「自分の子じゃないようだった」震えながらうずくまった息子…開示資料に残っていた“いじめの痕跡”
「学校に行くのが怖い」
2023年1月の早朝。山口県内の自宅で、男子高校生はガタガタと震えながら、うずくまっていた。普段は穏やかな性格だったが、血が出るまで爪をむしり、別人のように怯えていた──。
その後、学校では「いじめ重大事態」として調査委員会が設置された。しかし、男子高校生の父親は「調査は形だけだった」と振り返る。
開示請求で見えてきた“いじめの痕跡”。調査委員長の名義なのに「本人が作成していない」という不可解な文書。そして、「なりすまし」の疑いがある校長メール──。
保護者側は4月20日、記者会見を開いて、山口県立高校で起きたいじめ問題について、「真相解明が不十分なまま放置されている」とうったえた。(ライター・渋井哲也)
●「学校が怖い」震えながらうずくまった息子
異変が起きたのは、2023年1月のある土曜日だった。
母親に起こされ、父親が部屋へ向かうと、恵くん(仮名)は取り乱した状態でうずくまっていた。
「『学校に行くのが怖い』と言って、ガタガタ震えていた。普段はおっとりして穏やかな子なのに、爪を血が出るまでむしっていた。精神的に限界を超えていたんだと思う。自分の子じゃないように見えました」
振り返れば、兆候はあった。冬休み前、恵くんは「学校を休みたい」と渋っていた。しかし、理由を言わない。
「私は『怠けじゃないか』『甘えじゃないか』と軽く考えてしまった。今となっては、本当に申し訳ない。そのことで苦しめてしまったかもしれない」
後に父親が知ったのは、クラス内で続いていた“仲間外れ”だった。
クラスの男子たちで食事会を開く際、恵くんだけが外され、そのことがわかるようにSNSにも投稿されていたという。
「当時は、そこまで重く受け止めていなかった。『ふてくされているのかな』くらいに思ってしまっていた」
しかし、孤立は以前から始まっていた。
「息子は妻に『悪い子がいる』と話していた。でも、息子はなかなか名前を言わなかった」
●「警察には行かない」息子が恐れた“仕返し”
父親は、警察への相談も考えた。しかし、恵くんは激しく拒絶したという。
「『仕返しが怖い。警察には絶対に行かない。我慢すればいいんだ』と、家の中で暴れました」
父親は学校側と話し合い、再発防止策として「意見箱」の設置などを提案。学校側も了承したという。だが、実際に設置されることはなかった。
「最初は『加害者を特定して、謝ってもらえればいい』という話だった。でも、どんどんうやむやになっていった」
学校側は「弁護士を入れて調査委員会を開くl」と説明した。しかし、委員の詳細な説明はなく、名前も知らされなかったという。
「委員会が終わったあとに『開催しました』と連絡が来るだけ。しかも、その後に校長が異動し、調査委員会が開かれたか十分に説明が得られていません」
●「無視」開示資料に残っていた記述
恵くんの衝動的な行動の後、学校は生徒へのアンケートや聞き取り調査を実施した。ところが、父親は校長からこう説明されたという。
「いじめに関する内容は、一切出てこなかった」
納得できなかった父親は、情報公開請求をした。そこで開示された資料には、いじめをうかがわせる記述が並んでいた。
〈男子全体からはぶかれていると聞いた〉
〈無視されているのを見た〉
父親は語る。
「アンケート段階でも、いじめを示す内容は書かれていた。息子からは『突き飛ばされた』とも聞いています」
現在も、恵くんは苦しみ続けているという。
●委員長「自分は作成していない」謎の文書」
学校側は2023年、「重大事態」として学校主体の調査委員会を設置した。しかし、保護者側は、その調査のあり方そのものに疑問を呈している。
4月20日の記者会見では、県と関係のあるスクールカウンセラーが委員に含まれていることについて、「独立性に疑問がある」と主張。文科省ガイドラインに沿った進捗報告も受けていないとうったえた。
さらに、調査委員長名義で送られてきた文書について、委員長本人に確認したところ、「自分は作成していない」と説明されたという。
保護者側は、「別の誰かが作成した疑いがある」としている。
また、校長から送られてきたメールについても、送信主体が曖昧で「なりすまし」の疑いがあるとして県を提訴。県側は請求棄却を求めている。
このほか、当時の校長が虚偽文書を作成したとして刑事告訴。一度は不起訴となったものの、新たな証拠が見つかったとして、検察に追加資料を提出したという。
●「なぜ息子は死のうとしたのか」
その後、恵くんはいじめの再発などもあり、学校へ通えなくなった。復学後は周囲から腫れ物に触るような扱いを受け、保健室で過ごす日々が続いたという。
2024年4月、通信制高校へ転入した。いじめによる心理的負荷により、不安や抑うつ状態が続いていると診断され、現在は、一人暮らしをしている。それでも、今なおフラッシュバックに苦しんでいる。父親は言う。
「息子があの日、なぜ死のうとしなければならなかったのか。絶対に、うやむやにはさせません」