『銀さん』
"はい、銀さん。"
新八の息子(名無し)と新八が語る銀さんという人。
万事屋妙は家族。新八がサラッと結婚してる。
銀妙は香り付け程度。
最強ジャンプの表紙の銀さんが、今まで見たことないくらい穏やかで優しい顔してて、原作終了後の銀さんは長い戦いと過酷な人生の末にようやく穏やかな生活を手に入れたんだなと思うと泣きそうになり、そんな穏やかな生活を想像してたらなぜか死ネタになってしまった、そんな小説です。
銀魂の男たちはみんな性根の優しいいい奴ばかりだけど、彼らを『侍』にしたのは銀さんなんだよなぁと最近読み返しながら思いました。
侍のなんたるかを銀さんはその背中や立ち方で新八や真選組の面々に教えたし、彼らはその影響を多分に受けて立派な侍になったけど、だからといって銀さんは彼らや新八に自分に似てほしいとか、自分のように生きてほしいとは全く思っていなくて、むしろ自分のようにならないでほしいと願っている。それでも銀さんの周りの男たちは、銀さんに憧れずにはいられないんですよね。
あと改めて考えると「銀さん」っていう呼び名いいよね。坂田さんでも銀時さんでも銀時でもなく、「かぶき町の銀さん」「万事屋の旦那」っていう名であの町に浸透してるのが、かぶき町の顔って感じがして(主人公だから当たり前なんだけど)、とても銀魂らしい粋な呼び名だと思います。老若男女に「銀さん」と呼ばれる銀さんがすごく好きだなと今一度思いました。
なんで私の書くものは毎回薄暗いんだろうね。知らないよそんなの。私の性癖だよもう手遅れだよ。
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銀さんという人がいる。
銀さんは、かぶき町で『万事屋銀ちゃん』という何でも屋を営んでいる。
屋号は銀ちゃんなのに、銀さんを銀ちゃんと呼ぶのは神楽ちゃんと妹だけで、江戸中の人がその人を銀さんと呼ぶ。
銀さんは父上が万事屋で働いていた頃の上司で、当時は神楽ちゃんと万事屋で2人暮らしをしていたそうだ。その後いろいろあって、万事屋は一時期父上が社長をしていたけど、父上がうちの道場を復興させたときに銀さんが社長に戻ったらしい。
今は銀さんが万事屋で1人で暮らしていて、週の半分くらい僕の家で一緒に夜ご飯を食べていく。
銀さんは顔が広い。
銀さんと一緒に町を歩くと、いろんな人が銀さんに声をかける。
ーー銀さん、調子はどうだい?
ーー銀さん、ツケはいつ払ってくれるんだ?
ーー銀さん、いい酒が入ったよ。
ーー銀さん、新しいお団子食べに来ておくれ。
そのどれもに銀さんは「ああ」とか「おう」とか適当に返事をする。昔はもっとちゃんと返事をした方がいいのじゃないかと思っていたけど、みんな嬉しそうに笑って銀さんの背を見送るので、今はそれでいいんだと思っている。
銀さんは料理が上手だ。
銀さんがうちでご飯を食べる時は、本当にときどきだけど、銀さんがご飯を作ってくれる。それは大抵、父上が銀さんの料理が食べたいと頼んだときで、そうじゃないと作ってくれないらしい。
父上は小さい頃から伯母様と2人で暮らしていて、料理は伯母様より父上がすることが多かったから、父上の『お袋の味』は銀さんの料理なんだそうだ。「銀さんには内緒だよ」と照れながら教えてくれた。
銀さんの料理はどれもあっさりしている。銀さんは甘いものが大好きなのに、銀さんの卵焼きは甘くない。僕はそれが西の方の味付けだと、テレビを見て知った。
僕は昔、銀さんと伯母様は夫婦なんだと思っていた。そうじゃないと知ったのは、「伯母様と銀さんはどうして一緒に暮らさないの」と訊ねたら、伯母様がすごく怖い顔で笑ったからだ。
