【すぐ消します】今回の騒動について
はじめに言っておきます。
タイトル詐欺ではありません。
この記事は2026年5月15日中に削除します。
私のnoteの本来の趣旨とは異なりますし、Xでこういったポストをするのもアカウント的に違和感があり、長く残しておくべきではないと考えているからです。一時的な避難所として、ここで事実を整理させてください。
今回の騒動について。
とんでもない志望動機を連れてきました。
— おむすび|職務経歴書の狂人 (@daijobchange) May 12, 2026
これ、即不採用です。… pic.twitter.com/UF3upHLWW6
結論から言います。
自作自演です。
そして、これだけは声を大にして言わせてください。
人の履歴書や職務経歴書を晒すわけないだろ。って。
常識的に考えて、そんなリスクを冒すメリットはどこにもありません。
私がXに投稿している履歴書、職務経歴書、志望動機の画像は「自作」です。
今回の志望動機も、私が作り自分で画像に起こしたものです。自分で作ったものに、自分で解説を入れる。
構造としては完全な自作自演です。
「人の志望動機を晒すヤバい奴」という批判が飛んでいるっぽいですが、そもそも「人のもの」が存在しません。
ではなぜ、これほどまでに大きな反応が起きたのか。
リプ欄や引用数が二桁を超えた時点で精神衛生上、私は中身をほとんど見ていません。(たまに薄目で見る)
ただ、初期の反応やこれまでの経験から、今回の件で「情報の伝わり方」においていくつかの特徴的な動きを感じたので、自分自身の反省も含め、整理します。
ちなみに、バズらせた方やフォロワーの増やし方と言ったテクニックの話ではないので悪しからず。
言葉ひとつが演出になった
今回の拡散の最大の引き金。
それは冒頭のこの一言です。
「とんでもない志望動機を連れてきました。」
今回の原因は、完全にこれ。です。
この「連れてきました」という表現。
これが、読み手にとって「(実在する応募者を)連れてきた」と受け取られる強いフックになったのだと思います。
もしこれが「不採用になる志望動機の例を作りました」だったら、ここまでの反応はなかったでしょう。
本物っぽく見える画像と実在を匂わせる言葉。
この組み合わせが、エンゲージメントを爆発させたのではないかと予想します。
昨今の、SNSリテラシーに対する土壌
今、SNS上ではコンプライアンスや情報の取り扱いに対して、非常に厳しい目が向けられています。
●クライアントの名前入り資料が写り込む
●社員証や社内研修資料の画像をアップロードする
●人事と候補者とのやり取りの晒し
これらは明確にアウトであり、そういった投稿に対して批判が集まるのは当然ですし、そういった投稿を警戒する空気が強まっています。
私の投稿もその警戒の対象として、強い拒絶反応が起きました。
つまり、私も漏れなく「アウトな奴」と思われたのです。
実は画像内には、これまで通り「おむすび」というクレジットを忍ばせています。めちゃくちゃわかりづらいですが、自作であるサインは置いてありました。
けれど、拡散の渦中ではそんな微細な情報は無視されます。
一度「本物だ」という前提で拡散が始まると、細部の情報は補強されず、最初の印象がすべてとして扱われます。
「本物かもしれない」という疑念が、いつの間にか「本物だ」という事実に置き換わっていく現象を目の当たりにしました。
Xの拡散機能による前提の上書き
これがSNSの最も恐ろしいところですが、引用ポストによって拡散される際、引用したアカウントのフォロワーが最初に受け取るのは、引用した人の言葉です。
誰かが「志望動機を晒している人事がいる」と一言添えて引用すれば、それを見た人は「こいつは志望動機を晒すヤバい人事だ」という前提で私のポストを見に来ます。
私のポストには「本物です」とも書いていませんが、「偽物です」とも書いていない。すると、引用した人の解釈が事実として上書きされる。
一度拡散されたら、自分の意図しない伝わり方や解釈をされるのがSNSの本質なんだなと、改めて実感しました。
なぜ私は「人事」だと思われたのか
不思議なことがあります。
リプや引用の中に「晒す人事ヤバい」「こんな採用担当がいる会社行きたくない」という趣旨の投稿を見かけました。(薄目で)
私のプロフィールやポストのどこにも「私は人事です」「採用担当です」と書いていません。
それなのに、なぜそう思われたのか。
志望動機をアップできる=採用に関わっている=人事である
という連想が自動的に行われ、「人事」や「採用担当」という属性が付与された状態で議論が進んでいったのではないかと考えています。
そして興味深いのが、「人事ならそんなことをするはずがない。だからこれは作り物だろう」という方向には、決して思考が向かないことです。
これは昨今のSNSリテラシーへの意識と、過去に実際に起きた人事界隈の炎上によって出来上がったイメージの産物かもしれません。
志望動機の中身そのものへのご指摘について
今回の投稿に対し、内容そのものへのご指摘もいただきました。
「丁寧に書かれた志望動機のどこがおかしいのか」
「今どき志望動機で人を判断していたら採用なんてできない」
「企業と応募者は対等じゃないの?」
「転職活動をロジックで詰めすぎている」
これに関しては、本来私も同じ考えです。
企業と応募者は常に対等であるべきです。
丁寧に志望動機を書いてくる方はとても良い印象を受けます。
企業だから、採用担当だからといって選べる立場にあるわけではない。応募者にも選ぶ権利はあります。
私自身、もし「選んでやる」という高圧的な態度の人事がいる会社があれば、そこには行きたくないと考えます。
ここで一つ事実として触れておきたいのは、「SNSは、たった一つの発信がその人を形成してしまう場所」だということです。
一度言葉を放てば、それはもう元には戻せません。
発信する以上、その「見え方」まで含めて引き受ける必要があるということです。
もちろん、今回の件をきっかけに議論が起こること自体は、悪いことではないと思っています。
私のポストを「おかしい」と感じる人もいれば、「一理ある」と受け取る人もいる。誰がどう受け取るかは自由です。
その摩擦の中にこそ、転職活動における何らかのヒントがあるのかもしれません。
最後に
今回のポストは、意図的と言えば意図的でした。
「本物っぽい画像」と「本物っぽい言葉」で、アルゴリズムに乗せて転職活動中の人に届けばいい。
その程度の考えでした。
直近はエンゲージメントが下がっていたので、まさかここまで拡散されるとは予想していませんでした。
「情報を晒す危険な人物」として認知が広まることは、私にとっても大きなマイナスです。これは自分の表現が招いた結果であり、真摯に受け止めるしかありません。甘んじて受け入れます。
ただ、はっきりわかったことがあります。
拡散される内容が「正しいか、有益か」は、バズや勢いには関係ないということです。
人々が何に反応し、何を事実と思い込むのか。
今回の件は、その構造を身をもって知る機会となりました。
このnoteは約束通り、5月15日中に消去します。
…正しくは、非公開にします。
一時的なお騒がせ、失礼いたしました。


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