※『元ご当地アイドル、ヤンキーに戸惑う』シリーズの派生です。同じく派生作品「寂しんぼの二人三脚」の続編のようなものです。
※千冬・九井夢
『こんばんは、むなしい夜ですね』 - 松野千冬
——毎年この時期になると千冬のことを思い出します。冬に生まれたから、千冬は千冬なのかな。足先用のカイロは、どうして持続時間が短いのかな。鼻水が垂れているのに気づけないのは、老いなのかな。
話したいことがたくさんあります。会って、こんなことがあったよって、あの時みたいにくだらない話をしたいです。でも、きっと前みたいには戻れなくて、ぎこちなくて、「最近仕事どう?」「あー、順調」って、世間話をして終わりかもしれないね。あの時の万能感を、わたしたちはエマちゃんの死と共に失ってしまったのかもしれません。
それでもいつか、千冬に会いたいです。今はまだ、難しいけれども。武道くんは元気かな。彼はお人よしだから、変なことに巻き込まれてないといいな。ヒナちゃんとはまだ続いているのかな。武道くんの鈍感さに嫌気が差して、別れていないことを祈ります。
急に手紙を出してごめんなさい。千冬の幸福をお祈りしています。あと、『ろくでなしブルース』三巻、借りたままになっててすいません。いつか返します。
「千冬ってさ、私にあんま興味ないよね」
いい感じだった女の子に、一方的に別れを告げられて、やりきれない気持ちで帰路に着いた。ふしぎと彼女の言葉はストンと胸に落ちて、むしろ「これでよかったんだ」と安堵している自分さえ居る。頭にあるのは[FN:名前]の手紙のことだった。
東卍が解散し、エマちゃんの葬儀が行われた後、[FN:名前]は俺たちの前にまったく姿を見せなくなった。ヒナちゃんづてに学校には行っていることは聞いているが、以前のように俺たちとつるむことはなくなった。「あのことが相当ショックだったんだろ」というタケミっちの言葉に、それもそうだよなと納得する自分と、それにしたって冷たくないか?と非難を向ける自分が居て、[FN:名前]がその気なら俺だってしらねぇよ__と、青臭かった俺は自分から連絡することすら怠った。
結局のところ、[FN:名前]はただのパンピーで、俺たち不良たちの抗争に嫌気が差して、「もう関わるのはよそう」と考えたのだと思うと、無性に腹が立った。失望した。
そうして意固地になっていた俺の耳に飛び込んだのは、「[FN:名前]、ココくんと歩いてたって。八戒が見たんだって!」という、タケミっちの悲痛そうな声だった。
俺は、自分が今どこに立っているのかも分からなかった。あれだけ一緒に居たのに、[FN:名前]が何を考えているのか、あの時、[FN:名前]がどういう気持ちだったのか、分かるはずもなかったのだ。
そんな彼女から、手紙が届いた。稚拙で、まるっこい、大人が書いたとは到底思えない癖だらけの字に胸が熱くなった。いまだに[FN:名前]が何処にいるのか、何をしているのかもわからない。わからないのに、彼女に謝りたくて仕方がなかった。東卍を失って、何もかもが崩れていって、自分に余裕がなくて、彼女からまるで酷い裏切りを受けたみたいな気持ちになっていた。[FN:名前]が姿を眩ました理由はわからない。でもきっと、みんな一緒だったはずだ。不安で、ただ不安で___
今日、もしかしたら付き合うはずだった女の子は、中学のときの知り合いから紹介された子だった。悪くなかった。俺はちょっと、口下手なところがあるけれども、彼女が頑張って会話を繋いでくれたおかげで、軽口をかわせるぐらいにはなっていた。もう付き合うんだろうな、って空気感を、さすがにふたりとも理解していて、「あったかくなったら旅行とか行きたいよね」と口にしていた。
前の彼女もそうだった。1年と数ヶ月付き合って、同棲の話まで出ていたが、途中で俺がダメになった。見るに見かねた彼女が「私に関心ないの伝わってるから」と大粒の涙をこぼして、俺の前から去っていった。興味がないわけじゃない、関心を持っていないわけでもない。でも、[FN:名前]の姿を探している自分がいる。恋と呼ぶには未熟だと、日和っていた自分が、情けない笑みを浮かべて俺を見ている気がする。
__D&D行くか。ドラケンくん、まだバイクいじってっかな。話聞いてもらいてェな。こんなしけた感じで家帰ンのもなァ。
物悲しい気持ちで、電話番号を削除した。きっともう必要ないだろうから。街灯に照らされて、自分の影がゆらゆらと蠢いた。伸びた先から、地面を鳴らすヒールの音がしておもむろに顔を上げる。そして、手に持っていたコーヒー缶を地面に落とした。
「[FN:名前]ッ!?」
丸くて、幼さを残した目が大きく見開かれる。次いでぽってりとした唇がゆっくりと半弧を描いた。間違いない、見間違えるはずがない![FN:名前]だ!
