- 1二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 00:10:11
- 2二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 00:11:37
指定された喫茶店は、入り組んだ裏通りにあった。
コンクリートの谷間。陽の光もまともに入らないような、路地と呼ぶにもうらぶれた場所に、唐突に木目調のドアがある。そこだけテクスチャを貼り間違えたかのような唐突さだが、ここはツクヨミではなく現実だ。つまり、貼り間違えではなく、単にそう作られているというだけだ。
扉には「Open」と素っ気ない筆記体の記されたカードが掛けられていた。
ドアを開けると、カロン、と心地よいベルの音が出迎えてくれた。
レトロな照明。オレンジ色の光で照らされた店内。最初に目についたのが、おそろしく深く輝く、暗い色のバーカウンターだった。長い年月をかけて磨き抜かれてきた、そんな歴史を否応なしに叩きつけてくる、ある種暴力的とすら言える圧を放っていた。
次に目についたのが、そのカウンターの向こうに佇む男性だった。マスター、と言えばいいのだろうか。
白いワイシャツに黒いベスト。黒いネクタイ。いわゆるバーテン服姿で、例のバーカウンターの上に乗せたコーヒーミルを回していた。そのミルからは、空気の揺らぎ程度の音量で流れているジャズを掻き消すように、ガリガリとコーヒー豆を挽く音がリズミカルに響いていた。
店内を見渡すけれど、他の客の姿はない。まだ来ていないのか、あるいは。
「……まだ顔を合わせて5秒だけど、何か、粗相をしてしまったかな」
唐突に、マスターが口を開いて、そんなことを言った。
「あるいはシンプルに、僕が好みではないか」
彼は視線を上げて私を見る。しかし、手元で豆を挽く手を止めることはない。ガリガリという音は続いているけれど、不思議と彼の声は聞き取りやすかった。
「それとも、もっとシンプルに、君は――」
「誰かと付き合うつもりがないだけ。嫌な顔をしてごめんなさい」
私は謝りながらバーカウンターに近寄った。会って最初に交わす会話がこれとは、私は相当嫌そうな顔をしていたのだろう。モデル失格だ。
「あぁ、そうだろうね。それでは、どうしてマッチングしてくれて、あまつさえここまで来てくれたのかな」
「……ごめんなさい、マッチングしたのは操作ミスです。来たのは……成立したマッチングをすっぽかすのが申し訳なかったから」
「仕方なくアプリをやっているクチだね。実のところ僕もそうだ」 - 3二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 00:12:35
なんだ
なにが起きる - 4二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 00:12:38
周りからの圧力が鬱陶しくて、私は仕方なくマッチングアプリを始めた。使っているうちは「いい相手がいないから」と周囲に言っていれば済むので悪くない手ではあった。毎日溜まっていくお誘いを削除していくうちに、一件、操作を間違えてマッチングを承諾してしまった。相手から来たのは、事務的な日時の調整と、この喫茶店の住所だけ。間違いですと言ってしまうのも申し訳なかったので、会うだけ会ってみることにした。
「僕は親がうるさくて仕方なくやっている。見てのとおりコーヒーを挽くのが好きだ。ヒトと話すのは苦手だ。ヒトと話すのは苦痛だが、こうしてコーヒーを挽いている間は落ち着いていられる。君はコーヒーは好きか?」
「好きと言えるほど好きってわけじゃありません。市販品を飲む程度です」
「コーヒーの飲み方にこだわりはあるか?」
「特には」
「僕もだ。コーヒー自体が好きなわけじゃない。コーヒーを挽くのが好きなんだ」
彼は手を止めると、不思議な形のフラスコに水を入れて、アルコールランプに火を付けた。私には名前も分からないような器具だけど、明らかにアンティークだ。彼はテキパキとそれに作業をしていく。おそらくコーヒーを淹れているのだろう。
会話はそれきりで、彼は黙々と作業をした。店内で他に音を立てるものはなく、ほんの僅かなジャズと、アルコールランプが燃える音だけが私の耳をくすぐっていた。
コポコポと、フラスコの中で湯が沸く音さえ聞こえてくるようだった。
「ここはあなたの喫茶店ですか?」
「一応、そうだ。これでもコーヒーと軽食とケーキで売っている」
「表に看板がなかったので、入っていいのかちょっと悩みました。ネットで調べてもヒットしませんでしたし」
「うちは完全会員制、予約制でやっている。一見は受け付けていない。理由は……まぁ、見てのとおりだ。今日は君との約束があったので、この時間帯を空けておいた」
- 5二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 00:18:10
そんな話をしているうちに、いつの間にかコーヒーが出来上がっていた。地獄のように濃い香りが、彼の手元から店内に広がっていく。
「牛乳を摂取することに抵抗はあるかな?」
