はじめに
日本では TRON という OS の仕様が知られており、複数のメーカーが TRON 系 OS を開発・販売しています。それらの合計シェアは組込み分野で60%を超えており、1996年から26回連続(もうすぐ 27回?)でシェアトップ、世界一使われているという話を聞きますが、この主張は過大な宣伝であり「TRON のシェアは60%もなく世界一でもない」と断言して構わないと考えています。なぜならこの主張の根拠が、トロンフォーラムが実施した「横浜のイベント会場で組込みエンジニア100人に聞きました」のアンケート結果(人数は目安)でしかなく、60%とは「あなたが直近の開発で使った組込み OS の API で最も多いものは?」という質問に「TRON 系 API と答えた人の割合」(OS や API が採用されている製品のシェアではありません)だからです。いや、だってアンケートの質問にそう書いてありますから。
- ❌️ (世界に)TRON OS が搭載された組込み機器が60%ある
- ⭕️ (日本に)TRON 系 API を直近の開発で最も使った組込みエンジニアが60%いる
これがカラクリです。毎年の調査で大きな変化がないはずですね。TRON OS のシェアが60%あると主張しているのはトロンフォーラムだけです(その他の記事はトロンフォーラムの受け売り)。世界規模の組込み用 OS の調査(Embedded Systems Survey や Eclipse Foundation など)では「TRON (ITRON) のシェアは 1% またはランク外」というデータすらあり、世界市場における組込み用 OS のシェアの上位は FreeRTOS、Zephyr、ThreadX や Linux 系が占めており、高信頼性の商用分野では VxWorks や QNX がよく使われています(詳細は後述)。つまり TRON の採用は日本に大きく偏っており、大部分は変える必要のない小さな所で使われている(おそらくこれからも使われ続ける)と考えるのが妥当でしょう。いつもの日本だけが独自の文化を歩むガラパゴス化の一つですね。
モノづくりに関わる人のための情報メディア「MONOist」では、2025年に「リアルタイムOSを取り巻く環境はこの5年で激変、今後も重要性は増していく」という記事を公開されていますが、激変したというのならそれが調査結果に現れていないのはおかしいでしょう。可能性としては世界中に輸出している Nintendo Switch のコントローラー「ジョイコン」(イソール社製の ITRON を使用)で数を稼いでるかもしれませんが、日本の組込み機器が世界最大だったのは2000年代ぐらいまでのはずです。現在、日本の家電は国外勢に押されており、携帯電話(フューチャーフォン、いわゆるガラケー)はスマホに変わりましたし、新しく登場した組込み用 OS もシェアを伸ばしています。TRON 系 API を使った組込みエンジニアが多ければ TRON OS が組み込まれた機器も多い可能性はありますが、組込みエンジニアの数(割合)は OS のシェアではありません。
なんで ITRON を使った人の割合を、OS のシェアのように公表してるんでしょうかねぇ?
わざとなの? ねぇ、わざとなの?
私は日本製の電子機器の多くに ITRON が使われているだろうことは否定していませんし、坂村健氏や関係者・関係企業の功績も否定していません。
私は「ITRON は日本で広く使われている」と言いましたからね!
情報を正しく読み取る力、論理的に物事を考える力を養ってください。
私がトロンフォーラムのアンケート結果を疑っているのは「数が少ない」からではなく、「回答者に偏りがある+数が少ない」からなので、そこを勘違いようにしてください。統計学的には100人のアンケートでも、いろんな幅広い人に聞いていれば(回答者に偏りがなければ)、十分な信頼性のあるデータになります。しかしこのアンケートは「日本で開催された」「組込み関係イベント」の「トロンフォーラムのアンケート」に協力した「100人程度」の結果です。アンケートは組込み関係のイベント(EdgeTech+ 2024)の来場者全員に対して行われたものではなく、広い会場のラウンジに設置された PC の場所に、わざわざ来た人だけが回答する方式です(補足: 2016年や2025年 のようにインターネット経由でのアンケート回答 URL が公開されている場合もあるが、それによる影響は不明)。

左の画像は 「2025年度組込みシステムにおけるリアルタイムOSの利用動向に関するアンケート調査」実施中 より引用
右の会場マップは EdgeTech+ 2025(会場は同じ)の出展社一覧/フロアレイアウト(会場MAP PDF)を加工したもの
しっかし、こののぼり、「リアルタイム OS」となっていますが、組込み用 OS は必ずしもリアルタイム OS ではないでしょう? Embedded Linux とか Windows IoT とか。リアルタイム OS のアンケートと言いながら、組込み全般を語って良いんですかね? そこも気になりますね(2024年に Linux カーネルにリアルタイムパッチが統合されたのは知っていますが何年も前からこのアンケートは「リアルタイムOS」のアンケートです)。
日本のコンビニでお昼に60%の人がおにぎりを買ったからといって、日本人の60%がお昼におにぎりを食べていることにはなりませんし、ましてや世界中の人がおりぎりを食べていることにもなりません。トロンフォーラムが実施したアンケートの回答者は TRON に興味を持っている可能性が高く、TRON を使っている人も多いと推測されます。データが偏っている場合にデータの数が少なければ、アンケートの質は大きく低下します。例えば昔からの付き合いのある会社が社員を数名引き連れて訪れるだけで結果は大きく変わってしまうでしょう。この記事では、国産 OS トロンが「組込み用シェア60%で世界一」が疑わしい理由についての解説し、どちらかと言えばついでなのですが、組込み用 TRON (ITRON) の歴史と現状についてまとめます。
なぜ私がこんな記事を公開するのか?
