エゴと戦うな、距離を置け!「気づく」だけで別の領域へシフトする究極の自愛
さて、あまり僕のnoteではエゴとの向き合い方ってのを書いていなかったね。 最近かなりぶっとんだ境地での話が続いたから、基本に立ち戻った話をしていこうか。
潜在意識で引き寄せ・願望実現って話になると、絶対に避けて通れないのが『エゴ』というやつだ。 こいつは冒険最序盤で現れる”スライム”であり、同時に最後まで立ちはだかる”ラスボス”でもある。(笑)
この『エゴ』の正体を見切り、上手くあしらえるようになることこそが、俗に言う『認識の変更』への道を開く鍵になる。
特に、負の感情が強く出る破局した恋愛の復活…そう、『復縁成就』を目指す場合、このエゴはとてつもなく強大な敵に見えてしまうんだ。
僕が推奨する『瞑想+イメージング』は、強烈なエゴから強制的に距離を置くための、少々過激なアプローチをしたりする。 (※まだ読んでない人は、ぜひ僕のnoteの有料記事『脳バグ劇薬メソッド』を見てほしい。すでに実践してくれている人は、第六ステップ以降の日常での取り組みとして、この記事の内容をひたすらやってくれれば万事OKだ!)
今日話をしたいのは、どんな凄い手法を用いたとしても『エゴを完全に消し去ることは絶対に不可能』だということ。 そして、『じゃあ、消せないならどう付き合っていけばいいの?』という点について、かなり深く、だけど分かりやすく解説していこうと思う。
そもそも『エゴ』ってなんだ?(※定義の罠に注意!)
そもそも『エゴ』という言葉は、分野によって意味が変わってくるから厄介なんだよね。 『自我そのもの(私という存在)』という意味で使われることもあれば、『自己中心的な考え方』という意味で使われることもある。
ただ、引き寄せの法則界隈で言われている『エゴ』というのは、ズバリ『マイナス思考』や『現実に対してネガティブに反応する自動思考』『不足を起点とした思考や行動』を指して使われることが多い。
「自我(私)」という広すぎる定義で見てしまうと、『誰かを愛する純粋な想い』や『幸せを感じて喜ぶ気持ち』まで全て「エゴだから手放さなきゃ!」ってことになって、話がめちゃくちゃおかしくなってしまう。
人によっては『良いエゴちゃん』『悪いエゴちゃん』みたいに分ける人もいるし、この定義の違いのせいで、掲示板なんかで論争が起きたりするわけだ。(笑)
だから、ここから先の話は、僕のnoteでは『負の感情』『現実に対して悪い方向で反応する自動音声』『なにかを得ようとしてする思考や行動』=『エゴ』として取り扱うよ、ということを前提に読んでね。
エゴは「靴底にへばりついたガム」である
冒頭で言った通り、どんなに強力なクレンジングメソッド(浄化)を使っても、エゴを100%消し去ることは人間である以上、不可能だ。 僕たちが「心を持つ人間」として生きている以上、エゴとは一生共存していかないといけない。
もちろん、心が深く傷ついて強烈な負の感情に飲み込まれている時は、ある程度それを引き剥がす(クレンジングする)必要がある。でも、それもある程度のところまででいい。 そこから先は、どんなにクレンジングしたって、エゴは現実のちょっとした出来事に反応してひょっこり顔を出してくるからだ。
エゴってのはね、言うならば「道端に吐き捨てられたガムを、うっかり踏んづけてしまった状態」みたいなもんだ。(笑)
「うわ、最悪!キモい!」って靴底を地面にこすりつけて落とそうとしても、ビヨーーーンって伸びて、余計に汚く広がるだけ。 下手に指でつまんで取ろうものなら、今度は指にべったりくっついて、振っても洗っても全然落ちやしない。
戦おう、排除しようとすればするほど、こっちが疲弊して、どんどん汚く伸びていく。 これが、まさにエゴの性質そのものなんだ。
だから、自分にベタッ!と張り付いているから「自分の一部」だと錯覚しやすいけど、「決して自分そのものではない(ただのガムだ)」ということに気づくこと。 これが、エゴと距離を置くための第一歩であり、むしろこれしか方法はないんだ。
エゴと戦うな!「自己観察」と「自愛」の真実
四六時中頭の中でぶつぶつぶつぶつお喋りしてるエゴ。
これをどうすればいいのか?
