弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学非常勤講師の労働者性-文部省科学省当局の見解等が労働者性を基礎付ける重要なポイントであるとされた例

1.労働者性の判断基準

 昭和60年12月19日「労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)」は、

仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無

業務遂行上の指揮監督の有無

拘束性の有無

報酬の労務対償性

などの事情を労働者性を判断するうえでの要素として掲げています。

https://www.mhlw.go.jp/content/001477330.pdf

 しかし、働き方が多様化して、こうした要素を検討するだけでは、労働者か否かを区別することが困難であることがあります。

 その典型が医師、弁護士、教師等の専門的・裁量的な労働者です。

 こうした専門的・裁量的労働者は諾否の自由を有していることが少なくありません。例えば、職種限定契約を交わしていなかったとしても、内科の当直医が自分では外科治療を要する患者を診察することはできないとして、他所の医療機関に患者の搬送を指示したからといって、労働契約上、それが問題視されたという例は見聞きしません。

 医療機関で勤務している医師や、法律事務所で働いている弁護士は、年次にもよるものの、逐一、上位者から業務遂行上の具体的な指示命令を受けたりはしません。ある程度、自分の裁量的判断のもとで仕事を進めますし、そうした仕事をすることが求められています。

 大学で勤務している人文科学の研究者は担当授業がないときには出勤を強制されず自宅での勤務が許容されていることが少なくありませんし、専門業務型裁量労働制(労働基準法38条の3)のもと時間的に自由な働き方をしていることもあります。

 高度プロフェッショナル制度(労働基準法41条の2)の対象者は、時間と報酬(賃金)との対応関係が切り離されており、その報酬の性質が労務の対償なのか成果の対償なのかが判然とし辛くなっています。

 このように、同じような業務に従事していながら、一方は労働者として扱われ、他方は業務受託者として扱われるといった場合、両者を区別するポイントは、どこに求めたら良いのでしょうか?

 ここ数日紹介している東京高判令8.1.15労働判例ジャーナル168-1 東京海洋大学事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.東京海洋大学事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、東京海洋大学を設置する国立大学法人です。

 原告(控訴人)になったのは、平成17年4月以降、被告大学と期間1年の「委嘱契約」を交わし、これを更新しながら非常勤講師として勤務してきた方です。令和4年度の委嘱を行わないと告げられたことを受け、「委嘱契約」は労働契約であると主張し、労働契約法に基づく無期転換権を行使したと主張し、労働契約上の地位の確認等を求める訴えを提起しました。

 原審裁判所が原告の請求を棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 本件は原審の判断を破棄し、原告には労働者性があるとして、地位確認請求を認めました。その結論を導くにあたっては、次のとおり「労働者性の判断基準」とは異なる独特の判断を示しました。

(裁判所の判断)

第4-3(9)その他の事情(考慮要素〔8〕)について

本件においては、控訴人が主張するように、現在、大学の教員は常勤教員であるか非常勤講師であるかを問わず、『労働者』として処遇するのが一般的であり、文部科学省当局も、そのような取扱いが適切であるという指導を強めていること・・・、大学における常勤教員と非常勤講師の実態として、その業務は基本的に同一性・共通性を有すること・・・が認められ、以上の点は、控訴人の労働者性を認める方向で考慮すべき極めて重要なポイントになるというべきである。

「すなわち、大学において授業を担当する教員は、憲法23条に由来する教授の自由を有しており、その専門性と相まって、授業内容の具体的な決定については各教員が広い裁量を有していたといえる。その反面として、大学側からの指揮監督は限定的なものとなるが、それは、労働者性を有することに争いのない常勤教員と、本件で問題とされている非常勤講師である控訴人とで本質的な違いがあるわけではない・・・。」

