前身と創刊
1946年1月(昭和21年):実際は読売新聞のダミーとして「国際中日公報」が創刊
読売との関係
今日も名の残る大手新聞は太平洋戦争中、新聞紙法の規制を受けて悉く日本軍部を翼賛する報道を繰り返してきたため、連合国GHQはそれら大手新聞を戦争犯罪人と考え、新聞の新旧交代を図るために物資枯渇による新聞用紙の割当配給制を背景に、敗戦によってそれまでの新聞統制が無くなったことで、新聞社の設立も自由になり倫理的に無傷な新興新聞社に新聞用紙を優先的に配給することで発行を容易にし、戦犯かつ旧勢力としての既存大手新聞の力を削ぐことで立場を入れ替えることを企図した。この施策に対し既存の大手新聞各社は「自紙のダミー会社をGHQが喜びそうな新興新聞社として設立する」という極めて脱法的な方法で密かに抵抗していた
内外タイムスもまた、当初は華僑向け新聞を口実として創刊された新興新聞社のひとつであったが、実態は読売新聞社のダミー会社であった