「ありません」
彼は2つの厚手のマグを取り出すと、それぞれにコーヒーを注ぐ。どろりと、泥のような黒い液体が流れていく。それに砂糖をスプーンで2杯たっぷりと入れ、同じようにたっぷりの牛乳を注いでマドラーで掻き混ぜる。
「どうぞ」
コト、と私の前に出されたのは、いわゆるカフェオレだった。
いただきます、と言ってそれを口に含む。甘い。甘いのに、その甘味に負けないくらいコーヒーの味が濃い。それでいて苦みが強いというわけではなくて。
「おいしい……」
「通常の2倍濃く淹れたコーヒーに、たっぷりと砂糖とミルクを入れて飲む。ブラックに拘るのでなければ、コレが一番疲れが取れるだろう」
「……疲れてるように見えましたか?」
「疲れているのでもなければ、人前であんな顔をするタイプには見えなかった」
「…………」
私は黙って、カフェオレを啜る。
生暖かくて甘い液体が喉を伝って、身体の中へ落ちていく。その甘みと僅かな熱が、私の心を少し解きほぐしてくれるような気がした。
「取引をしないか」
「……取引?」
「僕も君もいい加減うんざりしている。そして君は信用できそうだ。そこで」
彼は自分の分のカフェオレをぐいと飲んでから、どうでもよさそうに言った。
「しばらく偽装交際でもしないか。本当にうるさいんだ、周りが。ここに来てくれれば飲み物と軽食くらいは出そう」
その声色はどっちでもよさそうだったけれど、表情の方は心底うんざりしているといった様子だった。うんざりしているのは私もで、出されたカフェオレは確かにおいしかった。
悪い話では、ないと思った。
「その話、乗っても?」
「契約成立だ」
私たちはマグを軽く打ち合わせた。
- 6二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 00:19:10
- 7二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 00:20:12
別に芦花さんで書く意味もなかったので本文中では名前も出してないんだけど
↓のツイートを見て「マチアプの待ち合わせに超不機嫌顔で現れる芦花さん面白いな……」と思ったので芦花イメージで書いたやつ
- 8二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 00:20:25
ほぉ〜?
ほぉ〜〜〜〜?良いじゃない……こういう空気感のss大好きよ - 9二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 00:36:28
情景が目に浮かぶ
- 10二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 00:55:07
続きはあるんです?
- 11>>126/05/14(木) 00:56:30
いちおうこれで完のつもりなので好きに続き書いてもらってもいいしマチアプ芦花概念を作ってもらってもいい。
電波を受信したら書きます - 12二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 01:16:29
マスターもかつて同性の誰かに特別な感情を抱いていたことがありそう
- 13二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 01:18:11
流石にかぐやは連れてこれないし彩葉を連れてくるとかぐやにバレかねないし
- 14二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 01:28:41
契約交際のまま店を閉めるまで友人関係が続くのでも良いし、互いに感じる感情は『そう』じゃないけど家族に似た情はいつの間にか感じるようになっていてふと籍を入れるのも乙ではないか
- 15二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 01:31:39
ちょくちょく来ては一切会話もなく1時間くらいゆっくりいつもの珈琲を飲んで帰ってくみたいな関係も良いかも
- 16二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 09:16:06
- 17二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 11:15:06
私は週に1度くらい、その喫茶店を訪れるようになった。
小さなお店で、バーカウンターが数席、テーブル席が2席。
それがこの喫茶店の全てだ。
彼は客と会話をしないタイプのマスターだった。
いつもバーカウンターでコーヒーを挽いている。喋るのは挨拶と、注文を取る時くらい。
それを分かっているからか、お客さんも思い思い、自分の時間を過ごしているようだった。
本を読む女子高生、パソコンを打っているサラリーマン、テーブル席で話に花を咲かせる老夫婦。
私はいつも、バーカウンターの隅に座る。来るのは仕事の合間や、仕事終わり。一息入れたい時。
