350円朝定食で“朝昼兼用”…松屋に集まる人々が示す「K字経済」のリアル
GW最終日の日曜日の朝、自宅近くの幹線道路沿いにある松屋に立ち寄った。午前11時前、店内はほぼ満席だった。ところが11時を過ぎた途端、潮が引くように客がぱたりといなくなった。
食事する様子を見れば、当たり前だが注文されていたのは朝定食ばかり。松屋の朝メニューは350円からのラインナップ。おそらく多くの客が、その安い朝定食を筆者もそうだが「朝昼兼用」で食べに来ていたのだろう。昼食代を浮かせたい生活防衛の行動のひとつとして、この時間帯に集中していた可能性が高い。たった一つの光景に、いまの日本の消費構造が凝縮されていた。
これが、「K字経済」の「下の斜め線」の現実だ。
K字経済とは、経済回復局面においてアルファベットの「K」の形のように、恩恵を受ける層は上昇し続け、打撃を受ける層は下降し続けるという二極分断の構造を指す。全体の平均値は改善しているように見えても、実態は上と下が逆方向に引き裂かれている。単なる「格差拡大」との違いは、同一の経済環境——物価高、円安、株高——が同時に、異なる層を反対方向へ動かしている点にある。
サイゼリヤ「一人勝ち」と、エンゲル係数が映す節約消費の深さ
ファミレス業界の最新データが、その構造をくっきりと浮かび上がらせる。
2026年3月の主要ファミレス4社の既存店売上高は、すかいらーく2.3%増、ジョイフル6.4%増、ロイヤルホスト4.4%増に対し、サイゼリヤだけが15.5%増と突出した差をつけた。客数もすかいらーくが2.6%減、ロイヤルホストが1.3%減の中、サイゼリヤは13.0%増と圧倒的な伸びを見せている。
他社が値上げで単価を上げる分、客が離れる傾向が読み取れる。すかいらーく客単価5.1%増、ロイヤルホスト5.7%増——その構造が、松屋の朝の光景と重なる。価格を据え置いた店に節約志向の客が集まる流れは、それだけ多くの生活者が「割安な選択肢」を積極的に探しているという、需要側の節約意識の表れのひとつと見られる。
その背景にあるのが、生活費のうち食費がどれくらいを占めているかを表すエンゲル係数の上昇と格差だ。総務省の家計調査(2024年)の二人以上の世帯について年収十分位別にエンゲル係数を見ると、所得が最も低い第Ⅰ階級(平均年間収入217万円)では33.8%、所得が最も高い第Ⅹ階級(平均年間収入1,496万円)では23.9%と、約10ポイントの開きがある。全国平均のエンゲル係数は2024年に28.3%と、1981年以来43年ぶりの高水準が続いている。
低所得層ほど食費が家計を圧迫する。物価高で食費が上がっても、削るわけにはいかない。食料・エネルギーといった輸入品の価格上昇による「悪い物価上昇」は、低所得であるほど消費支出に占める比重が高く、生活格差の拡大につながりやすい。松屋の朝定食で朝昼を兼ねるような行動は、食費を抑えようとする生活防衛の一例として読める。統計の数字が、人の行動として現れた瞬間だ。
問題はこの状況がさらに続く可能性が高いことだ。150円台の円安傾向が続く中、食料の多くを輸入に頼る日本では、食料品の物価高は中東情勢などの不確実性もあり、食料・エネルギー価格への上振れリスクが残っている。松屋やサイゼリヤのケースが示すように、低所得層の生活防衛は外食にまで及んでいる。消費税の食料品への軽減税率は既に導入されているが、低所得層の実態をさらに踏まえれば、検討されている食料品消費税のさらなる減税や外食への対応も、政策的にスピード感を持って検討すべき段階に来ているかもしれない。
富裕層と百貨店——株高・資産効果が生む「上の斜め線」
一方、同じ日本のもう一方では、まったく異なる消費が展開されている。
2026年4月の大手百貨店売上高は、三越伊勢丹(国内百貨店計)が前年同月比5.9%増、J.フロントリテイリングが5.8%増、エイチ・ツー・オーリテイリングが10.9%増、高島屋が6.8%増と4社そろって増加した。
その内容を見ると、単純な数字以上の実態が浮かぶ。伊勢丹新宿本店は前年比10.0%増、宝飾・時計をはじめ高感度上質消費の堅調さが際立った。阪急本店では3月にオープンした「HANKYU LUXURY」が全体を牽引し、100万円以上の高額品の売上高が前年比約4割増となった。
