第218話 甲虫王者マサキング

「ねぇちょっとー。これ他の冒険者が焼け死んでるとかないよねー?」


「私がそんなヘマをする訳がないだろう。ちゃんと射線上に誰もいないと確認したからな」


「にしても炭を手に入れるだけなら、一番手前の木を炙ってくれるだけでよかったのに」


「それはその……高威力を見せつけた方がカッコいいだろうに……」


「そんな理由で……」



 竜一郎さんのブレスは、森の奥まで続く一筋の道を作ってしまった。その両端には破裂してカラカラに乾いた木片が散らばっている。


 どうやら樹木内部の水分が一瞬にして温められたため、気化・膨張して爆発したようだ。



「な、なあマサキ……。本当にあんなのと戦ったのか……?」


 顔を青くした浅井の同級生が訊ねる。



「そうだな……。多少は苦戦を強いられたんだけど、まぁどうにか撃墜はして、交渉の席に座らせた……って感じかな?」


「マジか……。冒険者ってパネえな……」


 彼らは本物のドラゴンブレスを目の当たりにし、感動するどころかドン引きしてしまったようだ。


 もう少し段階を踏んでから披露すべきだったろうに……。




◻︎




 ドラゴンブレスで作られた炭や薪を集め終わり、改めてバーベキューが再開された。網の上には大量の魚介類が並べられ、ジュージュー焼ける音と、香ばしい匂いを漂わせ始める。


 少し離れた場所では、浅井たちが捕まえたイソギンチャクやウミウシを長良さんが火魔法で炙り、竜一郎さんやペロに振る舞う姿が見えた。


 どんな味がするのか気になるものの、自ら口にする勇気は湧いてこない。後で二人から感想だけ聞かせてもらおう。


 と、そんなことを考えていると、背後からマキチカシマの三人娘が声を掛けてきた。



「伊吹先輩ー。ちょっと私たち森ん中を探検してきますねー」


「おー了解。でも三人で大丈夫? 危なくない?」


「危なそうならすぐ帰ってきますよ。まぁマッキーも居るから大丈夫です」


「はい、任せてください」


 マキマキさんは腰にぶら下げたロングウィップを軽く叩き、戦闘力に問題ないことをアピールする。



「おけおけ。んじゃ、もし珍しい果物とか見つけたら採集しといてよ。お酒の材料を増やしたいんだよね」


「はーい、了解でーす!」


 そんな元気いっぱいな返事を背に、揃いのビキニアーマーに身を包んだ三人は、森に向かって歩いていった。



 ……その格好はまだ寒いだろうに。




 そんなこんなで、岩場で釣りをする大中小を眺めたり、ヤドカリとタイマンを張る恵麻さんを応援していると、つい先ほど森へ向かった三人が、違和感たっぷりの胸を揺らしながら戻ってきた。



「ちょちょちょちょ、たーいへん!」


「どうしたん。胸の詰め物を入れすぎちゃったか?」


「その発言は報告対象です」


「ちょっ……」


「違う違う。確かにマッキーとチカは盛りすぎだと思うけど、今はそうじゃなくって」


 やっぱりそう思うよな。なんか変だもん。



 話を聞くと、竜一郎さんが貫いた森の奥に、地下六階へと続くであろう、下りの道を見つけたらしい。



「あれ? ここって海沿いの一番奥に階段があるんじゃなかった?」


「そうなんです。だからあれはショートカット用の隠し通路ですよ!」


「ショートカットて……」


 今いる場所は、地下四階から降りてきてさほど進んでいない場所だ。


 もしも地下六階へ向かうのであれば、右手に海を見ながら、長く続く海岸線を歩いていかなくてはならない。


 途中に現れる魔物の出現率は高く、それ故に地下六階へのアクセスは悪い。シマシマさんたちが見つけた道が本当にショートカット用のルートなら、これまでのセオリーが書き換えられることになるだろう。