事実を伝えるためです。無意味にトロンをディスりたいわけではありませんが、公表されている情報がおかしいと思った時、それに疑問を呈するのは間違った行動ではないはずです。例えば学生が大本営発表(都合のよい情報ばかりで信用できない情報)のアンケート結果を信じて TRON だけを学んでしまったら、社会や世界に出た時に TRON なんて使ってないよと言われたら騙されたと思ってしまうでしょう。アンケートは他人を騙すためではなく、現状を正しく知るためにあるべきです。「組込み用の TRON OS は 日本で多く採用されており、TRON OS が組み込まれた機器が世界に輸出されている」ことは事実だと思いますが、世界ではそれほど知られておらず、シェアが60%もあって世界一使われているというのは眉唾物でしょう。
ここらへんの皆さんのコメントに真実が見え隠しています。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/feature/1686/
TRON(組込み用は ITRON)は、例えば自動車に採用されていると聞いたことがあるかもしれません。この話の出どころはおそらく1999年6月のトヨタのプラドで ITRON 仕様の OS を搭載した四半世紀も前の古いニュース(参考: トヨタ,エンジン制御システムで国産OS「ITRON」を初めて採用)だと思いますが、はたして今も ITRON を採用しているのでしょうか? 最近のニュースでは、トヨタの新型 RAV4 で Arene が採用されており、中国向けには Huawei の HarmonyOS を採用するというニュースもあります。エンジン制御の中心部分(見えない部分)に ITRON が使われている可能性はありますが、以前に比べて使う場面が減っているのは確実でしょう(その他参考・自分用メモ [1] [2])。ITRON は機械を制御するためのリアルタイム OS としては適していると思いますが、高度な情報処理には力不足という印象です。高いリアルタイム性を実現するには処理を減らす必要があるため、リアルタイム性と高度な情報処理の両立は困難です。高いリアルタイム性は技術力の高さで実現しているものではありません。また、組込み用 OS だからと言って必ずしもリアルタイム OS が必要なわけでもありません。小さな OS で十分だった昔の携帯電話(ガラケー)では通用したのがスマホでは通用しなくなり、それと同じことが自動車用 OS の世界にも訪れているようです。
トロンの現状を明らかにすることはトロンにとってマイナスにはなりません。「トロンは今ピンチである」とわかれば、トロンのファンはトロン普及のために行動を起こすでしょう。例えば採用事例を公表したり、開発に必要な技術情報を公開したり技術書を出版したり、足りないアプリケーションやミドルウェアを開発したり、英語圏やその他の国に向けて情報を発信したりです。米国の Amazon を調べましたが、ITRON(T-Kernel 含む)の英語の技術書は、1998年に IEEE Computer Society から出版された公式の μITRON3.0 本一冊しかないようです。これも世界で普及しているとは思えない理由の一つです。トロンは世界で一番使われているんだと高をくくっていれば、いつの間にか他の競合 OS に大きく差をつけられてしまい、数年後に「なぜ◯◯にトロンを採用しないんだ? 世界一使われているトロンを採用しないのは変だ! 裏で◯◯が暗躍していて汚い手段でトロン潰しをしたんだ!」と陰謀論を喚くことになるでしょう。今の BTRON のようにです。
トロンはかつて Windows に負けたが、組込み用 OS として使われ Windows に勝ったなどという話を耳にしますが、パソコン用のトロン OS (BTRON) と組込み用のトロン OS (ITRON) は全く別に開発された OS です。先に開発されたのは ITRON ですし、同じ OS が転用されたわけではありません。ITRON はリアルタイム処理に強いと言われますが、リアルタイム処理に強いのはその他の競合 RTOS(リアルタイム OS)でも同じです。Windows は RTOS ではありませんが、それは ITRON の方が優れているという意味ではなく用途の違いです。一般的に RTOS は汎用性を捨てることでリアルタイム性を実現しているのでパソコン用には向きません。用途が異なる Windows に勝ったと主張しても的外れで、バイクで自動車に勝った(加速力で)と言っているようなものです。バイクは自動車に負けている(積載量で)からこそ自動車とは違う分野で勝てるわけで、自動車と同じ土俵で勝負したら負けます。ほんとね、「Windows に勝利!」とか「Windows に圧勝!」とか「日本製 OS は凄い!」とか恥ずかしい事言うのやめましょうよ。負けたことへの劣等感がにじみ出てるだけですから。組込み機器は数が多いため Windows より使われている数は多くなりますが、それって「このハンバーガーとコーラは世界で一番売れているから世界で一番うまい」という理屈でしょう? トロンを比較するのであれば他の組込み用 OS や RTOS と比較するべきです。まあ Windows にも IoT 版がある (Windows 11/10 IoT) ので、そっちと比較するなら問題ありませんが。
トロンと Windows は関係ないです。坂村氏だって2003年の時点で「トロンは Windows と競合しない」「トロンプロジェクトはマイクロソフトに潰されたわけではない」って言ってるんですから(参考 [1] [2] [3]、下記のリンク)。
TRON の 基礎知識と歴史
現在のトロンプロジェクトは組込み用 OS「T-Kernel」をオープンソースで開発・提供するようなプロジェクトに思われているかもしれませんが、最初からオープンソースだったわけではありません。1984年のトロンプロジェクト開始と2000年代からのソースコードの無償公開の開始をごちゃ混ぜにした話が多いのでよく勘違いされています。元々トロンプロジェクトは1984年に坂村健氏によって開始された新しいコンピュータ体系(仕様)を作るプロジェクトでした。OS だけではなく CPU やハードウェアを含むコンピュータ全体です。産業界と大学による産学プロジェクトであり、国家プロジェクトではありません。歴史から忘れさられているようですが(坂村氏も忘れてないかい?)、当初に言われていたのは「どこでもコンピュータ」などではなく、「自動車はハンドルやアクセルやブレーキの位置や操作方法が共通で、あるメーカーの車の運転方法を学べば別のメーカーの車でも運転できる。これをコンピュータでも実現する」のが目標でした。
