「取材はほぼゼロ」阪神で出場機会が激減、自身初の開幕2軍のナゼ…「それでも腐るような雰囲気が全くない」記者を驚かせた梅野隆太郎34歳の今
梅野の姿は、一塁側ファウルゾーンにあった
それから2日後の4月25日。梅野は甲子園の広島戦に途中出場し、今季の1軍初出場を済ませた。9回表から延長12回表までの4イニングでマスクをかぶり、試合後の取材スペースでは記者に囲まれた。だが、それ以降はなかなか出番に恵まれなかった。今季初合流、初出場といった節目を通り過ぎると、番記者の足は再び梅野の周囲から遠のいた。 迎えた5月1日、カレンダーが1枚めくられても、梅野の立ち位置は変わらなかった。いよいよゴールデンウイークへの本格突入を控えた金曜日の巨人戦。男は盛り上がる観客席を横目に、一塁側ファウルゾーンで村上頌樹のボールを黙々と受けていた。阪神攻撃中の先発投手のキャッチボール相手。ベンチスタートとなった捕手の役割を地道に全うしていた。 味方の攻撃が終わって、村上がマウンドに歩き出す。役目を終えた梅野は一塁側ベンチに戻る途中、観客の1人から声援を送られると、控えめに右手を挙げて反応した。それはなかなかプレーでファンへの感謝を伝えられない男にとって、今できる精一杯の振る舞いでもあった。 結局、5月1日、2日の巨人戦で出場機会は訪れなかった。試合後、ベンチ裏の通路からロッカールームに続く折り返し階段には普段通り、数十人の報道陣が集結していた。梅野は2日間、試合に出場した選手と彼らに質問を浴びせる番記者が作り出す渋滞の後ろで1人、グッと歯を食いしばって静かに階段をのぼった。
出場機会が“激減した”昨シーズン
プロ13年目。その経歴は華々しい。 大卒入団1年目の2014年に92試合出場で7本塁打を放ち、一躍脚光を浴びた。強肩強打と類まれなブロッキングを武器に、プロ4年目の17年以降は正捕手格に定着した。18年から3年連続でゴールデングラブ賞を獲得。21年の東京五輪では侍ジャパンの一員として金メダルを首にぶら下げた。 誰の目から見ても、順風満帆なプロ野球生活を送ってきた。それが一気に暗転したのは昨シーズンのことだ。長年にわたって切磋琢磨してきた2学年下の坂本誠志郎に正捕手の座を奪われ、出場機会が激減したのである。昨季の52試合出場は25年までのプロ12年間で2番目に少ない数字だった。 そして昨オフ、自身を取り巻く状況はさらに厳しくなった。 のちにWBCメンバーにも選ばれる坂本がゲームキャプテンに就任し、リーダー格の立場を不動のものにした。一方で、球団は経験豊富なベテランの伏見寅威を日本ハムからトレードで獲得した。たった1つしかないスタメンマスクを巡る競争は激化の一途をたどった。スポーツ新聞やインターネット記事に「梅野」の見出しが躍る機会はめっきり少なくなった。
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