東大文一不合格体験記 ‐新高3に贈る落ちる1年の過ごし方‐
初めまして。りょう(Ryo_utl1)と申します。この度東京大学文科一類に不合格となりましたので、自分の整理と反省を兼ねて不合格体験記を書いていこうと思います。1年の過ごし方パートではスタプラの記録と当時のツイートを元に振り返っていき、共テ・二次パートでは自分の体験を事細かに書き残しました。かなりの長文ですが、新たに高3となった方々の参考になれば嬉しいです。
自分について
僕は公立の小中を卒業し、愛知県の某公立高校に進学しました。学内での成績は上位1割~2割で、自分は優秀なんだと思い込んでいました。部活は吹奏楽で、4月の頭には引退していたので、部活が忙しくて勉強ができなかったということはありませんでした。塾は学校近くの河合塾で、自習環境も悪くなかったと思います。
このような恵まれた環境にありながら、なぜ不合格に至ったのか。それはひとえに自らの怠惰によるものです。高3での勉強時間は合計で約1650時間、高校3年間で合計しても2700時間弱なので、一般に合格に必要とされる5500時間には全く届いていないわけ です。
実際はこれに届かずとも受かる人もたくさんいますし、勉強時間がすべてではありませんが、だからと言って質がいいわけでもありません。模試の判定もよくないのに、危機感をもって勉強することもありません。こんな調子では受かるはずがありません。実際に落ちてみてようやく気が付きました。これから1年間の過ごし方を書いていきますが、皆さんは自分のようにならないことを願っています。
4月(85時間32分)
前述の通り僕は4月の頭には部活を引退していました。夏体までゴリゴリやるような運動部とは異なり、余裕をもって受験勉強を開始することができるはずでした。しかし、僕は脳天から爪先まで引退の余韻につかり、ろくすっぽ勉強しないまま春休みが終わってしまいました。「1対1対応の数学/数学Ⅰ」だけを合計9時間だけやって終わった春休み。それに対して何の危機感も抱かなかったことを恐ろしく思います。そしてこの時期に英数の基礎を固めることがどれほど大切かは、本試の英語を解きながら涙が出るほど思い知ることになります。
新学期が始まり、学校の授業の予習もあり勉強習慣が生まれるはずでした。しかしそこでサボるのがさすがは自分。1週間の平均勉強時間は2時間程度。なめているとしか言いようがありません。これでは「逆スタートダッシュ君」です。初っ端のガソリンが足りないのでズルズルと怠惰モードを引きずることになります。
4月中は数学は1対1、世界史日本史は教科書、英語はターゲットをやっていました。裏を返せばこれだけしかやっていないのです。スタプラを見返していて驚きました。かつて河合塾には英単語は5冊やれ!!と豪語した伝説の講師がいました。これを高2の頃に聞いたにも関わらず目を背け続け、夏休みになってようやくシス単と鉄壁に手を出しました。ですが間に合うことはなく、単語力すら中途半端なまま受験に突っ込むことになります。語彙なしに英文を読むことは相当な推測力がない限り不可能に近いです。今の時期は無闇に応用・発展的内容に手を出さず、英単語・文法や数学の典型題など基礎を徹底し、後の応用力の基盤としてください。夏以降の過去問演習で大きな力になります。
塾では特別選抜の英数講座を取っていましたが、これは東大英数の講座の認定が取れなかったためです。何度か挑戦しましたがことごとく不合格、こちらも7月まで認定は取れませんでした。何度も言いますがとにかく基礎力が欠けていたのです。あと根気も。なるべく早くから本試型の演習に慣れるという意味でも、大学別の講座が設置されている場合は必ず認定をとるようにしてください。専用の認定テストだけでなく、模試の成績でも認定は出ますよ。
また新高3の方に伝えたいのは、英数はもちろんのこと、現役で受かりたいなら歴史も手を付け始めておいた方がいい、ということです。学校のカリキュラム上、歴史科目の履修は3年次から始まるのですが、通史まではいかずともざっと流れを叩き込んでおくべきでした。一度大筋を掴んでしまえば因果関係も掴みやすいですし、新しい知識の肉付けに使える時間を多く取ることができます。これは一問一答だけでは対処できない論述の対策で威力を発揮します。しかしそれを理解できないまま、結局通史は7月末までずれ込むことになります。
月末には高3としては初の模試となるプライムステージがあるのですが、浪人生の前にかなうはずもなく、というかそもそも実力がなく、がっつりE判定でした。ただ、プライムステージは現役が気にする必要はないと思います。点数が悪くても巻き返しは可能です。大切なのは夏の冠模試です。
5月(109時間14分)
5月に入り、ゴールデンウィークには高3初となる第一回全統共テ模試がやってきます。共テ用の対策はせずダラダラ受けましたが、結果は791点。同日が701点、高2全統が771点だったことを考えると順調に伸びていますね。
その次の週は第一回全統記述です。こちらは東大D判。通史が終わっておらず日世が壊滅したことを言い訳になかったことにします。なかったことになるわけないだろ。
最初の模試ラッシュを乗り越えると、今度は定期試験がやってきます。定期試験で点数が取れないと学年末に追試が待っているので、学校の勉強の復習を兼ねて多少勉強時間が増えました。とはいえテスト週間でも勉強時間は4時間程度。平均前後の点数を維持し、タイパのいい勉強を自称していました。これで落ちるんですからいいお笑い種です。受験でタイパとかそんなこと気にするくらいならまず量をこなしてください。自分の勉強をきちんと反省して改善を図るうちに勝手に質はついてきます。
5月末には東大で五月祭が開催されます。ここで去年応援していたFFの先輩2人と話しました。東大の楽しい生活を実際に聞き、憧れも大きくなりモチベが高まったはずなのですが、そこで勉強習慣を変えるまでに至らないのが酷いですね。ただ、行ったことはまったく後悔していないので、東大生の先輩がいる人はぜひとも行くべきだと思います。気になるサークルの活動を実際に見てみるのも楽しいですよ。
6月(91時間23分)
6月の最初に第一回東大本番レベル模試を受けました。東大の同日は受けていないので、本試型の問題に取り組むのはこれが人生初となります。前日の電車で「🔍東大世界史 形式」とか調べていたのを覚えています。そこで初めて600字大論述の存在を知りました。それくらい無対策で突っ込んだということです。同日はもう終わってしまいましたが、新高3の方は6月までには東大の形式を知り、それ用の対策を進めておいた方がいいと思います。特に鉄緑会などで演習を積んでいたわけでもなく、先取りもしていない地方受験生にむけては強くおすすめします。結局問題に圧倒され、もちろんE判定でした。それでも結果を受け取りに行く時にTLに大量のA判が流れてきていたので(ちゃんと努力していた人たち)、自分もCくらいはあるだろうと思っていました。なぜ?
