オタク迫害の歴史 ~ なぜ彼らは憎まれ、排除されてきたのか ~ ③「耽美」から「やおい」そして「腐女子」へ(女サイド)
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ここで「腐女子」の皆さんの迫害の歴史をば。
何しろこっちは全然疎いもんで一生懸命調べました。
ご指摘あればよろしくです。
1. 戦後〜1960年代:「エス」文化と少女たちの精神的避難所
「男性同士の恋愛」を消費する文化の根底には、戦前から戦後にかけての少女文化が存在します。
吉屋信子と「エス(S)」の関係
戦前・戦後の少女雑誌では、少女同士の精神的でロマンチックな結びつきを描く「エス」というジャンルが大流行していたんだそうです。
これは知らんかった。
当時の少女たちは「良妻賢母」になることを強要される厳しい家父長制の中にあり、結婚という現実の前に許された「束の間の自由なモラトリアム」として、美しい関係性を夢想していました。
なぜ「少女」ではなく「少年」になったのか?
しかし、少女が主人公のままでは、最終的に「男性社会(結婚・出産)」に回収されるという現実的な抑圧から逃れられません。そこで1970年代に入ると、少女たちは自分たちを「社会のしがらみから自由な美しい少年」に仮託(自己投影)して関係性を描くようになります。これが次なるステップの萌芽です。
これはなんか聞いたことがあります。なんでやおい作家の皆さんは男ばっかり描くのかというと、主人公たちが女だと生々しくてファンタジーに振り切れないみたいなことを言ってましたね。
2. 1970年代:「少年愛」の誕生と高尚な文学性
1970年代、のちに「花の24年組」と呼ばれる才能豊かな女性漫画家たち(萩尾望都、竹宮惠子ら)が、『トーマの心臓』や『風と木の詩』といった傑作を発表します。
商業・文学としての「少年愛」
これらは「少年愛」と呼ばれました。当時の読者であった少女たちは、肉体的な欲求というよりは、少女という性別によって押し付けられる抑圧からの「文学的な逃避行」としてこれらの作品を熱狂的に支持しました。
社会の目(ソフトなバッシング)
この時期の社会からの視線は、
「女の子が男の子同士の恋愛を読むなんて変態的だ」
という生理的嫌悪に基づく冷笑でした。
これは私は生まれつきの男ですが代弁したい「うるさい!ほっとけ!」と。
親や教師からは「不健全」「気持ち悪い」と眉をひそめられ、彼女たちは隠れて雑誌(1978年創刊の『JUNE』など)を読むようになります。
この「文学性」云々の話はご指摘を受けて追記しました。この部分だけ長くなってしまうので、後に触れますのでよろしくお願いいたします。
3. 1980年代:『キャプテン翼』と「やおい」の爆発
現在の「腐女子」の直接的な核となる同人文化が成立したのは、1980年代の『キャプテン翼』ブームです。ここから、文学的な「少年愛」から、欲望に忠実な「やおい」へのパラダイムシフトが起きます。
男の子たちは野球ばっかりだった少年マンガにサッカーが持ち込まれたことで興奮し、野球とは違って世界に繋がる「ワールドカップ」の存在を知って目を輝かせていたものですが、お姉さま方は「やおい」に燃えていたんですな…orz。
パロディと同人誌の隆盛
少年ジャンプのスポーツ漫画である『キャプテン翼』のキャラクターたちを、勝手に同性愛関係に結びつけて二次創作する女性たちがコミックマーケットに殺到しました。
ちなみにこの時コスプレの際に持ち込んだサッカーボールで転倒事故が起こったことで長年にわたってコミケでは「ボール禁止」ルールが適用されます。やれやれ。
「やおい」という自嘲
彼女たちは自らの作品を「やまなし、おちなし、いみなし(ただ性的な絡みが描きたいだけ)」の頭文字をとって「やおい」と呼びました。これは、自分たちのやっていることが「文学的ではない、低俗でポルノグラフィックな遊びである」という強い自嘲(セルフ・バッシング)を含んだ言葉でした。
4. 1990年代〜2000年代:「腐女子」の誕生と二重のバッシング