銀さんと伯母様は夫婦でもなんでもないらしい。なのに銀さんと伯母様が一緒にいる姿は、まるで僕の父上と母上みたいで、僕は今でもあの2人がよく分からない。
銀さんは手先が器用だ。
長くてまっすぐな妹の髪を、いろんな形で結んでいる指先は、まるで魔法使いの杖みたいだ。
どうしてそんなにたくさん知っているのか不思議に思って聞いてみると、昔万事屋のお仕事で小さな女の子の姉妹を預かったときに一日中練習させられたから、指先が覚えているのだと答えてくれた。
「そういえば神楽もやってやったら喜んでたなァ」と、銀さんは少し遠い目をして微笑んだ。
妹が1歳の時、宇宙でえいりあんはんたーをしている神楽ちゃんが地球に帰ってきた。「夏休み貰ったアル!」と言っていたのは春のことだったし、その夏休みは年末まで続いていたけど、神楽ちゃんが地球に長居することはあまりないので誰も文句は言わなかった。
神楽ちゃんは地球に帰ってくると、決まって僕の家に泊まる。昔は万事屋で暮らしていたのになんでって聞くと、「かぶき町の女王神楽様にあの押し入れはもう狭いのヨ」と言っていた。「押し入れで寝ることより、万事屋で寝泊まりする方が問題なんだけど」と父上が言っていた意味は、僕にはよく分からなかった。
神楽ちゃんがうちにいる間は、銀さんもうちに泊まる。僕はまるで大家族になったようで、一日中家の中がにぎやかになってとても嬉しい。
昼間は忙しい父上と母上に代わって、その頃妹の世話をずっとしていたのは神楽ちゃんだった。
お仕事がないときは銀さんがしていたけど、神楽ちゃんがやりたがったので、銀さんがオムツの替え方やミルクの作り方、寝かしつけ方を一つ一つ神楽ちゃんに教えてあげていた。
妹が初めて呼んだ名前は、父上でも母上でもなく、銀さんだった。
妹は神楽ちゃんにとてもなついて、なんでも神楽ちゃんのマネをしたがった。神楽ちゃんはいつも「銀ちゃんはね、銀ちゃんがね」と、銀さんの話ばかりしていたから、きっとそれをマネしたんだと思う。
全然言えていなかったけど、神楽ちゃんが「明日は銀ちゃん休みダヨ!」と言ったあとに「っちゃ」と言ったので、あれは間違いなく「銀ちゃん」だった。
それを聞いた母上は笑っていて、父上は真顔で銀さんとお揃いの木刀をへし折った。
神楽ちゃんが地球にいる間は、銀さんはあまり飲み歩かない。
神楽ちゃんが万事屋を出てすぐの頃は、帰って来てもいつも通り飲み歩いていたらしい。でも「かわいい娘が帰って来てるのに飲みに行くなんて、地球のお父さん失格ネ」と言われたのが効いたみたいだと、父上が呆れながら言っていた。
銀さんは、神楽ちゃんの地球のお父さんだ。
神楽ちゃんの本当のお父さんはとても強いえいりあんはんたーで、有名な人らしいけど、僕は会ったことがない。「チャイナのファザコンは治らねェやィ」と言っていたのは総悟さんだ。
神楽ちゃんと神楽ちゃんのお父さんの関係は僕には分からないけど、銀さんと神楽ちゃんの関係を見ていると、そう言われる理由が分かる気がした。
銀さんは僕のことを「ちびすけ」と呼ぶ。
僕にも父上と母上がつけてくれた立派な名前があるのに、名前で呼ばれたことは多分ない。
僕は銀さんより大きくなりたいから、毎日イチゴ牛乳を飲んでいる。
でもいつか僕の方が銀さんより背が高くなって、銀さんが僕を「ちびすけ」と呼んでくれなくなったら、それは少し寂しいと思う。
僕を「ちびすけ」と呼ぶのは、銀さんだけだから。
銀さんは時々、みんなに「マダオ」と呼ばれる。
マダオとは、まるでダメなオッサンの略だそうだ。
銀さんは確かに、いい加減で、適当で、いつもやる気がなさそうで、昼間からパチンコに行ったり、飲みに行ったきり朝まで帰ってこなかったりするけど、まるでダメなオッサンだとは思わない。
