第219話 あの場所は何だ?

「今日はありがとうな。地下六階のこと気になるから、また連絡するよ」


「おう。スマホでもいいし、ここか地下三階に誰かしらいると思うから、またいつでも遊びに来いよ」


「おっけー。じゃまたなー!」


「「おやすみー!」」


「「ありがとうございましたー!」」



 浅井の同級生たちを見送った後、クランハウスへと戻り、夕食を摂りながらの座談会が開かれた。



「……うーむ、やはり刺身と醤油の相性は計り知れんものがあるな……」


 リッチさんは眼孔に浮かぶ光を細め、しみじみとそう呟いた。



「元々住んでいた世界には、同じようなドレッシングってなかったの?」


「調味料自体がはるかに少数だったし、それに生魚を食おうとする狂者はおらなんだな」


「狂者なんだ……」


 魔法が普通にある世界なら、冷凍技術も存在していそうなものだが、どうやら刺身の文化はなかったらしい。



「この醤油は、三八村の中にも常備しておくべきではないか?」


「だから地球産の物質はダンジョンに持ち込めないんだよ。もし欲しいなら、村で自前の醤油を作り出すしかないね」


「ぬううう……。自作は手間が掛かりすぎるだろう。それならば毎晩ここへ通う方が手っ取り早い」


「まぁそうだよね。……ところでごく自然にダンジョンから出ちゃってるけど、何でリッチさんたちは入り口で弾かれないの? 生きたゴブリンは外に連れて行けなかったんだけど」


われが死んでおるからではないか?」


「あーいや、竜一郎さんやニーナさんもそうだね」


「うーむ、言葉を話せるなら外に出られる、そんな決まりだろうか」


「それだとペロは出られないよ?」


「であるとすれば、人への害意の有無によって、結界が作動するのかもしれんな」


「ないの?」


「ははっ、もうすっかり人への恨みなどないわ。われが忌々しく感じていた者共は、この世界に居らぬからな」


 人への害意がないなら外に出られる……か。本当にそんな条件でダンジョンの外に出られるのであれば、この世界も楽しいことになりそうだ。



「実際、そんな条件の結界ってあるの?」


「元いた世界では色んな結界があったぞ。例えば女しか出入りできない修道院や、王族しか開けない扉とかな」


 性自認が女性なら通れるのだろうか……。



「ダンジョンの出入り口にある結界は?」


「あれは仕組みが高度すぎて全く理解できん。きっと我々よりも遥かに上位の存在が作ったのだろう。ま、考えても無駄なことだ」


「メイドイン神様かー……」


 もしも本当にそんな上位の存在がいた場合、人の身では全てを受け入れるしかないのだろうか。理不尽な行いをされた時のために、何かしら抗う術を持っていた方が安心できるのだが……。



 それも考えるだけ無駄か。



「しかし折角なので醤油の醸造にも手を出してみてもよいな。後で調べ物をするのでパソコンを貸してくれたまえ」


「タブレットならそこにあるよ?」


「あれは我の指だと上手く操作できんのだ……」


「……そんな落とし穴が」



 地上へと戻ってきた際、冒険者ギルドに立ち寄って地下六階の情報を確認してみたところ、森が荒野に切り替わったという報告は見受けられなかった。


 近く、自分たちの目でも確認してみるつもりだが、正規ルートの先にある地下六階は見ておくべきだろう。


 片方の階段からは森が迫る地域。そして今日みつけた階段だと荒野の世界。二つの空間は距離を隔てて繋がっている可能性もなくはない。



「あーんな寂しい世界だと、魔族たちは何を食べて暮らしてるんだろ。あの飛んでた黒い鳥かなあ?」


 そんな疑問を口にしたのは深谷さんだ。



「その辺りのことは冒険譚で語られていたぞ」


 曰く、魔族は地中の石に含まれる魔力を吸って生きている。またそれとは別に、物質的な食事として地下で育てたキノコを。あるいは朽ちた骨の中に湧く、白くて細長い生き物を食べるそうだ。