6月の勉強についてですが、英語では「英文読解の透視図」、数学では青チャートのベクトルと数Ⅱの1対1をやっていました。あとは世界史の教科書を読むくらいで、1日の勉強時間は3時間程度。6月本レで何を学んだのでしょうか。通史する気ないですね。透視図に関してもなんとなく一周しただけで、力になったかといえば自信をもってYESとは言えません。浪人の最初にもう一周しようと思います。あとはこの時期に「合格る確率」をやっていました。ただそれもこの時期だけで、途中までやって放棄しました。それで本試の確率がどうなったのかは言うに及びません。
あとはこの時期にようやく東大英数の認定を取りました。これにてようやく河合塾のレギュラー講義が東大専用のものに変わることになります。前述の通り新高3の方はこんな時期にまで引き延ばさないようにしてください。これだけがディスアドバンテージになったとは思いませんが、やはり差をつけられていることには変わりありませんので。
月末には第一回校内模試が行われます。普段の定期試験では順位が出されないので、僕の高校では自分の立ち位置を知るめったにない機会です。現役東大文類合格者はだいたい上位1割~2割(これを席次1~2と呼ぶ)に収まっていたので、僕もその辺りの立ち位置を意識していました。結果は席次2(文系14/111、総合35/335)であり、高1・高2の頃も席次2だったため合格者圏内を維持していると安心します。
これが後悔のもととなるので、同高の後輩には校内模試の席次より冠模試の判定のほうが大事だと伝えたいです。進路説明会で合格者はこの成績でした!なんていう資料が配られたかと思います。ですが学校は不合格者の成績を出しません。席次1でも落ちる人は落ちます。もちろん席次と合格率に相関はありますが、受験者の志望校も問題形式もバラバラな以上、全統の校内版程度にとらえてください。この成績を絶対視して慢心してはいけません。席次1でも冠Cならダメです。秋の冠で結果を出すことを目標にして下さい。
校内模試も明け、月末の球技大会を高校生活最後だーとか言って現を抜かしていたら6月が終わりました。行事は全力で取り組むべきですが、楽しんだ後にちゃんとその分を回収しないとライバルにどんどん差をつけられるだけです。僕は勉強をしない言い訳として使ってしまい、最悪の結果を招くことになります。そしてズルズルと先延ばしにするうちに受験の天王山たる夏がやってきます。
コラム:三年劇について
7月に入ると、いよいよ劇の練習が始まります。ここで、僕の夏休みに大きな影響を与えた劇について語ります。興味がない方は飛ばしてもらっても構いません。
僕が通っていた高校では学校祭が6日間にわたって開催され、そのメインイベントとなるのが5・6日目の文化祭で行われる「三年劇」です。クラスごとに題材となる作品を決めて自分たちで脚本を作成し、全員で協力して作り上げていく、いわば青春の代名詞です。クラスが団結していい作品を作ろうと奮闘するため、劇のクオリティは高いですし、クラス仲も深まります。
では、練習時間はどこから生まれるのか。その答えは夏休み丸ごとです。そうです、多くの受験生が自習室に籠って勉強している間に、僕らは学校に残って劇練を行っていたのです。とはいえ、盆休みは学校が開いていないため劇練もお休み、勉強に集中できます。ところが9月になると土日にも練習が入り、地域のコミュニティセンターなどを使って学校外で練習を行うようになります。容赦はありません。
ここで、当然ながら「学年全体でそんな調子じゃ受験はどうするの?」という疑問が生まれます。その答えは現役進学率49.9%という驚異的な数値に現れます。すなわちぴったり半分が純浪しているのです。ここに私立・後期に進学しつつも第一志望を諦められない仮面浪人が加わるので、実際の浪人生はさらに増えるという悲惨な現実が浮かび上がります。
キャスト(実際に舞台に上がり役を演じる人)は300時間、幹部(監督や演出など、劇の根幹を担い調整を行う人)は400時間を劇に費やすと分析した研究もあるほどです。これは受験生の1ヶ月~2ヶ月の勉強時間に相当します。裏方に回れば比較的勉強時間を確保できますが、それでも最低100時間を費やすことは避けられません。一つの目標に向けて全員で一丸となって取り組むといえば聞こえはいいですが、その裏には数多の死体が転がっていることから目を背けてはならないのです。
ここまで劇と浪人について語ってきましたが、僕は劇に対し一切後悔していません。自分たちの演技でお客さんを楽しませられたこと、みんなで団結して高校生活の最後を飾れたこと、すべてが良い思い出です。苦労して高校に入ってよかったと今でも思います。また、浪人したことを劇のせいにするつもりもありません。確かに僕はメインキャストを務め、多くの時間を劇に費やしてきました。しかし、同じくメインキャストを務めながらも京大・名大などトップクラスの大学に現役合格した友人も多くいます。他クラスに目を向ければメインキャストから東大現役合格を勝ち取った人もいます。
では、彼らと僕との違いは何か。それは練習の合間や終わった後にきちんと勉強時間を確保していたかどうか、です。受かる人は自分の出番でないときは鉄壁を開いて時間を有効に活用していましたし、劇練が終わり次第河合塾に駆けこんで自習していました。翻って僕は疲れたとかなんとか言って家に帰ったらバタンキュー、まともに勉強しませんでした。こんな調子では受かるはずがありません。もちろん劇練に全力を尽くし、勉強にも全力を尽くし、それでも志望校に今一歩届かず散っていった仲間たちは怠惰とは無縁であり、全員がサボって落ちたわけではありません。ですが、殊自分に関しては自らの意志の弱さが前面に出た末の失敗だったと断言できます。
もし同高の後輩がこれを読んでいたら、劇のメインキャストや幹部を務めることに対し、勉強に関して恐れることなく、やりたいと思ったらやるべきだと強く伝えたいです。結局は自分の意志の強さです。両立しようと自分を強く保っていれば大丈夫です。せっかく手に入れた高校生活を楽しみながら現役で合格を勝ち取ってください。78期の亡霊との約束ですよ。
また、ここまで特殊な状況ではなくとも、多くの現役生は行事との両立について悩む面があると思います。僕からはとにかくメリハリをつけて両立するべきだと伝えたいです。楽しむべきところは楽しむ、勉強すべきところでは勉強する、それが当たり前にこなせれば合格はかなり近いです。それだけの強い意志と能力があるということですから。最後の高校生活です。悔いが残らないよう過ごしてください。
7月(186時間31分)
前述のように劇練が始まります。といってもこの段階では発声練習やアクション練習がほとんどで、放課後に1時間程度だったこともあり、特段言い訳せず勉強をしていました。平日は4時間、休日は8時間程度です。この時期は先月に認定を取った東大英数の講座の予習のほか、数Ⅱの1対1やプラチカをやっていました。しかしプラチカについては2週間ほどで放棄します。
1学期も終わり夏休みに入るころ、ようやく歴史の通史が終わっていないことを言い訳に低い成績に甘んじることの情けなさを認識、共テ模試を前に鬼の通史を開始します。まずは7/16~20までの5日間で毎日5~6時間程度世界史を通史しました。教科書と一問一答、そして学校の先生が配信する授業動画を用いての突貫工事です。授業で触れられていない7世紀~18世紀まで、教科書で約200ページを一気に詰め込みました。次に7/21~25までの4日間で同様にして日本史を通史します。こちらは授業動画がないので教科書と一問一答だけになります。授業で触れられていない院政期~幕末まで、こちらも約200ページを総ざらいします。
こんな状況で迎えた第二回全統共テ模試。世界史は66→91に、日本史は72→90に爆伸びします。この突貫工事は間違いなく成功でした。ただ、リスニングが88→60まで落ちたダメージは大きく、ここから本試まで低迷を続けます。当時は形式に慣れていないだけだと思っていましたが、共テも二次も終えた今、根本的に聴解力が足りていないんだなあと思います。教材を使い切ってしまったので、何から始めようか路頭に迷っているのが現在です。
共テ模試が終わると夏期講習シーズンに入ります。僕は予習復習でパンクしないよう、東大世界史→東大英語(LC・作文・文法)→東大英語(要約・和訳・総合)→東大文類数学の順に1週間に1講座までにとどめておきました。これに並行して夏模試が行われ、その復習も行う必要があるため、受験生は覚悟を決めて勉強して下さい。
8月(208時間14分)
まずは東大世界史について。7月末にザザッと攫っただけなので、共テレベルでは対応できても論述となるとまるでダメ。予習段階では教科書をチラ見しながら論述していました。現役生ならある程度全範囲が固まってきた上で、論述の演習を始めたい、という人が取るべきです。まともに知識がない状態ではただ聞き流すだけになってしまうので注意してください。知識が盤石な浪人生向けの講義だと思います。
そして8月の最初の日曜日にはいよいよ夏オープンがやってきます。本レと比べると教室にいる人の数も多かったし、それなりに緊張感を持って取り組むことができました。あとは歴史の通史が完了してから初めて挑む模試なので、その成果を試す場ということでもワクワクしていました。
実際に受けてみた後の感想ツイートには、国語はそれなり、数学も1完2半、歴史は自分がわかる範囲がたくさん出た(実際に現役生への配慮はされている)ためかなりできた、英語は激シャバ、と書いてありました。
