正直、江口寿史先生を法的にガチ擁護するのはキツいんよね。元の写真にガッツリ依拠してる以上、今の著作権法でいくと「侵害」って判断される可能性はマジで高いと思う。
でも流石に江口先生に、「描けないから写真使ってる」って言ってる人、それは完全にズレてる。江口先生は構図もキャラも世界観もゼロから作れる人で、長年その画力と発想力を証明してきた。写真を使うのは“描けない代わり”じゃなくて、“あえて素材として引用する”っていうアートの手法なんよ。
で、「写真を引用して再構成する」って表現は、美術の歴史で見てもずっとある。アンディ・ウォーホルも写真を元にシルクスクリーンを作ってたし、現実の断片を別の形に変えるのは、現代アートのめっちゃ王道なんよ。
ただ、ここが一番むずい。法律的には、それが“写真の価値を奪う侵害”なのか、それとも“アートの文脈での再構成”なのか、その線引きがマジで難しい。しかも「アートの自由」って言われたら、反対しにくい空気もあるんよね。
だから江口寿史先生も、法に従って後からちゃんと対処してるけど、ご本人が不服に感じてるのもすごく理解できる。アートの意図を持って作った作品が、法的には「侵害」とされてしまうそのズレに、納得しづらいのは当然やと思う。
そしてこの問題、実はAI利用者にも他人事じゃない。最近の外挿を使った生成AIって、事前学習型と違って“めちゃくちゃ再現してくる”んよ。つまり、素材の構図や特徴をほぼそのまま出してくる。この“再現”のあり方が、法的には写真引用のアートとかなり重なる部分がある。
結局のところ、ウォーホル事件でもあったように、どれだけ創作的でも法は“依拠性”を重視する。アートの意図と法律の基準が噛み合わない。この「アートの自由」と「法の線引き」のズレが、今回の問題の本質なんじゃないかな。なので今回で終わりではなく、むしろこの議論はまだこれから続いていくとワシは思うよ。
Quote
榊正宗
ずんだもん発案者
@masamune_sakaki
最近、江口寿史先生のイラストが「写真の無断引用じゃないか?」ってSNSでめっちゃ話題になってるので長文で解説します。
ルミネ荻窪に掲出されてたビジュアルが「Instagramに投稿された写真とほぼ同じ構図じゃない?」って指摘が広まって、ニュースサイトでも取り上げられるなど大きな話題になった。