「うぇぇぇぇ……。魚介パスタ食べてる時に訊くんじゃなかった……」


「イッちゃんが食べてるその魔族料理、とっても美味しそうですねー」


「もー、アンタがいま食べてるエビだって、殆ど幼虫みたいなもんじゃないっ!」


 魔族の生態を聞かされた深谷さんらが、互いの料理をゲテモノ扱いして戯れあっている。しかしその流れ弾はこちらにも影響を及ぼした。やめてよ……。



「魔族たちは、その石が産出する地域をめぐって、闘争に明け暮れているそうだ」


「なんとも世知辛い世界だなあ……。にしても、そんなバイオレンスな世界に足を踏み入れた上で、冒険譚として残した人物が、過去には居たってことなんだよね?」


「あの世界では時折そういった『抜きん出た存在』が現れるのだよ。大陸の版図を大きく塗り替えてしまうような強者や、遠く離れた大陸を往復できるほど魔力に長けた者だとかな」


「一部の天才ってやつか……」


「ただ……今思えば、あのような者たちが定期的に世界を引っ搔き回すせいで、いつまでも文明が醸成しなかったのでは? と、考えてしまうな」


「どういうこと?」


「百年積み上げてきた王国を、たった一人の天才が気まぐれに更地へ還す。そんな事が繰り返されれば、技術や体系は途絶え、次なる世代へと継がれなくなる。ゆえにいつまで経っても君たちのいう『中世ヨーロッパ』のままだったのだろうなと」


「未曾有の災害に脅かされ続ける世界か……。まぁ何となく、未来に蓋をされてるみたいで嫌かもなあ」


 と、そんな意見を口にした瞬間、シマシマさんが会話に加わってきた。


「えー、でも思うがままに力を振るって、村の生娘を攫いまくれる世界って何だか憧れません?」


「何で自分が力を持つ側にいる前提なの……」


「これっ! あまり無体なことを口にするでない。ナグシアレン=ルラへと連れていかれるぞ……」


「あー、あの世界はちょっと嫌かも……」


「そうだ。地下六階って、結局その……ナグシア何とかって場所なの?」


「概ね冒険譚で語られていた景色だったが、決め手となるであろう魔族が一人も見当たらなかったので何とも……だな」


「その魔族ってのは……例えば竜一郎さんよりも強かったりする?」


「かの方々が、他の何者かに負けるところを全く想像できない。しかし日夜戦争を繰り返している種族なら、戦い慣れしていることは間違いないだろう」


「そうなると、やっぱり魔族になんて遭いたくないよなあ……」


 リッチさんは、生まれた世界がそうだったのか、竜族のことを当たり前のように敬っている。特に理由は尋ねていないものの、日本人が『米粒を粗末に扱わない』ことや、『お守りはゴミ箱に捨てない』といった心理に似ている気がする。



「あの溶岩の川を辿れば、赤月茸が見つかるのだろう?」


「かもしれないねって話だよ」


「それ私が隠密状態で見てきましょうか?」


「いや、一人は危ないでしょ。もし『隠密絶対看破するマン』が現れたら見つかっちゃうし」


「えー、そんなの居るかなあ……?」


 おそらくは居ないのだろうが、いまは魔族に関しての情報が少なすぎるため、何に注意すべきかも分からない状態だ。


 出来うる限りの準備を整えた上で、地下六階(裏)の調査へ臨むべきだろう。



「何にせよ、今日着ていた破廉恥な身なりでは、まともな戦闘もできまい。年頃の婦女子であるならば、もう少し慎みのある、しっかりとした造りの鎧を纏ってだな……」


 リッチさんの尤もな意見に、シマシマさんは言葉を被せた。



「あっそういえば、あのビキニアーマーなんですが、ちゃんと長良先輩の分も用意してありますよ。あとで渡しておいてもらえます?」


「はっ!? ちょ、何で俺が!?」




 ………………。


 そりゃあもちろん、責任を持って届けてみせますとも。




◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎








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