昔はこのような自動車に例えた話がよく使われていたのですが、トロンの操作方法(トロン作法)を広められなかったので言わなくなったのでしょう。昔は一度トロン作法を(教習所のような所で)学べば分厚い取扱説明書は不要になるなんて言っていましたが(そういや昔のパソコンや携帯電話には分厚いマニュアルが何冊もついていましたが今はなくなりましたね)、世界が一つの OS で統一されるなんてことはありえませんし(自動車ですら右ハンドルや左ハンドル、マニュアルやオートマの違いなど、統一されていない)、他の OS がトロン作法を取り入れるとも思えないわけで、トロン仕様が普及していたとしても、「トロン仕様のコンピュータの操作方法」ができるだけにしかならないんですけどね。もちろん各メーカーごとにバラバラよりはましですが、バラバラだったのは日本が遅れていたからで、米国では IBM PC や MS-DOS という形で市場競争によって統一へと向かっていました。すでに OS を開発して激しい市場争いを繰り広げている米国企業にとってトロン仕様を採用する理由はないわけで、日本がゆっくりと進める仕様の策定にさほど興味を持ちませんでした。自分たちで最高の仕様を考えて開発・販売した方がずっと早いですからね。
どうやら坂村氏は米国のマネをしたくなかった(独創性を発揮したかった)ようで、米国のコンピュータと同じ仕様 = 米国のマネのように考えていたのか、徹底的に独自の仕様で固めようとしました(著作権や特許の侵害を避けるという正当な理由もあった)。しかしそれは他のコンピュータとの互換性の欠如や、新たにトロン作法を学ばなければならないという問題を引き起こしました。特に独自の配列と形状を持つトロンキーボードには、多くの人が拒否反応を示しました。自動車の例え話は一般向けにわかりやすく説明したもので、トロン作法には開発者に向けての OS の仕様(API など)や開発環境の統一も含まれます。つまり一度ソフトウェアの開発方法を学べば、パソコンだけではなく、大型コンピュータから産業コンピュータまで、どのメーカーのコンピュータでも同じ方法で開発できるようになることを目指していました。なんなら電気製品の操作方法まで含んでいました。コンピュータの教育を行うには、まず操作方法が統一されていなければならないという考え方で、教育を含むコンピュータのあらゆる統一された使い方がトロン作法です。たしかに使い方の統一自体は素晴らしい考えですが、トロンで考え出された操作方法が良いものとは限らないですし、ソフトウェアを含むコンピュータの技術やツールは進化して変わっていくわけで、未知の未来をなんでもかんでも「最初に考えた方法に決める」というやり方は現実的ではありません。
トロンプロジェクトは当初より開発した成果物を全世界に無償で公開すると公表していましたが、それは仕様のことで動作する OS や OS のソースコードは含みません。1985年にネットでトロン OS を無料配布する予定だった(それを防ぐために米国の某組織が暗躍した)などと適当なことを言っている人は、インターネットが1995年から広まったことを知らないのでしょう。トロンプロジェクトは仕様の策定を担当し、トロン仕様に準拠した製品を開発するのはメーカーの担当です。もちろんOS もそれぞれのメーカーで開発するもの(他社から買っても良い)です。各社で OS を開発しても仕様に準拠していれば互換性は実現できる(同じアプリケーションを動かせる)という考え方です。しかしそのためには仕様が厳密に定められていなけければならず、実際には各社で自由に機能追加や変更を行えるため、互換性問題が発生したであろうことは容易に想像できます(実際 ITRON は互換性問題が発生した)。仕様を作り誰もが OS 開発に参加できるようにすることで特定メーカーが OS を独占できないようにするという目論見ですが、最終的には OS 開発に強い会社が独占することになったでしょう。そしてそれは米国企業だったかもしれません。もしトロンプロジェクトが独占を妨害できるのであればトロンプロジェクトに参加しない道を選ぶでしょう。トロンプロジェクトが権利を持っているのは(当時は)仕様書のみで、OS やコンピュータの権利は開発したメーカーにあります。どのメーカーにも属さない仕様を広めるうえでの選択ですが、そのせいでトロンプロジェクト自身は売る商品を持たずボランティアのような組織でした。理念は素晴らしいと思いますが、Microsoft や ARM のように商品を売った儲けを投資や宣伝に回してビジネスを拡大するということができませんでした。
情報処理学会講演論文集 第28回全国大会(昭和59年 前期)
補足: トロンプロジェクト発足前の1984年3月時点では TRON = 組込み用OS + TRONチップ のみだった
トロンプロジェクトが策定した仕様はロイヤリティ不要で、日本に限らずどの国のメーカーでも、お金を払わずに TRON 仕様の OS やコンピュータを開発して販売できました(ただし当時は仕様書の入手に会費が必要で企業のみが対象の会員になる必要があり、仕様書自体も有料)。「トロン OS は無料」という誤解はロイヤリティが不要という話を誤解したもので、(オープンソースでの開発も可能ですが)実際の動作する OS やコンピュータのほとんどは有料で他メーカーや一般に販売されました。例えばパソコン用の TRON OS (BTRON OS)「超漢字V」は、パーソナルメディア社が開発しており、今も税込み19,800円で販売されています。
パソコン用の トロン OS は米国に潰されてないので今も絶賛販売中!(2026年時点でサポート継続中)
トロンプロジェクトには、特定の企業だけが市場を独占するのは良しとしない考え方を持っています。素晴らしい考えではあるのですが、独占と競争を完全に切り離すことはできません。例えば、任天堂がゲーム機市場を独占するのが許せないからと、全く別のゲーム機の規格を作り、その規格の元で製造メーカーに競争させるとどうなるでしょうか? 製造メーカー同士は争うかも知れませんが、それは同一規格内での争いとなり、価格競争でお互いを潰し合うことにもなりかねません。そして任天堂が次世代ゲーム機を開発したとき、それに勝つためには規格も更新する必要がありますが、もし規格のロイヤリティが無料だとしたら活動費はどこから捻出すればよいのでしょうか? 技術進歩の速い分野で、改定の遅い規格の元で同一仕様の製品を開発するメーカー郡は、自由な発想で新製品開発を行える会社に勝てるのでしょうか?
