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2024年「適正AV」の消失(いんごま)

「アダルトメディア総研」(Adult Media Research Institute=AMRI)は、2次元、3次元、そして男性向け、女性向けに限らない万人の向けてのアダルトメディアをまじめに研究するリサーチ団体です。マガジン「アダルトメディア年鑑 2024年度版」では、2次元・3次元の垣根を越えて集まったAMRIのメンバーが、各ジャンルの2024年総括記事をお届けしていきます。

2024年の9月、「適正AV」がひっそりと消滅した。「適正AV」の自主規制ルールが先行する形で浸透していなければ、その後に続く「AV新法」はあのように拙速には成立しなかっただろう。「適正AV」の誕生と終わりから、AVのこれからを見通す。


●はじめに
「2、3年前の話を最近のことのように話す業界通がいるが、たった半年で状況が変わるから。それが今のAV業界の現状です」。これは『アダルトメディア年鑑』のトークイベントで何度か口にした言葉だ。

自分には忘れられない出来事がある。今から3年ぐらい前、かつて大手メーカーでプロデューサーだった人間と飲んだ時、現在は一般の仕事をしている昔の仲間に、「今は女優さんに総ギャラ開示をするようになったからね」と言ったら、「うっそでぇーー!」と店内に響くように叫ばれた。「そんなこと絶対あるわけないよ!」。確かに数年前の感覚ならそう驚くのは当然のことだ。そんなことをしたらプロダクション経営はかなり難しくなる。なんとか書類上のこととしてごまかし女優には本当の総ギャラは知らせないようにするはず……。そう考える人間がいても不思議ではない。

だがここ数年、業界内の意識は、ことあるごとにアップデートされてきた。それは最近デビューしてきた女優と話す時にも感じるし、さきほどのエピソードのように数年前に業界から離れた人間と話すと気づかされたりする。
そういう意味で毎年の定点観測資料として『アダルトメディア年鑑』を続けていくことに意義を感じている。当事者でもあるはずの自分ですら忘れてしまっている事象があるのだから。それでもさすがに現在進行形で起こっている出来事を今の段階で書くのは難しい。特に水面下で動いてるような話やどこまで真実かわからない噂話は記録として残すのもはばかられる。そうして何かが突然、起こってしまうのが今のAV業界でもあるのだ。
 
●「適正AV」の誕生と終わり
2024年の9月、「適正AV」がひっそりと消滅した。あえて「ひっそりと」と表現したのは、制作サイドからすると現時点では全く影響がないからだ。変わったことといえば、審査マークが一部、変更になったぐらいだろうか。だがそこに気づくユーザーはかなり少ないだろうし、撮影現場にいたっては特に意識されることはない。

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●「適正AV」消滅に伴い、左のIPPAマークを使用していたメーカーは右のCCBUマークに変更した。

とはいえ「適正AV」がAV業界において取るに足らない存在だったかといえばそんなことは決してない。その影響の大きさは『アダルトメディア年鑑2024』にも書いた通りである。むしろ「適正AV」の自主規制ルールが先行する形で浸透していなければ、その後に続く「AV新法」の拙速な成立には例外なく対応できなかったろう。
 
2016年に噴出した「AV強要問題」。危機感を抱いたAV業界は2017年4月に第三者委員会「AV業界改革推進有識者委員会」を立ち上げる。構成委員は志田陽子(憲法学者、武蔵野美術大学教授)、河合幹雄(法社会学者、桐蔭横浜大学教授、副学長)、山口貴士(弁護士)、歌門彩(弁護士)の4名で、その最初の提言を4月1日付で発表する。この提言の中で初めて「適正AV」という概念が提唱され、その後広く使用されることになる。


