あまり世の中ではそうした意識は無いと思いますが、私は現代は1000年に一度の大転換期にあると考えている。
昔は『カノッサの屈辱』などということがあり、ローマ教皇の権威は絶対で、国王などもひれ伏した。いまや、”過去の事実”だけを拾って眺めてみても、どうかな?と思うことが多い。いや、過去のことを検証すればするほど、素直にその権威を信じられなくなってくる。
いま、イスラエルの行動が問題になっているが、ユダヤ人があそこに国家をつくるきっかけになったのは、2000年間の放浪と、キリスト教によってユダヤ人が虐げられてきたからだろう。
まずは最初に、”イエスを殺したのはユダヤ人”として、糾弾が始まった。しかし、イエスがユダヤ人でなかったとでもいうのだろうか?あるいは初期のキリスト教徒がユダヤ人でなかったとでも?
そこからはじまって、メサイアを受け入れないユダヤ人は、キリスト教徒と一線をひいて、ユダヤ人の集団をキリスト教集団に同化させず、いわば”ガラパゴス島の人たち”として、隔離しようとした。これに基礎を与えたのは北アフリカのヒッポ出身の聖アウグスティヌスであった。彼には”聖”がついているが、ヨーロッパでユダヤ人がいじめ抜かれるきっかけを植えた人ということができる。
キリスト教会は第4回ラテラノ公会議で、ユダヤ人を服装によってキリスト教徒と区別できるようにすることが定められた。トンガリ帽子をかぶらされ、胸にユダヤの星を付けさせられたりした。1095年にはウルバヌス2世教皇によって十字軍が組織されたが、それに参加すると罪が許される、という免罪符と似たような論理が言われた。ところが、実体は異教徒や異民族に対する略奪と殺戮だった。
名目は『聖地奪還』だったが、聖地までのみちすがら、異教徒やユダヤ人たちは略奪され、血祭りにあげられた。ブッシュ大統領が『十字軍』という言葉を使って、中東諸国から一斉に反発されたのは覚えている人もいるだろう。イラクはホテルの入り口にブッシュの顔のモザイクを作り、”踏み絵”にしていたくらいだ。歴史を知らないということはおそろしい。
その十字軍は、ローマ教皇に批判的だった”カタリ派のキリスト教徒”も異端として、徹底的に弾圧した。この異端狩りはその後も、”異端審問”として引き継がれ、最後の異端審問は19世紀の前半まで行われた。これは拷問して、ありもしない身に覚えの無いことを、拷問で自白させられ、これにかけられたら必ず死が待っていた。それから逃れるため、ユダヤ人が名前を変えて、織田信長の時代に、日本まで逃げて来ていたことは知っておいてよい。
その異端審問官たちはローマ教皇から任命されていた。異端審問で拷問をやってよいと言ったのは教皇イノケンティウス4世。それがルネッサンス時代になると、先日拙ブログに書いた世紀のなまぐさボルジア・ポープ、アレクサンデル6世になる。
1542年に、ラス・カサスという公教要理(カテケシスというキリスト教の教えの要約)を教える教師として、南米からカリブ海を巡った男が本を出した。岩波文庫からも『インディアスの破壊についての簡潔な報告』という翻訳タイトルで出版されている。それを読むと、40年間で1200万人から1500万人の現地のインディオたちが、残虐非道にキリスト教徒に殺されたことが、詳細にレポートされている。カリブ海の島の中には住民が全滅したところもあった。
そう考えると、日本も危なかったといえる。”火薬ひと樽と奴隷40人と交換”というのが信長時代の交換レートでしたから。日本人はそれが『年季奉公』だと考えていた。奴隷として売られた日本人の男が『自分は奴隷ではない』と主張したという記録がヨーロッパ側に残っている。
さて、そうすると、宣教師と彼らの仲間の海外からの商人を追い払った秀吉や家康は、鎖国へ日本をもっていった悪い人なのか?私はそうは言えないと思いますね。
つい最近でも、第二次世界大戦のとき、親の行方がわからなくなっていたこどもたちを、孤児として引き取り、じつは親がのちに生きていたのがわかっていたのに、親に引き合わせず、オーストラリアで働かせていたカソリック教会のドキュメンタリーを見た記憶がある。
まあ、It is a long score. としか言えませんが、ここへきて、レオ教皇とトランプ大統領の対立が、アメリカでもヨーロッパでも大きな話題になっている。レオ教皇は『イラン攻撃はよろしくない』とトランプ大統領を非難した(彼は初のアメリカ出身の教皇だが、彼の出身は民主党の地盤のシカゴだ)、トランプ大統領は『イランが核兵器を持つようになったら、世界を人質にとったも同じことになる。だから、彼らに核兵器を持たせたらいけないのだ。それをもし使うような事態になったら、何百万人もの人が死ぬことになるのだ。教皇はこの件に関しては間違っているように思われる。』とSNSでやりかえした。
ここでまた、過去のおさらいだが、前のフランシス教皇は、『世界の宗教はみな同じことを言っている』と言っていた。英国国教会のトップだったジャスティン・ウェルビーや(スキャンダルで降坂)、こんどのサラ・ムラリーも同じ主張のようだ。しかし、ほんとうか?