サブプロジェクト (ITRON, BTRON, CTRON, MTRON)
トロンプロジェクトで最初に進められたのは、組込み用 OS の仕様を策定する ITRON サブプロジェクトです。トロンプロジェクト発足前の1983年から1年かけて坂村氏によって ITRON の仕様書の叩き台(とおそらくサンプルソースコード)が作られました。それを元に NEC の組込み関係の技術者と共に ITRON の仕様策定と ITRON OS の開発が同時並行で進められました。最初の ITRON 仕様(ITRON1 仕様)は1987年に完成しました。NEC の ITRON 仕様の OS「RX116」は1984年に完成し1985年頃には販売されていましたが、これは正式な ITRON1 仕様が完成する前のものということになります。まあ別に正式な ITRON 仕様を完全に満たしていなくても、組込み用 OS なら機械を動かせれば十分ですからね。パソコン用とは違い人が直接触るものではなく、機能も互換性も必須ではありません。RX116 は1987年までに約100社の OEM として採用されたようです(参照 「TRONプロジェクト '87-'88」- RX116(Version2.0)の実現と評価)。他にも1986年に日立が Motorola 68000 用の「HI68K」を開発しています。
ITRON (Industrial TRON) サブプロジェクトと並行して、パソコン用の BTRON (Business TRON) サブプロジェクト、後から追加されたサーバー用の CTRON (Communication and Central TRON) サブプロジェクト、それらをネットワークでつないだときのネットワーク全体の調整を行う MTRON (Macro TRON) サブプロジェクト(構想のみ)、トロン仕様に最適な CPU を開発する (TRON)CHIP サブプロジェクトが、トロンプロジェクトの主要なサブプロジェクトでした。トロンチップの開発も当初からトロンプロジェクトの内容に含まれていましたが、これはトロンプロジェクトが OS ではなくコンピュータ全体を作るプロジェクトで、市販されているどこかのメーカーの CPU 用に実装するというプロジェクトではないためです。他メーカーのコンピュータとの互換性と十分な性能を出すために、トロン OS を動かすのに最適な仕様の CPU の開発が必要でした。コンピュータの性能が低い時代では、機械語(アセンブリ言語)レベルの互換性と性能は今よりもずっと重要だったのです。
トロンプロジェクトのサブプロジェクトは「誰と付き合うか?」で分けられています。なお、この記事では ITRON 以外は原則として割愛します。
- ITRON は機械と付き合う
- BTRON は人と付き合う
- CTRON は ITRON や BTRON と付き合う
- MTRON はすべての TRON システムと付き合う
現在、「どこでもコンピュータ」を実現するものだったと言われている MTRON は、実際には多数のコンピュータを管理する分散処理システムで、当時は最終的に必要になるだろうという予測に基づいた将来の研究課題でした。(参考: 「アーキテクチャワークショップインジャパン : シンポジウム論文集 1984」 - TRON トータルアーキテクチャ。TRONWARE Vol.100 に再録)。MTRON は構想段階で終了したので無視するとして、BTRON、CTRON は ITRON をベースに作られているわけではありません。一部の仕様が似ていたり同じだったりはしますが、TRON 体系として同じ思想で作られているというだけで、それぞれは独立しています。それぞれの OS に求められる性能要求や機能要求が違うため、単一の OS ではすべての要求を同時には満たせないと考えたからです。別の言い方をすれば、いくら組込み用の ITRON 仕様の OS が優れていたとしてもパソコン用の BTRON としては使えないということです。実際の開発でもメーカーが違いましたし OS のソースコードも別々です。ただ少し話がややこしいのは BTRON3 仕様 OS「3B」の実装は中心核に「μITRON3.0」を使っていたりすることなんですが、それはそういう実装になっていると言うだけの話です。
- ITRON: シングルユーザー、GUI 不要
- BTRON: シングルユーザー、GUI 必要
- CTRON: マルチユーザー、GUI 不要
リアルタイム OS とは
専門用語としての「リアルタイム OS」は「速い OS」や「リアルタイム処理ができる OS」という意味ではありません。リアルタイム OS に必要なのは優先度の制御ができることやタスク切り替えの時間が短いことではなく、最悪の処理時間を保証可能であることです。通常は処理が速いけど、なんらかの理由で時々遅くなってしまい、どれくらい遅くなってしまうのか保証できない場合、それはリアルタイム OS ではありません。例えばエアバッグは衝突してから数十ミリ秒で必ず開かなければ意味がありません。おそらく Windows でも十分に高速な CPU を搭載していれば、大体はそれぐらいで制御できます。しかし、たまーに遅いことがあるでしょう。そういうのがあってはならないときに必要になるのがリアルタイム OS です。リアルタイム OS が必要かどうかは用途次第なので、組込み用だからといって必ずしもリアルタイム OS が必要というわけではありません。
もっとちゃんとした説明を聞きたい人は、以下のページの説明がわかりやすいです。
- リアルタイムOSとは何か、ここ最近10年の動向を概説する (MONOist)
- 「RTOSとは何か」を理解できる7つの特徴:超速解説 RTOS (TechFactory)
BTRON、CTRON はリアルタイム OS (RTOS) ではないことに注意してください。TRON (The Real-time Operating system Nucleus) という名前から勘違いされがちですが、これはトロンプロジェクトが機械を制御する産業用 OS のプロジェクトとして始まったときにそう名付けられ、その後はシリーズ名として派生プロジェクトが BTRON や CTRON という名前になったというだけです。もちろん実装は自由ですから「リアルタイム OS として作った BTRON や CTRON」が誕生した可能性はありますが、BTRON や CTRON は情報処理用 OS としてさまざまな処理が必要になるため、リアルタイム OS にした所で意味はあまりなくなってしまうでしょう。
坂村氏は BTRON に対してもリアルタイムと言っていることがあるのですが、よく読むと「人にとってのリアルタイム」であり、それは古い大型コンピュータで一般的だったバッチ処理に対して「人が感じるうえで即座に反応すること」という意味で使っています。例えばオンラインゲームのリアルタイム対戦と同じような意味ですね。リアルタイム対戦は地球の裏側の人とでもリアルタイムに対戦できますが、ときどきラグが発生してしまい、それは避けられないので、リアルタイム OS としてのリアルタイムではありません。超漢字(BTRON 実装の一つ)はスワップファイルに対応してますから、知っている人にとっては、この点だけでもリアルタイム OS の要件を満たさないだろうと気づくはずです。もし BTRON にリアルタイム性があるというのであれば、Windows にもリアルタイム性があると言えます。