●適正AV
成人向け映像(アダルトビデオ)の総称としては「AV」が一般には認知されているが、ここで敷衍する適正AVとは、IPPAに加盟しているメーカーが制作し、正規の審査団体の厳格な審査を経て認証され製品化された映像のみをいう。無審査映像、海外から配信される無修正映像、著作権侵害の海賊盤および児童ポルノは、適正AVの範疇には入らない。国内の法規制に則り、確かな契約を取り交わして作られ、著作権の所在が明確であり、指定の審査団体において審査され、業界のルールに従い且つゾーニングされて販売またはレンタルされ、映像の出演、制作および販売・レンタルの責任の所在が明確なものだけを合法な適正AVと称する。なお、将来的には適正AV=AVとして社会認知されることを目指す。

『AV業界改革推進有識者委員会 提言』(平成29年4月1日)より。

最後の「将来的には適正AV=AVとして社会認知されることを目指す。」の一文には委員会の意気を感じる。「AV業界改革推進有識者委員会」は半年後の10月1日に「AV人権倫理機構」(以下、人権倫)と名を変えてその業務を引き継いでいく。具体的な活動内容は、問題を抱えている女優への聞き取り、プロダクションやメーカーへの実態調査アンケート、データなどに基づくマスコミへの発信、出演者の人権や健全な職場環境に配慮した新しいルール作り、さらに業界全体に対しての提言、通達などに力を入れていた印象が強い。詳しくはAV人権倫理機構のホームページ内、「これまでの活動」を参照のこと。

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また人権倫の各理事たちは、第三者委員会から移行したという性格上、今までAVとはまったく関わりのない人たちであった。だがそれぞれの過去の発言を見る限り表現規制に反対の立場が多いようである。そのことは「表現内容以外の『作品制作から販売に至るまで』の適正化」(『代表理事 ご挨拶』志田陽子代表理事)と言った文言からも判断できる。すなわち人権倫の性格はその特色として、

①まず第三者の立場であること
②AV業界全体の人権とコンプライアンス意識の向上に寄与
③表現規制反対の立場からその表現内容にまでは強く踏み込まない

 
以上3点に絞られるだろう。ちなみに誤解されがちな向きもあるので補足するが③の表現内容の規制については人権倫から指摘を受けたことはなかったように思う。たとえば2019年ぐらいにある審査団体から「女子校生、女子高生、女●校生」などの言葉の表現を「女子●生」に変更しろと指摘されたことがあるが、それはあくまで1つの審査団体の取り決めであり、他の人権倫の審査団体が同時期に横並びの指摘をしているかというとそういうわけでもない。もちろん最終的には一般良識に照らし合わせて同じようなコードになることはあるだろうが、あくまで各審査団体の独自の判断に委ねられている。そのことは審査団体によってモザイクの濃さや範囲などに多少の違いがあることからも推察できる。

そのように人権倫の活動は常に業界をリードしてきた。契約の意識すらなかった撮影現場が多くある中で、毎回の撮影時に契約書を結ぶ習慣を作り、決して法律に明るいといえない制作デスクには様々な知見を与えてくれた。性病検査の徹底、再編集作品など二次使用コンテンツのギャラの発生、作品販売停止の仕組みなど、2022年のAV新法施行前にこれらの作業を慣れていなかったら各メーカーはどんなにか大きな混乱を招いたことだろう。「適正AV」とそれ以外のAVの違いはそこだと言える下地をAV新法前に作れたのはまったく人権倫のおかげなのである。
 
そこへ突然活動終了の一報である。2024年の春、「AV人権倫理機構活動終了のお知らせ」として3月に届けられたメールでは、活動終了にいたる背景がかなり突っ込んだ形で述べられていた。その後、ホームページに掲載された文章はそこからやや感情的とも取れる文言が削られ、かなりマイルドな表現になっている。
  
