小さな呪い
私は子供が好きではない。
好きではないというより興味がない。
友達に子供が産まれた時も「へえ」って感じで
その子供を見せられた時も「ゴム人形みたいだな」と思った。
もちろん、心の中で思っただけで
その時は周りに合わせて「かわいいねえ」とわざとらしく笑っておいた。
自分は「普通」や「一般」を装うのが異常に上手い。
その友達とは段々と遊ぶ頻度が減っていった。
「家庭を優先してるな」と思った。
2022年8月4日 人の親になった。
初めてわが子と対面したとき「ゴム人形みたいだな」と思った。
親になった実感も特になかった。男は産む苦しみがない。悪阻もない。
ただ十月十日待っているだけだった。
もちろん妊娠中は良い旦那風を精一杯に装った。
家事も率先して行い、悪阻の酷い日は寄り添い
パパママ教室なるものにも通った。生粋の普通人間である。
「世間一般からみた良い旦那とはこうだろう」と考えながら生活していた。
そして、子供が産まれた。
子供は産まれて間もなく
気胸に問題があるという理由でNICUに連れていかれた。
妻がとても不安そうにしていたので
生粋の普通人間が「大丈夫だよ」と言った。
なにも知らないくせになにが「大丈夫だよ」だよ。
子供は2週間入院することになった。
保育器を覗くと
たくさんのチューブに繋がれた小さなゴム人形がスヤスヤと眠っていた。
子供を出産して3日後に妻は退院した。
妻の日記に「他のお母さんはたくさん自分の子供のお世話をしているのに、私はなにもしてない。悲しい。」と書いてあった。
私はというと「生まれてすぐにみる夢ってどんな夢なんだ」などと
くだらないことを考えていた。
その11日後、子供が無事に退院した。
妻と子供はそのまま妻の実家へ里帰りをした。
1か月間、里帰りなんちゃらってやつだ。
自分もほぼ毎日妻の実家に通い、子供の世話をした。
生粋の普通人間である。
ミルクの作り方、ゲップのさせかた、オムツ交換のやり方、お風呂の入れ方…この1ヶ月でたくさんのことを覚えた。
しかし、それでも自分が親になったという実感はなかった。
そのまま1ヶ月が経ち、妻の実家から我が家に移り2ヶ月、3か月
…と虚無子育ては続いた。
妻と自分は子供が生まれてからほぼ毎日、子供に絵本を読み聞かせていた。もちろん最初のうちは無反応だったが
成長していくにつれて笑ったり、喃語を喋るようになった。
特に子供の反応が良かった絵本が
「しましまぐるぐる」と「クリスマスの奇跡」だ。
ページを捲るたびに子供は
「あうー」「ほー」「ぴー」と意味のない言葉を発した。
相変わらず虚無だて(虚無の感情で子育てをすること)をしていた自分は
子供の喃語に適当に返事をしていた。
子供はよくサンタクロースを指さし「びびん」
トナカイを指さし「じゃー」と言った。
私は「これはサンタクロースで、これはトナカイ」と
一応答えだけ説明していた。
そんなある日
子供が私に「あぱ」「あぱ」としきりに話しかけていることに気づいた。
私の顔を見上げ、目を細め、よだれを垂らしながら「あぱ」と言う。
胸の奥が静かに破裂した。
おそらく、いや確実に私のことを「あぱ」と呼んでいる。
パパと言いたいのだろうか。
というか、そんなことよりも
この小さな生き物が、私を“パパ”として認識している。
一体いつからだろう。
思い返すとだいぶ前から「あぱ」と言っていた気がする。
いつからだ?思い出せないくらい前から。
私はすぐに絵本を引っ張り出し
「これは?」「これは?」とクジラや消防車を指差し子供に聞いた。
子供はそれぞれに対し意味不明な喃語を発し
私の顔を私が指差した時、笑って「あぱ」と答えた。
私はその場に倒れ込み、虫が絶命する時のように仰向けになった。
「か、かわいい…」
「ゴム人形みたいだな」と思っていた存在が
突然、どうしようもなく愛おしい“我が子”に変わった。
子供嫌いな私が、一瞬で心奪われた。
オムツの臭いも、2時間半ごとの夜泣きも、ミルク瓶の消毒も、全部、虚無でやっていたものが全て、意味を持ちはじめた。
愛おしいという言葉の範疇を超えている気がした。
その尊さに涙が溢れそうになった。
これは愛というより呪いだ。
この先何を言われても、何をされても、ケツを叩かれても、クソを投げられても、ガソリンぶっかけられて火をつけられても、この子を嫌いになることはないだろう。どんなに辛くてもゾンビのように育児をするだろう。
思えば人の親はみんなそうだ。
みんな辛そうな顔をしながらなぜか子供を育てている。
あいつらみんな呪われてたんだ。
一生解けない呪いにかかっているんだ。
さて、私がこのnoteで語りたいのはここから。
(マジ前フリ長すぎ。話が下手クソ)
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なんというかすごく素晴らしいです、呪いそうです、子供に対する親の役割そうなんですよね 本能といえばそれだけかもしれないですけれど、それでも良いんです、自己満足でもなんでも 凄く心揺さぶられる文章でした あらためて思い直しましたありがとうございます🙏