BTRONにおけるリアルタイムの意味
坂村氏は「Windows や Unix などの タイムシェアリング OS には優先度がないからリアルタイム OS ではない」と言っているようですが(参照)、プロセスの優先度を制御する程度であれば Windows でも Unix でも対応しています。ここから推測するに、おそらく坂村氏は OS にプロセスの優先度を制御する機能があることを理由に、Real-time という用語を含む TRON という名前をつけ、それを「実は TRON は RTOS だったのだよ」と後から言い換えたのだと思われます。現在からすれば間違った定義とも言えますが、1980年代初頭であればまだ RTOS の厳密な定義はなかった(定義はあったが確立されていなかった)のでしょう。
ちなみに、現在(2024年)の Linux カーネルには「リアルタイムLinux」(PREEMPT_RT) が統合されており、リアルタイム OS として利用可能になっています。組込み用 OS は必ずしもリアルタイム OS が必要なわけではありません。Linux が十分リアルタイム OS として利用可能であるならば、ITRON を使う理由も減るでしょう。
NECがITRON仕様OS「RX116」を作った理由
1970年代後半から1980年の初頭、NEC は Intel CPU のセカンドソースとして CPU の製造と販売を行っていました。セカンドソースとは、ある半導体や部品を正式なライセンスの元で「元のメーカーとは別の会社が同じ仕様で製造すること」です。当時の半導体の製造技術は未熟で、単一のメーカーが部品を製造するのは安定供給の面から不安があり、セカンドソースがよく行われていました。IBM も 1981 年に開発した IBM PC に Intel CPU を採用する際、セカンドソースがあることを条件としていました。その一つが NEC でした。
NEC はその後、自由に CPU を改良したかったのか、Intel にライセンス料を払うのがいやになったのか、独自の設計で互換 CPU を開発するようになります。それが1983年に開発された V20/V30 です。当然 Intel から著作権侵害だと訴えられたのですが、NEC はクリーンルームと呼ばれる手法を使い、解析した仕様を元に完全に独自の設計で開発しており、1986年に合法であると裁判で認められます。しかし Intel が不服だったのは言うまでもないでしょう。日本は IBM の大型コンピュータの互換機開発でも似たようなことをやっており、米国の技術を半ば強引な方法で真似して製造技術を獲得し、高性能で安価な製品を開発していました。そんな事をしていたから知的財産権の問題で訴えられたり貿易摩擦の原因だと言われていたわけです。
その後 NEC は獲得した半導体技術から Intel CPU の互換ではない独自 CPU の開発を行うわけですが、CPU はあってもそれを動かすための OS がありません。自社 CPU のための OS が必要だというわけで独自で開発を進めていました。V20/30 用の(ITRON OS ではない)リアルタイム OS を出すという発表もしていたのですが、トロンプロジェクトのことを知り、どうせ作るならばと ITRON の研究開発に参加したという流れです(参照: I/O アイ・オー 1985年01月号)。トロンプロジェクトでは仕様が独自で公開されており、メーカーが自由に変更でき、ロイヤリティも不要だったので、NEC にとっては訴訟問題の不安もなくビジネス的にも都合が良かったわけです。ただし CPU に関してはすでに NEC 独自の CPU を作っていたわけで、トロンチップの開発には参加していません。また、トロンチップが32ビット CPU だったのは組込み用 CPU として普及しなかった原因の一つでしょう。高価な高性能な CPU は BTRON や CTRON には向いていると思いますが、組込み用では1990年代前半ぐらいまで、すでに量産化され価格も下がっている16ビット CPU が主流でした(参照)。
そういうわけで、NEC は組み込み用 OS として ITRON 仕様の RX116 を1984年に開発したのですが、ITRON は機械の制御用で人が使うためのインタフェース(コマンドプロンプトやユーティリティ)を持たないのでパソコン用には使えません。NEC は1970年代の終わり頃から8ビットパソコンを開発しており、16ビットパソコンでは1983年(トロンプロジェクト発足前)に MS-DOS を採用しました。成功しているパソコン事業に関しては、トロンプロジェクトはあまり魅力的ではなかったのでしょう。トロンプロジェクトの開始があと数年早ければ、NEC が BTRON の研究開発に関わり、日本のパソコン用 OS の歴史は大きく変わっていたかも知れません。本来であればパソコンに強い NEC が BTRON、家電に強い松下電器が ITRON を担当すべきだったと思いますが、実際にはパソコン市場で遅れを取っていた松下電器が、巻き返しを図るために BTRON に興味を示しました。トロンプロジェクトには多くのメーカーが参加していましたが、その思惑は各社バラバラでした。
マイクロコンピュータに関する調査報告書
トロンプロジェクトは当時に高性能化しつつあった小型のマイクロコンピュータをどのように利用していくかという調査から始まっており、その一つがパソコンとしての利用、もう一つが産業用コンピュータとしての利用でした。
コンピュートピア 1984年5月号 より。西暦は私による追加
独創的なマイクロプロセッサーOS、TRON開発へ
産業用TRON、ビジネス用TRON、家庭用TRONの標準化を目指すTRONとはThe Realtime Operating System Nucleusの略で、産業用機器に組み込むマイクロプロセッサーのOSの独自開発をねらったプロジェクト。将来は産業用からビジネス用、家庭用にまで発展させる計画である。
現在、産業用組み込み型のマイクロプロセッサーのOSは、インテルのRMS86とかモトローラのエグゾマックス、独立系ソフトハウスのMTOS、ザイログのOS等がチップに付随したものとしてバラバラに使われているが、TRONは標準的に統一されたOSとして開発しようとするものである。… 中略 …
このプロジェクトのきっかけとなったのは、坂村氏が主査を勤める(社)日本電子工業振興会のマイクロコンピュータ応用委員会OS分科会での活動である。昭和55、56年頃(1980年、1981年)から、同分科会では産業界におけるマイクロコンピュータの応用の現状調査活動を始め、57年(1982年)には産業界のマイクロコンピュータへの要求調査を経て、58年(1983年)にはマイクロコンピュータ用リアルタイムOSへの要求仕様提出を行った。
こうした一連の活動の中から、ユーザーが求める今日的OSは何かを追求しようと、このプロジェクトはスタートしている。まず産業用TRONから出発
… 中略 …