僕にとって銀さんは、マジでかっこいいオッサン ─── 『マカオ』だ。
僕がそう言うと、父上は内緒話をするみたいに小さな声で、「本当はみんな知ってるんだよ」と言った。
「銀さんは、なんでも一人で背負ってしまう人だから、"アンタはマダオだから周りを頼れ!"っていつも言い続けるくらいで丁度いいんだよ」と、いたずらっぽく笑った。
僕は父上のそんな顔を見たことがなかったので、あの時のことはとても鮮明に覚えている。
銀さんはとても強いらしい。
らしいと言うのは、銀さんが戦っているところを見たことがないからだ。だけど父上が言うには、道場の師範をしている父上よりも、警察をしている近藤さんや土方さんや総悟さんよりも、もっと強いらしい。
なのに僕が銀さんに、稽古をつけて欲しいと言ったら断られた。「父上だけずるい」と言うと、「俺はあいつにも誰にも、俺の剣を教えたことはねェよ」と笑った。その顔がとても満足げで、僕はもう銀さんに剣を教えて欲しいと言えなくなった。
僕は銀さんとお風呂に入るのが好きだ。
銀さんの大きなごつごつした手で頭を洗われるのは、少し痛いけど、父上とはどこか違っていて好きだ。父上の手ももちろん好きだ。父上の手は銀さんより小さいけど、とても優しい温度がする。
銀さんの手はいつもかさついていて、いろんなところにできたマメが硬くて、父上や他の大人の手入れされた手とは違って、荒い感じがする。
銀さんが怪我をして寝込んでいたときに、その手を取って、「たくさんのものを護ってきた手なのよ」と言った伯母様は、とても柔らかい顔をしていた。
銀さんの体にはたくさんの傷がある。
大きなものも小さなものも、体中のあちこちに傷あとが残っていて、銀さんはもうオジサンなのに筋肉がたくさんあって、それを見ると突然なんだか知らない人みたいな気持ちになる。
「痛い?」と聞いたら、銀さんは「痛くねェよ」と言った。
「痛かった?」と聞いたら、そうさなァ、と銀さんは少し考えて、「痛かったのかもなァ」と言った。
傷が痛かったかもしれないなんて、当たり前のことなのに全然関係ないことみたいに言うのがおかしくて、僕は笑おうとした。
でも僕の隣で少し悲しそうな目をしていた父上を見て、もしかしたら銀さんは、本当に分からなかったのかもしれないと思った。
銀さんは、陽だまりのように笑う人だ。
「昔はあんな風に笑うことなんてなかった」と伯母様は言っていたけど、僕はあんな風に笑わない銀さんが想像できない。
銀さんは大きい。
父上と背はそう変わらないはずなのに、銀さんはとても大きく見える。いつもどっしりと、そこにいてくれる。受け止めてくれる。
僕は銀さんみたいな男になりたい。
お登勢さんのお葬式でも、銀さんは微笑んでいた。
父上も神楽ちゃんもキャサリンさんも、みんな顔をぐちゃぐちゃにして泣いていたけど、銀さんはその一番前で、お登勢さんの遺影を優しい顔で見つめていた。
その背中は、とても寂しそうに見えた。
お登勢さんは万事屋銀ちゃんの下にあるスナックの女将さんで、銀さんのお母さんみたいな人だった。
「銀時様はずっとお登勢様を護っておられました」と、スナックお登勢で働くカラクリのたまさんが言っていた。
スナックの女将さんは危ない仕事でもないから、護るというのが僕にはよく分からなかったけど、お登勢さんの火葬の間どこにも行かずに、ずっと扉の前で見守っていた銀さんは確かに、お登勢さんの最期の旅路を護っているように見えた。
その次の年、銀さんが40歳の誕生日を迎えた。
銀さんの誕生日を盛大に祝った一週間後、銀さんは静かに息を引き取った。
その日の朝、万事屋を訪れた桂さんから連絡があって、父上と伯母様は道場を飛び出して行った。