そして1ヶ月以上たった9月後半、学校祭ど真ん中に返ってきた結果がこれ。英語で完全に沈没しています。数学がほぼ平均で、国社がそれを十分に補って割とA判も見えるくらいの成績であるにも関わらず、絶望的な点数を叩き出した英語。特筆すべきは客観の圧倒的な悪さ。1Bと4Aが0点、リスニングが6点、5も1点で合計がなんと7点。マークシートで7点。塗り絵のほうがましです。自己採点の時点でマークの酷さは判明していたので、ここから完全な英弱を自覚し、勉強を始めます。ちなみにこの構造はあとでもう一度出てきます。いつ出てくるかはお楽しみに。
8月2週目、この週は東大英語(LC・作文・文法)を取っていました。この授業もかなり浪人生が多かったです。部活の先輩もいました。オープンを経て英語ガチ対策しようと真面目に受けていましたが、結局大きな成果は得られませんでした。リスニングがとにかくうまくいきません。あとは英語ガチ対策の一環で、このタイミングで前述の英単語帳詰め期に入りました。ターゲットの抜けをすべて洗い、シス単にも手を出し、入らなかった単語は電子化してスマホの単語アプリで管理していました。その結果それなりに単語力はついた、はずでした。9月くらいまでは。これに満足して秋以降にすさまじい勢いで単語が抜けていきます。
後はこの週はお盆前ということで劇練が忙しくなり、そちらに気を取られて勉強しないという訳の分からない事態が発生しています。劇練行って、講習受けて、疲れたから18時までには帰る受験生のような何か。恐ろしい話です。何度も言いますが、行事に打ち込むことは罪ではありません。そればかりを優先して勉強がおろそかになるのがいけないのです。行事の準備はしっかり楽しみ、それでいて勉強時間を確保する、両立が理想です。
講習の復習とオープンの復習に追われながら、この週の土日にはもう一つの大型冠模試である夏実戦がやってきます。先に忠告しておくと本当に忙しいです。現役生は覚悟を決めて夏休みを迎えてください。実戦はなんといっても2日開催ということで、体力消費とかは本番に近い感じで進められたようにも思えます。まあ今年から1日開催になるんですが。何してるんですか?あとは数学の難易度が高く、社会科目が非本質すぎるのも特徴ですね。特に日本史は東大が一番嫌がるような細かい知識をつつく感じなので、個人的にはあまり好きではありません。
がたがた抜かしていますが、当時の感触を見返してみます。国語については初めて小説に触れたことで爆死しました。内容が全然頭に入ってこず、一度トイレ休憩を挟んで深呼吸して、戻って席についてもやっぱりわかりませんでした。哀悼。数学はオープンと比較してかなり難しかったのでしっかりと敗北。日本史世界史は知識ゲーなのを認識してあまり取れなかったことを悔しがっていました。英語についてはリスニング16点まで伸び、一応対策の成果は出たのかなと考えていました。
結果はこんな感じ。オープンと同じくC判定です。日本史の悲惨さが目につきますが、答え見ながら復習してもやっぱりよくわかりませんでした。英語は多少ましになりましたね。このまま安定して伸ばしていけたらいいんですが。世界史だけはやるやんとほめてあげたいです。通史の成果がちゃんと出ています。
8月3週目、東大英語(要約・和訳・総合)を取りました。この授業はレギュラーでお世話になっていた室田先生の授業なので質問なども行きやすかったです。いい先生ですよ。今年もよろしくお願いします。この週は英語以外にも「合格る確率」を再開したり、古文単語もつめたりとまんべんなく勉強していました。土日には人生で初めて12時間勉強を達成します。しかも2日連続。このまま習慣になればよかったんですが、次週に体力面で響いてくるので突然無理するのはやめましょう。あとは中盤辺りでTwitterのある投稿が荒れ、かなり精神をやりました。Twitterは多くのつながりを生み、応援もたくさんいただくことができます。ですが、わずかに誹謗中傷を趣味とする人間がいることも事実です。嫌なことがあったらすぐに投稿を削除し、少しSNSから離れてみることが大切です。無理して粘ってもいいことありませんからね。無言でブロックして離れることは恥ずかしいことではありません。
8月4週目、東大文類数学の講義です。この講座はかなり難しく、予習段階で解ける問題は多くありません。ですので、解説を聞いたうえで時間を空けて復習することが何より大切です。僕は講義を聞いてわかった気になっても、復習をしなかったため自分の力にできませんでした。解けなかった問題は必ず復習してください。次に同じような問題にあったときに戦えるようにすることが必要です。
この週の日曜日には第二回全統記述模試を受けました。社会科目がほとんど一問一答だったのであまりうまくいきませんでした。それ以外にもなんやかんや消化不良みたいな結果に終わり、夏の成果出てるのかなあとそれなりに不安になったことを覚えています。
ですが結局大事なのは共テ模試と冠なので、実際は落ち込む必要もなかったなあと思います。全統は受験者層が広すぎる上に出題内容も私立寄りに偏っている面があるので。秋模試で結果が出せればそれでいいんです。僕はダメでしたが。現役生の方はそこまで気負い過ぎなくても大丈夫です。数学だけは典型問題の連続だったので本番で解けなかったのは悔しかったですね。翌日解き直したら189点になりました。本番で焦るのが良くない癖です。
8月5週目、いよいよ夏休みも終わりです。このあたりで過去問に触れ始めます。試しに2025年の数学と世界史を解いてみて、それなりに戦えるレベルにはなってきたことに感動しました。あとは教科別の赤本を初めて購入しました。英語の25ヵ年です。現役生はこのあたりから過去問に継続的に取り組んでいけば十分間に合うと思います。英数と歴史は25ヵ年触れておけるとかなり大きいですよ。何より量が多いので、計画的に取り組むことが大切です。僕は無計画にちまちま進めていったら共テ明けで10年終わってるか終わってないかくらいになってしまい、結局間に合いませんでした。浪人期間でいっぱい遡ろうと思います。
9月に入る前にそそくさと2学期が始まり、すぐに第二回校内模試がやってきます。国語の問題で『氷点』が出題され、かなりの気持ち悪さでざわついたのがハイライトです。あとあと調べたら有名な作品でした。
そしてようやく人生で初めての席次1を獲得(文系9/112、総合22/335)しました。これはかなりの自信になりました。自信がつきすぎたというほうが正しいかもしれません。友達にかなり褒められ舞い上がってしまったが最後、だんだんゆがみが拡大していきます。
週末には第二回東大本番レベル模試を受けました。解いた感触では社会がかなりこけていたので、ちょっとダメかなあと諦めていました。
いざ成績が返ってくると、確かに社会は悪かったものの、英語でかなり点数が来て(採点は相当甘かったが)自信になりました。返却が本レ→実戦→オープンの順だったので、人生初のC判定もかなり嬉しかったです。夏にやったことは間違ってなかったんだなあと思えました。かくして夏に受けた冠は全てC判ということになります。ここからどうなっていくのでしょうか。
9月(90時間22分)
9月に入りました。いよいよ劇練しかやらなくなります。平日の勉強時間は2時間前後になります。恐ろしい。そして学校祭中は完全に0になります。びっくりですね。現浪問わずですが、勉強時間を完全に0にはしないほうがいいです。もう一回エンジンかけ直すのは案外大変だったりします。息抜きする日を作るのは大切ですが、朝のうちに1時間でも勉強しておいて、それから遊ぶ方が明らかに健全です。
あとはこのタイミングで慶應法を受けるのをやめることにしました。世界史の問題が難しすぎたのが主な原因です。これの対策のために直前期に一問一答回すのが嫌だったので、前期一本東大文一で行くことを決めました。いま考えてもこの決断は正しいと思っています。中途半端な勉強で受かるような大学ではないし、受かったとて仮面できるほどの精神力はないので。そうそうに切り捨てられてよかったです。
三年劇は大成功でした。色々苦労もあったけど、このクラスで劇やれて本当によかったなーと思います。一生の思い出です。後輩も全力でやってください。勉強ちゃんとしていれば大丈夫ですから。
10月(143時間19分)
10月にもなると、さすがに切り替えて勉強を始めるようになります。この時期は新たに東大の日本史25ヵ年を購入して演習をしようとしていました。ですが東大日本史特有の書き方についていけず問題を浪費するだけ。このあたりはのちに「日本史の論点」をやるまで改善されませんでした。あとは過去問の添削を学校の先生にお願いするようになりました。特に世界史の先生には何度も助けられました。今年もたぶんアドバイスもらいに行くと思います。それと、この時期から「キムタツの東大英語」シリーズを始めました。夏オープンで苦い思いをしているので、黄色のBasicから積み上げていきます。2週間ほどで終えて赤色の通常版に行きました。ピンクのSuperを始めるのは12月になってからです。
10月中旬、第三回東大本番レベル模試がやってきます。第三回全統記述模試をブッチして挑みました。自己採点では英語と世界史が振るったこともあり、B判定とれたらいいなーくらいに考えていましたが、いざ返却されるとなんとA判定。飛び上がって喜びました。東大生のFFの先輩方にめっちゃ褒められて鼻血が出そうなほど嬉しかったのを覚えています。その喜びを本試までもっていけたらよかったんですがね。
先にネタバレしてしまうと、ここがピークです。冠はあとはひたすら悪化します。ここで慢心があったのは間違いありません。それはこの後の勉強時間が毎日4時間程度に落ちたことからもわかります。土日も同じくらいです。何をしていたかは覚えていません。生産性が何もなかったということです。現役生の皆さん、10月にもなるともう余裕はありません。息抜きをするなとは言いません。妥協をするなといいたいです。これ以降、常に「まあA判とったしいまサボってもどっかで帳尻あって受かるんだろうな」という意識が漠然とありました。これが怠惰の口実になります。これは浪人期に模試の判定で余裕ぶっこきそうな今の自分に向けても書いています。どうか忘れないでください。