1990年代後半からインターネット(特に2ちゃんねる)が普及すると、彼女たちは歴史上かつてないほどの激しいバッシングに晒されることになります。そして、その最大の迫害者(バッシングの主体)は、一般社会以上に「男性オタク」でした。
男性オタクからの激しい嫌悪と迫害
男性オタクにとって、自分たちが愛する少年漫画の主人公たちが、女性たちの手によって同性愛者に書き換えられ、性的に消費されることは「原作レイプ」「男の友情を汚すな」という激しい怒りの対象でした。
…とはいえこれはある程度はしょうがないと思いますぞ。もちろん、度を超えたバッシングもよくないですが。
ネット掲示板では、彼女たちに対する激しい誹謗中傷や、サイトを荒らすなどの攻撃(迫害)が日常的に行われました。
…と言う風に調べると出てくるし、実際その当時にバッシングを受けた人の証言もあるのですが、私は蚊帳の外だったのかそれほど意識したことはありません。とはいえ当事者にとってみれば大変なことでしょう。
今も昔も男女のオタクは余り接点がなく、集団としては対立状態にあります。
これが「男性嫌悪」を悪魔合体を果たすと、少しでも女性を魅力的に描くと「性的消費だ!」と大バッシングをしつつ、BLは徹底擁護といったダブルスタンダードを厳しく非難される傾向へとつながっていくのですがそれはまた先の話です。
「腐女子」という言葉の成立
この苛烈なバッシングの中で生まれたのが「腐女子」という言葉です。
世間一般のきちんとした女性(婦女子)に対して、「私たちは男性同士の絡みを見て喜ぶ、頭の腐った女です」という極限の自虐・防衛の盾として、自ら名乗ったのが始まりです。「すでに自分で自分を貶めているのだから、これ以上叩かないでくれ」という切実な生存戦略でした。
なぜ彼女たちの「掟」は厳しいのか
SFやアニメの男性オタクたちが、世間からの「幼稚だ」「犯罪予備軍だ(宮崎勤事件以降)」というバッシングと闘ってきたのに対し、腐女子の系譜は「女性としての規範からの逸脱(世間からの嫌悪)」と「作品の私物化(男性オタクからの攻撃)」という、全方位からのバッシングの歴史でした。
現在のBL・女性向け同人コミュニティが、「検索避け」「パスワード制」「公共の場では絶対に語らない」といった異常なまでに厳格な「隠れキリシタン」のような自治ルールを持っているのはこのためです。
彼女たちの文化は、戦後の家父長制からの精神的逃避に始まり、全方位からの迫害(バッシング)を避けるために地下深くへと潜り、その強固な防空壕の中で独自の巨大な経済圏と表現手法(BL)を進化させてきた、と言えるのです。
ハッキリ言って「女性たちの即売会の裏側」は物凄く闇が深くて、「カップリング」を巡る対立などもあります。
例えば「A×B」(先が攻め・後が受け。×は発音しない。たとえば「流川×花道」なら「るはな」みたいに発音。逆なら「はなる」)で有名なサークルがあって、自分のサークルが「絶対にA×Bは解釈違い!B×Aが正しい!」と思っていれば、目の前で買った本をゆーっくり引き裂いてばらまいて帰った…とか(ひゃあああーー!!)。
こんな話がゴロゴロしてます。
前項でコミケの成立について書いたのですが、今も昔もコミケの参加者は圧倒的に女性の数の方が優勢で、比率が逆転したことは一度もありません。
そういう意味では、男の「オタク趣味」よりも腐女子の皆さんの方が「逃避場所」としてのコミケを必要としていたのかもしれませんね。
ただ、この「やおい」「BL」を現実のゲイカップルにあてはめて「自分たちがゲイ文化を称揚したんだ」みたいにコトアゲしてガチのゲイの皆さんにブチ切れられたりといった騒動もおこしていますし、何と言っても「公式」(それこそジャンプ編集部とか)にやおいを送りつけて編集部ブチ切れ、作者鬱を引き起こしたりと社会性の欠如ぶりでは男オタクとはまた違った方向のぶっ飛びぶりを披露したりもしています。
★「少年愛や男性同性愛を、ある種の『高尚な性的逸脱』として耽読し、それを誇り(あるいは美学)とする風潮」
「腐女子」という自虐的な防衛語が生まれる以前、1970年代後半から1980年代にかけての「少年愛や男性同性愛を、ある種の『高尚な性的逸脱』として耽読し、それを誇り(あるいは美学)とする風潮」があった模様です。