「地下六階ってどんなだっけ?」


「えーっと、森林エリア? 獣系と虫系が多い階層だった気が」


「虫……ね……」


 折角、今日は浅井の友達も参加してくれていることだし、わざわざ巨大な虫の腹を見ることもないだろう。


 そう思いつつも他の皆に話をしてみたところ……。





「おー! 隠し通路とか激アツじゃん! 地下六階に行ったら、人を乗せられるくらいデカいカブトムシを捕まえてやるよ!」


「マジでー! 全男子の夢じゃん!」

「マサキ輝いてるなー!」

「初めからこんなに色んな体験できちゃっていいの!?」


 いつから浅井はテイマーになったのだろう。たとえ本当にカブトムシと出会っても、浅井のスキルでは樹液を奪い合うことくらいしかできまい。



「何にせよ、このまま確認せずに帰るのは気持ち悪いんじゃない?」


「えー、でも虫の多い階層だよ?」


「降りてすぐなら魔物もそう居ないでしょ。柏原さんに軽く地図を書いてもらって、どの地点に辿り着くかだけは確認しましょうよ」


「そ、そうだね……」


 姫の提案には一切の異論はない。むしろ初めから自分がそう提案すべきだったが、虫への嫌悪によって思わず日和ってしまった。



◻︎



──パキッ パキッ


 所々でガラス化した地面は、ドラゴンブレスがいかに高熱だったかを物語っている。


 ふと思い出して後ろを振り向くと、浅井の友達たちは全員ブーツを履いていた。


 よかった……。事前に浅井が用意してくれていたのだろう。ここをサンダルで進むのは危険だ。



 ブレスの跡を慎重に進むと、前を行くシマシマさんが足を止めた。



「あー、見えてきましたよ」


 視線の先。焼け跡のすぐ脇には、地下鉄の入り口のような遺構がポツリと置かれている。



「これ、本来はどうやって見つけるもんなんだろ……」


「闇雲に森へ立ち入るとか、普通は無さそうですしね」


 今よりも多くの冒険者たちで溢れかえれば、いずれはこの場所も見つけられるのかもしれない。他の階層でも、未だに見つかっていないショートカットはあるのだろうか。




 周囲の様子を確認するも、特に気になるものは見つからない。いつもの階層を跨ぐ階段と全く一緒だ。



「私が先に行きますね」


 そういって、スキルで気配を薄めたシマシマさんが階段を降りていく。



「んじゃ俺たちも行こうか」


 遅れている人が居ないことを確認すると、地下へと続く暗い階段に足を踏み入れた。





◻︎◻︎◻︎



 階段は思っていたよりも長かった。


 

 地下へ潜るにつれ、周囲の空気が暖かく変化する。そろそろ湿った土と草木の匂いが漂ってきてもいい頃合いだが……。




 妙に乾いている。




 先頭を歩くシマシマさんも、それを感じ取ったのか、すぐ先で足を止めていた。



「……なんか、変ですよね?」


 その呟きに、皆の表情が僅かに強張る。



 耳を澄ませても、虫の羽音も、木々のざわめきも聞こえない。


 聞こえてくるのは、自分たちの衣擦れの音だけだ。




 やがて階段の終わりが見えてきた。


 出口の向こうから差し込む光は、やけに明るい。




 そして次の瞬間──思わず言葉を失う。






 階段を降りきった先。視界の果てまで続くのは、草木も生えない灰色の世界だった。



 地面には起伏が殆ど無く、遥か先までひび割れた大地が広がっている。遠くには見たこともないほどの巨大な骨が横たわり、その上空を黒い鳥たちが飛び回っていた。


 所々に乾いた岩山がそびえ、いただきから零れた溶岩が、灰色の地表を川のように這っている。吹き抜ける風は熱を孕み、砂混じりの乾いた空気が肌を撫でた。



「…………は?」


「ぜんっっっっぜん、森じゃねーじゃん!」


「ん〜〜〜〜。魔界っ!」



 そのあまりの光景に、みな驚きを通り越して呆れ笑う。


 これのどこが森エリアだ。



「いやー、さすがに浅井の友達を連れてここを進むのは厳しいかな」


「一旦戻らなきゃだね」


「これ、地下六階とは違う場所に繋がってたってこと?」


「地下六階が二つ存在してるとかじゃない?」


「「ん〜〜〜〜〜〜〜」」



 目に見える情報だけで想像を巡らせても、正しい答えには辿り着けない。


 ここはやはり一旦引き返し、しっかりと準備を整えてから調査すべきだろう。


 と、みなガヤガヤと話し合っている中、リッチさんだけは遠くを見つめたまま微動だにしない。



「……どうかしました?」


 心配になって声を掛けると、リッチさんはゆっくりとこちらを振り向き、ややあってから口を開いた。



「この場所は……ナグシアレン=ルラではないか……?」


「えっ、知ってる場所?」


「灰色の地面、巨大生物の骨、血のように赤い川……。魔族たちが終わりのない戦を繰り返している不毛の大地、ナグシアレン=ルラの特徴と全てが一致しておる」


「いや魔族て……」


「ジャッキーはここに来たことがあるの?」


 チカチカさんが質問した。



「いや、来たことはない。私がいた世界では有名な冒険譚に出てくる場所なのだ」


「それって作り話?」


「そう……今まで思っていたが、どうやら実在する場所だったようだ……。よく寝物語として聞かされ、悪さをするとナグシアレン=ルラへ連れていかれるんだと、子供を叱りつける時の常套句としてよく使われていた」


「私たちって何か悪さしたっけ」


 チカチカさんの無邪気な質問に対し、シマシマさんがすぐに返事をする。



「全然してないよ」


「うん、なら違う場所だよ」




 それは何よりだ。



◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る