エゴの唱える負の感情に飲み込まれると要には『悪い引き寄せ』というものが起きてくる。
なので、それを避けるためにエゴと距離を置くことで思考と感情のもつ周波数を同調しないように切り離し、悪い現象そのものが持っている帯域に本来の自分が同調しないようにすることが必要になるってわけ。
そこで多くの人がまずやることが『エゴと全力で戦う』というやつだ。
頭の中でしゃべってくるエゴに猛烈に反論するというやつで、やったことある人ならわかると思うけど、エンドレスの戦いになるんだよね。
どれだけ力いっぱいぶっ飛ばしたところでエゴはめげない。何度でも蘇り、同じようなネガティブをことあるごとに囁いてくる。
ただ、この『反論』というやり方は決して悪い方法ではない。 上手にやればこれで距離を置けるようにもなる。 コツを挙げるとすれば『反論は端的な表現』でやるってのがポイントかな。
あまり長々とエゴと言い合いすると、どんどん力を増してくるので注意。
エゴってやつは負の感情を餌に肥大化していくので、自棄になっての反論は恰好の餌になってしまうってことなんだ。
そんなこんなしているともっと効率の良い手法に出会うはずだ。
それが『自己観察』と『自愛』だ。
自己観察ってなんだ?
自己観察ってのは、エゴが騒ぎ始めたら、心を無表情にして、ただ冷ややかに「湧き上がる感情と思考」を見つめる、という手法。 無心で「あー、なんか言ってるなー」と眺めていると、そのうちスーーッと消えていく。
そして最大のメリットは、『エゴは自分じゃない(自分は観察している側だ)』ということが、体感として分かりやすいこと。
ただこれ、人によっては「エゴの侵入を許してるみたいで苦手」って人も多い。 僕みたいに元々「負けず嫌い」な性格だと、スルーしようと思っても、最後に「うるせぇ!」って一言反論して締めくくっちゃったりするからね。(笑)だって言われっぱなしってムカつくじゃん!(笑)
自己観察をするコツは、「思考を眺められる場所に意識を置く」こと。 僕の場合は、眼球を少し上に向けて(白目は剥かないよ!笑)、そこに圧をかけつつ、意識を「後頭部の後ろ」に引っ張るイメージ。 眼球に命綱をつけて、体の外(後ろ)に自分の意識をポンッと逃がしてあげる感じ。
ちなみに僕の嫌いな引き寄せ本『タフティ・ザ・プリーステス』の「気づきの中心点」ってメソッドも、実は自己観察と同じことを言ってるんだよね。
自愛の「意外な落とし穴」に注意!
そして、この自己観察の発展形が『自愛』だ。 エゴが騒いでいることに気づく(観察する)ところまでは同じだけど、その際に『許し』という感情を自分に与えてあげる。
「あ、今、過去の嫌なことを思い出して不安になってるな。でも、いいよ。そんな私でも大丈夫。愛してるよ。」
こんな風にね。自身を許し、愛することで、より強い『安心』の領域に自分を導くことができる最強の手法だ。
ただ、自愛には絶対に注意してほしい「落とし穴」がある。 それは、『エゴそのものを肯定してはいけない』ということ。
どこまで行ってもエゴはエゴ。所詮はネバネバのガムのカスだ。 『許す』のは、エゴが吐き出した「彼を恨む思考」や「自己否定の思考」または「受け入れがたい目の前の現象」に対してではなく、「その思考に巻き込まれてダメージを食らってしまった自分自身」を許すんだ。
❌ 悪い例(エゴと同化) 「あぁ、私、ムカついてるんだね!そうだよね!あいつ酷いもんね!私を傷つけやがって!許せないよね!」
❌ 悪い例(現象を肯定) 「彼には彼の幸せがあるんだもんね、酷いこと言われたけど愛してるから彼を許してあげないとね。」
⭕ 良い例(自己観察+自愛) 「あぁ、また思い出して悲しんでるんだ、私。そっかそっか、頑張ったもんね。でも、もう大丈夫だよ。」
自愛だと思って、エゴの言い分や不足に思い切り同調してしまうと、いつの間にかエゴに飲み込まれてしまう。 自愛のベースはあくまで『自己観察』。傷ついた自分に気づいて、優しく一言声をかける。それだけでいいんだ。
正解は1つだけ。ただ『気づく』だけでいい。
結局のところ、エゴとの向き合い方の正解ってなんなのか?