この辺りのある種のエリート意識ってのは初期のオタク(SFファン)などにも共通の意識ですね。
少なくとも女性の一部にはそうした風潮があったとのこと。
当時の彼女たちが、なぜ世間からは「異常」とされる性的逸脱を、自分たちのコミュニティ内部では「良し」とし、むしろ熱狂的に求めたのか。その歴史的・心理的背景を詳しく紐解いていきます。
1. 『JUNE』の創刊と「耽美(たんび)」という隠れ蓑
この時代を象徴するのが、1978年に創刊された雑誌『JUNE(ジュネ)』です。この雑誌は、のちの「腐女子文化」の巨大な震源地となりました。
文学的・芸術的アプローチ:初期の少年愛作品は、単なるポルノグラフィではなく、森茉莉(森鷗外の娘で耽美小説の祖)や、中島梓(栗本薫)といった一流の文学者・評論家たちによって、「文学」や「芸術」として語られました。
「背徳」こそが美しい
当時の彼女たちは、自分たちの趣味を「耽美(道徳よりも美しさを至上とする価値観)」と呼びました。男同士の恋愛という、当時の社会では絶対に許されない「禁忌(タブー)」や「性的逸脱」だからこそ、そこに現実の生々しさがない、純粋で悲劇的な美しさがあると考えたのです。
(偶然(?)ですがギリシャ哲学者もそんなことを言って「性欲と関係ない美少年こそが最も美しい」とか言ってます。普通に可愛い男の子好きなだけじゃねえか…とかは野暮なツッコミなのでしょう)
つまり、「逸脱しているからこそ、価値があり美しい」という強烈な美学がコミュニティ内で共有されていました。
完全に同一ではないんでしょうが、ベルサイユのばらで有名な池田理代子先生のロシア革命を描いた「オルフェウスの窓」(何故か分量はべるばらの倍もあるという)にもこんな感じのことを言ってる男がいました。
上手く表現できないんですが、「ホモの方がより頭がよく、人間的にも上等だ…」みたいな空気というか…「オルフェウス」読者なら分かってもらえると思うんですが。
何しろこんなこと言ってたやつは自分を「よく見せようとホモを装っていた」(!!!)というオチがつくくらい。
みんなそういう意識だったのかなあ。
2. 「女であること」からの逃避と、安全な性的探求
なぜ、女性たちが「男性同士の性愛」という逸脱を必要としたのか。それは、当時の重苦しい「女性としての規範」への反発でした。
異性愛コンテンツにおける「女の扱い」への嫌悪
通常の少女漫画やロマンス小説では、女性は最終的に「男性に選ばれ、結婚し、母になる」という役割に回収されてしまいます。また、現実の性行為には妊娠のリスクや、男性優位の権力勾配(支配・被支配)が常に付きまといます。
「透明な傍観者」になれる快楽
男性同士の恋愛であれば、そこに「女」は存在しません。読者である少女たちは、女としての身体性や社会的な抑圧から完全に解放され、「安全な透明人間」として、純粋な権力闘争や性愛のロマンだけを摂取・探求することができました。この「女を降りて性愛を楽しむ」という高度な逸脱行為が、知的な少女たちの間で一種の解放区(サンクチュアリ)として歓迎されたのです。
3. 「やおい」の誕生
美学から「純粋なリビドー(性欲)」への移行
1980年代に入り、『キャプテン翼』などの同人誌ブームが起きると、この「高尚な耽美」から「やおい」へと決定的なパラダイムシフトが起きます。
この辺はさっきも書いたんですが、簡単に繰り返します。それにしてもいきなりここにぶっ飛ぶのはなんともずっこけてしまいますな。
哲学的、文学的に追い求めていたのに、その美味しいところだけ拾って前頭葉に訴えかける娯楽、いや消耗品として爆発的に広がったというのは、VHSビデオがAVをおまけにしたことで爆発的に売れたみたいな話でどうにも…。まあ、人間そういうものかもしれません。
インターネットの普及だってみんなが必死にエロ画像、エロ動画を検索しまくったからという説もあるくらいで(もしかして舶来品の動画サイトがあんなに高画質にこだわったのは…おっと誰か来たようだ)。
「意味」はいらない、ただ「絡み」が見たい