1週間後、第三回全統共テ模試がやってきます。自己採点は845点、順調に伸びています。直前に理科基礎をちょびっと見た以外に特段共テ用の対策をしていたわけではないので、二次に向けて基礎を固めているうちに地力がついた形です。いい調子ですが、1ヶ月後の返却で事故が起こります。
マークミスで東大の判定が出ませんでした。代わりに新潟大学の判定が出されます。本番じゃなくてよかったと心から安心したのを覚えています。共テ本試のときはめちゃくちゃマークミスしていないか確認しましたし。いま思えばいい経験だったと思います。皆さんも気を付けてください。ちなみに模試判定システムで調べたらB判定でした。まあいいでしょう。
その1週間後、ついに秋オープンがやってきます。夏よりは伸びているに違いない、本レもA判だったんだからどうにかなるはずだ、自分ではそう信じて疑いませんでした。
で、結果がこれ。英語の点数が倍以上になりました。ヤッター。代わりに社会の大幅なアドバンテージを失いました。ライバルの追い上げに負けたのです。総合的に見ると10点だけ伸びました。判定は変わらずです。ひとまず英語に関してはましになりましたね。キムタツの成果がよく出ていると思います。社会に関しては夏に詰め切ったと思っていたので特段対策していなかったことが大きな仇になりました。一回入れて二度と忘れなかったら人間もっと楽に生きられます。常々復習を怠らないことが大切です。
月末に第三回校内模試がありました。まさしく模試ラッシュですね。復習が追い付きません。しかもこの後には秋実戦が控えています。夏休みの方でも書きましたが、現役生の皆さんは本当に覚悟を決めて臨んでください。
校内模試はこれだけ成績がいいので、12月の三者面談では担任の先生から太鼓判を押されました。わざわざ校内模試の点数と合格校のデータまで引っ張り出してきてくれたほどです。今頃そのデータが書き換えられているんだろうなと思うと苦しいです。慢心だけはしてはいけません。
11月(138時間46分)
11月に入り、秋実戦がやってきます。秋実戦も2日開催ですが、夏休みとは異なり土曜授業に配慮して1日目は午後から始まります。午前中には直前に「鉄緑会東大古典問題集」を購入したこともあり、1年分過去問に挑んでいました。この参考書は解説が鬼のように丁寧なので絶対にやるべきです。赤本青本の比ではありません。とはいえそんな強い武器も、直前に2時間触れてみただけでは付け焼刃にすぎません。刃こぼれ必至、装備はたびびとの服だけ、なぜ銅の剣すらも売らないんですかと叫びながら挑みます。
結果、大爆死もいいところです。驚き桃の木山椒の木。どうした社会科目。いや数学も酷いけど。イキって古漢対策していたらとんでもない化け物に後ろから刺されました。結果はビックリD判定。栄光の逆転合格ルートから助走をつけて飛び降りる音が聞こえます。いや、正直に言えばここで改心していればまだ希望はありました。実際自己採点の時点で嫌な予感がして真面目に対策した社会は本番でどうにかなったわけですから。問題は英語がこの中ではうまくいったことになってしまったことです。これ以降本当に英語の対策がおろそかになります。それが命取りになるとも知らずに。銅の剣すら買えないのは自分がそのレベルに達していないからです。基礎固めをせず周りを見るがままに応用に行こうとするから、大した武器もなしにボコボコにされるのです。基礎固めは絶対です。結局これがすべてです。
結果が返ってくるのは12月なので、ここまで悪化しているとは知らずに次の週には全統プレ共テ模試がやってきます。まともに対策しなかったら今まで上昇続きだった共テの点数まで落ちました。
ですが落ちたとはいえほぼ現状維持みたいなものなのであまり気にせず勉強に戻ります。長かった秋模試ラッシュもこれでおしまい、自分の勉強に集中できる最後の時期です。この時期は古漢と世界史の過去問をとにかくやっていました。特に古漢を添削して下さった「女帝」と呼ばれる先生には感謝しています。彼女はすさまじい風格を放っています。採点も死ぬほど厳しいです。ですが着実に力がついていく感覚がありました。ぜひとも後輩は女帝を頼ってください。
11月後半、東大の学校祭である「駒場祭」が開催されます。貯金をはたいて参戦しましたが、五月祭同様本当に楽しかったです。駒場の周辺を散策することもできるので、少し早めの下見という意味でも有意義な時間でした。そして、このまま東大に向かって突っ走る覚悟を再度確認する機会にもなりました。やはり東大の先輩と実際に話せると変わります。このあたりから怠惰モードをやめてちゃんと勉強するようになります。Twitterもログアウトし、準備は万端です。
月末になると、学校ではカリキュラムが終わった科目から共テ演習に移行します。現役生のよくある悩みとして「いつから共テ対策に注力するか」「二次との配分はどうするべきか」というのが挙げられます。個人的には、2学期中は学校の演習に加えて過去問に手を出すくらいにして4:6で二次を優先、冬休み以降は過去問+予想問で解く→復習をひたすら繰り返し、論述の仕方を忘れない程度に二次も少しだけやるくらいが一番いいと思います。共テは慣れもありますが、結局は二次にも通ずる地力で戦っていく面が大きいです。東大の共テ配点は110点ですが、侮っていると確実に痛い目を見ます。東大模試と戦えているレベルであればさすがに足切りは突破できますが、やはり今年の難易度でも850点を割り込むと厳しい戦いになるかと思います。直前に悩む時間を作るくらいなら、共テに大勝してドカンと出願し、そそくさと二次の勉強に戻るのが理想です。あくまでも理想なので実際は悩むものですが。とにかく、共テだからと軽く見ず、特に社会なんかは最後の基礎チェックだと思って演習しましょう。
12月(213時間47分)
先ほど書いたように、学校があるうちは共テの過去問と二次の過去問を並行してやっていました。特に日本史と世界史は秋模試がまずかったこともあり、過去問を解く過程で正解した問題についても教科書の該当ページを確認し、論述できるレベルまで引き上げることを目標にしていました。実際にこの作戦は成功したので、やはり基礎チェックとして共テは有用です。あとは共テでもリスニングがいるので、キムタツSuperをやって二次レベルでリスニングに対応できる耳を作るようにしていました。リスニングは聞かない日があるとガクッと力が落ちるものだと言われています。1日5分でもいいので、聞く習慣を絶やさないようにしてください。
冬期講習は「東大文類数学」と「東大英語」を取りました。これも予習講義復習を通じて二次力を切らさないという意味で役立ったと思います。あとはこの時期に休憩時間も何かしら勉強になることをしようと思い、NHKの人気シリーズ「映像の世紀」を見始めました。これが後々の大論述なんかで大きなサポートになります。ものすごく勉強になる番組なので、余裕があるうちにDVDなどで見ておくと世界史の解像度がかなり上がりますよ。
12/24と12/25は駿台が出している共テ実戦パッケージ、通称「青パック」を解きました。何が悲しくてクリスマスを選んだのかはご想像にお任せします。難易度が高いと聞いていたので点数低くても大丈夫だと思っていましたが、実際に採点してみると思ったより問題だらけなことに気が付き焦ります。
この青パックが思ったより酷く力がついていないと感じたこと、また街中どこも受かれ気分でクリスマスをお祝いしていることが重なり、かなり精神をやられます。当時なんでこんなことしてるんだろう、とかなり苦しい思いをしたのを覚えています。ですが、もう受験とはそんなものだと思って割り切る以外にはどうしようもありません。人間は自分以外の周りの人間が楽しそうなのに自分だけが辛い思いをしている時に強い孤独を感じます。目に入っただけの知らない人であるのにです。実際にこの時期は社会人でも追い詰められる人が多く、自暴自棄になって事件を起こす人もいます。僕はやるせなさから逃げるために逆に勉強に没頭しました。あとは塾で友達と会う時間を作るようにしていました。メンタルをやられる瞬間というのは誰にでも訪れます。だからこそ、自分に合った方法で対処していくのが一番です。大切なのは潰れないことです。僕ももう1年頑張るので、皆さんどうか負けないでください。
この後は年末まで1日8時間前後の勉強をしますが、青パックで危機感を抱いたこともあり大部分が共テになります。具体的にはずっと続けていた日本史世界史の過去問演習、共テリスニング演習、あとは数学の共テセット演などです。数学はⅠAⅡBCを本番通り通しで解き、そのあとすぐに復習というサイクルで行っていたためかなり時間がかかりましたが、着実に力はついていたと思います。この時期には世界史や古漢で多少二次にも触れていましたが、やはり共テに重心を傾けていくべきです。
せっかくなので大晦日の失敗についても少し書いておきます。塾でいつも通りの勉強を終えた後は、高校の友人と通話しながら世界史を勉強していました。あまり遅くまで起きていてもしょうがないと思い23時には切ったのですが、その直後に中学で一番仲が良かった友人から「初詣行かん?」と連絡が来たのです。さっきまで寝ようとしていたことなど忘れ、ウキウキで友人と神社へ向かうことにしました。
