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rotblack23

@rotblack23

だれでも

2026/05/11 20:51

永井荷風が芸妓の歯を全部抜いた——というのは誤りであると思われます。以下根拠と出典↓
その根拠を提示、指摘する前に、そもそも話題になった評論である福嶋亮太著「肉体文学としての美少女ゲーム」を読んでみる。これは2011年12月31日に発行された同人誌『ビジュアルノベルの星霜圏』に収録されている。 (〈ビジュアルノベル〉とは「文章とサウンドとグラフィックが合わさったゲーム」として定義している(「ビジュアルノベル入門」『ビジュアルノベルの星霜圏』坂上秋成p43)) また冒頭では「奇形進化したこのジャンルを東アジア的な枠組みから再点検し文学の更新を試みる福嶋論考」として紹介されている。 ざっくり読むと、冒頭で丸山眞男の「肉体文学から肉体政治まで」を引用し、「西洋ではポルノグラフィー(感性的=自然的所与)と芸術(作為)が峻別されているのに対して、日本ではその区別がひどくあいまいである、そこに日本の特製が見出されるというのである」と要約し、その論に従ってビジュアルノベルの論が展開されている。その第4節においてこのような記述がある。 (前略)美少女ゲームという肉体文学の「奇種」は、格好の思考の種を与えてくれるに違いない。実際のところ、もし日本においては「感性的自然」を整えることによってはじめて世界体験が可能になるのであれば、作品世界の論理よりも情緒を定めることが優先されるだろう。(中略)むろん、この繊細な情緒の世界は、ちょっとしたきっかけですぐさま暴力に転換されることも確かである。実際、女性が男性を優しく庇護し、また男性も女性を救済する世界には、つねに発作的で幼児的な「暴力性」が潜在しているということを、美少女ゲームの作家は好んでテーマ化してきた。(中略)さらに言えば、情緒と暴力の二重奏というのは、ある意味ではきわめて伝統的なものである。たとえば、「もののあはれ」を評価した本居宣長の国学が、次の世代になった途端に、平田篤胤のファナティックで排他的な愛国主義に転じた事実は、まさに日本的な優しさと暴力性がコインの裏表であることを雄弁に物語るだろう【九】。 とある。問題はその註釈【九】部分である。【】は註釈やその論を支える参考文献などが本文の下記部分に提示されている。 【九】さらに、永井荷風が馴染みの芸者の歯を全部抜いてしまい、自分好みの女につくりかえるという暴力性を一切悪びれることなく発揮したのに対して、谷崎潤一郎が女性の前に拝跪し、後には『細雪』のように全編を柔和な女性性によって満たした世界を描いたことも、ここで特徴的な事例として付け加えておくべきだろう。荷風と谷崎はともに近代的な核家族のモデルからは遠く隔たった作家であり、娼婦に対する関心も共通しているが、女性に対する態度はほとんど正反対であった。ここにも、優しさと暴力性の二重性が見られる。  とある。あたかも荷風が女性への暴力的変態作家として書かれている。そして「永井荷風が馴染みの芸者の歯を全部抜いてしまい、自分好みの女につくりかえる」という出典、根拠は提示されていない。では何を根拠にこの項が書かれたのだろうか? フォロワーさんに教えていただいたところ、一件のブログ(note)記事がヒットした。 「永井荷風のフェラチオのために歯を全部抜かれた女性がいた」 https://note.com/takeda_junko1967/n/n943fbf0e7bc8 作成者は縞馬慶二郎。プロフィールには1967年生まれ。練馬。元書店員。とある。 その根拠の出典として『座談会明治・大正文学史4』(岩波現代文庫)が引用されている。その部分を抜粋してみる。 猪野 ニヒリズムという問題を勝本さんが出されたが、そういう言葉を使うにしても荷風のこのニヒリズムはやはり独特でしょう。 桑原 あれはニヒリズムとは思いませんね。 猪野 文人精神というか、そういうものが出てきている。 勝本 ただ儒教倫理だけではない。そこに病的なものがまつわっているところに魅力があった。たとえば、荷風は、ではどの程度異常かというと、たとえば、異常性欲というものには、量的異常と質的異常がある。荷風の場合は質的異常ですね。それはちょっと例をあげると、ある女の人で歯を全部抜かれちゃった人があるでしょう。あれを例とすれば、少なくとも後年の荷風には専門語でいうフェラチオという質的異常があったわけですね。 成瀬 それは異常かね。 勝本 精神学書では異常のなかにあげているね。 成瀬 僕は正常かと思ったが。 勝本 むろんそれだけにはとどまらないのだな。荷風と交渉のあった女の人に聞いてみると、やはり女のほうが荷風から離れる場合は、そのままいると自分が殺されそうだということだね。日本の女の人はずいぶん男に対して犠牲的だが、殺されるところまでくると逃げざるを得ない。 成瀬 九段に待合を開いた女は殺されると思ったのではないか。彼女が歯を抜かれたという話は本当らしい。僕は九段の阿家という家があるでしょう、阿家の女中頭から聞いた。