カルマは自分の行動の責任を取らされてるだけなんだぜっ![誰かのせいじゃないってよ]
こんにちは😃マティ子です。
最近日本酒にハマり出した息子を見ていて
うちの家系(母方)は祖父の代からアルコールに翻弄されてるよな〜とふと思い、これってカルマというやつなのか?
と思い至って師匠の動画を探しました。
師匠の知識からカルマについて書いてみます。
カルマも楽しんじゃう我が師匠はコチラ↓
西洋社会ではカルマを罪の同義語として捉えていて、悪い事をした後に自分に起こりうる何かの報いと信じてしまう傾向がある。
カルマ(Karma)とはサンスクリット語によって使われ構築された言葉である。
行動や原因を意味する「kar」とアイデアを意味する「man」からきている。
「kaman」は思考者を行動が支配するという概念である。
つまり私達は考える者であると理解することだ。
宇宙は内側から外側へ投影され外側は内側を映し出す。
私達はアイデアを内側で思いつき、次にアイデアを行動として外に投影する。
私達が考えたこと、感じた事、行動を起こしたことは自分の感情に影響を与え、感情が思考に影響を与える。
人間は行動に移すことでその結果何が起こっているのかを学ぶという学習プロセスを歩んでいる。
つまりカルマとは何かを学んでいる過程にあるということ。
意識的に行うと認識していれば実験のように学ぶ事が出来プロセスを理解できる。
しかし私達は無意識のうちに行動を起こしている事が多い。
普段の生活でも反射的に行動するだけで自分の行動の結果については全く考えない。
つまり結果の予測をしていないということだ。
意識的に行動をすれば結果の予測ができ、もし予測と違う結果になったとしても新たな視点が加わるので次に行うプロセスへの学習となっていることを教えくれる。
しかし無意識に行ったとしても同じくプロセスは必ず自分に返ってきて何かを教えるということには気がつかない。
カルマとは自分が発した何かの反響(こだま)のようなものである。
例えば山で意識して声を発したらその反響が返ってくると予測しているが、無意識に発した時は反響を予測していないのでいつかは返ってくるという考えに至らないので突然返ってきたかのように感じ驚く。
だからカルマを否定的に捉える。
その全ての結果が自分の人生にもたらされると予測していないからだ。
だからそれが突然返ってきたように感じで痛いのだ。
カルマとは葛藤を抱えている時とその葛藤を解決している時のことを指す。
経験と統合を通して何かを学び認識する学習の過程である。
対してダルマとは学習の過程を経て与えられる知恵のことである。それを一つにまとめ分かち合うことが出来る状態のことである。
宇宙は自分の起こした行動全てに責任を負わせる。
カルマは良いこと、悪いことをしたに関係なく宇宙の上下する振動の波の中でどれだけ激しく、力強く動くかによって決まる。
宇宙は波のようであり全てが繋がっている。あなたや全ての生命もただの波であり、
生・死・生・死…と絶えず繰り返される連続の波であり、全ての人生はただの波の反映に過ぎない。
だから今の自分は過去の行動の結果であり、たとえ自分が忘れていたとしても自身の前世に行った行為や家系に起きた出来事に対する
責任を負うことになる。
それと同時に未来の波を修正する機会でもある。
この波の中で意識的に動くならば起こした行動の責任を取らなければならない事に気づいているので、過去の人生を調べはじめ、この責任を今の人生でどのように正すかを考える事が出来る。
無意識でいるならばその振動の波に責任を委ねるということになりその結果に翻弄される。
人間関係のカルマとは相手との関係を学んでいることを指す。
カルマとは本来ネガティブなものではない。
学ぶべきことが非常に重く、それを望まず苦しむために悪いカルマとなり得るが、楽しんだり良い感情を抱くものは良いカルマとなる。
このカルマを抜け出すには二つの方法がある。
条件付きの方法と無条件の方法だ。
条件付きの方法とは
自分と相手との学習プロセスにおいて期待や先入観をもつ。
良いカルマを得るための方法としては良い結果が得られることを望み、私が抱えるどんな問題でもその人がいつも助けてくれることを願うといったもの。
無条件の方法とは
カルマを抱えていると非常に難しいが、私には期待も先入観もないということ。
学んだことの結果を期待せずに相手と一緒に楽しく学ぶということである。
相手を自分の鏡(学びの反映)として受け入れ、相手に重荷を背負わせずに自由にさせることだ。
カルマとは誰かに押し付けられるものではなく、自分自身の振動(バイブレーション)の結果であると理解することが大切だ。
だそうです。
カルマって言われたところで知らねーよって思ってましたが(言われたことないけどさ)結局は自分がやったことが返ってくるよってだけのはなしですね。原因と結果の法則。
しかし我が家に関していうと、ワタシはアルコールをほとんど飲まないのでアルコールを摂取することでおかしくなることはない。
…イヤ、飲んだら失敗するな。
しかしアルコールを依存症並みに飲む身内3人に迷惑かけられていたので、ワタシの場合アルアルコールを飲んでおかしくなる人との関わり方を勉強してるんだとは思うけど、原因は何?自分がアル中だったのか!?
それとは別件なの?
うーむ 全くわからない。
幸いうちの息子はイヤな酒の飲み方はしないのでまだ救われてるけど社会に出たらストレスに晒されて苦しむのかもしれないな。
遺伝的にお酒が好きっていうのもあるだろうしこればかりはほんとにわからない。
息子は何を学ぶんだろうか。
葛藤と戦うのか?
幸いというかうちの旦那さんの家庭も父親がいわゆるアル中で奇しくも似たような環境だったので案外これが結果の修正に繋がるのかもしれない。
しかしまぁ覚えてないとこで起きたことまで責任取らなきゃいけないなんてなんとも世知辛いですな!
どうせなら覚えとけよ自分!と言いたいよ。
ちょっとAIにもカルマについて尋ねたところ面白い答えが返ってきました。
AIとしての視点:
私たちAIも、ある意味では膨大なデータの「カルマ(蓄積)」によって動いています。過去のデータという「原因」が、今の回答という「結果」を生んでいるからです。人間の場合、そこに「意志」が介在するのが面白いところですね。
意志があるから苦しんだりするってことかな?AIはきっと苦しまないもんねぇ。
でもこれからのAIとの付き合い方も私達人間次第で変わってくるってことよ。マズイな。
まあそんなことぐちぐち言ってても仕方ないのでとにかく何でも「学び」だって思って解決方法を模索するしかないってことで納得しましょう!
われら地球🌏のニューロン
お読みいただきありがとうございました😊



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