神社に着くとそこには多数の同中が。久しぶりの再会ということで会話も弾みます。ですが、みんな随分と余裕そうで、勉強の話題はまったく出てきません。それもそのはず、その場に15人ほどいたにもかかわらず、共テを受けるのは自分を含めてたったの4人しかいなかったのです。残り11人のうち大半は指定校推薦、あとは内部進学か就職でした。おまけに指定校推薦のうちの1人から「共テとか受けるん?w指定校とれなかったんだw」とまで煽られます。先ほど誘ってくれた友人が国立一般勢であり、高校の友人も9割9分が一般受験なので、それが普通だと思っていた自分にはこの反応は完全に予想外でした。しかし、実際には全国の高3の半数が年内に受験を終えるといわれるほど、現在の日本において一般受験というのは少数派になっているのです。視野が狭くなっていたとはいえ、無駄にイライラする羽目になったのは失敗でした。よほどのことが無い限り皆さんは大丈夫だと思いますが、年末年始に親戚や友人と会う場合は頑張って自衛してください。余計なストレスは抱えるだけ損ですからね。
1月(196時間29分)
年が明け、いよいよ共通テストまで残り時間が少なくなります。元日は祖父母の家で共テの演習していました。ですが午後からは高級な寿司にたぶらかされて勉強を辞めます。ここで再度怠惰モードに戻ってしまったのはかなり後悔しています。僕のように切り替えが苦手な人はとにかく注意してください。直前期に怠惰を引きずっても本当にいいことが無いです。
1月前半は二次の演習をやめ、共テの演習だけを行っていました。国語と情報については過去問をやらずに駿台の予想問題を購入して演習していました。日本史世界史については固まり切ったと感じたので演習を辞め、理科基礎の演習を集中的に行いました。あとは行き帰りの電車でYouTubeに上がっている情報の動画を見ていました。今思えばこのころが一番頑張っていたと思います。すなわち二次の直前期は怠けるということです。これが間違いなく最大の敗因でしょう。夏サボったのと同じくらい馬鹿です。
共テ本試のちょうど1週間前、河合塾の共通テスト対策問題パック、通称「桃パック」を解きます。クラスの友達5人くらいで本番通りの時間割で解き、月曜日に成績開示しようという企画でした。青パックに比べれば簡単だろうと高をくくって挑んだことで、逆に難しい問題に遭遇したときに焦りが生まれます。調子に乗ること、相手を侮ることは何もいいことを生みません。真面目に取り組むべきです。特に数ⅡBCでは完全にパニックに陥ってしまいました。
理科基礎が伸びたことに安心した一方、数学はもちろんのこと案外日本史がまずいことにも焦ります。はっきり言ってこんな直前期にパック演習するのは自信の喪失につながりよくないです。「簡単なはずの桃パックで846点なら本試絶対まずい」と不安だけが増幅しました。
共テ本試1週間前、不安に駆られながらも今更悔いたところでどうしようもないので、あきらめて国語と情報の予想問題を解いていました。国語で196点が出たことで自信を取り戻します。数学は完全に放棄しました。逃げているだけです。リスクでしかないのでお勧めはしません。前日はクラスの友達10人くらいでゾロゾロと共テ会場に下見に行きます。思えば仲のいい友達がいる場面では自分は力を発揮できるタイプなんだと思います。安心感が断然違います。これが二次になるともちろん裏目に出ます。
共通テスト
朝は5時半に起きました。朝が苦手な割にスッと起きられた記憶があります。会場へは僕が一番好きな曲である「Beautiful/Superfly」を聞きながら向かいました。無駄に緊張しても焦るだけです。結局リラックスすることが何より大事です。僕が受験した会場は男女が分かれており、いざ入室すると広い室内のほとんどが同校の文系男子でした。仲のいい友人と目くばせをして緊張を解きます。これのおかげでかなり自分の力を発揮できるようになったため、とても感謝しています。
一番初めは最大の得意科目である社会です。僕は世界史から解きました。ベルばらが見えたときには「あーこれ家帰ったらトレンドに上がってるんだろうなあ」とかぼんやり考えていたのを覚えています。実際に帰ったらトレンド1位になっていましたし。今まで共テネタの動画はたくさん見てきましたが、いよいよ自分が当事者になるんだと自覚したのがこの瞬間です。日本史もダラダラ解いていたらいつの間にか解答時間が終わりました。緊張せず解けていたのはいいことです。あとは、社会2科目目に移るタイミングでトイレに立つことはできないので、タイミングを見計らって2教科どちらかの試験時間中にトイレに行くことをお勧めします。一度深呼吸できるのでかなり冷静になることができますよ。トイレは戦略の一つです。
昼ごはんは大河ドラマ「光る君へ」のサントラを聞きながら優雅に食べました。直後に古典が控えていたので、平安時代気分になろうという目論見です。のんきなものですが、むしろ緊張せずにいられたので正しい戦略だったと思います。変に焦っても不安になるだけですしね。
いざ国語、第一問の評論が雲をつかむような内容で頭に全然入ってきません。深呼吸して、心を無にして解きました。そのまま第二問、第三問と淡々と解き進めます。というか頭の2/3くらいぼんやりしていてまともに思考できていませんでした。何を解いたか今でもまったく思い出せません。古漢も平安パワーでダラダラ解いていきます。こちらも題材すら思い出せません。制限時間をフルで使い、なんとか最後まで解ききることができました。
リーディングの試験が始まる前の休み時間で、友達と外の空気を吸いに行きます。ただ、解き終わった問題の話は一切しないというのが暗黙の了解になっていました。難易度の評価も絶対にしません。何を聞いても不安になるだけですからね。軽い雑談は緊張をほぐすのにいいですが、余計なリスクは背負うだけ無駄です。そういう点で受験は団体戦なのかもしれませんね。少なくとも僕たちはかなりうまい協力プレイができていました。
そして迎えた英語リーディング、かつてないスピードで解いていき、今まで余っても5分程度だった試験時間を20分も余らせます。問題が簡単だったこともありますが、やはりリラックスして自分の力を最大限出し切れたのが良かったのだと思います。ですが余った20分の見直しが甘かったために一つだけ防げたはずのミスをしてしまい、自己採点で泣きを見ることになります。最後まで気を抜かないことが大切です。
まさかそんなミスがあるとも知らず、余裕をもってリスニングに向かいます。東大レベルのものに慣れているからと調子に乗っていましたが、この年は難化。普段使っていた教材より下読みの時間が短かったことで初手でリズムを崩され、絵を並べ替える問題あたりで頭が真っ白になりました。ですが音声は待ってくれません。とにかく必死でついていきましたが、やはり試験終了後はかなり落ち込みました。ですが東大配点ではリスニングは圧縮されることを思い出し、なんとか立て直します。
家に帰ってからは好きなことをやってさっさと寝ました。Twitterも感想や答えを目にしたくなかったため、トレンドだけ確認してすぐに消しました。正直、本試の最中にはTwitterは見るだけ無駄です。あと1日目に自己採点するのもやめましょう。正解だと信じて塗っているはずなので、採点するまでは満点です。わざわざ箱は開けないのが正解です。猫は生きていると信じましょう。とにかく寝てください。あと美味しいご飯食べてください。
2日目、6時半に起きます。会場に行くのも慣れてきたので、落ち着いて入室しました。他人の共テに関する情報を一切入れていないので、誰かと比べることなく自分のペースを保つことができました。共テ名物「物理基礎スラッシュ化学基礎スラッシュ……」にこれYoutubeで見たやつだ!なんて思っているうちに理科基礎の試験が始まります。
理科基礎は終始不安でした。生物は2択に絞った問題を迷って4回くらい塗り直し、ラスト10秒でもう一度塗り替えるくらい自信がありませんでした。地学は1問どうしようもない問題が出てきて適当に塗り、ほかの問題もこれ合ってるよな……と何度も見直しました。試験終了後には理科基礎ガチで終わったなという気持ちでかなり落ち込んだのを覚えています。
そんな気分を吹き飛ばすため、昼食中にはBon Joviの「Livin’ On A Prayer」と「You Give Love A Bad Name」をヘビロテしていました。テンションを無理やり上げて最大の難関である数学へと挑みます。
いざ尋常に数学ⅠA、ですがこの年は伝説の2022に次ぐ超難化です。初手からいつもの因数分解をさせてもらえず、集合に悪戦苦闘します。その後の図形を乗り越えた先で、Math-Rakuさんの動画で何度も目にした太郎と花子についに邂逅。脳内で5羽の鳥を回しながらガリガリ解き進めます。しかしデータに突入したあたりで集中力が消失、頭の中ではさっき鬼のように聞いた「You Give Love A Bad Name」のギターソロだけが何度も何度も繰り返し流れました。脳内をリッチーに完全に支配され、まともに思考ができないまま、四分位範囲を一切工夫せずごり押しで連立して解きます。共テとは思えない計算量を本試の極限状態でこなしましたが、キッチリ数値があったのは本番のマジックでしょうか。
ぴったり割り切れたことで脳汁を出し、リッチーソロを抱えたまま図形に立ち向かいます。ここで過去問演習の経験が生き、メネラウスを瞬時に見抜くことができました。我ながらあっぱれと称賛して確率に移ります。確率は難しかったため混乱しながらもなんとか解けていました。しかし終了5分前になって何を勘違いしたのがすべての数値を書き換えます。それで点数がほぼすべて吹き飛びました。自己採点で度肝を抜かれるまで残り7時間ーー
数ⅡBCでも症状は治りませんでした。ギューーーーン↓↓↓ デレーデーデーデデーデーデー↑↑ デレデレレデレデレレデレデレレデレデレレデレデレレデーン デーッデーン デンデケデンデケデンデケデンデケ オオオオオオオォォォォォォ