私は荷風のこういう話を聞いたと…。 (『座談会 明治・大正文学史(4)[全6巻]』2006年5月16日 第一刷発行 岩波書店) とある。おそらく縞馬氏は「それはちょっと例をあげると、ある女の人で歯を全部抜かれちゃった人があるでしょう」から「九段に待合を開いた女は~彼女が歯を抜かれたという話は本当らしい」と続いたので、「荷風が女の人の歯を全部抜いた」と思ったのではないだろうか。「ちょっと例をあげると」の「例」が抜けている。その前部分には荷風の文学作品としての「荷風のニヒリズム」があり、その「ニヒリズム」の「病的さ」の「例」として「ある女の人で歯を全部抜かれちゃった人があるでしょう」とあるだけである。たしかにその後に「彼女が歯を抜かれたという話は本当らしい」とあるが、それが「全部の歯」とは続かないのである。 そしてこの中に出てくる「九段に待合を開いた女」であるが、それは荷風が48歳の時に身請けした関根歌(芸名「寿々竜」)という女性である(待合の名前は「幾代」)。永井荷風の日記『断腸亭日乗』の昭和二年九月十七日によると、 (前略)お歌年二十一になれりといふ、容貌十人並とは言ひがたし、十五六の時身を沈めたりとの事なれど如何なる故にや世の悪風にはさして染まざる所あり、新聞雑誌などはあまり読まず、活動写真も好まず、針仕事拭掃除に精を出し終日襷をはづす事なし、昔より下町の女によく見らるる世帯持の上手なる女なるが如し、余既に老いたれば今は囲者置くべき必要もさして無かりかど、当人頻に藝者をやめたき旨懇願する故、前借の金もわづか五百円に満たざる程なるを幸いに返済してやりなし(後略) とある。そして関根歌との関係は昭和6年まで続き、破局するが、戦後は荷風との交流があったもようで、市川の荷風のもとへ数度訪ねている。また関根歌のこのような手紙が残っている。 (前略)七十七才の御寿にと思って赤い毛玉のチョッキやっと出来上がりました故お家の内でなりとお召しくださいませ。 近い内に上京いたしましたら、おじゃまさせていただき十年の間の色々積るお話を申し上げたいと思いますが、何時頃が御都合がお宜しく御座いませうか。電車にて京成菅野でせうか。御伺申上げます。(後略) (『永井荷風—「断腸亭日乗」と「遺品」でたどる365日— 市川市文学ミュージアム図録1』市川市文学ミュージアム p47) とある。果たして歯を全部抜かれた女性が何一つ恨むことなく荷風に会いたいという旨を手紙に書き、また喜寿のお祝いである赤いチョッキを作成して贈るなどということがあるだろうか? いや、ない。筆者は女であるが、そのような良い思い出もない男性と再会したいなどとは思わない。「歯を抜かれた」という成瀬の証言も甚だ疑問である。 さらに荷風歿後、関根歌は「日蔭の女の五年間」という記事を雑誌「婦人公論」に寄稿している。そのなかに「幾代(文中では「いく代」)の話もある。  「いく代」にすっとんきょうな性格のお清という女中がいて、それを相手に帳場でよく雑談をされていましたが、先生はたとえ女中でもたいへん丁寧な言葉遣いをなさっていました。また人の悪口を言う方でもありませんでした。しかし、あの人は心掛けがいい、とかわるいとかいう言葉をよく遣われておりました。はやり言葉は大嫌いで、昔風の言葉を好んでつかわれました。  とあり、女中相手でも丁寧な対応をしていた証言がみてとる。福嶋氏のいう「暴力性」は見受けられないように見える。また最後の方には、 (前略)最後のお別れだったのは、たしか去年の三月のことです。その時は、新築中の家の塀を見ると言って御一緒に出かけました。私が待たせておいた自働車に乗って行ったのですが、その時はあの小さなボストンバッグをちょこんと膝の上におのせになっていらっしゃいました。ああ、これが最後のお別れだったのです。ほんとうに先生の枕をお作りして差し上げたかったのですが、それも出来ず悲しくてなりません。先生、ほんとうにお許し下さいませ。 先生はお一人でさぞお淋しかったことだろうとおもいます。いつも孤独でいいと口に出しておられましたけれど、ほんとうは淋しがりやだったのです。いつもにぎやかなことのお好きだった先生だけに、索居独棲(さっきょどくせい)のたのしみをいわれたのは、江戸っ子らしい、負けずぎらいの気分からそう申されたのでしょう。けれど私は涙なくしては先生のことを思い出せないのでございます。テレビで亡骸を見たときの、あのチーズクラッカーを思い浮かべますと、涙がとめどなくこみ上げてまいります。(後略) (多田蔵人 編者『荷風追想』 岩波書店)  とある。果たして歯を全部抜かれた女性がここまで思い出を語り嘆き追悼の文章を書くだろうか? いや、ない。 という根拠をあげて、筆者は福嶋氏のいう「永井荷風が馴染みの芸者の歯を全部抜いてしまい、自分好みの女につくりかえる」ということは無かったと思います。 もし根拠、出典があればご教示お願い致します。 (ちなみにこれを書いている筆者は文学研究者などではなく、ただの「荷風文学」のファンです。急いで書いたので間違えてたらすみません。)
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