その内容を簡単に要約すると、昨年10月に人権倫は新しくAV全事業者で組織する「適正映像事業者連合会」(CCBU)が設立されるとの説明を受ける。そして引き続き参加協力を求められた。しかし人権倫はどのメーカー、プロダクション、審査団体とも利害関係のない「法律家による第三者機関」の性格を有していて、そこにこそ意義があるとしてその申し出を断った。そしてAV事業者に対して綿密なコントロールができないならば人権倫の存続の必要がないと判断し、2024年3月31日を以って活動を終了。それとともに人権倫が提唱した「適正AV」の認定はなくなり10月1日以降は存在しなくなるとした。

こうして「適正AV」は消滅することになるのだが、それまで業界内では同人AVなどとの区別をつけるため「適正AV」という呼称をよく使用してきた。だが「適正AV」が使えなくなることで新たな名称を考えなくてはならなくなる。そしてようやく2024年12月19日にCCBUは「CCAV」という呼称を発表するのだが、その間の約3ヶ月は「適正な審査を受け正規のルートで販売している作品」に呼称がない状態が続いた。おそらくCCBUからすれば人権倫がここまで態度を硬化させ、しかも本気で解散までするとは想定していなかったのではないか。

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現場サイドでは「適正AV」が消滅して空白期間があったこともあり「適正AV」に変わる言い方として「商業AV」という言葉を耳にするようになった。これは同人AV側が普段から使っていた呼び名で、「適正・不適正」という枠組みを意識的に避けて呼んできた経緯がある。実際に商業誌・同人誌のように「商業AV」「同人AV」の方が一般の人には直感的で伝わりやすい。

●おわりに
人権倫が無くなり新しくCCBUに組み込まれた制作現場だが、今までどおり人権倫が敷いたレールの上を何事もなく粛々と走っている。まだCCBU発の新たな動きがないということもあるだろう。ただ冷静に考えて、人権倫が懸念した「業界利益の推進を目的」としたことにより、「法律遵守と人権保護の仕組み確保」が疎かになるかどうかは今のところわからない。もちろんまだまだ改善の余地はあるだろう。かつて人権倫が提案していた要望に業界側がなかなか応えられなかったという話は聞き及んでいる。

それでも今は昔と違いSNSの普及によりトラブルを隠し通すことが難しくなった。さらに他の業界でもパワハラ・セクハラ問題は大きく取り上げられるようになり、たとえば映画界では、ここ数年の性加害やパワハラ事件の告発が続き、心ある映画人たちが個々の問題としてではなく業界内の問題として改善への動きを見せている。

これらの人権問題は、企業コンプライアンスだけでなくガバナンスにもフォーカスされ人口を膾炙するようになってきた。そんな中AV業界は人権倫の知見に耳を傾けながら少しずつ体質を改善してきた。そしてコンプライアンスや人権意識の浸透はすでに後戻りできない状態にまで高まった。仮にここでなんらかの不祥事を起こしたとしたら、今度こそAV業界は立ち行かなくなるに違いない。

むしろCCBUは昨今の世情に合わせ、より「正しく」「倫理的な」コンプライアンスの向上のために率先して取り組んでいくのかもしれない。すでにいくつかの噂が流れているが、より透明度の高い遵法の姿勢を見せることで「同人AV・無修正AV」とは一線を画していこうとしているようにも見うけられる。いずれにしろすべてはこれからである。
 
その意味において「AV人権倫理機構」が業界内に人権保護とコンプライアンス意識を根付かせ、じっくりと時間をかけて醸成してきた功績は大きく、確かな足跡を残したことは間違いない。そしてあのとき、利害のない第三者で表現の自由を尊重する法律家が結集していなかったなら、今の労働環境にはならなかった。まずそのことは誰も否定しないだろう。こうして2024年春、「AV人権倫理機構」はその役割を終えたのである。

いんごま AMRI・AV業界担当
1966年東京都生まれ。AVプロデューサー、ライター。AVメーカー「MARRION」と「美少年出版社」で作品をプロデュース。最近は他メーカーでもレズ、痴女作品などを手がける。ライターとしてはAV作品や女優インタビュー、SM緊縛などを紹介。現在『月刊FANZA』でAVレビューを定期執筆中。


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