これを見てもわかるように、当時に米国製の組込み用 OS はすでに存在していましたが、CPU ごとに異なるものでした。それだと使用する CPU 毎に(アセンブリ言語による)プログラミングを学ばなければならず、米国製ですから日本人にとっては英語のドキュメントを読まなければならず情報の入手性も劣るわけです。そこで日本人向けに OS を統一するのが目的だったわけですが、OS を一つ作って CPU の違いは抽象化したハードウェアレイヤーで違う部分だけを吸収して・・・みたいな感じの設計は、当時の CPU では性能不足で、かといってトロンプロジェクトがいくつもある CPU 用に最適化した OS を開発するのも無理なわけで、トロンプロジェクトは OS の API を標準化して実装は各メーカーに任せる形したのでしょう。
さて、先程の引用の中に出てくる「リアルタイムOSへの要求仕様提出」(以下の🚩だと思われる)とは何かについて、調べたい人のためにまとめておきます(というか自分用メモ)。これは昭和の終わり頃から平成の始め頃まで出版されていた、日本電子工業振興協会の「マイクロコンピュータに関する調査報告書」の話だと思われます。
「マイクロコンピュータに関する調査報告書」の一覧(ここをクリック)
太字は TRON の話が多く書いてあるもの
- 1977: 昭和52年3月 動向調査編 マイコン・開発から普及の時代へ
- 1978: 昭和53年3月 動向調査編 マイコン・社会との生活の未来を考える
- 1979: 昭和54年3月 応用動向編 マイコン・多様化への展望を追求する
- 1979: 昭和54年9月 マイコン用BASIC言語の現状と標準化への提言
- 1980: 昭和55年3月 システム応用普及動向編 マイコン・新しいシステムの世界をひらく
- 1982: 昭和57年3月 新システム技術の動向 超LSI時代のマイコンを考える (1)
- 1982: 昭和57年3月 新システム技術の動向 超LSI時代のマイコンを考える (2)
- 1983: 昭和58年3月 高機能マイコンの将来動向・中間報告
-
1984: 昭和59年3月 高機能マイコンの研究開発と応用ガイドライン
- 🚩 第3編 リアルタイム組み込みOS標準化要求仕様 (提出は昭和58年度のはず)
- 1984: 昭和59年3月 スーパー・パーソナルコンピュータ用および制御用高速マイクロプロセッサのアーキテクチャー
- 1985: 昭和60年3月 32ビットマイコン、ゲートアレイ、OSの機能ニーズとその動向
- 1985: 昭和60年3月 委託調査報告書 リアルタイム組み込みOS(Tron)仕様の概要と将来動向
1985年8月12日 トロンとは全く関係のない 日本航空123便墜落事故が起きた日。123便にトロン技術者17人が搭乗していて亡くなったという話を聞いたことがある人がいるかも知れませんが、あれは完全にデマですから。トロン関係者は一人も搭乗していなかったことが当時の新聞や雑誌で明らかになっています。ミサイルで迎撃されたなんて陰謀論もありますが、やっと ITRON 仕様の概要ができた段階で BTRON サブプロジェクトは開始されたばかりなのに、この時点で Windows の脅威になると考えるわけがありません。Windows は1981年に内部的に開発が始まり、1983年にデモが一般公開され、1984年4月発売予定だったものが、遅れて1985年11月20日に発売されました。
-
1986: 昭和61年3月 高位マイクロコンピュータの先端技術およびソフトウェア応用
- マイコン用OS技術の調査 (B-TRON 名前だけ)
-
1987: 昭和62年3月 次世代マイクロコンピュータの先端技術および応用開発等
- MMI(マンマシンインタフェース)設計に必要な配慮(BTRON キーボードの話)
- 1987: 昭和62年3月 Lisp技術に関する調査
- 1988: 昭和63年3月 半導体技術の新展開とその開発動向
-
1988: 昭和63年3月 マイコンソフトウェア生産性、ソフトウェア流通基盤技術、マイコン用OS
- ようやく BTRON の話が増えてきた
-
1988: 昭和63年3月 高位マイコン、マイクロエレクトロニクス応用技術
- 高位マイクロコンピュータの現状と今後の発展に関するインタビュー調査
- 👆️ 各社匿名の ITRON、BTRON、CTRON に関するインタビュー(面白い)
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- 1989: 平成元年3月 マイコンソフトウェア生産性、ソフトウェア流通基盤技術、マイコン用OS
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1989: 平成元年3月 高位マイコン、マイクロエレクトロニクス応用技術
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- BTRON はよくわからない、使われないだろうという意見が多い(未完成だから)
- 以降、1993年(平成5年)まであるが TRON の話はあまり多くない
1984年3月の「リアルタイム組み込みOS標準化要求仕様」の「はじめに」には、トロンプロジェクトを開始することになる理由(下記)が記載されています。
「標準化OS要求仕様提出に至った背景と組み込みOS標準化の意義」(ここをクリック)
70年代に誕生し驚異的な発展を遂げたマイクロコンピュータは80年代に入り成熟期を迎え、さらに発展を続けている。この勢いはしばらくは衰えまい。そしてその進歩とともに応用分野は拡大し、社会のあらゆる方面に浸透しだした。マイクロコンピュータは今や産業社会の基盤、素材、部品となりつつある。特に産業界における利用は著しく、従来機械的に制御されていた分野の多くは、コスト・パフォーマンスの良さを理由にマイクロコンピュータによる制御に置き換えられている。
マイクロコンピュータのためのソフトウェア開発に対する需要は限りなく、大型機の比ではなくなりつつある。マイクロコンピュータを使った制御は従来ハードウェアで行われていた制御をソフトウェアで代行するところに特徴があり、これがハードウェアの汎用化をすすめ、システム全体のコストを引き下げた。しかし一方、ソフトウェア開発の困難さ、開発人口の制限が大きな問題となってきた。
さてマイクロコンピュータ用ソフトウェアの問題を考える場合、問題(分野)は二つに分けることができる。一つは基本ソフトウェアといわれているオペレーティングシステム(OS)、開発言語等に関わるものであり、もう一つはエンドユーザインタフェースに関するものである。ここで問題としたいのは前者の基本ソフトウェア、特にOSである。多くの開発者は、基本OSの上に独自のプログラムを作る。そして産業用、特に機器組み込み用に使われる場合必要なのが、実時間応答可能(リアルタイム)OSである。
応用の広がりとともに、ソフトウェア開発には計算機専門でない電子機器、機械設計等の技術者がかかわる事が多く、今後もその傾向は強まろう。そこでさらにマイクロコンピュータが産業界に広く利用され、ソフトウェア開発の効率化をはかるためには標準化して一本化し教育コストを下げることが最重要課題である。標準化により、教育効果は向上し、開発力を持った人員を増やすことが可能となる。