『……えっ、千冬じゃん!うそォ〜』
笑うと、鼻の上に線が重なるのが懐かしくて泣そうになった。苦しいぐらいに胸が締め付けられて、抱きしめたい衝動を必死に抑えた。好きだ、やっぱりどうしようもないぐらい好きだ。色褪せたはずの初恋が、あの日の彩度で甦ってくるようだった。
「おま、なんでここに……」
『いや、ここら辺ぶらついてたら誰か会えるかな〜って。正直、ドラケンくんがやってるバイク屋の前、ビビって素通りしちゃったよね。“は?誰だよテメェ”とか言われたら一生立ち直れない気がして』
突っ慳貪な物言いに、過剰な表情筋の使い方も、あの頃のままだ。夢のようだ。目の前にいるのはあの[FN:名前]なのだ。タケミっちに連絡したい思いに駆られたが、彼女がどうしてこんな場所にいるのか、どうして今更戻ってきたのか、わからないことだらけで正直パニックだった。
「と、とりあえずD&D行こうぜ。な?ドラケンくんも喜ぶし!」
『あ、ストップ。まじでストップ。多分私たちさぁ、あんまり絡んだらダメなんだよね』
「はァ?……つぅか、お前今どこで何……」
『言えないよそんなのぉ、あんま良くないことしてるし。親にも勘当されてるし、正直人生詰んでま〜す』
ケラケラと屈託なく笑う[FN:名前]を前に、頭のなかは疑問符で埋め尽くされていくばかりだ。『だから、今日内緒で来ちゃってるんだよね。で、バレたらちょっとやばいかも』口の前に人差し指を当てて、いたずらっ子のように目を細めた彼女が、遠く、遠くに思えて、思わず手を伸ばした。[FN:名前]は拒まなかった。
『アポ無しなのに、千冬に会えてよかった』
「なんだよそれ、てかケー番変わってねぇから。手紙ってなんだよお前、昭和かよ」
『電話じゃダメだったんだよ、バレちゃうから……ってもう遅いか。バレバレだったみたい』
眩い光に包まれて、俺はぎゅっと目を瞑った。
『会えてよかったよ。ほんとはさ、千冬に会うの怖かったよ。殴られても文句言えないなーって思ってたから。相変わらず、優しいね』
「おい![FN:名前]、テメェ勝手こいてんじゃねぇよ!」
『ココさんさァ、探偵の方が向いてるんじゃない?転職しようよ二人で』
「ダボが!はやく乗れクソアマ!」
『じゃあね、千冬!また隠れて手紙書くよ!あとろくでなしブルース今日持ってこようと思ったのに案の定忘れた!』
運転席から睨みを利かす白髪の男、何が何だかわからない状況の中で、あれは元・黒龍の九井一だと気づいた。__[FN:名前]のやつ、よりにもよってまだあんな男と居たのか!!怒りと焦燥で気がおかしくなりそうだった。連れ去られるようにして行った、[FN:名前]のいとおしいものを見るような目に狂ってしまいそうだった。いっそ、狂ってしまいたかった。
やるせない、やるせない、やるせない__
あの日の俺が、また情けない面を下げて、雁首を垂れている。
「……ふっざけんなよ九井……![FN:名前]はぜってぇ俺が連れ戻すからな!」
*
無性に腹が立つ。この女がどこで何をしようが興味がないが、コソコソコソコソ鼠みてぇに動かれるのは癪だ。灰谷の奴らにも妙に気に入られて、三途の扱いもまだマシな方だからとあっちに回されて、テメーは何しに俺に着いてきたんだよ?男にチヤホヤされてェだけなら、俺に着いてこなくてよかっただろうがよ!
挙げ句の果てにはま〜た、松野松野松野…いい加減にしてくれ、マジで。お前の軽率な行動で、大事なモン失いかねないの分かってんのかね?
「なぁ、聞いてんのかブス」
『怖いって、ココさん。てかブルートゥース繋いでいい?』
「お前、そろそろ墨彫る場所考えとけよ」
『ええっ!私梵天じゃないんだけどなぁ』
「口答えすんなマジで。皮膚薄いとこ行け、悶絶しろ。そしてくたばれ」
『どうせしないといけないんなら、もうココさんといっしょのとこでいいよ、ニコイチじゃん』
「……マジでムカつくお前。存在が地雷」
『生活するタイプの地雷嫌だな』
〈終わり〉
いやなんかもう全部好きですココとの絡みもっと見てみたいです!続き一生待機