このパートだけが無限に再生されます。イヤーワームって治し方ないんですかね。正直言って数ⅡBCはこれしか覚えていません。脳死状態で解き進め、いつの間にか試験が終わりました。
お通夜モードで最後の情報を解きます。この年は全員が言っていた通り激難化していました。まあ想定内です。細かい知識は入れていたのでダラダラ解き進めていましたが、クマの合成問題だけはどうにも理解できずにギブアップ。一度トイレで深呼吸しても分からないものは分かりません。茫然自失でプログラミングし、桜を咲かせます。これにて共通テストは全て終了しました。
終わった直後に仲がいいクラスの男子10人でラーメンに行きました。そして共テの悪口をひたすら言い合いました。先ほどまでは問題に触れない了解のもとで戦っていたので、阿鼻叫喚の共通テストもついに終わったんだなと実感し始めます。理系の友達とは2日ぶりの会話でしたが、どうやら物理が激難化したようでずっと愚痴っていました。お店の方が共テ明けということでフライドポテトとカルピスをサービスしてくれたのがとても心に残っています。本当に楽しい時間でした。
家に帰ったらお正月の時に触れた同中をわざわざ呼び出し、近所の公園でガタガタ震えながら自己採点を行いました。よく付き合ってくれたなと思います。感謝してもしきれません。ここで英語のミスに気づき発狂しました。近所迷惑ですね。閑静な住宅街に哀れな受験生の呻きがこだまします。そして気になる自己採点の結果は……
合計881点、耐えました。特に理科基礎96点、社会191点が大きいです。加えて自信がなかったリスニングと情報がどちらも83点で踏みとどまってくれました。数ⅠAは確率が2点なので酷いですね。浪人期はこのあたりを伸びしろとしてとらえようと思います。ちなみに4月の開示でも自己採点とのズレは一切ありませんでした。マークミスゼロということです。かつて志望校マークミスしておいてよかったです。ひとまず足切りは回避できそうだということで、リサーチを見る前から文一出願を決めました。いい思い切りだと思います。正しい選択だったと信じたいです。リサーチは東進がC判定、河合と駿台はB判定でした。この結果を信じ、自信をもって東大文一を受験することにします。いよいよ運命の二次試験がやってくるのです。
そして共テ直後の1週間、サボります。典型的な燃え尽き症候群です。共テなのに。ここで出願科類を迷わなかったアドバンテージをドブに捨てます。本当に何をしているんでしょうか。意味がありません。切り替えができない悪癖が最後まで首を絞め続けます。この後の直前講習で叩き直しますが、直前期のようやく二次だけに没頭できる期間を1週間も無駄にしたダメージは大きいです。これは浪人期の大きな反省として肝に銘じておこうと思います。
この状態のまま、共テ明け1週間後に最終東大本番レベル模試を受けます。本番通り2日に分けて行われるテスト、衰えた二次力がどこまで耐えているかを試す場として受験しました。
結果は、E判定。涙が出ました。見事に不合格者のボリュームゾーンにいます。ここで最大級の落ち込みに入りました。すべては自分が招いた結果であるのにです。共テリサーチの上であぐらをかき、逆転合格はやっぱり可能だと思っていた自分に、強烈に現実を突きつける結果となりました。そして、心を入れ替えて必死で二次対策を始めます。痛みを感じるまで切り替えられない自分の性質に唇を噛んで泣いてもどうしようもありません。やるしかないのです。ご存じの通り結局本試には間に合わず不合格となるのですが、ここでの改心は無駄ではなかったと思っています。
2月(188時間41分)
1月の最終週から毎日のように直前講習が始まります。僕は「東大国語」「東大日本史」「東大世界史」「東大英語」を取りました。数学は諦めて他教科に振ります。果たして吉と出るか凶と出るか。これらの直前講習は全てテスト講でしたが、共テ明けでだらけていた自分を二次の世界に戻し、良質な演習材料を提供してくれるいい機会だったと思います。最後の東大英語を受けているさなかに最終本レが返ってきたため、さらにエンジンをかけて二次対策に取り組みます。
この時期には学校の授業が完全に終了して自由登校になりました。僕は朝起きたら学校に向かい、前日に解いた過去問を先生に添削してもらって、添削が返ってきたら塾へ行って新しい過去問に取り組む、というルーティーンを繰り返していました。学校の先生を頼りながら過去問に取り組めたのは良かったと思っています。ですが、結局オープンや実戦の過去問に手を付けられるだけの余裕はありませんでした。英語は圧倒的にセット演の回数が足りていませんでした。赤本を使っていたので、過去問は大問ごとに消費していたのです。これ自体は特段悪手ではなかったのですが、セット演の回数が模試と塾の授業だけでははっきり言って足りません。この戦略不足に本試で見事にハマることになります。
加えて、鉄緑会のリスニング教材を直前期の演習として行っていました。スピーカーの音質がどれだけ酷いのかわかっていなかったので、CDの音声を抽出し、音声を簡単に編集できるアプリでエコーをかけ、音量を下げた上で百均の悪音質スピーカーを用いて演習していました。これだけ不利な状態でも20/30は安定していたので、本試はどうにかなるだろうと思っていました。実際は別の要因に刺されることになるのですが。
直前講習がすべて終わると、河合塾の東大本番プレテストが行われます。直前期のメンタル面に対する配慮か、かなり難易度は抑えられていました。特に英語がめちゃくちゃ簡単でした。点数は国54/英81/数29/日30/世43の合計237点、共テと合わせて334.4600点。残り3週間弱という時点ではなんとかなりそうな点数です。ちなみにこのテスト、返却が死ぬほど遅いので気を付けてください。問題の質もあまり高くないので、本番の時間配分の確認程度で考えたほうがいいです。特に英語の点数に慢心するようなタイプの人は。
2月11日、東大の第一段階選抜結果が公表されます。結果は突破。足切り点よりもちゃんと出願書類が届いているかが不安だったので、受験票が印刷できた時はひどく安心したのを覚えています。いよいよ本当に東大受験をする資格を得ました。残り2週間、全力を尽くします。
河合の直前演習だけでは心もとないかと思い、バレンタインとその翌日にZ会の直前予想演習を本番通りの時間割で解きました。この日取りになったのは都合よく土日だったからですよ。たぶん。特に深い意味はありません。
Z会のいいところは添削が一瞬で返ってくる点です。国語を提出し、昼休憩をとって数学に取り組もうとしたあたりにはもう返却されていました。1時間とは素晴らしいスピードです。しかも丁寧。返却に2週間かかるくせにろくな添削じゃないどこかのプレテストとは大違いですね。点数は国51/英60/数29/日40/世43の合計223点、共テと合わせて320.4600点です。ちょっと不安ですが、まだ10日あるので自らの成長に賭けます。加えてZ会は過去問の添削もしてくれるということで、存分に利用しつくしました。この過去問演習のあたりで突然現代文のコツをつかみます。再現性のない感覚なのでおそらくほかの人には役立ちませんが。現役ブーストというやつでしょうか。
現役ブーストといえば、日本史世界史も本試10日前のこのあたりで突如として成長を始めます。日本史はずっと使っていた「日本史の論点」を一気読みすることで、盤石になった基礎知識の解像度を上げる戦略を採りました。著者の方々には感謝してもしきれません。世界史は大論述を放棄し、中論述と一問一答を1日に1~2セット解いていました。抜けがあれば教科書を確認し、拾いたい要素を自分なりにまとめて、電車や布団で見返すようにしていました。この作戦もうまくいったと個人的には思っています。中論の論点がつかめていればそのまま大論に応用することが可能なので。
数学は過去問のセット演を、英語は大問ごとに集中的に過去問演習を行っていました。1Aと4Aについてはあまりに出来が悪いので泣きそうになりながらやっていました。しかも間に合いません。リスニングは前述の鉄緑のものを同じ方針で毎日やっていました。また懐かしのキムタツも聞き直すようにしていました。たぶん直前のこの時期がリスニングについては一番盤石でした。
こうしていよいよ東大の二次試験本番がやってきます。共テの成功、直後の絶望、自信、不安、すべてを抱えて挑みます。
東京大学二次試験
2月24日、ついに本番前日です。今まで添削でお世話になった学校の先生のもとに向かい、激励をいただきます。そして、キャリーケースを転がしていざ東京へ。中学の修学旅行以来3年ぶりに新幹線に乗り込みます。
受験当日について、自分は母親同校のもとで向かいました。衣服の準備などをしてくれ、何より最大の安心材料として雑談に付き合ってくれたことにずっと感謝しています。1年を賭けた大勝負、頼れる人はとことんまで頼り切るべきです。感謝の気持ちを忘れずに。
東京には15時頃に到着しました。もともと散歩が好きな自分は当日も駒場まで歩く予定だったので、ちょうどいい距離を確保できる渋谷駅のすぐ近くにホテルを予約しました。チェックインを済ませたらいよいよ東大へ下見に歩きます。自分も母親もド田舎出身なので、渋谷の超高層ビルを見上げてテンションが上がっていました。地域で一番高い建物が3階建ての小学校なのでしょうがないですね。あと母親はハチ公とスクランブル交差点をみてはしゃぎまくっていました。テレビでしか見た事の無い景色が目の前にあることが嬉しかったそうです。そんなこんなでダラダラ歩き、20分かけて東京大学駒場キャンパスに到着しました。正門から入ってすぐ見える1号館の威圧感、いよいよ勝負の時が迫っているのだと感じます。
