近本の離脱を見事に埋めた阪神、思い出す1985年の《最大のピンチ》 吉田監督の"抜擢"に応えた35歳「今日ほど疲れた試合はない」
◇コラム「田所龍一の『虎カルテ』」 虎ファンが最も恐れていたことが起こった。4月26日の広島戦(甲子園)で1番・近本が左手首に死球を受け骨折、長期欠場を余儀なくされた。そして28日のヤクルト戦(神宮)では2番・中野が自打球を右ふくらはぎに当ててスタメンから外れた。 突然の1、2番の負傷は大きな痛手。投手陣も昨年ほどの安定感はない―とくれば、苦しい戦いになる。誰が「1番」「2番」を打つのか。誰が「中堅」「二塁」を守るのか…。突然、空いた《4つの穴》。だが、ファンの心配をよそに見事にその穴が埋まった。 【1番】福島、岡城、高寺 【2番】岡城、福島 【中堅】福島、小野寺 【二塁】熊谷、高寺 ちなみに、福島圭音(けいん)は2023年に育成ドラフト2位(白鷗大)で入団。昨年、33盗塁を記録しウエスタン・リーグの盗塁王。ことし3月30日に支配下登録されて背番号「126」から「92」に変わったばかりの俊足、巧打の選手。そしてもう1人、岡城快生はドラフト3位で筑波大から入団したルーキー。球団史上3人目(奥山皓太=静岡大から19年育成2位、25年に退団。早川太貴=24年育成3位、小樽商科大から元北海道北広島市役所職員)の国立大出身選手。 彼らは「いいチャンスをもらった」とばかりに打ち、守り、走った。そんな選手たちの姿を見ていて、ふと、ある人の言葉を思い出した。その人は昭和50年代、山本浩、衣笠、水谷の強力打線を率い広島カープ黄金期の監督を務めた古葉竹織氏(故人)である。1985年、トラ番記者だった筆者は6月のある日、「首位」をひた走る吉田阪神について、前年(84年)のセ・リーグ覇者、広島・古葉監督に「この阪神の快進撃は本物と思いますか?」と質問をぶつけた。古葉監督はイヤな顔もせず「ことしの阪神は昨年とは違う。要注意チームだね」と優しく答えてくれた。 ―どこが去年と違うんですか? 「去年も打つチームだった。だけどそれは打線の中で2人か3人。途中でバースが抜けたり、岡田がケガをしたり、掛布が不調だったり―と必ず誰かが欠けていた。ところが今年は全員そろって元気だ。それに意外と思われるかもしれないが、ことしの阪神の選手層は厚い。ケガ人が出ても誰かがしっかりと埋めている」 確かに6月9日の大洋戦(札幌・円山球場)で1番・真弓が本塁で大洋・若菜と激突し肋骨を骨折。戦列を離れたときも北村が出てその穴を埋めた。 「長いシーズン、主力選手のケガ、故障は必ずあるものと思って我々は戦っている。大事なのはケガ人が出たときに、最小限の戦力ダウンでその穴を埋める選手をどれだけ持っているか。そこが強いチームと弱いチームの決定的な違いだ」 85年、吉田阪神に《最大のピンチ》が訪れたことがあった。7月31日の中日15回戦(甲子園)で自打球を右くるぶしに当てたバースが、翌8月1日の16回戦の試合前、「痛みが取れない」と異常を訴えたのだ。すぐさま病院で検査すると「右足根骨」の剥離骨折が判明。「全治2週間」と診断された。 このときバースは打率・348、32本塁打、81打点、勝利打点12―と、セ・リーグ4冠王をばく進中。8月6日からは甲子園球場を高校球児に明け渡し、正念場の長期ロードに出る。2週間のバース欠場はまさに最大の危機だった。 ネット裏のトラ番記者たちは大騒ぎとなった。「誰が一塁を守るんや?」「誰が3番を打つ?」「佐野か岡田を一塁にまわすしか手はないのとちゃうか」。だが、吉田監督は意外に平然と構えていた。 「選手ちゅうもんは1つのポジションに徹してこそ、力を発揮できるもんなんですわ。岡田にしてもやっと二塁手としても動きが出来てきたところ。