前述した通り、「やおい(やまなし、おちなし、いみなし)」という言葉には、「文学的・芸術的な言い訳はもういらない。私たちはただ、好きな男の子たちが性的に絡んでいるところが見たいのだ」という、女性たちのむき出しのリビドー(性的欲望)の肯定が含まれていました。
とはいえこれは男たちも偉そうなことは言えません。
エロ漫画なんて単行本になってる程度の長さがあるものはともかく、雑誌の十数ページのなんて2ページ目にはいきなり絡みが始まって余韻も何もなくブツっと終わるなんて普通ですからね。
「耽美」で開拓した路線をこんな風に最も安易なところをしゃぶられたんじゃ開拓してきた世代は泣きそうでしょうが、これも新興娯楽の宿命なんでしょう。
「わかっててやっている」という共犯関係
当時のやおい同人誌の作者や読者たちは、自分たちが「他人の作品のキャラクターを勝手に借りて、ホモセクシャルなポルノを描いている」という逸脱の極み(倫理的にも著作権的にもグレー)にいることを自覚していました。「私たちはひどいことをしている、変態である」と笑い合いながら、それでも欲望を止められないという「強烈な共犯関係」と「アンダーグラウンドな熱狂」が、この空間を非常に魅力的なものにしていました。
この項まとめ
「選ばれた変態」としてのプライド
「腐女子」と名乗る前の1970年代〜80年代の彼女たちは、世間から見れば完全に「頭のおかしい少女たち」でしたが、その閉鎖空間の内部においては、「世間の凡庸な恋愛劇では満足できない、高度で倒錯した美を理解できるエリート(選ばれた変態)」であるという、ある種の特権意識とプライドを持っていました。
私が知らないだけかもしれませんが、「やおい」に至る前の「耽美」とか呼ばれていた時代のこの葛藤は実に文学的でエンターテインメントになりえると思うんですが、そうしたマンガや映画なんかは無いんでしょうかね。
オタク第三世代とかなり後にはなるんですが、マンガ「げんしけん」にはクラスメートでBL妄想した絵をスクールカースト上位にばらまかれて、受けにされた男の子に深刻な精神的ダメージを与えてしまい、トラウマになったキャラが出てきます。
(ということで何だかんだで「げんしけん」はおススメです。第二部で「腐女子サークル」になり果てて、腐女子ならぬ女装の腐男子まで登場するカオス状態になってしまうのは好みが分かれるのですが)
この屈折した精神状態は今こそ映画になりそうな気がします。
「性的逸脱として耽読することが良しとされた」のは、それが「男中心の社会規範」と「押し付けられた女らしさ」の両方に対する、もっともエレガントで、もっとも淫靡な『反逆』だったからです。
しかし、この「誇り高きアンダーグラウンドの逸脱者たち」は、1990年代後半にインターネットという「白日の下に晒される空間」に引きずり出されたことで、男性オタクからの激しい迫害に遭い、そのプライドを捨てて「腐女子(私たちは腐ったゴミです)」という自虐の鎧を着ることを余儀なくされていくのです。
それと、「オタク」の立ち位置と同様にカジュアルになっていく風潮との合わせ技でしょうね。
流石に「オタク」のカミングアウトに比べて「腐女子」のカミングアウトは一段レベルが高い感じがしますが。
私が聞いた都市伝説ですが、それなりに厳しかった世間の風潮と戦いつつ「耽美」をやっていた歴戦のお姉さま方にとっては80年代以降の「やおい」組の能天気さはかなり苛立たしいものだったらしく、とあるライターがコミケ会場で、「若いやおい愛好家の女性がきゃっきゃと楽しんでる」様子を苦々しい表情で眺めたベテランの女性が
「風木(*)も知らんガキどもが…」(*「風と木の詩」のこと)
とつぶやいていた…とか(ひえー…)
まあ、これなんか「額に入れて飾っておきたい」レベルの「今どきの若いもんは…」場面ではあります。
オタク冬の時代を過ごしたオタク第二世代までがオタク第三世代に恨み節を言ってるのと構図は全く一緒です。
そんなこんなで一口に耽美・やおい・腐女子と言っても歴史があるんですなあ…と言うお話でした。
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