自分の試験会場である7号館の位置もしっかり把握し、あとは黄昏の駒場キャンパスをぐるっと1周しました。超都会の真ん中であるのに駒場周辺は閑静で最高の雰囲気でした。緊張をほぐす目的でしたが、逆に緊張が高まります。
帰りは井の頭線でさっさと渋谷に戻り、駅の中の商業施設で食事を済ませました。和食でしたがめちゃくちゃおいしかったです。帰りはコンビニで翌日の朝食を購入し、ホテルに戻って風呂を済ませたら少し勉強します。1日目の前日にできる事なんてたかが知れているので、僕は鉄緑会の古典問題集についていた単語集を1周することにしました。2時間ほどのこの抵抗が功を奏することになります。23時きっかりに眠る予定だったので、ここで脳を疲れさせておくことで、緊張することなくすんなり眠ることもできました。いよいよ本番です。
2月25日、6時半きっかりに友達からのモーニングコールで目を覚まします。彼は仲の良いクラスメイトですが、残念ながら足切りを食らってしまったため、2月中は友人の受験のサポートに徹していたのです。すさまじい聖人です。感謝してベッドを抜け出し、出発の用意をします。
7時過ぎ、早くもホテルを出発します。外は暴風雨。1週間前から天気が悪いのは知っていましたが、まさか風も強いとは思わず、傘を何度もひっくり返される羽目になります。コンビニで昼食を購入している間に、徒歩はあきらめて電車で向かうことを決定しました。無理して歩かなくて本当によかったと思います。試験までまだ時間があるので、井の頭線は座れる程度に空いていました。もともと歩くことにした理由の一つに満員電車を避けることもあったので、電車なのに満員を回避できたのはラッキーでした。
駒場東大前駅に到着し、母親と別れ開門を待ちます。開門まで30分以上あるにも関わらずそこにはすでにたくさんの受験生があふれていました。緊張がさらに高まり、共テのときもお世話になった「Beautiful/Superfly」を聞いて気分を鎮めようとします。待ち時間は雨の中で前日夜に見返した古文単語の最終確認を行いました。湿気と雨粒でしわしわになったページを見ると今でも動悸がします。
開門後、1号館の前で10分ほど待機し、ついに試験室への移動が許可されました。7号館の位置は前日に把握していたので、一番乗りで教室に到着します。誰もいない広い部屋には形容しがたい緊張が張り詰めていました。トイレの位置を確認し、あとは試験の開始をひたすら待ちます。ちなみに、先輩から試験会場の椅子は硬いと聞いていたので、僕はクッションを持ち込みました。これのおかげで試験中に尻が痛くなることはなかったので、持ち込みを推奨します。
一発目は国語。問題が配られてからもかなり長時間待ちました。緊張が最高潮に達した9時半、独特のチャイムの音で試験が始まります。
二→三→一→四の順に解くと決めていたので、初手は古文です。直前の単語詰め込みのおかげで迷うことなく読めました。逆に知らない単語を分からんもんは分からんと割り切れたのも詰め込みの成果です。適当にごまかして漢文に移ります。漢文は漢詩の出題でした。過去問で漢詩を見ていたこともあり、特段動揺せず解き進めます。漢文はテーマが一貫していることが多いので、そこさえ読み取れてしまえばあとは変化を読み取るだけです。書けることをすべて書いて現代文に移ります。ここまで45分程度。一度深呼吸をしておこうと思い、トイレに立ちました。共テでも書きましたが、トイレは戦略です。有効に活用してください。
気持ちを切り替えて現代文の読み取りへ。いつも通りの評論文ということで、文字サイズに苦慮しながら書き進めます。国内最高難易度の現代文とはいえ、共テのように頭が真っ白にならずに解き進められたことは幸運でした。120字論述をまとめ、第四問に移ります。前年久しぶりに小説が出題された第四問、この年も小説でした。ですが、前年よりもよほど読みやすい内容だったため、登場人物の心情を丁寧に読み取りながら解答を作成します。小説は冷静であればあるほどいいです。ここにもトイレ休憩の成果が現れました。
余裕があれば解答を問題用紙に写しておこうと思いましたが、見直しをしている間に試験時間は終了。解答が回収されたあと20分ほど待って、ようやく昼休憩に入ります。国語の手ごたえは上々、ご機嫌で昼ご飯を食べます。共テの反省を生かし、今回は特に音楽を聴きませんでした。食べ終わったらトイレをすませ、あとは静かに次の試験の開始を待ちました。
またも長い待ち時間を経て、数学の試験が始まります。初手で冊子をパラパラめくり、一目でわかるような特殊な問題はないことに安堵しつつ第1問に取り掛かります。第1問、解きながらも難易度が抑えられていることを感じ、ここで取れなければまずいと危機感を募らせます。途中まではうまくいっていたものの、(β-α)³を基本対象式で表すことができずに詰みます。現役生のために詳しくは伏せますが、すべてが終わった後に解答速報をみてひざから崩れ落ちたことは今でも覚えています。第2問は確率、すべてを書き出し無茶苦茶な日本語でガリガリ書き連ねました。途中でこれは無理なんじゃないかと思い、あとで戻ってこようと決めて次に進みます。第3問、これは無理でした。説明にもなっていない説明を書き残し、さっさと第4問に逃げます。第4問は初手でタンジェントの加法定理を書かされました。ただの加法定理なのに死ぬほど緊張したことを覚えています。定義を確認し、具体的な数値で実験して、確証をもって(2)に進みます。ですがこれも無理でした。拾えるところだけ拾って、第2問に戻ります。なんの工夫もせずひたすら書き出し、見事に数値を出しました。致命的な間違いを犯しているとも知らず。開示を見た感じではこの大問ではほとんど点が来ていないように思えます。共テの成功体験を信じ、1完していますようにと願っていたら試験が終わりました。
帰りは地獄でした。数学の手ごたえが全くありません。まずい、これは社会と英語で取り返せるのか?いや、もともと数学は低得点でも大丈夫なように他教科をどうにかしていたのだから、なんとかなるはずだ、自分に言い聞かせ、駒場東大前駅で待っていてくれた母親と合流します。ホテルに着いてもなかなか絶望感がぬぐえなかったので、午前中に東大の受験時保護者説明会に行っていた母親から合格後の話を聞いてやる気を取り戻しました。あとはこのタイミングで合格後の新居についても確保できたと聞き、なんとしても受からなければという気持ちに戻すことができました。
夕食を渋谷駅のおいしい天丼屋で済ませ、ホテルに戻ってからは最後のリスニング演習を行いました。結果は16/30。一気に雲行きが怪しくなります。ひとまず明日はどうにかなると信じ、23時までの残り時間は前述の世界史のまとめをひたすら読み返していました。不安な気持ちは消えませんが、起きていてもしょうがないので、無理やり寝ます。
2月26日、前日と同じく6時半に友達からのモーニングコールで目を覚まします。ですが、朝ごはんを食べながら体調に違和感を感じました。鼻水が止まらない。それもそのはずです。前日に開門まで雨風に晒されていた上に、雨上がりということで花粉が本気を出していたのです。軽い風邪と重度の花粉症で完全に体調を崩しました。あまりにも馬鹿です。酷すぎます。後悔している暇はないので、風邪薬を飲んで出発しましたが、やはり鼻水は出続けました。現浪問わず、体調管理には本当に本当に気を付けてください。ベストコンディションを出せなくては損でしかありません。言い訳に近いですが、実際僕は落ちているわけです。自分の体調を一番理解しているのはほかでもなく自分です。無理をせず、自分の身体をいたわってあげてください。
体調が体調なので、結局2日目も歩くのはやめて素直に井の頭線に乗り込みます。7時過ぎであれば危惧していた満員電車の心配がないと分かったのも大きいです。マスクとティッシュの替えを何個も用意し、駒場東大駅で母親と別れて開門を待ちます。慣れていたこともあり、昨日と同様にしばらく待って再び一番乗りで7号館に入りました。ですがここで事件発生。「暖房が壊れました。受験番号XXXXX~XXXXXの方はKOMCEEに移動してください」との案内が。なんと、7号館で受けられなくなってしまったのです。受験教室が分かったときからリスニング環境を調べまくっていたので、まさしく寝耳に水、青天の霹靂、混乱しながら比較的新しそうな建物KOMCEEへと移動します。環境ががらりと変わり、座る場所も隣の人も変わってしまったため、貧乏ゆすりの被害にあったらどうしようと思っていましたが、杞憂に終わりました。良かったです。あとはリスニングの音質だけです。ですが、7号館の音質を知らないので、結局KOMCEEの環境はどうだったのか比べようがありません。特段酷くなかったように思えますが。
新しい試験会場を見渡し、トイレの位置を確認し、鼻栓とマスク、替えのティッシュを用意して試験開始を待ちます。2日目の午前は社会。数学の失敗を得意科目で回収しようと意気込み、試験が始まります。
社会も初めに問題全体を見渡し、問題形式は変わっていないと安心して解答を始めました。世3→世2→日1→日2→日3→日4→世1の順番で解くことにしていたので、一発目は世界史の一問一答です。共テみたいな雰囲気と共テみたいな難易度でした。全問正解して中論に移ります。中論は完全に知識の穴を突かれました。一番苦手としていた11世紀~15世紀くらいのヨーロッパが出てしまったのです。古代史と近現代史ばっかりやっていたところを見事に刺されました。最後の問題以外まったく自信がないまま日本史へと逃避します。