「この点につき、被控訴人は、学生の単位認定は教授会の権限とされているところ、教授会は常勤教員により構成されることとなっているため、委嘱の非常勤講師は単位認定業務を行うことはできないとして、常勤教員と非常勤講師の違いを主張する。しかし、これは、単位認定という大学の重要な意思決定に、どの程度の職位の職員を関与させるかという観点からの取扱いの違いにすぎず、指揮監督関係の有無とは次元の異なる問題である。そのような意思決定に関与できるかできないかが労働者性の判断に影響を及ぼすとは考え難い。」

「また、被控訴人は、文科省令和3年事務連絡につき、非常勤講師には『労働者』に該当する者とそうでない者がいることを前提に、後者を非常勤講師と呼称するのは不適切というにすぎず、請負契約等を締結した者を活用して授業を実施することを否定するものではないなどと主張する。」

「しかし、上記事務連絡・・・は、『今般、一部の大学において、大学が直接雇用していない者に実質的に授業科目を担当させるという不適切と思われる事案がありました』という冒頭の指摘にあるとおり、雇用関係にない者に実質的に授業科目を担当させること自体の問題点を指摘する趣旨のものであることは明確である・・・。確かに、上記事務連絡も、請負契約等を締結した者を活用して授業を実施すること自体を全面的に否定するものではないが、そこで想定されるのは、『実質的に授業科目を担当させる』ものとはいえない例外的な場合(前記・・・で例示される『英語の授業全体を専任教員が進行しつつ、コミュニケーション部分を外部講師に担当させる』、『実験や演習の授業について、分析機器や実験機器の操作・説明を外部講師に担当させる』ようなもの)に限られるものと理解される。乙33~35は、以上の認定判断を左右しない。」

「控訴人が本件契約に基づいて委嘱されていたのが、上記のような例外的な場合と異なり、実質的な授業科目の担当そのものであることは明らかであるから、仮に、控訴人との間の本件契約が雇用契約(労働契約)でないとすれば、上記事務連絡にいう「不適切な事案」に該当するものとして指弾されることは必至と解される。被控訴人の上記主張は、上記事務連絡の趣旨を殊更に曲解・矮小化する牽強付会の主張であり、失当というほかない。」

「なお、文科省令和3年事務連絡の発出日付(令和3年4月8日)が本件契約の締結日(同年3月22日)より後であることについても、念のため触れておく。上記事務連絡は、平成19年7月31日付けの大学設置基準の改正に係る留意事項を「改めて周知」するという位置づけのものであり(甲1、40)、当該事務連絡の趣旨は、上記改正後の大学設置基準の下での本件契約の労働契約該当性判断についても、当然参照されて然るべきである。」

第4-3(10)まとめ

「以上のとおり、考慮要素〔1〕~〔7〕(労働者性の判断基準で挙示されている事項 括弧内筆者)の検討を通じて、控訴人の労働者性を否定する方向で考慮すべき有力な事情は見当たらない一方、労働者性を有することに争いのない常勤教員と非常勤講師である控訴人とで授業担当教員としての業務内容に本質的な違いがあるわけではないこと、現在、大学の教員は常勤教員であるか非常勤講師であるかを問わず、『労働者』として処遇するのが一般的であり、文部科学省当局も、そのような取扱いが適切であるという指導を強めていることは、控訴人の労働者性を肯定する方向で考慮すべき重要な事情であり、このほかにも、労働者性を認める方向で考慮することが可能な若干の事情を挙げることができる・・・。」

以上を総合すれば、労契法18条1項の適用に関し、控訴人は『労働者』に該当し、本件契約は『有期労働契約』に当たるというべきである。

3.「その他」要素が結論を決した

 以上のとおり、裁判所は労働者性の判断基準で挙示されている各事項が労働者性を肯定する事情とも否定する事情とも判断できない場合について、「その他」要素として文部科学省当局の理解の仕方を核にしたうえ、労働者性を肯定するという判断を示しました。

 こうした判断の手法自体特徴的であるうえ、非常勤講師の労働者性が認められたことは、同種事件に取り組んでゆくにあたり、実務上、大いに参考になります。