ところで現在、リアルタイムOSは、ほとんどマシンごとに似てはいるが別々のOSが用いられており、標準化は行われていない。パーソナルコンピュータ用OSでは、MS/DOS、CP/M、そしてUNIXが勢力を争っている。これらはもちろんリアルタイム対応ではない。リアルタイム用では、インテルRMX86、モトローラRMS68Kがあるが、これらはマシン従属である。マシン独立のOSではVRTX、MTOS等があるが、それほど広く使われているものでもない。そこで米国ではMOSI(Microprocessor Operating System Interface)による組み込みOSの標準案がIEEEの委員会で検討されはじめている。それに比べ現在わが国でこれらに相当する仕事は行なわれていなかった。
もしこのまま放置し何もしないでいると、組み込み用、開発用、パーソナルコンピュータ用を問わず基本ソフトウェアはすべて米国製で占められてしまうであろう。現に開発用はUNIXの普及が著しい。もしそうなると米国の動き次第で大きな影響が生ずる。米国製のOSはドキュメントの最新版の入手が難しかったり、バージョンアップに際し対応が遅れる。最悪の場合、最新バージョンの提供停止もあり得る。また、法律上の違いから権利関係のトラブルが後々生ずる可能性も大きい。
つまり先進諸国間の技術開発競争は熾烈をきわめている。特に米国は、最近ソフトウェアの権利について非常に敏感になってきている。大型機のOSは米国製に事実上制覇されてしまったが、そのようになってしまった場合の危険度も周知の事実である。
では標準化は可能なのであろうか。結論からいうと、強力な対抗は存在せず、米国も標準化は途中なので、今わが国で独自に行えば可能である。しかも最高のものが作れる可能性も大である。標準化されていないため、ソフトウェアライブラリ等が少ない。標準化すればソフトウェアライブラリは増え、それが利用を促進させ普及を促す。組み込み、開発、パーソナルコンピュータ用と主流を占めるOSの勝負がついておらず、ソフトウェア資産もあまりない今なら反対も出ず標準化は可能である。逆に今やらなければ大型機OSのようになってしまい手も足も出なくなるだろう。特にパーソナルコンピュータ用OSに関しては、日本語処理が関係するので、日本独自のものがどうしても必要とされている。
そして時節柄、日本独自のソフトウェア構築のための基盤が今ほど求められている時はない。基盤が外国製で、その上にソフトウェアを築いて行くのでは将来に不安が生ずる。そのためにも今標準化をしなければならないし、行動しさえすれば可能ということを今一度再確認すべきなのである。
外部仕様を作るのには、大変な資金がかかる。真の国際協力を考えると日本独自のOSを打ち出して、独自技術を示すことが重要である。日本から出された標準化OSの提案がよいものであれば、広く世界で使われるであろうし、それが技術先進国としてのつとめでもあろう。
このような経緯に基づき(社)日本電子工業振興協会マイクロコンピュータソフトウェア・応用専門委員会のOS分科会(主査・坂村健)では、昭和55、56年に産業界におけるマイクロコンピュータ応用の現状調査を行い、さらに昭和57年から産業界のマイクロコンピュータへの要求を調査し、昭和58年に産業界での利用を中心としてマイクロコンピュータ用リアルタイム組み込みOS標準化にあたっての要求仕様提出に至った。
内容から見ても、トロンプロジェクトの考え方は、この「リアルタイム組み込みOS標準化要求仕様」がベースになっていることがわかります。開発コストを下げるために仕様を作って標準化するという考え方は理解できなくもないですが、その仕様を作るということ自体が開発競争です。標準化して開発競争をやめてしまえば、最初は良いものを作れたとしてもすぐに追い抜かれて当然です。競争すべき仕様づくりを最初に捨てて標準化を目指したのは、組み込み用としては問題なくとも、パソコン用としては大きな失敗だったと言えるでしょう。本来「リアルタイム組み込みOS標準化要求仕様」だったものを、パソコン用に適用したのは間違いでした。1983年の「まだ間に合う」という考えは完成した1990年では「もう遅い」に変わっていました。
ITRON と T-Kernel の違い
基本的には ITRON/μITRON の後継が T-Kernel/μT-Kernel と考えて構いません。トロンフォーラムでも「μITRON から μT-Kernel/T-Kernel への 移行ガイド」を提供しています(μITRON、μT-Kernel はそれぞれ ITRON、T-Kernel よりも制限がきつい機器をターゲットにした派生版)。ただし、1984年からの ITRON が仕様のみの提供だったのに対して、2000年代以降の T-Kernel は公式のリファレンス実装(ソースコード)が提供されているという違いがあります。
- ITRON / μITRON(1984年〜) ・・・ OS の仕様(弱い標準化)
- オープンなのは仕様のみ(オープンアーキテクチャ)
- OS は仕様にしたがって各メーカーが実装(カスタマイズは自由)
- 最初の実装 NEC 製 RX116(V シリーズ CPU 用)は1984年秋に開発、1985年に発売
- 多数の実装がある(2004年時点の ITRON 仕様準拠製品リスト、英語版)
- ほとんどの ITRON 仕様 OS の実装は商用実装(クローズドソース)
- TOPPERS プロジェクトがオープンソース実装を提供(2000年)
- T-Kernel / μT-Kernel(2000年代〜) ・・・ OS の仕様と実装(強い標準化)
- トロンフォーラムがカーネルのリファレンス実装をオープンソースで公開
- T-Kernel: 2002年に仕様とソースコードが初めて公開
- μT-Kernel: 2007年に仕様とソースコードが初めて公開(16ビット CPU 向け)
もともと ITRON は無料で使える OS でもオープンソースでもありませんでした。トロン協議会(のちのトロン協会)の会員(当時は有料かつ企業のみが対象)にサンプル的なソースコードが提供された可能性はありますが、入手方法が限られており「再頒布が自由でなければならない」などのオープンソースの定義を満たしません(だから パソコン用 トロン OS、BTRON のソースコードも出回っていない)。ITRON が無料というのはロイヤリティが不要という意味で、TRON 仕様に準拠した OS を開発しても坂村氏にお金を払う必要がないというだけで、自社で開発する(開発コストがかかる)か、どこかの会社が作った商用実装を買う必要がありました。仕様はただで使えても、OS はただでは使えません。トロンプロジェクトが仕様を作るプロジェクトというのはそういうことです。米国製の組込み用 OS も当時からありましたが、日本では日本語情報の多さから ITRON が多く選択されました(逆に言えば米国では日本語情報が多いことはメリットではなく、英語情報が多い方を選ぶ)。
- オープンアーキテクチャ = OS の仕様が公開され OS を自由に作れる
- オープンソース = OS の実装が公開され OS を自由に使える(無料が一般的)
