人は多いかもしれません。
だが、任天堂で数々のヒット商品を生み出した伝説の開発者は、まったく逆の哲学を持っていました。
横井軍平 (Gunpei Yokoi) です。
倉庫係から始まった伝説
横井軍平は
当時の任天堂はまだトランプや花札を製造する会社であり、横井軍平の仕事は主に製造ラインの保守・管理でした。
ある日、倉庫の空き時間に横井軍平は手遊びとして、伸縮するアームを持つ機械のおもちゃを作りました。
それを偶然見かけたのが、社長の[263]山内溥でした。当然、仕事中に遊んでいたことを怒られると思ったのですが、言われたのは予想外の一言でした。
「これを商品にできないか?」
山内溥の一声で、「ウルトラハンド」という商品が生まれました。
一人の倉庫係が、偶然作ったおもちゃで、任天堂の歴史を変えた瞬間でした。
枯れた技術の水平思考
横井軍平が生涯を通じて実践した開発哲学が、「枯れた技術の水平思考」です。
「枯れた技術」とは、すでに広く普及して製造コストが下がり、信頼性が確立された技術のことです。最先端の技術ではなく、あえて「古くなった技術」を使います。
「水平思考」とは、その技術を本来の用途とは違う分野に応用するという発想です。
つまり、「安くて信頼できる技術を、誰も思いつかなかった使い方で活かす」という哲学です。
この考え方は、ゲームボーイの開発に見事に体現されました。
理由は明快でした。
カラー液晶は消費電力が大きく、電池がすぐに切れてしまいます。子どもが外で遊ぶための携帯ゲーム機に、電池の持ちが悪い機械は向かない・・・そういう判断でした。
ゲームボーイは世界で約
ゲーム&ウォッチという革命
ゲームボーイより前に、横井軍平はすでに携帯ゲームの概念を世に示していました。
新幹線の中で、退屈そうに電卓で遊んでいるサラリーマンを見た横井軍平は、「携帯できる小さなゲーム機を作れないか」と考えました。
当時の電卓に使われていた液晶ディスプレイ技術を応用し、時計機能とゲーム機能を一体化させた携帯ゲーム機を開発したのです。
これがまさに「枯れた技術 (電卓の液晶) の水平思考 (ゲーム機への応用)」でした。
ゲーム&ウォッチはシリーズ累計で
また、十字キー (十字型の方向キー) はゲーム&ウォッチのために横井軍平が開発した入力装置であり、その後のゲームコントローラーの設計に革命をもたらし、現在に至るまで世界中のゲームコントローラーに使われ続けています。
ファミコンと宮本茂との出会い
工業デザインを学んだその社員は、宮本茂という名前でした。
横井軍平は宮本茂の才能を早くから見抜き、ゲーム開発の道へと導きました。宮本茂が後に「ドンキーコング」「マリオブラザーズ」「ゼルダの伝説」を生み出すことになるのは、横井軍平という師の存在があってこそでした。
また、ファミコンのソフト開発においても、横井軍平は重要な役割を担いました。「メトロイド」や「Kid Icarus (光神話 パルテナの鏡)」など、今日まで続く人気シリーズの原点を作ったのも横井軍平のチームです。
バーチャルボーイという挫折
成功を重ねてきた横井軍平のキャリアにも、大きな挫折がありました。
赤い光による立体映像を楽しめるゲーム機として開発されたバーチャルボーイは、目が疲れやすく、携帯もできないという問題から商業的に大失敗に終わりました。
この失敗について、横井軍平は「自分が技術に引きずられた結果だ」と振り返っていたといいます。
枯れた技術の水平思考という自分の哲学を、このときだけは貫けなかったという後悔が、横井軍平の胸に残り続けたとされています。
翌
事実、バーチャルボーイの失敗を遥かにカバーできる「ゲームボーイポケット」を開発し、同時期に発売された「ポケットモンスター 赤・緑」の追い風もあり、具体的な数字は公開されていないものの、バーチャルボーイの負債を大きく補填できるモノを完成させてからの退社でした。
文藝春秋
また、任天堂が巨大企業になり、横井軍平が信条としている「枯れた技術の水平思考」のものづくりができなくなってきたことも原因のようです。
惜しまれた突然の死
しかし
あまりにも突然の訃報に、ゲーム業界全体が深い悲しみに包まれました。
宮本茂はこの訃報を聞いたとき、声を詰まらせたと伝えられています。
横井軍平が残したもの
横井軍平が世に送り出した商品は、単なるゲーム機やおもちゃではありませんでした。
「遊びの本質とは何か」「人々が本当に楽しめるものとは何か」という問いに対する、横井軍平なりの真摯な答えでした。
最先端でなくていい。高価でなくていい。
誰もが手に取れて、誰もが楽しめるものを作ること、これが横井軍平の一生を貫いたテーマでした。
その哲学は、後に岩田聡がニンテンドー DS や Wii で「ゲーム人口の拡大」を目指したときに、脈々と受け継がれていきました。
「枯れた技術の水平思考」という言葉は、今やゲーム業界を超えて、製品開発や技術革新の文脈で世界中に広まっています。
一人の倉庫係が、偶然作った手作りのおもちゃから始まった伝説は、今も色あせることなく輝いています。


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