中東の3大宗教では、神が天地を創造したということになっている。ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂のミケランジェロの天井画でもヒゲを生やした神が太陽と月を造り出している絵が描かれている。日本の神道ではどうか?『天地初発』と書いてある。いわば最初の大きい爆発によって世界が出来、そこから世界の創造にかかわる神があらわれ、そのつぎに植物のいのちをつかさどる神、動物・鳥・魚・昆虫・人間などのいのちをつかさどる神が現れたとする。そして、それらの神々は人間からは見えない世界へ移った(別の次元へ)とされる。これは不気味なくらい天才物理学者スティーヴン・ホーキング博士の考えるビッグ・バンと一致している。
『世界をひとつの宗教にまとめよう』というのは、ヨーロッパ的な考えで、これは例のHI・みつ・結社に通じる話なのだ。自由(フリー)な石工(メイ孫)。
最初に英国へ行った時、友人にロンドンを案内してもらった。そのとき、セント・ポール寺院へ連れて行かれたのだが、あの教会は、英国のほかのどの教会とも違ってみえる。あそこはもとはゴシックの教会だったのが建て直されている。建てたのはケンブリッジ大学の図書館を設計したのと同じ建築家、サー・クリストファー・レンです。彼はじつは英国の自由な石工のトップの地位に近い人でした。マスター・炉ッジというところの親玉。
ローマは7つの丘があると言われている。そして、セント・ポール寺院はロンドンの高いところにある。その建築の高さも111mという三角形の3辺のような数字だ(笑)。外観はヴァチカンのサン・ピエトロのドゥオモとそっくり。なかへ入ると英国国教会。しかも、部分的にイスラームの様式も取り入れられている。柱はなぜか45度、とがらせて配置させられ、それも彼らのHIMITUにかかわっていると言われている。
そして、いまのチャールズ国王は歴代の王家の伝統を破って、セント・ポール寺院で結婚式をやった。その国王は、今年はキリスト教の最重要行事、イースターのスピーチをせず、かわりに伊須ラームの羅ま断のスピーチは行った。食事会にも出た。故ダイアナ妃はチュート―の大富豪、ドディ・アルファイドと再婚するかもしれないという噂もあった。そうすると、シューキョー法により、こどもはすべて伊須ラー牟教徒として育てる義務が生じる。伝統終了のまさに一歩手前だった。
私は英国の友人に、イスタンブールのアヤ・ソフィアはかつてはハギア・ソフィアとして、世界最大のキリスト教建築だった。いまは茂須句だ。『あれがふたたびキリスト教の建築となる日は来るのか?』と質問した。その前に、『英国のブリストル大聖堂、ケンブリッジのキングス・コレッジ・チャペル、英国王室のキング・ジョージズ・チャペルでは、すでに伊須ラームの礼拝が行われている。その逆は可能なのか?I mean, ハギア・ソフィアを借りてキリスト教のサービスが出来るのか?』と質問した。これはこたえたようで、回答が返ってこなかった。しかし、文章無しで、”トルコ旅行中”の写真が添付されていた。彼のことだから、おそらく”黙祷ででもやりにいった”のだろうなと思う。