「いまさら聞けない」というタイトルが嫌い
「いまさら聞けない○○」みたいなタイトルが嫌い。
見るたびにモヤっとする。良い記事ならもったいないし、ダメな記事なら普通に腹が立つ。どっちに転んでもマイナスイメージ。
「知らない=恥」という前提がおかしい
わからなかったら調べる。これ、すごく立派なことだと思う。何歳でも、どんなタイミングでも、知りたいと思ったときが学ぶベストタイミングなのに、なんでわざわざ卑下させるんだろう。
「いまさら聞けない」って言われると、「あ、これ知らないと恥ずかしいやつなんだ」って萎縮する人もいると思う。書き手としては「初心者でも大丈夫ですよ」「基礎から教えますよ」っていう親切心なのかもしれないけど、その伝え方がすでに「知らない=恥」って価値観を強化してしまっている。皮肉な話だ。
「ゼロからわかる」とか「基礎の基礎」みたいな言い方のほうが、よっぽど気持ちよく学べると思う。
「世間」って誰だよ
「いまさら聞けない」って言葉、誰に言われてる感じがするか考えてみた。書いた人?違う気がする。もっと曖昧な、「社会」とか「世間」みたいなものに言われてる感覚がある。
そもそも「常識」とか「世間」って言葉が好きじゃない。それ何?誰?いつ?どこの?って思う。実体がないのに権威だけはある。誰も責任取らないのに、なぜかみんな従ってる。よく考えたらおかしな存在だ。
対面では絶対言わない言葉
考えてみてほしい。誰かに対面で質問されたとき、「基礎から教えてあげるね」と言うことはあっても、「いまさら聞けないと思うけど、ここから話そうか」とは言わないはずだ。
言わないよね?言ったら失礼だから。
つまり「いまさら聞けない」って、目の前に相手がいたら言えないような言葉だということ。メディアになると急に使われるのは、相手の顔が見えないからなんだろう。無駄な煽り、不要な言葉だと思う。
なぜこういうタイトルが存在するのか
まぁ、読まれるんだろうね。結局。
私はムカつく側だけど、「感情が揺さぶられたか?」と聞かれれば、揺さぶられている。人によっては焦りとかに繋がって、読んでしまうんだろう。メディアにとって閲覧数は命みたいなものだから、都合がいい。「基礎から〜」と本質的に同じでも、タイトルだけで閲覧数が稼げるなら、そんな便利な道具はないよね。
正直、しょうがないと思う。もし自分がメディアで働いてて、「今月もっと読まれる記事書かなきゃ」ってプレッシャーがあったら、倫理観とか無視した記事を書くと思う。「いまさら聞けない〜」もそうだし、「なぜ男は〜」みたいな雑な主語で二項対立を煽ることもあるかもしれない。構造的にしょうがない。
読む側が変わるしかない
やれることとしては、読む側がそういう短絡的な記事を読まないこと。難しいけど。
だって読まれるからメディアは書くわけで、読まれなければ書かない。「基礎から〜」の方が読まれるなら、メディアは素直にそれに従うと思う。
Twitterって常に何かしら炎上というか賛否両論というか、くだらないことに執着してることがあるけど、あれと同じ構造だと思う。バカにするとかされるとか反論するとか、そういうのが好きなんだろうね、人間は。たぶんやってる人たちは自覚ないだろうけど。
落ち着け
煽りに乗っちゃう人たち、対立に参加しちゃう人たちを見てると、「落ち着け」って思う。何か余裕がないように見える。
全く関係ない人が全く関係ない人に何をしようが、あなたには関係ないのに怒ってしまう。これって不健康だと思う。正義感なのかなんなのかわからないけど、そんなこと気にする必要ない。
なんかわかんないけど、お金なのか仕事なのか恋愛なのか、何かがうまくいってなくて、焦ってる、イライラしてるのかなと思う。うまくいかないことがあるのは普通のこと。それをどう制御するかがポイントだと思う。
外部に向けるのではなく、内部に向けて、自分を変える努力をしてみるとか、日記を書いて自己を客観視するとか。結局、自分だって他人みたいなもんだから。人間は全て自分で決定していると思い込んでるけど、全然そんなことない。文化とか習慣とかに決められてることもたくさんある。
自分を客観視して、どれが自分でどれが自分じゃないのか、冷静に見てみるのもいいと思う。


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