宇宙で報せを受けた神楽ちゃんも、やたらと高いから乗ったことがないと言っていた超特急便で帰ってきた。
「朝から妙に気分が落ち着かなくて、何故か万事屋に足が向いた」と桂さんは言っていた。
銀さんは鍵をかけないから、いつも通り勝手に上がった桂さんは、寝室で一人眠るようにしている銀さんを見て、すぐに悟ったそうだ。
銀さんを一人で逝かせてしまったことを、父上と神楽ちゃんは泣きながら、お互いに怒っていた。
神楽ちゃんは父上に「お前一体何してたんダヨ!」と怒鳴ったし、父上も神楽ちゃんに「だったら君が地球にいれば良かったんだ!」と怒鳴り返した。
よく口喧嘩はしていたけど、あんな風に叫び合う2人を初めて見た僕は、2人にとって銀さんの存在の大きさを痛感した。
もうずっと何年も、銀さんは体にガタが来ているのを感じていたのだと、たまさんから聞いた。
「お登勢様を見送れるまで待っていたのですね」と言ったたまさんに、「なんで私の花嫁姿まで待ってくれなかったアルか!」と食ってかかった神楽ちゃんの顔を、僕はきっと一生忘れないだろう。
神楽ちゃんにあんな顔をさせられるのは、銀さんだけで。
父上があんな風に怒るのは、銀さんのことだけで。
伯母様が悲しそうに涙を流すのは、銀さんだからで。
僕のことを「ちびすけ」と呼ぶのは、銀さんだけだったのに。
神楽ちゃんは、世界が終わってしまったみたいに泣いていた。
神楽ちゃんの世界が、銀さんを中心に回っていたのを僕は知っていたから、世界が終わってしまったのもきっと間違いじゃないんだと思う。
妹はそんな神楽ちゃんと、いつもと違う父上の様子を見て、銀さんがもういないことを感じたみたいだった。
布団で眠る銀さんのそばに寄っていって、あのゴツゴツした大きな手を持ち上げて、自分のほっぺに押し当てた。
僕もたまらなくなって、妹と同じように反対側の手を持ち上げた。
銀さんの手はもう冷たくなっていた。
もう、いないんだ。
いつも撫でてくれた温かくてかさついた手も、銀さんだけの呼び方で呼んでくれた低い声も、飛びついてもびくともしない大きな背中も、怖いものから守ってくれる逞しい腕も。
もう、ないんだ。
銀さんの体にガタが来ていたことも、銀さんがずっと体調を崩していたことも、僕は何も知らなかった。
父上と伯母様は気にかけていたけど、「あの人が隠すのが上手いって知ってたのに、なんで無理やり引っ張ってこなかったのかなぁ」と泣き笑いした父上は、迷子の子どものように見えた。
きっとあれは、僕の父上じゃない。
あの時あそこにいたのは、泣きながら笑ったのは、僕たちの父上じゃなくて、銀さんと一緒に万事屋をしていた『万事屋の新八』だったんだ。
銀さんのお葬式には、かぶき町中の人がやってきて、泣きながらお酒を注いで、甘いものを積み上げていった。
銀さんは、愛されていた。
お年寄りも若い人も男の人も女の人も、みんなが『銀さん』と呼びながら、もう二度と払われないツケを、もう二度と減らないお団子を、もう二度と見ることの出来ないあの粋な立ち姿を、惜しんでやまなかった。
その日は、風が強かった。
綿菓子のような雲が、澄んだ空にふわふわと浮いていて、風に流されて、どこまでも飛んでいった。
いかないでと、まだいかないでと。
僕は雲を見上げながら、ずっと泣いた。
銀さんは、雲みたいだ。
ふわふわ揺れて、掴めなくて、いつもそこにいるのに、少し遠くて。
誰よりも、自由が似合う。
泣いて、泣いて、もう会えないその人を見上げて泣いて。
それは僕より、ずっと背が高くて。
ねえ、銀さん。
僕はやっぱり、「ちびすけ」がいいや。
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