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だれもモートン・フェルドマンの代わりはできない

 「来年、またここに戻ってから、レッスンの続きをやろう」と言い残してフェルドマンがサンディエゴを後にしたのは、1987年の3月半ばころだった。そして、6月頃に弟子であったバーバラと結婚したといううわさもあり、幸せな日々を送っているものと思っていた。ところが9月3日にフェルドマンが亡くなったという突然の悲報は、僕をはじめ多くの人たちに大きな衝撃を与えた。折しも、9月5日からロサンジェルスでは、ジョン・ケージの75歳を祝う「ケージ・セレブレイション」が始まったばかり。フェルドマンも駆けつけて、ケージの“ミュージサーカス”のなかで、“ドリーム”という短いピアノ曲を弾くことになっていた。当日、配布されたパンフレットのなかに「だれもモートン・フェルドマンの代わりはできない」という一文が書き添えてあった。

 今年(2026年)は、フェルドマンの生誕100年目にあたり、来年は、没後40年となる。いまなお、その音楽の静かな余韻は、さまざまに広がることはあっても、けっして止むことはない。5月2日には、フェルドマンから敬愛を受けたピアニストのひとりである高橋アキによって生誕100年を祝うリサイタルが開催され、4時間にわたって4つのピアノ作品が演奏される。丹念に織り込まれたパターンの連鎖のなかにフェルドマンの記憶の痕跡を辿ってみたい。

 


モートン・フェルドマン(Morton Feldman)【1926-1987】
1926年、アメリカ・ニューヨーク生まれの作曲家。図形譜の発案者であり、演奏時間が四時間を超える長い静謐な作品を残すなど現代音楽に大きなインパクトを与えた。20代半ばにジョン・ケージと出会ったことによりその前衛的傾向を強め、ケージ、D・チュードア、E・ブラウン、C・ウルフらとグループを作り、図形楽譜の使用、不確定性導入などアメリカ現代音楽の最前線に立った。80年代以降に、一つの楽章で演奏に60分以上、なおかつ音楽全体がピアニシモのままという、非常に長大な作品を作曲し始め、静かな音は彼が興味を引く唯一のものであると述べた。1987年、年少の女流作曲家バーバラ・モンクと結婚したが、その直後に息を引き取った。

 


寄稿者プロフィール
藤枝守(ふじえだ・まもる)

作曲を湯浅譲二やモートン・フェルドマンらに師事。植物の電位変化データに基づく〈植物文様〉を展開。著書に「[増補]響きの考古学」や電子書籍「孤高の響き」など。アルバムはTzadikからの3枚をはじめ『ルネサンスの植物文様』『ガムラン曼荼羅』『枯野:植物文様ソングブック』など多数。「台湾茶の植物文様〉(台湾大学)、〈サンゴ-ガムラン神楽〉(神奈川県立音楽堂)などの公演活動を展開。現在は、喜界島サンゴ礁科学研究所特別研究員としてサンゴ骨格音響のアートプロジェクトを実践。九州大学名誉教授。Ph.D. in Music(University of California, San Diego)。

 


LIVE INFORMATION
高橋アキ プレイズ フェルドマン
モートン・フェルドマン生誕100年を祝って

2026年5月2日(土)神奈川・横浜 神奈川県立音楽堂
開場/開演:13:10/14:00

■プレトーク
13:30開始
高橋アキ/柿沼敏江(音楽学)

■出演
高橋アキ(ピアノ)

■曲目
モートン・フェルドマン(1926-1987):ピアノ/トライアディック・メモリーズ/バニータ・マーカスのために/マリの宮殿

https://www.kanagawa-ongakudo.com/d/feldman100