1.労働者性の判断要素-業務遂行上の指揮監督の有無
労働者性を判断するにあたり、諾否の自由と並ぶ重要な要素として「業務遂行上の指揮監督の有無」という指標があります。
この指標は、昭和60年12月19日「労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)」において、
「業務の内容及び遂行方法について「使用者」の具体的な指揮命令を受けていることは、指揮監督関係の基本的かつ重要な要素である。しかしながら、この点も指揮命令の程度が問題であり、通常注文者が行う程度の指示等に止まる場合には、指揮監督を受けているとは言えない」
などと解説されています。
https://www.mhlw.go.jp/content/001477330.pdf
大雑把に言うと、
受けている指示が具体的かつ詳細であればあるほど労働者っぽくなり、
受けている指示が抽象的かつ概略的であればあるほど労働者っぽくなくなる、
という意味です。
しかし、ここで一つ問題があります。
専門的・裁量的業務に従事している人の労働者性をどのように見るのかという問題です。
労働者の中には専門的・裁量的業務に従事している人もいます。彼らがどのような働き方をしているかというと、通常、具体的かつ詳細な指示を受けてはいることはありません。大抵の場合、抽象的かつ概略的な指示のもとで働いています。そうであるとするならば、専門的・裁量的業務従事者の労働者性を判断するにあたり、指示の密度が抽象的・概略的であることは、労働者か否かを区別するための分水嶺にならないのではないか? という疑問が生じてきます。
一昨日、昨日と紹介している東京高判令8.1.15労働判例ジャーナル168-1 東京海洋大学事件は、この問題を考える上でも参考になる判断を示しています。
2.東京海洋大学事件
本件で被告(被控訴人)になったのは、東京海洋大学を設置する国立大学法人です。
原告(控訴人)になったのは、平成17年4月以降、被告大学と期間1年の「委嘱契約」を交わし、これを更新しながら非常勤講師として勤務してきた方です。令和4年度の委嘱を行わないと告げられたことを受け、「委嘱契約」は労働契約であると主張し、労働契約法に基づく無期転換権を行使したと主張し、労働契約上の地位の確認等を求める訴えを提起しました。
原審裁判所が原告の請求を棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。
本件は原審の判断を破棄し、原告には労働者性があるとして、地位確認請求を認めました。その結論を導くにあたり、業務遂行上の指揮監督の有無について、次のような判断を示しました。
(裁判所の判断)
「控訴人は、本件契約において委嘱された担当科目の講義を実施するに当たり、年間の授業計画を立て、講義の内容及び教授方法を決め、テキスト以外の参考書を使用するか否か、小テストを実施するか否か、レポート等の課題を出すか否か、定期試験で何を出題し、どのように配点するかについて、自由に決めることができたこと、控訴人の授業を履修した個々の学生の成績評価についても、その決定を委ねられていたことが認められる。」
「以上の事実を表面的に見れば、本件契約において求められている業務の本質的な部分につき、控訴人は自由に決定することができた(すなわち指揮監督の要素は希薄)といえないこともないが、控訴人が指摘するとおり、大学における教育、特に授業科目の講義については教員の専門性に大きく委ねられているという実情を踏まえた検討が必要というべきである。」
「この点、d大学大学院理学研究院の教授として数学等の授業を担当しているs教授は、陳述書・・・及び証人尋問において、
〔1〕授業の枠組みや評価基準は担当教員の作成するシラバスによって決定され、その内容は大学の事務方のチェックを受けるが、これは常勤教員か非常勤講師かによって違いはないこと、
〔2〕小テストを実施するか、レポートなどの課題を出すかどうか、その他の細かい授業の中身については、教員の自由に任されているが、これも常勤教員か非常勤講師かによって違いはないこと、
〔3〕授業の実施の報告は、出勤簿への押印が求められる程度で、出勤時刻と退勤時刻をタイムカードに打刻するような勤怠管理は行われておらず、実施した授業の内容を大学に報告するようなことも求められておらず、これも常勤教員か非常勤講師かによって違いはないこと、
〔4〕大学によって取扱いの違う点(例えば、教科書を統一するかどうかなど)はあるものの、上記〔1〕~〔3〕は、基本的にどこの大学でも同様であること
を述べており、その信用性を疑わせるような事情もない。
「そうすると、上記・・・で述べた点は、基本的に、大学において授業を担当する教員の専門性、広範な裁量性の反映にすぎず、それは、労働者であることに争いのない常勤教員にも共通する内容にすぎないものと認められる。」
「加えて、以下に述べるように、控訴人の業務に被控訴人の指揮監督が及んでいた点も認められる。」
「すなわち、
〔1〕被控訴人大学は非常勤講師に授業ガイドと題する冊子を配布し、同冊子にはディプロマポリシー(卒業認定、学位授与に関する基本的な方針)のほか、授業期間及び時間、授業準備及び実施、試験等が記載されていたこと・・・、
〔2〕控訴人の授業は指定されていた教科書を使用していたこと・・・、
〔3〕控訴人は、委嘱されていた授業に関して、補講の実施の指示を受けた場合には、被控訴人と日時場所等について相談の上でこれを実施していたこと・・・、
〔4〕控訴人は、被控訴人から出席日数の少ない生徒に対し連絡して指導するように指示されていたこと・・・、
〔5〕控訴人は、不合格者の割合について一定の割合にとどめるよう指示されていたこと・・・等の事実が認められる。
「考慮要素・・・を巡る以上の検討をまとめると、大学において授業を担当する教員の専門性、広範な裁量性の反映として、控訴人は、業務遂行上の中核的な部分において自由な決定ができた(指揮監督の要素は希薄)ということはできるものの、それは、労働者であることに争いのない常勤教員にも共通する内容であって、これをもって、控訴人の労働者性を否定する根拠とすることは相当でない。むしろ、被控訴人が控訴人の業務遂行について指揮監督を及ぼしていたと評価できる点も少なくないと解される。」
3.指揮監督の希薄性は専門的・裁量的業務従事者の労働者性を否定しない
労働者の働き方の多様化が進み、労働者と業務受託者(いわゆるフリーランス)の境界線はどんどん曖昧になっています。それに合わせて労働者か否かの線引きが困難な事案が目立つようになってきています。このような状況のもと、専門的・裁量的業務従事者との関係において、指揮命令の希薄さが労働者性を否定する根拠にならないと判示されたことは画期的なことです。この判示は、専門的・裁量的業務に従事している方が労働者性を主張して行くにあたり、実務上参考になります。