神武天皇と烏孫の昆莫が同一人物だった件で新たな発見・・・(日烏同祖論)
前回の続き。
どうも、人生に疲れている、歴史研究やってる変な人です。
数回かけて、神武天皇と烏孫の昆莫とその一族が、同一存在であることを明らかにしてまいります。妄想で。
諡号「神日本磐余彦天皇」と「猟驕靡」の完全一致
神武天皇は日本書紀では神日本磐余彦天皇(かんやまといわれびこすめらみこと)、古事記では神倭伊波礼毘古天皇となっています。紀元前7世紀の初代天皇と伝わります。
一方烏孫の昆靡(王)は昆莫で、本名が猟驕靡(りょうきょうび)で、紀元前2世紀の人物でした。
「猟驕靡」という名前を分解すると、神武天皇を表す要素が秘められてることがわかりました。では分解してみる。
「猟」 訓読み:かり、かる、音読み:りょう
猟は左側が犬部で、右の旁が鬣(たてがみ)だそう。つまり髪(かみ)。
猟驕靡は狩りで犬を駆使したのかもしれません。まぁロン毛でイケイケな人だったのかも。
「驕」 訓読み:いばる、おごる、音読み:きょう
馬編に喬旁。馬は騎馬民族を表し、喬は高いことで、高原地帯や地位を表すかもです。烏孫にぴったりな感じ。
猟驕靡は威張って偉そうに振る舞ってたのかも。あるいは漢字を当てた漢人が誹謗中傷を練り込んだのかも。
「靡」訓読み:なびく、音読み:み、び
靡は服従すること、乱れること、風になびくという意味だそう。
烏孫は漢帝国に従属するような形だったので、靡が当てられた気がします。
これだけだと、だから何だという感じになってしまいますが、名前を訓読み(大和言葉)にして、並べてみます。するとどうなるか。
猟驕靡
猟=鬣(かみ)・驕(いばる)・靡(なびく)
こうなる。神武天皇の「神日本磐余彦(神倭伊波礼毘古)」と、比較してみるとわかります。
「猟」は、犬(ken)+鬣(たてがみ)→kan+かみ→神
「驕」は、いばる→いばれ→伊波礼(磐余)
「靡」は、なびく→びく→bik→毘古
猟 驕 靡
かみ いばる なびく
かみ いばれ びく
神 伊波礼 毘古
神 磐余 彦
こんなふうに神武天皇と、昆莫こと猟驕靡は、まったく同一の意味を持ってたワケなんです。これはじっくりと見て考えてみてください。
まるで日本のカルピスは海外ではカルピコで名前が違うけど、同一の飲み物だったみたいなことなんですよ。
前回の記事で指摘した、「豊御毛沼命」も猟驕靡を表す名前だったわけですが。前回も含めて、ここまで揃ったら、偶然なわけない感じがしました。
まぁ大和朝廷は、先祖が烏孫から来ており、紀元前2世紀の猟驕靡が神武天皇(のうちの1人)であることを知ってて隠してたかもしれんです。日本の別名は扶桑(fuso)で、「うそ(烏孫)」が含まれてるわけですし。
猟驕靡という名を翻訳して、大和言葉に置き換えた結果が、神日本磐余彦尊(神倭伊波礼毘古)っていう諡号じゃないですかね。
神日本磐余彦尊と命名したのは、漢字を本格的に使い出した卑弥呼の時代か、「旧辞」「帝紀」が編纂された古墳時代後期あたりだったかわかりませんが。
これが事実だと、日本の神武天皇からの歴史というのは、、嘘っぱちだったことになってしまいますが。仕方ないですね。
神武天皇の物語は烏孫の歴史的出来事が元であり、日本列島にそれを当てはめたということになります。だから神武天皇とは、紀元前2世紀の烏孫の昆莫だったというわけなんです。
以上本日の妄想でした。
しかし神武天皇と昆莫の名前の一致だけが、全てじゃないんです。
次回は神武天皇一族の名前を比較してみましょう。
ぽちされたすかり
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