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「なる」と決めたら現実が動き出す
「願いが叶った自分のふりをする」ほど、願いは遠ざかっていく。
引き寄せ難民を量産しているのは、この”勘違い”が原因。
「実現したかのように振る舞いなさい」はよく言われることで、これができない。
「ふりをする」は、すればするほど「ない」という不足感が強化されていく。

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「なったふり」が、願望実現を遠ざける

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潜在意識が現実化に向けて反応するのは、表面的な行動じゃない。
心の奥底にある「確信」のほう。
自分が「これはこうなんだ」と、根拠も理由もなく「決めつけている」こと。

たとえば「お金持ちになりたい!」と思って、高級ホテルでコーヒーを飲んでみる。
このとき、心の中で何が起きているか。
「これやったら、お金持ちになれるかな」
でも確信としてあるのは「私は今、お金持ちじゃない」
だから衝突が起きる。だって信じているのは後者のほうだから。
潜在意識は素直なので、その確信のほうを採用する。
結果「お金持ちじゃない私」が強化されていく。

「先取りで行動しよう」「叶った私として振る舞おう」
真面目な人ほどこれをやる。
でも構造上「ふり」をするほど「ない」が強化される。
これが、引き寄せ難民の量産工場の正体だったりする。

私自身、これずっとやってた。
引き寄せの法則を学び始めた頃、都内の高級ホテルのラウンジまでわざわざ行って、英字新聞を広げ、コーヒーを飲んでた時期がある。
(今思うと超絶恥ずかしい黒歴史)
お金持ちで、デキる女で、グローバルに活躍してる私を、必死に”演出”していた。
でも当時の私が確信していることは「私は今、そうじゃない」
…叶うわけないよねw
潜在意識からしたら「そうじゃない私」しか見えてない。

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「ふり」と「なる」は、似て非なるもの

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「ふり」は、自分の外にあるものになろうとすること。
「なる」は、自分の中にすでにある要素を採用すること。
似てるようで、構造が真逆。

実は私たちの中には、何百という人格が眠っている。
お金持ちの要素を持った自分、デキる要素を持った自分、愛される要素を持った自分。
それらの要素を1ミリも持っていなかったら、そもそも目標にすらできない。
「なりたい」と思うのは、可能性がある証。可能性があるから”見えている”のだ。
目標にできているということは、すでに自分の中に要素がある。

「ふり」が苦しいのは、自分に嘘をついているから。
「なる」が軽いのは、もともと自分の中にあるから。

ここがわかっていないと、自己啓発の罠にハマる。
「ギバーになろう!」「感謝しよう!」「先に与えよう!」
あああああ!!わかります!!どれも正論!
でもそれを「ふり」でやると、潜在意識は「今の私はギバーじゃない」「感謝が足りない私」を強化する。
私は昔から「感謝しろ」という言葉に拒否反応があった。
今ならわかる。あれは「感謝してないお前はダメ」と言われている気がしてものすごく嫌だった。
「ふり」として取り入れた感謝は、自己否定の上塗りでしかなかった。

本当の「なる」は、強迫観念じゃない。
自分の中の、すでに感謝している瞬間を採用する。
すでに与えている自分を思い出す。
「ないものになる」んじゃなく「あるもの」を選び直す。
これだけで体感が変わってくる。

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「ふり」じゃなく、選び直す

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正直に言うと、今でも「ふり」に戻りそうになる。
ギバーにならなきゃ、感謝しなきゃ、先に与えなきゃ。
気を抜くと、強迫観念が顔を出す。
「ふり」は慣れ親しんだクセだから、簡単には抜けない。

ただ、抜け方はある。
「あ、今”ふり”に入ってる」と気づいた瞬間「ふり」は終わる。
気づくことが、選び直しの入り口。

なぜ「気づく」が決定打になるのか。
気づいた瞬間だけ、自分を俯瞰できるから。
内側から自分を見ていると、自分がどういう状態なのかすらわからない。
「ふり」をしているとき「ふりをしている」とは思っていない。
それくらい「ふり」は内側に張り付いている。

俯瞰した瞬間に、はじめて選択肢が現れる。
「ふりを続ける」か「中にある自分を採用する」か。

「中にある自分を採用する」とはどういうことなのか?
ずっと、ここで沼っていた。

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あの人ならどうする?

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気づいたあと、何を採用するのか。
ここで使えるのが「あの人ならどうするか」という問い。

「あの人みたいになりたい」と思う対象がいたとする。
お金持ちでも、有名人でも、尊敬する経営者でもいい。
その人なら今この選択をするか?
今の自分じゃなくて、なりたい姿のほうで考えてみる。
「いや、しないな」となったら、それだけで選択が変わる。

ここに「ふり」と「なる」の決定的な違いがある。
「ふり」は、外側を真似ること。
「なる」は、自分の中の「あの人と同じ要素」で選び直すこと。
人を尊敬できるということは、自分の中にもその要素が1ミリある証。
1ミリも共鳴するものがなければ、そもそも憧れにすらならない。
だから「あの人ならどうするか」は、自分の中にあるものを呼び起こす作業そのものなのだ。

1つの選択を変えても、人生は劇的には変わらない。
でも、それが20、30と積み上がっていったら?
半年後、1年後、別人格になっているのは必至。
だって、今の自分とは”明らかに”違う選択をしているのだから。
「なる」は瞬間の奇跡じゃなく、選択の積み上げ。

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願望実現は「思い出し作業」

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願いを叶え続けてる人は「ふり」をしていない。
中にある自分を、選び直しているだけ。

これは魔法でも気合いでもなく、構造の話。
「ない自分」を強化するか「ある自分」を採用するか。
潜在意識は「確信しているほう」を忠実に現実化する。
だったら、後者を選ぶ一択。

願望実現は、新しい自分になる魔法じゃない。
すでにある自分を、思い出して採用する作業。

高級ホテルのラウンジもコーヒーも、もう必要ない。
願望実現は外側を演じた先に訪れるのではなく、内側を選び直した瞬間から、もう動きはじめている。


日常の違和感や、人間関係の正体について言語化しています。
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