好調を支えるのは日本人富裕層だけではない。インバウンド消費も力強い。J.フロントの免税売上は客数が前年比16.2%減と落ちたにもかかわらず、ラグジュアリーブランドの好調で客単価が45.8%増と大幅に上昇し、全体では22.2%増を達成した。
注目すべきは、中国人観光客が前年を下回る状況の中でこの数字が実現している点だ。世界的な株高を背景に、中国以外のアジア・欧米の富裕層が高い購買力を持ったまま日本を訪れており、百貨店のインバウンド消費を下支えしているとみられる。株高は世界的な現象であり、資産を持つ層の消費意欲は国境を越えて旺盛だ。円安という追い風も重なり、日本の百貨店は「世界の富裕層のショッピングデスティネーション」としての地位を固めつつある。
日本人富裕層にも株高・資産効果が働いている。野村総合研究所の推計によれば、富裕層(純金融資産1億円以上)は165万世帯超と過去最多水準に達している。BCG調査では年収3,000万円超の高額消費者の約8割が「価値があれば高くても買う」と回答。消費の中身も百貨店の高額品にとどまらず、旅行・外食・体験・タイムパフォーマンス型サービスへと広がっており、K字の上昇線を引っ張る力は当面衰えそうにない。
実質賃金4年連続マイナスという断層
上昇する富裕層消費の裏側で、生活者の現実は厳しい。
2025年の実質賃金指数は前年比マイナス1.3%で、4年連続のマイナスとなった。名目賃金は上がっているように見えても、物価上昇がそれを上回り続けている。
賃上げの恩恵にも偏りがある。地方の小規模企業では賃上げを実施していない、あるいは賃下げを実施しているとの回答が3割を超えており、賃上げ率は全国平均より0.5ポイント以上低い状況にある。春闘の「賃上げ」ニュースが躍る一方で、その恩恵が届かない層が確実に存在する。松屋の朝の光景は、その層の生活の断面のひとつだ。
円安益を国民に還元する——今こそそのタイミングかもしれない
ここで一つ、見落とされがちな視点を提示したい。
為替介入の目的は、為替レートの急激な変動を抑え、経済の混乱を防ぐことにある。ただし、その政策効果は市場の圧力に押し流されることも多く、「一時的な防波堤」に留まるケースが少なくない。
一方で見逃せないのは、近年の円安によって日本政府の外貨運用収益が大幅に膨らんでいるという事実だ。外国為替資金特別会計(外為特会)の2024年度剰余金は約5.3兆円に上り、うち約3.2兆円が一般会計へ繰り入れられている。これは為替差益そのものではなく外貨運用等による実現収益だが、円安環境が収益拡大の大きな追い風になっていることは財務省資料からも確認できる。なお、保有外貨資産の円換算上の含み益はさらに巨大な規模に達しているが、こちらはすぐに現金として配布できる利益とは会計上区別が必要だ。
政府はこれまで、この剰余金・運用益を財政への繰り入れや準備金として活用してきた。しかし、円安の恩恵を最も享受できていないのは——むしろ輸入物価上昇で最も打撃を受けているのは——松屋の朝定食で凌ぐ中低所得層だ。
エンゲル係数33.8%という低所得層の実態、4年連続の実質賃金マイナス、食料品物価の継続的な上昇——これだけの状況が揃った今こそ、円安環境下で膨らんだ政府の外貨運用収益を、物価高に苦しむ国民へ還元していくタイミングではないだろうか。食料品消費税の軽減拡充や外食への対応なども含め、K字の「下の斜め線」を押し上げる政策的手立てを真剣に議論する時期が来ている。
「K字」の本質——平均値に騙されるな
株価6万円台、百貨店4社そろって増収、ファミレスも軒並みプラス——マクロ指標だけ見れば「日本経済は好調」に映る。だが現場を知る者には、その数字の裏に隠れた断層が見える。
高額消費の上昇と節約消費の拡大が、同時に、同じ理由で起きている。円安・物価高・資産格差の拡大が、持てる者と持たざる者を反対方向に引き裂いているのだ。「全体の平均」は意味を失い、「どの層に属するか」が生活の質を決定的に左右する時代に日本はすでに突入している。