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米中が台湾有事回避に向けてレッドラインを探る

米国のバイデン大統領と中国の習近平国家主席は11月14日に、対面での初めての首脳会談を行った。会談の最大のテーマとなったのは、8月のペロシ米下院議長訪台によって一気に緊迫の度を増した台湾問題である。ただしこの分野では、両国の主張は従来通りに平行線を辿った。

ホワイトハウスによると、首脳会談でバイデン大統領は、「台湾海峡の一方的な現状変更」や「威圧的で攻撃的になっている中国の行動」への反対を表明したという。他方、中国外務省によると、首脳会談で習近平国家主席は「台湾問題は中国の核心的利益の中の核心であり、超えてはならない一線」、「台湾を中国から分裂させようとする者を中国人民は決して認めない」と述べたという。これらの発言を見る限り、台湾問題についての両国の主張は平行線を辿っており、歩み寄る余地は見られない。

首脳会談の前日にバイデン大統領は、前日に「超えてはならない一線と、今後2年で米中によって何が最も重要なのかを把握しなければならない」と述べていた。首脳会談では、台湾問題におけるお互いのレッドライン(超えてはならない一線)を確認し合い、それを超えてしまうことで意図しない形で軍事衝突が生じることを回避する狙いが、バイデン大統領にあった。しかし実際には、両国の立場の開きは大きく、レッドラインを探ることはできなかったとみられる。それでも、両国ともに意図しない形での軍事衝突は望んでいないことから、それを回避するための対話の継続では合意した。

台湾有事と「トゥキディデスの罠」

以下では、台湾問題に限らず、米中の対立全体を歴史的見地から考えてみたい。覇権国がその地位を維持する高い負担に耐えかねて、自ら静かに覇権国の地位を降りる形で覇権国の交代が実現するケースよりも、覇権国同士の軍事的対立を通じて覇権国の交代がもたらされるケースの方が、歴史的に見ればより一般的なのではないか。これを、米国の政治学者グレハム・アリソンは「トゥキディデスの罠(The Thucydides Trap)」として警告している。

トゥキディデスとは古代ギリシアの歴史家で、その著書「戦史」のなかで、海上交易を抑える経済大国としてアテナイが台頭し、陸上における軍事的覇権を事実上握っていたスパルタとの間で対立が生じたことを記述した。30年不戦条約など、両国間で戦争を回避する試みは何度もなされたものの、最終的にはどちらの国も望まない戦争が勃発してしまった。それが、30年近くの長年にわたる戦争、ペロポネソス戦争であった。そこから、急速に台頭する大国が既成の支配的な大国とライバル関係に発展する際に、当初はお互いに決して望まなかった軍事的な対立に、いずれは及んでしまうという様子を、アリソンはトゥキディデスの罠と表現したのである。現在の台湾海峡問題は、まさにそうしたリスクを孕んでいるのではないか。

トゥキディデスは、アテナイの台頭がスパルタに与えた恐怖が、戦争を避けられなくしたと分析した。中国にいずれ覇権を奪われてしまうことへの強い恐怖心が、米国の対中姿勢を強硬にさせてしまっている面があることとも似ている。

衝突回避に日本の役割も期待

アリソンが率いるハーバード大学のベルファー・センターの研究によると、過去500年にわたる新興国とその挑戦を受ける覇権国との関係を示す16の事例で、実に12件までが戦争に至った、つまりトゥキディデスの罠が当てはまったと分析している。また、20世紀に日本が台頭した際の日露戦争、太平洋戦争などもこれにあたるという。他方、戦争を回避できた事例でも、覇権国が国際システムやルールの改変などの大きな代償を強いられたとされる(図表)。

図表 「トゥキディデスの罠」16のケース

過去の歴史を紐解けば、このように、戦争を伴う形で覇権交代が実現されるケースは多い。しかし、そうした安易な運命論に陥ってしまうことなく、当事国である米国、中国、そして他国も、戦争回避に向けて知恵を絞らねばならないだろう。また、米中衝突となれば最も大きな打撃を受けるのは、米国の同盟国である日本であることを考えれば、日本も外交力を最大限駆使して、トゥキディデスの罠に陥る事態を回避することに努めることが求められるだろう。

台湾有事は、日本の安全保障を取り巻く環境を一気に緊迫させるとともに経済的にも甚大な打撃となる。台湾有事によって台湾と日本との間の貿易が途絶えてしまうと、それは日本のGDPを1.4%下落させる計算となる(コラム「 台湾有事の経済損失試算:国内GDP1.4%下落 」、2022年8月4日)。中国を含むアジア地域全体との貿易に影響が及ぶ場合には、その打撃は文字通り測りがたいものとなる。意図しない形で台湾を舞台に軍事衝突が生じることを回避することは、日本にとっても重要な国益となるはずだ。

世界秩序の見直しも

アリソン氏の分析によれば、新興国と覇権国の2大国が戦争を回避できたケースでは、覇権国が国際システムやルールの改変を実施したことがそれを可能にしたという。

中国は「中国には中国型の民主主義がある」と主張している。自由と民主主義という米国あるいは西側先進国が共有してきた価値観を、人類の普遍的な価値だとして、一方的に中国に受け入れさせようとすれば、双方の対立は強まっていくばかりなのではないか。

台湾問題で米国が中国に譲歩せよということではないが、一般論で言えば、米国政府も、多様な国家形態、経済システム並びに価値観を認める寛容性を持たねばならないだろう。米国、あるいは先進各国が共有してきた様々な価値観が、果たして普遍的なものであったのか、一度立ち止まって再検証をしてみることも必要なのではないか。

過去に新興の大国と既存の覇権国との間の対立が生じた際と、現在の状況とが異なるのは、絶対的な強国である2大国間の闘いという構図ではなく、先進国の盟主と新興国の盟主との闘いが生じているということなのではないか。中国に限らず、新興国全体が大きな経済的影響力を持つようになっているもとでは、米国をリーダーとする先進国が作り上げた秩序だけでは、新興国の間での理解を十分に得ることは難しく、結果的に世界が安定を維持できなくなっているという認識も持つべきではないか。ウクライナ問題をきっけかに、先進国と新興国の分断が一気に強まっている背景には、こうした事情もあるだろう。

新興国にも十分に配慮した2重基準、あるいは新興国にはより緩やかな基準を許容する2スピードの新たな基準、秩序などを模索、構築していくことも、米国、あるいは先進国がこの先検討する必要が出てくるのかもしれない。それは、安全保障、貿易、気候変動対策などあらゆる分野に及ぶものだ。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。

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