会うことの(再)発見(日本基督教団王子北教会牧師:沼田和也) #行動するこころとからだ
先日、今さらながらに映画『三島由紀夫vs東大全共闘〜50年目の真実〜』を観ました。三島と東大生たちとの白熱した議論には難しい言葉遣いも多く、議論の速度にわたしはついてゆけませんでした。
けれども、議論の中身とは別に、心を打たれたことがありました。たとえば木村修という学生が、論敵であるはずの相手を三島由紀夫先生と呼んでしまい、あわてて取り消そうとして、会場一同や、なにより三島自身の笑いを誘ってしまう場面。あるいは、芥正彦という学生が三島にたばこを手渡し、三島がそれをうまそうに吸う仕草。芥は1歳にもならないであろう娘を抱っこしながら議論をするのですが、ピンクのベビー服を着た彼女は三島を怖がるどころか興味津々、じぃっと見ているわけです。厳しい議論の背景というか土台には、まず和やかさがある。わたしは文学にも当時の時代背景にも疎いですが、わたしなりに、なぜあの和やかさが成立したのか考えました。
やはり思うのは、東大生たちからみれば、三島由紀夫がわざわざ彼らのところへ足を運んでくれたから、というのが最も大きな理由であろうということです。三島は青年たちとの思想の違いはさておき、彼らを愛していた。だから敬意をもって足を運んだ。そのことは態度に表れ、学生たちにも伝わった。それで木村修は思わず三島由紀夫「先生」と言ってしまうし、芥正彦は彼とたばこを分かちあう。
また、映像は1969年のものであるにもかかわらず、この映画が2020年という時代に公開されたことにも、たんに三島由紀夫没後50年ということ以上の意味を感じました。といいますのも2020年の時点ですでに、ツイッターにおける議論の不可能性が問題となり、また、それがツイッターにとどまらず、社会的分断の表れにもつながっていると見なされていたからです。互いをネトウヨやリベサヨと罵りあい、共有される結論といえば「分かりあえないことだけが分かりあえるのだ」という、冷めた感覚のみ。そういう時代感覚は2020年から5年経ち、ますます加速しているように思われます。だからこそあの映像には現在、1969年当時には存在しなかった新鮮さがある。すなわち、匿名のアカウントをとおして罵倒しあうのではなく、「失礼なことを言えば殴られるかもしれない」という緊張のなか、思いがけず相手の親切に驚き、感動を覚えること。対面だからこそ生じることの、現代における新鮮さです。この新鮮さの発見は、1969年当時においては不可能だったでしょう。インターネットをとおして、会ったこともない人間同士が罵りあい軽蔑しあうことが日常とならなければ、会って話すことの真価が問われるということもまた、起こらないからです。
会って話すこと。それも、家族や恋人、ごく身近な親しい友だちではない人(たち)と、対面で話すこと。手紙や電話などをのぞいては、会って話すことがあたりまえだった時代。他方で、一生会うこともない人とコミュニケーションするSNSを、もはや手放すことのできない現代人。後者にとって「会って話すこと」は、前者とは異なる意味を持つでしょう。(もちろんSNSをいっさいしない人もいるでしょう。それでも、SNSなど存在しなかった時代の人とは事情が異なります。なぜならSNSを「しない」選択をしなければならないからです。)なぜわたしが対面で話すこと、対面で話すためにわざわざ集まることに、今さらになって大きな価値を見いだしているかといいますと、わたしは教会という場所の管理に責任を持つ牧師をしているからです。
教会に礼拝をしに来る人たちは、とくにこの東京においては、日曜日にしか顔をあわせない場合が多いと思います。礼拝という目的を持つこと以外に、とくに共通の趣味や思想があるわけではない人々の集まりともいえます。だからといって、お互いが一言の挨拶もせず、口もきかないのかといえば、そういうわけでもありません。挨拶や日常会話もします。そして礼拝では、それぞれの声で、しかもみんなでいっしょに、讃美歌を歌ったり、「主の祈り」や「使徒信条」を唱えたりします。牧師であるわたしが説教をしているあいだは、皆が同じように着席し、わたしの話に耳を傾けています。礼拝が終われば、帰りたい人たちは挨拶をしつつ礼拝堂を出ていきますし、残って茶菓をお供に、談笑を楽しむ人たちもいます。これらの人たちは親友とか家族とか恋人とか、そういう親密なカテゴリーに属する集団ではありません。また、会社員のようにお金のため、あるいは共通の企業目的のために緊張感をもって集まっているわけでもない。かといって、自宅でくつろぐように弛緩しきっているわけでもありません。親しく話しはするが、親密なわけではない人たちとの、ほどよい緊張による刺激を、この人たちは楽しんでいるともいえます。
