8月21日(水)
朝刊一面に
辺野古の大浦湾での杭打ち作業が
始まったというニュースが載っていた。
今から約2ヶ月くらい前
本格的な夏が始まったころに
私ははじめて、辺野古に行ってきた。
まず行ってみたのは
大浦湾とは反対側の
辺野古の港の近くの海辺。
群青色の美しい海。
砂浜に出ると貝がいくつも転がっていた。
貝殻かと思うと生きていて
歩きだした。
貝(やどかりかな?)が歩いているのを
こんなにたくさん見るのは
はじめてだったので
ころころと貝が動き出すたびに
ドキッとした。
あの命溢れる豊かな浜辺の向こうで
いよいよ何本も杭が打たれ
潮の流れが変わり
いくつもの生き物の
安息の地を奪っていくのかと思うと‥‥
心が苦しい。
2回目に辺野古に行った時は
『おきなわ』という
現代沖縄を舞台にした演劇を作るために
集まった7人の仲間と共に
大浦湾側の工事現場の
第4ゲート前で行われていた
座り込みに参加した。
自分は本当に心から
“基地建設反対!” と叫べるのかどうかも
わからないままに参加してしまったのだけど
10年座り込みを続けている方々の
お話や、お人柄から
学んだこと
気づいたことがたくさんあった。
国とのたたかいを間近にみて
その困難、そのはかなさに
涙が止まらなかった。
今年の夏、私は
1ヶ月の間沖縄に滞在して
沖縄をテーマにした演劇を作り
演劇祭に参加するという
とても貴重な機会をいただいてきた。
その間に見聞きした沖縄の現在は
今まで
見えていなかったことだらけだった。
東京まで詳細に伝わってくる情報は少ない。
自分自身の生活に追われる中で
離れた地域に暮らす人たちのことや
そこで起きていることを
細やかに思いやることも難しい。
そのこと自体にはじめて気づいた。
現地沖縄では
特に若い人たちの間で
基地問題について語ること自体が
タブーになっていた。
じゃあ、今の日本では、一体誰が
基地問題や国防の問題について
自分たちの問題として
真剣に考え、議論しているんだろう。
そういう不安がよぎる。
基地の存在は個人の生活につながっている
だから容易に基地反対!と叫べない。
でも基地は、戦争ともつながってしまう。
つねに細かい点まで議論を重ねていないと
危ない気がする。
演劇をひとつの手段として
演劇的メッセージに変換していくために
どういう手段をとればいいのか
東京に帰ってきてからも、考え続けている。
うまく議論の場や対話の場を
作ることができなければ
日本は遠い未来に
あるいは近い未来に
また戦争に加担することになる‥‥
自衛隊の南西シフトのことなども
調べていると
強い危機感を抱いてしまう
今日このごろ。
ウクライナやパレスチナで起きている戦争を
止められないのが、私のいる世界。
自国の安定を守るためだからと
はなから諦めて
人を見殺しにはしたくない。
生まれ育った自分の国に
戦争に加担してほしくない。
例えばこういう考え方は
もはや甘い戯言なのだ。
沖縄を知り始めてから
この世界が怖くなった。
人間なんて嫌いだ! と思う。
自分も人間なのに。
でも沖縄には
生きる喜びを思い出させてくれる
美しい自然と唄や踊りがあった。
素晴らしい国際演劇祭もあった。
現実を知り打ちひしがれていた私は
辺野古で
10年間座り込みを続けている
市民グループの方に
活動を長く続ける秘訣を教わった。
合言葉は
しなやかに楽しく。
簡単なようだけど。
この心意気に達するまでには
それぞれの皆さんの心の中に
壮絶な闘いもあったはず。
私も黙ったまま諦めるのはやめたい。
もっと深く問題に迫り、考え続けたい。
※
沖縄テレビで舞台『おきなわ』のことを
取り上げていただきました。
8月28日に放送された内容を
期間限定でYouTubeでみることができます。
何度も取材や稽古場に来ていただき
取材、構成していただいております。
https://youtu.be/OwPGzTttIBU?si=ysdNs_d57W-nGEKs
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Re:無題
ご感想をどうもありがとうございます!
未来の為に活動を続けている方々の思いは、沖縄の側にいる若い人にも届いていくのだとも思います。
割合はまだ少なめですが、座り込みの活動されている人の中には、若い人もいました。
そういう方の中には詩や絵を書いていたり、映像クリエーターを目指す方もいました。
私は自分より若い世代の人たちの中には、考え方がより自由で率直な人も少なからずいるということを知ることができて、これこそ希望なんだなと思いました。
ごのへまりえ
2024-09-04 16:20:04
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