なぜ彼女たちは帰還できたのか。まず、家族が声を上げ、政界・宗教界を巻き込んだ大きな運動を作ったことが北朝鮮を動かす端緒となった。その圧力があったからこそ北朝鮮は“電話作戦”に出て、それが皮肉にも脱出の機会を生んだ。
さらに政府だけでなく、北朝鮮に太いパイプをもつPFLPのような組織までが奪還に動いたことが決定打となった。
翻って日本では、北朝鮮と友好関係にあった社会党(現・社民党)が「拉致はなかった」と否定する側に回った。パイプとは、同胞を救うために使ってこそ意味をもつ。
「花嫁候補」でもあった被害者女性たち
なぜ彼女たちは拉致されたのか。その謎を解く鍵は、帰還した4人のうちの1人が下した、意外な選択に隠されていた。祖国で家族と再会したあとに、北朝鮮に戻った女性がいたのである。
拉致被害者の1人、シハーム・シュライテフさんは、北朝鮮から帰還したとき、すでに妊娠4カ月だった。「子どもを授かった以上、その子の父親と結婚すべきだ」と彼女は言い、母親のハイダールさんが泣いて引き止めたにもかかわらず、平壌に戻っていった。
シハームさんによれば、お腹の子の父親は「元米兵」だという。取材の結果、彼は1963年12月に韓国の米軍基地から軍事境界線を越えて北朝鮮へと逃亡した米陸軍伍長、ジェリー・パリッシュ氏と判明した。
母ハイダールさんは1990年、北朝鮮を訪れて娘のシハームさん一家と会った。そのとき、シハーム夫妻にはナヒー、リッキー、エリックという3人の息子がいたという。
韓国から北朝鮮へと脱走した米兵は4人いる。拉致されたレバノン女性も4人。彼女たちは脱走米兵の“花嫁候補”として拉致された可能性が高い。
曽我ひとみさんの夫で4人の1人であるチャールズ・ジェンキンス元米陸軍一等兵は、私たちの取材に対し、北朝鮮当局が元米兵4人全員にレバノン女性を妻としてあてがおうとしたと証言し、この推測を裏付けた。ジェンキンスさん自身は、「妻を押し付けられるのは嫌だった」ので彼女たちと会うことも拒否したという。
レバノン女性の祖国帰還のあと、実際に元米兵と結婚したのは、シハームさん(レバノン人)、曽我ひとみさん(日本人)、そしてドイナ・ブンベアさん(ルーマニア人)、アノーチャ・パンジョイさん(タイ人)で、いずれも北朝鮮に拉致されてきた女性たちだった。
北朝鮮には極端な「純血主義」があり、外国人との“混血”は忌避される。元米兵との結婚相手として外国人女性が必要だったのだろう。