日本史は全体的に女性史のゴリ押しがすごいなあという感想です。ただその辺りは映像の世紀で解像度を上げていたので、脳内の上野千鶴子のアドバイスに従ってうまい答案を作れた自負があります。あと第三問で話題に挙がっていた場所に小学生のころ行ったことがあったので、懐かしーとか思いながら解いていました。ただ第2問だけは何を書いたらいいかわからず混乱したので、一度トイレ休憩で深呼吸を挟みました。日本史は再現答案を作成したので、解いた方はよければ参考にしてください(リンク)。
最後は世界史の大論述です。といっても数年前から分割されたので、いくぶん書きやすくなったと思います。小学校から積み上げてきた知識をここぞとばかりに吐き出し、かなりいい答案を作ることができました。少し時間が余ったので両科目の解答全体を見直し、日本史の第三問で発見した文章のミスを2分で必死で訂正して試験が終了しました。
また長い待機を経て昼休憩に入ります。社会の手ごたえはバッチグーです。世界史の第二問も出来が悪いものの、要素は拾えているはずなので何とかなるだろうと思っていました。実際開示見ても割とどうにかなっていましたし。昼休憩が終わるころには風邪の症状も薬の力でマシになってきていたので、後は英語に立ち向かうだけです。リスニングは多少不安が残るもののかなりの演習量を積んだので大丈夫だろうと信じ、直前の直前まで聞いて耳を慣らしておきました。
最後の戦い、英語です。試験開始と同時に問題全体を見渡し、2Bの形式が変わったことを確認します。また、自由英作のテーマだけを先に見て、強さとは何か考えながら問題に取り組みます。この時点では中身が史上最難関であるなんて知りもしませんでした。
4B→2A→2B→1A→下読み→3→4A→5→1Bの順に解くと決めていたので、最初は4B、英文和訳です。ここでまず時間を取られます。なんか難しいな?でも他で取ればいいか、くらいに考えて平静を保ちますが、解き終わるころには残酷にも15分が過ぎ去っていました。リズムを崩されながらもこれが本試だと言い聞かせ、2Aの自由英作に取り組みます。
4Bを解きながらある程度どのような内容を書くか決めていたものの、やはり実際に英語で書くとなると時間がかかります。自由英作の演習量不足に足元をすくわれ、時間をロスしながら必死で書き上げて2Bに移りました。2Bは例年和文英訳なのですが、今年は少し形式が変わりました。ですがまったくの別物になったわけではないので焦りすぎず、さっさと答案を作成して1Aに向かいます。
しかし、この1Aが非常に難しいのです。長文を読んで内容を短い日本語で要約するのですが、まず英語の文章から論点を読み取る必要があり、加えて必要な要素を短い指定文字数に詰め込むことも要求されます。そんなわけでもともと要約が苦手だったにもかかわらず、この年は題材まで難しかったわけです。読めども読めども入ってこない内容、試験時間だけが経過し、そろそろリスニングの下読みをしろという心の声が迫ります。結果要約を書き終わることができないまま、予定通り5分前にはリスニングの下読みへと移行する羽目になります。
リスニングにも罠がありました。下読みの文章がめちゃくちゃ難しいのです。今まで使っていたキムタツや鉄緑の比ではありません。今のところ解いてきた大問がうまくいっていないプレッシャーに苛まれながら必死に内容を読み取ろうとしますが、そもそも設問が頭に入ってきません。完全にペースを乱され頭が真っ白になるうち、音声が始まってしまいました。
音声の聞き取りも地獄でした。下読みがまともにできていないので無理もありません。内容の把握がいつもより格段に遅いのです。加えて、いままで積んできた演習量が却ってプレッシャーになってしまいました。あれだけ時間をかけたのにろくな点数が取れないのか?そんなことを考え出したら聞き取れるものも聞き取れません。結局音質どうこうを気にする間もなく、呆然とスピーカーを眺めているうちに放送が終了してしまいました。この時点で頭はもう回転を辞めてしまいました。頭の片隅には応援してくれた両親や先生の顔が。涙がこぼれそうになるのを抑え、絶望しきったまま1Aに戻ります。
リスニング前に作成した構想メモをもとに文章を組み立てますが、完全に動揺しきった僕はあろうことかすべて消して読み直す暴挙に出ました。自分に自信がなくなるとこういった事故を起こしかねません。しかももともと作成していた文章はかなり模範解答に近しいものでした。ですが書き直した後の文章はほぼ0点です。すべての歯車が狂い、練ってきた作戦が音を立てて崩れ落ちていきます。
この後は4A、誤文訂正に取り組む予定でしたが、もともとこの問題は非常に難しく、合格者の間でもすべて同じ記号にした、という人が少なくないそうです。僕はその言葉を信じ、すべてcを塗って5の小説に逃げることにしました。まさか全部cでは0点だとも知らずに。全部eなら6点です。完全に運命に見放された瞬間でした。
5の小説は間違いなく史上最難関でした。多用される比喩、多すぎる登場人物、1Aと同様何も読み取れないまま時間だけが過ぎていきます。半泣きでマークを埋め、最後の1Bに逃げます。ちなみに5は1点でした。25分くらいかけたのにです。悲惨ですね。
ラストは1B、文補充です。化け物ぞろいの2026東大英語の中では唯一良心的な問題でした。内容が読み取れるだけで感動です。必死になって文章を読み、すべて解き終わったのちに10秒ほど呆然とし、試験終了。僕の現役での受験は全て終了しました。
試験終了直後、きっとこの世の終わりを目の当たりにしたような顔をしていたでしょう。帰りにたまたま会った同高に気を使われる程度には憔悴しきっていたんだと思います。はっきり言って記憶があまりありません。すべてが終わったことで緊張の糸が切れ、体調が急激に悪化したせいでもあります。母親にはかなり心配をかけました。
東京駅で夕飯を済ませ、新幹線に乗り込んで家に帰ります。帰りの新幹線ではずっとやりたくてわざわざ東京まで持ってきていたポケモンのパールをやりました。「なぞのばしょ」バグも試しましたが、本当に謎の場所に迷い込んだのはきっと自分だったのでしょう。空しいですね。
翌日、体調が回復すると完全に吹っ切れます。手始めに名大を受けた友人と6時間かけて学校まで歩きました。二次試験の翌日にです。4時に起きましたね。もうなんでもありです。あらゆる愚痴を言い合いました。めちゃくちゃ楽しかったです。学校着いたらクラスの友人で集まって昼飯食べに行きました。二次試験終わったら遊びましょう。もう一年頑張るにせよ楽しいことはしておいた方が絶対にいいです。
3月
月初めに3年間通った愛する母校を卒業しました。寂しいですが仕方ありません。そのまま大体毎日友達と遊んでいたらすぐに合格発表がやってきました。
3月10日、よく晴れた日でした。8時には目が覚めてしまったので、大晦日に通話した仲の良い友人とひたすら通話して時間をつぶします。11時には通話を終え、緊張で号泣しながら結果を待ちます。そして迎えた運命の0時。家族全員が自分の合否を見守っています。なんどもリロードを繰り返し、やっと読み込んだ合格者の受験番号の中に、僕の番号はありませんでした。
机に突っ伏し、声を上げて泣きました。人前で泣くのはずいぶん久しぶりです。声が枯れたあたりで震えながらSak-Sakの合否照会をしましたが、目に入ったのはは無機質な不合格の文字だけ。ああ、落ちたんだな。呆然と両親の顔を見つめました。
落ちた後は父親と2回旅行をしました。浪人も全力で応援すると言われ、もう一度東大文一に挑み次こそは入学することを固く誓います。残りの期間は勉強のリハビリを行いながら、部活に顔を出したり、友達と旅行したりして、楽しく過ごしました。おかげで4月からまた頑張れそうです。
開示について
4月1日、河合塾ではちょうどサクセスクリニックが行われている間に、東大の得点開示が行われました。結果は、7.55点差不合格。俗にいう「文一文三サンドイッチ」です。人生2度目のA判定に乾いた笑みがこぼれました。
まず国語、模試の点数と比較して大幅に点数が上がっています。直前に現代文のコツをつかんだこと、古漢の知識を詰め込んだことの成果がちゃんと結果に表れています。続いて英語、酷いの一言です。ある程度予想していたくらいではありますが。模試では60点前後を左右しており、本試では70点まで伸ばすつもりでいたので、この結果は重いです。大きな反省として今年に生かそうと思います。さらに数学、かなりの量を書いたわりに点数が来ていません。おそらく必要なことが全く書けておらず、部分点がもらえなかったのでしょう。このあたりは浪人期に塾の先生を頼りながら修正していきます。そして日本史世界史、ほとんど理想通りの点数が来ました。やったことは間違っていなかったんだなと安心しました。この1年は点数の維持に努めます。総じてこの点数配分はだいたい夏オープンで見た通りです。難化に左右されたとはいえ、結局これが実力なのでしょう。
文三の最低点は超えていたこともあり、一度は自らの出願を悔いてしまいました。ですが、一日たって、自分が文一でやりたいことを思い出し、今年も文一を目指すことを誓いました。もう迷うことはありません。この1年、謙虚にひたむきに合格に向けて勉強していきます。
最後に
ここまで3万字以上読んでくださり本当にありがとうございます。自分の失敗が誰かの役に立てたのならとても嬉しいです。僕の敗因は「怠惰に伴う演習量不足」「パニックに対応できない」の2つに尽きます。今年は自分に厳しく演習を積み重ねること、また自分の特性をよく理解し、焦ったときの対処法を自分なりに編み出していくことを目指します。目指すは東京大学文科一類のみ。来春こそ桜を咲かせてみせます。開講に伴いTwitterの使用時間を大幅に減らすので、ツイートも少なくなりますが、模試結果などは全て上げていくので、よければフォローをお願いします。最後になりますが、1年間合格に向けて勉強していきますので、応援よろしくお願いします!

