近代の日本は、呪術、祈祷はたいへんに忙しい業種にはいる。
最近は若い世代から30前後までの呪術愛好者が多い。
日本で呪術を最も信奉しているのは20代の年齢層ではないだろうか…。

呪術とは無縁と思われる彼ら彼女らが、なぜ呪術を頼りにするのだろうか。
現在の若い世代は霊的な感覚な敏感になっています。
幽霊や神秘現象を体験している人なので「霊の存在があるない」の話ではないのです。

また、神秘的な現象を体験するとスマホで簡単に答えが書かれています。
スマホによって信じる人が多くなり、自分で「呪術」に挑戦し体験者を多く生み出しています。
それで10代の自殺が多くなりました。

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今月始めに「10代の女性から「いま、マンションの屋上にいる」とメッセージが届きました。 1時間ほどやりとりをしましたが、「話を聞いてくれてありがとう」という書き込みを最後に途切れました。

この女性は動物霊を呼び出して相談事をしていたようです。最初は良かったが何度も呼び出しているうちに動物霊に憑依されてあの世に連れて行かれました。

また、怨は、恨みを持ったまま死んだのことで、人に祟りを及ぼす危険な存在です。
この怨霊を呼び出す人も最近は多くなりました。
世の中に鬱病が多くなりました。

鬱病の症状は悪霊が憑依したときに似ています。
睡眠障害も憑依霊の影響です。

興味または喜びの喪失
体重の変化
不眠・過眠などの睡眠の変化
精神運動における焦り(焦燥)
疲労感や気力の減退
無価値観、不適切な強い罪悪感・罪責感
思考力や集中力の低下、決断力の低下
死についての反復思考、自殺願望

さらに、「おまじない」という呪文を彼らは毎日のように唱えている。
たとえば、片思いの彼や彼女に自分の思いが通じ、願いが叶うようにと。
しかもきちんと、おまじないの文句の体系まで整っている。

そればかりか、怨みを晴らすやり方さえある。
これらを毎日のようにしていると霊に憑依されやすくなります。

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超能力や心霊現象にのっぴきならぬ関係を持っている少年少女も数多い。自分の学校や地域に幽霊や怪物が徘徊していることを、本人は分かっている。「都市伝説」という不可思議なウワサ物語もある。

現代日本に、呪術と呪術的世界は間違いなく生きている。

いままでは、その性向があらわな子どもを挙げて、現代日本における呪術の盛況ぶりは、実は「呪術」とは明白に意識されずに行なわれてきた呪術が多々ある。「呪術」と呼ばれぬ呪術が日本には数多くあるのだ。そしてこちらの方こそが実のところ本丸である。 

日本人すべてと言ってもよいほどの人たちが呪術を信奉している。
積極的な信奉はせずとも、少しも怪しまずに呪術を受け入れて暮らしているのである。

若者にとっての星占いと同じようなものに、中国起源の陰陽五行説(日本では陰陽道)がある。
干支(えと)や六曜はよくご承知だろう。六曜とは大安とか仏滅とかいうものだ。結婚式を仏滅にする人は増えてきたが、結納を仏滅にしたり葬式を友引きにしたりする人はまずいない。 

年末年始に開運暦を買う人は多いし、土用の丑(うし)の日にはうなぎを食べ、家相で風水を気にする人も多い。易占いや手相見は街にあふれているし、四柱推命で運命を測る人もいる。神社のくじも呪術だ。凶と出たくじは神樹に結び付けるが、ここには呪術的意図が読み取れる。それに地鎮祭や棟上げも呪術だろう。

もっと日常的には、季節の風物詩である。
テレビでは定期的に日本全国の祭りや年中行事などを取り上げる「季節・風物もの」という企画があるが、これらは季節の正常な運行を助ける呪術である。あるいは、抽象的な時間を人間文化的に意味付けようとする呪術である。俳句の歳時記とは、これの体系化、集成にほかならない。

一年の死と再生の正月、人生を段階づける七五三などもそうだ。また、死者を送迎する盆というものもある。伝統文化、民俗文化とは、そういう意味では、すべて呪術だ。起源や素材は、近世・中世・古代、西欧・中国・インドなど様々だが、現代日本にはすべてが流れ込んでいる。 

それから、幽霊は迷信(呪術)だとする大人は多いが、葬式でのお経はなかなか欠かせないだろう。お経は最たる呪文である。また、死や罪に際しての連座のケガレも呪術だ。このケガレは感染するのだ。呪術とはどうやらそういうものらしい。見えない力(モノ)が飛んでゆき、関係者や接触者に確実に付着したり彼らを襲ったりするのだ。 

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現代日本人は、老若男女を問わず、呪術世界に棲んでいる。
このことは社会の後進性を示すものでも何でもない。日本人の聖俗秩序観=世界観=人生観を示すものにすぎない。人間の世界とは呪術の世界とも言えよう。 

警告になるが「呪術」に操られないことだ。操ろうとする「悪人」が必ずいる。地獄には往ってもよいが、突き落とされてゆくものではなく、自ら飛び込んでゆくものでなければならない。