そうするとマスターはあの、とびきり濃いカフェオレを淹れてくれて、軽食やケーキもつけてくれる。それを味わいながら1時間くらい過ごすと、不思議とその日あった嫌なことや憂鬱な気持ちはどこかに行っている。
普段は言葉を交わすことさえないけれど、マスターはたまに自分の分もカフェオレを淹れて、コーヒーを挽きながらそれを啜っている。その距離感が、なんだか心地よくて。
ある日、真実を連れて来て、一緒にランチを楽しんだ。
運ばれてきたサンドイッチを一口齧った真実は目の色を変えた。マスターの作る軽食はどれもおいしいけれど、彼女をしても一味違うようで、私は少し嬉しくなった。以来、半月に一度ほど彼女を連れてくるのが私の習慣になっている。
「君の雑誌を買ったよ」
他にお客さんがいない時、マスターはたまに私へ話しかけてくれる。
「君は美しい」
「……ありがとう?」
「モデルの仕事は大変だろう。身体を見せることに抵抗はないのか?」
「ない、って言ったら嘘になるかな。嫌なことも多いし」
「なぜわざわざそんな仕事をしている?」
「自分の得意なことを仕事にした、って感じかな。嫌なことも多いのは分かってたけど、それはどの仕事でも同じだろうし。高校生の頃から美容関係のことをやってたから、知識やスキルはあったし」
「なるほどな、それは道理だ。僕もヒトと話すのは心底苦痛だが、こうして仕事をしている。コーヒーを挽いていられる仕事は他に思いつかなかった」
そうぼやきながら、マスターは自分の分のカフェオレを啜る。最近は、私と話す時はコーヒーを挽く手を止めて、同じ飲み物を飲みながら会話をしてくれるようになった。その些細な変化が、なんとなく嬉しかった。
- 18二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 14:23:19
マチアプに登録しているROKAとマッチング成立したと思ったら待ち合わせ場所に超不機嫌そうな芦花が来たとかもう死ぬしかないだろ
- 19二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 19:56:07
ROKAさんが大人のプラトニックラブを楽しむの無限においしいのではないか?
- 20二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 22:15:12
- 21二次元好きの匿名さん26/05/14(木) 23:39:21
「綾紬です。明日13時から、2名でいいですか」
『いつもの彼女か?』
「ええ」
『分かった、構わない。13時にテーブル席を空けておく』
それが、私と彼の貴重な会話。
アプリの方でメッセージをやり取りするのも何か違う気がして、かといってラインを交換しようと言い出す空気でもなくて。結局、喫茶店の予約を入れるために短く言葉を交わすだけの関係に落ち着いている。
明日は真実と一緒に街を歩く約束をしていて、真実はあの喫茶店でランチとデザートを食べたいと希望した。
翌日、お店のドアを開けるとベルの音と、「いらっしゃいませ」という機械的な挨拶が私たちを出迎えた。
コーヒーを挽いている彼に軽く会釈をして、テーブル席に真実と座る。
窓のない店内だけど、テーブル席の側の壁には窓のような装飾がしてあって、閉塞感を意識させない作りになっている。
2人でメニューを広げて眺める。『サンドイッチ盛り合わせ』『ハンバーガー』『たらこクリームパスタ』……飾り気のない、料理名だけが淡々と並べられたメニュー表。それがなんだか、お店の雰囲気とマッチしてかえって好ましい。
「真実、どれにする?」
「悩む~……芦花はどれにするの?」
「私はパスタにしようかな」
「じゃぁ私はハンバーガーにする」
カウンターに向かって手を挙げると、彼はコーヒーを挽く手を止めて、カウンターから出てくる。
「ご注文を承ります」
お冷の入ったグラスを置くと、腰のエプロンから古めかしいメモ帳を取り出した。
「ハンバーガーと、たらこクリームパスタをお願いします」
「畏まりました。出来上がりまでごゆっくりお寛ぎください」
サッとメモ帳に走り書きすると、それをエプロンのポケットの中に落とし、スタスタとカウンターの奥へ戻っていく。その背中はそのままキッチンへ消えていった。
それを見送ってから真実の方を見ると、真実は真実でしみじみとお店を見回していた。
「いいお店だよね~」
彼女はうっとりしたように言う。
「いつも連れてきてくれてありがとね、芦花」
「気に入ってくれてよかった」
「気に入ったなんてもんじゃないよ!どうやってこんないいお店見つけたの?」
「ん~……まぁ、ちょっとしたご縁というか」
- 22二次元好きの匿名さん26/05/15(金) 09:27:52
なんというかこのマスター荒木作品に出て来そうな感じがしていいよね
人に迷惑はかけないけど、自分のやりたいことには妥協市内的なスタンスがさ - 23二次元好きの匿名さん26/05/15(金) 09:57:28
このレスは削除されています
- 24二次元好きの匿名さん26/05/15(金) 19:23:16
Xでバズった投稿ペタペタ
これはまとめ動画 用のスレですか?