1.出向規定
労働契約法9条は、
「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。」
と規定しています。
そして、これを受けた次条、労働契約法10条本文は、
「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする」
と規定しています。
つまり、
就業規則の変更によって労働者に有利に労働条件を書き換えることはできる、
就業規則の変更によって労働者に不利に労働条件を書き換えるには、①周知性、②合理性の二つの要件が必要になる、
という意味です。
このようなルールのもとにおいては、ある就業規則の変更が、有利変更なのか/不利益変更なのかの区別が重要な意味を持ちます。
それでは、出向規定の追加は、労働者にとって有利な変更なのでしょうか? それとも、不利な変更なのでしょうか?
出向の目的は様々です。例えば、第二東京弁護士会労働問題検討委員会『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、2023年改訂版、令5〕237頁では、
「企業の合理化・多角経営化などのために、事業部門を分割して別会社を設立する等の方法によって、親子会社・グループ会社等の企業グループが形成されている。この企業グループ内において、経営指導・技術指導、従業員のキャリア形成、高齢者従業員の処遇、親会社の余剰人員削減等様々な理由で、人事異動・人事交流がなされることが多い」
と解説されています。
左遷のような出向もある反面、力量のある従業員を関係企業に出向させてキャリア形成をさせることもあります。余剰人員として解雇されるよりは、出向という形で雇用維持が図られた方が労働者にとって有利という見方もできます。
出向には、ポジティブな面とネガティブな面との二面性があります。
このような状況のもと、出向規定の追加は、法的にどのように評価されるのでしょうか?
昨日ご紹介した、東京地判令7.10.31労働判例ジャーナル169-28 学校法人日本国際学園事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。
2.学校法人日本国際学園事件
本件で被告になったのは、学校法人F(旧法人)から筑波学院大学の設置者の地位の変更を受けた学校法人です。
原告になったのは、本件大学の准教授として勤務していた方です。設置者の変更に伴い、旧法人を退職し、旧法人と同じ労働条件で被告に雇用されるという経緯が辿られています。被告から関連法人に出向し、専門学校で勤務するように2度に渡って命じられ、賃金の支払を止められたところ、専門学校において勤務する雇用契約上の義務がないことの確認や賃金の支払等を求めて被告を提訴したのが本件です。
被告の就業規則は、異動について、
「『業務上必要である場合は、勤務所属、職種の変更等の異動を行うことがある。前項の規定する異動は、正当な理由がない限りこれを拒むことができない。(以下省略)』(第27条)」
と規定されていました(旧異動規定)。
これが、就業規則の変更によって、
「第24条 業務上必要がある場合は、理事長は、次の各号の区分に応じ異動を決定する。
(1)職位、職種の異動
(2)所属部署の異動
(3)勤務地の異動
(4)在籍出向(被告に在籍したまま、他の学校法人、その他の法人のご有無に従事するため異動すること)
(5)転籍出向(本人の同意を得て、被告を退職し、他の学校法人、その他の法人の業務に従事するため異動すること)
(6)その他の異動
2 前項に規定する異動は、正当な理由がない限りこれを拒むことができない。
(以下省略)」
という規定に改められました。
本件の原告は、
「新異動規定は、出向規定の追加(不利益変更)であるところ、この追加を含む就業規則の大幅な変更につき、本件組合の申し入れた団体交渉は実現せず、過半数労働者代表の意見書の添付もないまま労働基準監督署への届出がされている。また、新異動規定は、出向命令を拒むことができる『正当な理由』に該当する事情の具体例は示されておらず、『正当な理由』による縛りがほとんど意味をなさない。」
「そうすると、新異動規定による出向規定の追加は、労働契約法10条により、原告に対して効力を有しない。」
と主張し、新異動規定(出向規定)の効力を争いました。
これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、被告の出向命令権限を否定しました。
(裁判所の判断)
「(1)出向命令権限について」
「本件各出向命令に係る出向とは、認定事実・・・等によれば、被告が、職員との雇用契約を維持したまま、労務提供先を別の人格である出向先に変更し、当該職員を出向先の指揮監督下に置くことをいうと解される。そうすると、出向職員は、出向により、労働条件が変更され、雇用継続やキャリアなどの面で不利益が生じ得ることから、被告が、職員に対し、職員の個別的な合意なく出向を命じるためには、職員に不利益が生じることがないよう、職員の労働契約の内容を構成する就業規則、労働協約等において、包括的な出向命令権限を基礎づける規定に加えて、出向の定義、出向期間、出向中の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関して出向者の利益に配慮した詳細な規定(以下『出向の詳細に係る規定』ということがある。)が設けられていることを要するというべきである(最二判平成15年4月18日・集民209号495頁参照)。」
「そこで、被告が、以上の観点から、原告に対し、出向を命じる権限を有するかを検討する。」
「(2)旧異動規定について」
「旧異動規定は、包括的な規定であって、旧異動規定に伴う出向の詳細に係る規定があったとは認められないことはもとより、旧法人には、配置転換先となり得る他の学校はあったが・・・、出向先となり得るような関係のある他の法人があったことはうかがわれない上、法人内部での配置転換と職員の労務提供先を他の人格に変更する出向とは性質が全く異なる。仮に、被告の代表者等が旧法人の関係者から『勤務所属、職種の変更等』に『出向』が含まれると聞いたことがあったとしても、旧異動規定の『勤務所属、職種の変更等』に『出向』が含まれると解釈することはできない。」
「そうすると、旧異動規定は、被告の原告に対する包括的な出向命令権限の根拠とはならず、旧法人は、原告に対し、同権限を有していなかったから、被告がこれを引き継いだということもない。」」
「(3)新異動規定について」
「出向は、前記(1)のとおり、職員にとって不利益が生じ得ることであるところ、前記(2)からすれば、新異動規定の追加は就業規則の不利益変更というべきである。しかるに、被告は、出向の詳細に係る規定を就業規則(その性質を有するその他の規程を含む。)に設けることはしていない。また、被告が、出向の詳細を職員や本件労働組合、過半数労働者代表に説明したことを認めるに足りる証拠はない上、被告は、本件団体交渉条項があり、かつ、本件組合から新異動規定の追加を含む就業規則の改定について団体交渉を求められたのに、録音を行わないことに固執して口頭での実質的な団体交渉に応じないまま、新異動規定の追加を含む就業規則の改定を施行した・・・。」
「そうすると、新異動規定は、出向の詳細に係る規定を伴わないことから包括的な出向権限の根拠となるとはいえない上、施行に至る経緯に照らし、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等の交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるということも困難である。」
「被告は、本件内規を定めた上で、本件出向命令(再度)を発しているが、被告の主張によれば、本件内規は、結局、就業規則ではなく、現時点では被告が自らの方針を文章化して周知したものにすぎないから(就業規則であると仮定した主張に意味はない。)、被告と職員との間の法律関係を規律するものとはいえず、本件内規を考慮すれば、本件出向命令(再度)について被告に出向命令権限があるということはできない。」
「以上によれば、本件内規を考慮しても、被告が、原告に対し、新異動規定により、出向命令権限を有するとはいえない。」
3.出向規定の追加は不利益変更とされた
利益にも不利益にも理解される就業規則の変更の場合、裁判所には、
これを一旦不利益変更の問題と理解したうえで、
利益になる部分を合理性の有無を判断するうえでの考慮要素とする、
という考え方をとる傾向があります。
出向規定の追加についても、類例に漏れず、不利益変更には該当すると判示されました。裁判所の判断は、出向の効力を争う場面において、実務上参考になります。