答えはシンプル。どんな方法を使うにしても、エゴの囁きに『気づく』だけでいい。
気づく = エゴと同化していない(切り離されている)
考えてみてほしい。もし君が完全にエゴと同化しているなら、「あ、私今ネガティブになってる」と気づくことすらできないはずだ。 『気づいた』その瞬間、エゴの考えは自分そのものじゃないってことが証明されているんだよ。
多くの人が「エゴをどうにかしなきゃ!」って焦ってるけど、何か特別な境地に至る必要なんてない。ただ「あ、ガム踏んでるな」って気づくだけで、もう大成功なんだ。
エゴに焦って、ジャッジしようとしているその思考すらもエゴ。それすらも「あっ!」って気づくだけで良い。
『気づく』と何が起きるの?
そこだよ。その『気づいている』状態こそが、多くの人が求めている『別の領域』ってやつで、他の言い方をすれば『今』であり『ゼロポイント』であり『量子場に触れている』って状態なんだ。
あまりにも簡単すぎて拍子抜けするくらいの場所。
でも、そこに様々な現実想像の可能性が在る。
あとは「向きを変える」だけ
あとは簡単だ。 気づいたら、意識を望む願望に向きを変えるだけ。なる。を使える人ならなっちゃうだけ。
エゴが裏でやんややんや騒いでいるかもしれない。 でも、気づいているので関係ない。なれると、ほんとに脳内の遠くのほうで「わーわー!」何か言ってるのがわかるし、エゴとエゴが喧嘩してるのに気づくと「ぶっ(笑)」って可笑しくなって噴き出すこともあると思うよ。
それはそれで放置して、意識を『願望叶った自分』というものに向けるんだ。 『復縁』であれば、その時に改めて『あの人と愛し合ってる状況を心で感じてみる』とか。 それができないならただ意識で意図するだけでいい。
下手に言葉にする必要はないよ。 水を飲むことをちょっと思い出してみて。
喉乾いて水を飲もうと思ったときに頭の中で「水を飲もう!水を飲んで喉の渇きが癒えた自分になった!」とか言わないでしょ。
あの時、どんな意識の向け方してる?
なんとなく、僕の感覚だけど、頭の右上のほうでカチっと意図する。 これ言語化するの不可能なんだけど、そうじゃない?この後試してみて。風呂入るでも。歯磨きする。でもいいんだけど、言葉にはしてないでしょ? でも意識的に歯磨きをしにいってみたり、風呂に入ろうとしてみたりしてごらん。 言葉にできない脳の使い方を絶対にしてるはずだから。 その感覚で「フッ」と望む願望を意図すればいい。 全然わからなかったらアファメーションでもいいけどね。 できるようになっておくと楽だよ。
こういうのは感覚だからね、深く考えず、「自分的にこれでOK」って思うものが正解なので、それでいい。 これだけで向きは変わる。
別に感情はいらないよ。 僕の場合はこれと同時に胸の奥に感情を感じるってのを同時にやるんだけど、ざわつく場合はそれは必要ない。そのことについては前々回の記事で書いたよね?そこを読んで欲しい。
感情の魔法『飯と復縁の最強方程式』
「意図」はセットした。じゃあ、感情はどうするのか? とりあえず、目の前の美味しいご飯を食べてみてほしい。
「あ~、おいしい💕」
その時、君は幸せを感じているよね? さっき「復縁した」という意図はセットしてある。そこに、この「ご飯が美味しい」という幸せな感情をくっつけるんだ。
【 復縁の意図 + 飯がうまい幸せ = 復縁が成就して幸せな私 】
これがいっちょ上がりだ。 「飯と復縁は違うじゃん!」ってエゴは騒ぐかもしれない。でも、潜在意識からしたら「幸せ」という体感は同じなんだ。 だから、日常で感じる「幸せ」を、セットした「意図」にどんどんくっつけて創っていけばいい。
(※この「感情」を伴って幸せ絶頂の周波数を固定する強力なやり方は、僕の『松果体呼吸』の記事で詳しく解説してるから、ぜひ読んでみてね!)
エゴの思考に気づき、「今(別の領域)」に立つ。 そして意図する。 あとは、目の前の日常で幸せを感じる。
ただこれだけで、君の世界は確実に変わっていく。 エゴと戦うのはもうやめて、華麗にスルーする達人になろう!
📒復縁を科学で紐解く『復縁引き寄せマスタープログラム』はこちら。
📒僕が行っていた具体的な引き寄せ実施手順を公開
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