礼拝で会う以外は素性を詳しく知らない他人の身体たちが存在し、その身体たちの気配をほどよい緊張をもって感じつつ、自分もそこに居続ける。こうしたことは、さまざまな手続きが対面を経ずに完結するインターネットの時代だからこそ、新しい意味を際立たせてくると思います。SNSでは自分が選択した人とコミュニケーションを行い、不快な他者はミュートしたりブロックしたりできます。しかし教会に居合わせる人は、そうはいかない。ここまでは教会に集うことの快適な側面ばかり話してきましたが、教会に集まってくる人たちのなかには、自分にとって必ずしも好ましいとは思えない人、つまり不快さを感じる人もいるかもしれません。ですがそういう緊張関係も込みで、誰かたちと共にいるということの面白さがあり、奥深さもあるわけです。たとえば聖書には、こんな一節があります。
“ その頃、弟子たちが増えてきて、ギリシア語を話すユダヤ人からヘブライ語を話すユダヤ人に対して苦情が出た。日々の分配のことで、仲間のやもめたちが軽んじられているというのである。”
詳しい話は措くとして、イエスが復活し召天したという出来事があったすぐあとの教会で、すでにこういうトラブルが起こっていたということです。教会という場所は、イエス・キリストの時代は理想郷だったけれども堕落して今日に至ったというのではなく、最初から波乱含みでした。それはパウロの手紙などを読んでいても分かります。ユダヤ人たちの集まりであった教会のなかで次第に諸外国の人々が増えていくと、生活習慣から信仰理解に至るまでさまざまな衝突が絶えなくなります。教会は決して理想郷から始まったのではなく、考え方の異なる人たちどうしがどうやったら共に集い、共に礼拝できるか、また、どうやったら困窮する人たちの苦しみに耳を傾け、できるだけ公平に分配できるか、そういったことを模索しながら形成されていきました。ですから教会が最初からトラブルの連続であった、そのトラブルの根源は、メンバー同士の考え方の違いにあったということは、聖書を開くだけでも分かりますし、それは現代でも同じことです。
ストレスフルな他者との遭遇という経験を、しかし互いの安全を脅かすことなく行うこと。すなわち対話することをめぐる知見を、教会は血で血を洗う歴史のなかで、何度も過ちを犯しながら学び、積み重ねてきたのでした。どうやったら殺しあわず、相手の人格を全否定するような態度もとらず、対等に話しあうことができるのか。それは未だ完全な答えを見出し得ない、教会の課題であり続けていると、わたしは考えています。
教会という場所をとおして、わたしは日々、人と人とがコストをかけて出遭うことの重みを味わわせていただいています。SNSでちょっとしたことを言われただけでなぜ腹が立つのか。そこには出遭うことへのコストが払われていないからだと思います。冒頭に紹介した三島由紀夫と東大生たちは、場を用意することや互いの日程を調整することなど、手間暇をかけて出遭っています。遭遇することにかなりのコストが払われている。この機会を無駄にはできない。いや、無駄にしてなるものか───そういう決意が、対話を始める前からすでに漲っている。お互い対話に応じたからには、相手に対話する価値や尊厳を見いだそうと、精いっぱい模索する。そんな様子が映像からあふれ伝わってきます。もちろん1969年当時の人々にしてみれば、話しあうとはそういうことだ、それで上手くいかなければ血を見るのみだ、くらいのことだったかもしれない。しかし「対話?そんなことあいつらとできるわけないだろアホらしい」というSNSの冷笑的時代にあっては、彼らが意識していなかったであろう出遭いのコストが、むしろ前景化してくるのだと思います。
教会ということで話をさせていただきましたが、共通の目的を持った、しかし家族や恋人、親友とはいえない他人たちが集まる場所というのは、他にもさまざまに存在すると思います。また、そういう場所が増えていって欲しいとも、わたしは思っています。教会に来る人のなかには、そういう場所、そのような他人との遭遇を求めている人が、かなりおられるからです。教会には自分の居場所を見いだせなくても、他にも多くの場が存在するならば、その人はいつか自分の居場所を見つけ出すことができる。居場所探しの旅が成立する程度には、居場所の候補が存在していて欲しい。わたしはそのように考えています。
【著者プロフィール】
沼田和也(ぬまた・かずや)
1972年生まれ。2004年、関西学院大学神学研究科修士課程修了。礼拝出席者10人程度の、日本基督教団王子北教会で牧師をしている。単著『牧師、閉鎖病棟に入る。』(実業之日本社)『街の牧師祈りといのち』(晶文社) 『弱音をはく練習』(KKベストセラーズ)、寄稿『みんなの宗教2世問題』(晶文社)。Xアカウント@numatakazuya



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