まだまだ勉強せなあかんことが、ぎょうさんあります。佐野にしてもことし調子がええのは外野手として頑張っているからです。一塁を守ってそのリズムまで崩されたら、それこそダメージが大きくなりますがな」 ―ほな、誰を? 渡真利や吉竹ではまだ荷が重いのとちゃいますか? 「誰も守らんちゅうことはおまへん」 そらそうやけど…。そして発表されたスタメン表には『3番・一塁・長崎』と書かれていた。長崎慶一(当時35歳)、84年オフ、「ことしの目標は土台作り。目先のことを見たトレードはやりません」と言っていた吉田監督が唯一、池内との交換トレードで大洋から獲得した選手。82年には打率・351で「首位打者」にも輝いている巧打者だ。 ところが、大洋時代に長崎が「一塁」を守った―という記録がない。長崎本人によると「1977年の秋のオープン戦(広島戦)で1度、一塁を守った。3度打球が飛んできて、3度エラーした」という。大丈夫かいな…。トラ番記者たちの不安そうな顔を見て吉田監督はきっぱりと言った。 「こんなときこそ、チームが一丸にならなアカンのとちゃいますか!」。そればっかりや―。だが、長崎は仕事を果たした。3回、真弓の四球と弘田の左前打でつかんだ2死一、二塁のチャンスで、三塁線を破る先制のタイムリー二塁打。守備でもエラー1個に収めたのだ。 「プロ生活13年、今日ほど疲れた試合はない」と試合後の長崎の顔は蒼白だった。さすがに首脳陣も「この守備では拙いな」と思ったのか、翌日の巨人16回戦(甲子園)では「3番・一塁」に真弓を入れ、長崎のスタメン出場は2試合お休み。4日の巨人18回戦で「3番・中堅」としてスタメン出場、3打数2安打2打点と活躍した。 実は《最大の危機》はこれで終わった。というのも「全治2週間」といわれていたバースが次のカード、8月6日からの長期ロード初戦、ヤクルト3連戦(神宮)にわずか5日で戦列に復帰したのだ。ちなみに14回戦=5打数2安打2打点、15回戦=4打数2安打、16回戦=4打数3安打1ホーマー1打点と打ちまくった。めでたし、めでたし。 そう思えば、ことしの藤川阪神は85年の吉田阪神に少し似てきたような気がする。もちろん、少々小粒だが…。スターティングメンバ―で比較してみよう。(85年は最終成績、ことしは5月2日現在) 《85年 吉田阪神》 打率、本塁打、打点 1 (右)真弓 ・322、34、84 2 (中)弘田 ・296、5、22 3 (一)バース・350 、54、134 4 (三)掛布 ・300 、40、108 5 (二)岡田 ・342 、35、101 6 (左)佐野 ・288、13、60 7 (遊)平田 ・261、7、53 8 (捕)木戸 ・241、13、32 9 (投)―― 《2026年 藤川阪神》 打率、本塁打、打点 1 (中)近本 ・250、0、5 2 (二)中野 ・284、0、9 3 (右)森下 ・313、7、18 4 (三)佐藤輝・405、8、27 5 (一)大山 ・305、4、20 6 (遊)小幡 ・320、0、4 7 (左)福島 ・271、0、2 8 (捕)坂本 ・213、0、9 9 (投)―― ケガ人が出てもすぐにカバーする選手がいる。古葉氏が言った《強いチーム》になっているのだろう。それは球団編成部のすばらしさであり、獲得した選手をしっかり育てているファームの力である。改めて拍手を贈ろう! ▼田所龍一(たどころ・りゅういち) 1956(昭和31)年3月6日生まれ、大阪府池田市出身の70歳。大阪芸術大学芸術学部文芸学科卒。79年にサンケイスポーツ入社。同年12月から虎番記者に。85年の「日本一」など10年にわたって担当。その後、産経新聞社運動部長、京都、中部総局長など歴任。産経新聞夕刊で『虎番疾風録』『勇者の物語』『小林繁伝』を執筆。
中日スポーツ