ITRON の時代は日本ではオープンソースの考え方はまだ一般的でありませんでした。1980年代から1990年代にかけて GNU や Linux などによってオープンソースソフトウェアが普及した後、1990年代の終り頃に組込み Linux(μClinux や BusyBox)が登場して組み込みの世界にもオープンソースの波が訪れました。そして2000年頃に TOPPERS プロジェクトが ITRON のオープンソース実装を開発し、2004年にトロンフォーラム公式で T-Kernel がオープンソースで公開されました。
初期の ITRON サブプロジェクトのロードマップは1984年からの「カーネル仕様の標準化」を第1ステージ、1996年頃からの「周辺仕様まで含めた標準化」を第2ステージと定めていました。2000年代に入り新たに開始された T-Engine プロジェクトでは、1984年から2002年以前を「T0」(ITRON 仕様標準化段階、第1/第2ステージ)、2002年から「T1」(T-Kernel 公開以降)、2011年から「T2」(T-kernel 2.0 公開以降)、2018年以降を「T3」(IEEE 2050-2018 標準化以降)と再定義されたようです。
https://www.tron.org/ja/ieee-milestones/rtos/ より
ITRON 時代を歴史に含めながらも「T0」と呼称していることから、坂村氏は2000年代以前を研究段階と位置づけたいのかもしれません。T-Engine プロジェクト開始から仕切り直して、最初からオープンソースプロジェクトだったかのように坂村氏が言っている(またはインタビューしている人がオープンソースと勘違いして、訂正されずに話が進んでいる)のを見たことがありますが、ITRON はオープンアーキテクチャとして始まり、1984年に最初のメーカー実装が誕生したぐらい古いものです。当時の ITRON 仕様は性能の低い CPU のために組込み用 OS として必要な最小限です。T-Kernel でさえカーネル自身の持つ機能はタスクスケジューリングを中心とするリアルタイム制御機能のみで、ファイル管理やネットワーク通信などを標準機能に含みません。ITRON の小さくて速いという特徴は仕様そのものが小さいためで、実際の性能は各メーカーの実装次第です。ITRON は各メーカーが ITRON 仕様に従って(それぞれの CPU ごとにチューニングを行って)カーネルを開発し、必要に応じて独自の修正を加えて足りない機能は追加するものでした。
各メーカーがそれぞれで同等の OS を開発するのは無駄に思えますが、トロンプロジェクトではいくつものメーカーが同じ仕様の OS を作ることで競争をするものという考え方でした。例えば乾電池や半導体素子のようにさまざまなメーカーが同じ仕様の部品を作り、製造技術で競争するものと考えられていたわけです。これはソフトウェア開発が「製造」だと間違って考えられていた時代の「OS = コンピュータの中の部品」という考え方だと思われます。実際はソフトウェア開発には製造がなく、全てが「設計」であり、OS の開発競争とは仕様策定を含めた競争でした。つまり OS の開発競争には優れた API を作ることが含まれるため、定められた API 仕様どおりの OS を作るだけでは十分な OS 開発競争にならないわけです。とはいえ、組込み用 OS はパソコン用 OS とは違って機械を動かすという最低限の機能さえあれば十分で、コードも短いため開発コストはそれほどかからず、組込み機器メーカーは自分達で自由に使える自社用 OS を持っていることは便利でした。組込みの世界では OS を使わない場合も多いですが、ちょっとした OS が欲しい場合に OS を独自仕様で作るぐらいなら ITRON 仕様を採用すれば自分たちで仕様を考えなくてすむので楽ですよね。仕様を合わせていれば他の何かと組み合わせて使えるかもしれません。当時の日本の組み込み機器メーカーはこぞって ITRON 仕様の OS を作りました。しかしそれも最近のスマホやカーナビのような GUI を備えた大きな組込み機器では ITRON 仕様に含まれない部分が多く必要になるため簡単に開発できるものではなくなりました。そういう場合は組込み Linux や他の OS が選択の候補になってきます。組込み機器だからといってリアルタイム OS でなければならないことはないですからね(数秒間隔で十分なログの記録やモニタ、設定や表示の機械など)。
ITRON は共通の仕様に従って開発するものですが、どの CPU を使うかは自由で独自の機能を追加したり変更しても構いません。そのため各社それぞれの ITRON 仕様の OS で完全な互換性は保証できず、共通で使えるソフトウェア(アプリケーションやミドルウェア)の開発が発展せず、ソフトウェア開発のコストがかかるようになりました。その問題を解決してミドルウェアの流通を促進させようとしたのが T-Engine プロジェクト(T-Engine 自体はハードウェアを含む)で、そのために作られたカーネルが T-Kernel です。複数の CPU に対応する T-Kernel をトロンプロジェクト公式で提供することで互換性問題の改善を目指しています。T-Kernel 自身にも高度な機能は含まれていませんが、ミドルウェアを自分で定義・登録するためのサブシステムを備えています。OS の仕組みが複雑になった分、重くなっており、ITRON よりも高性能なコンピュータが必要ですが、コンピュータの性能向上でカバーできるでしょう。ただし現在 T-Engine プロジェクト自体は終息(?)しており、T-Kernel のみが残っている状態のようです(参考 次世代TRONの「T-Engine」が死しても今なお息づく「μT-Kernel」と「μITRON」)。ITRON と T-Kernel の詳細については「T-Engineって何?)」(TRONWARE Vol.92 からの抜粋)を参照してください。
個人用メモ(国外の情報)
TRON の国際標準規格 IEEE 2050-2018
現在、ITRON の仕様は世界の標準規格になっています。これは正確には μT-Kernel2.0 仕様をベースに IEEE 2050-2018 が策定されたという意味です。「TRON が世界標準になった」とか「世界標準に『認定』された」とか「TRON 大勝利!」とか変なことを言っているのを見かけますが、世界の組み込み用 OS の標準が TRON になったわけではありません。つまり TRON が世界一使われるようになって世界標準の称号を得たとか、世界一使われていると認定されたとか、パソコンで Windows が標準となったように組込みの世界では TRON が標準になったとかいう話ではなく、TRON の仕様を元に IEEE の標準規格が作られたという意味での「TRON が世界的な標準規格になった(変化した)」です。ちなみに IEEE の標準規格とは厳密には正式な「国際標準規格」ではなく、国際的に使われる事実上の(デファクト)標準規格という扱いのようです。正式な標準規格には例えば ISO/IEC がありますが、こちらは各国の標準機関が標準規格を提案するのに対して、IEEE は企業や個人からの標準規格の提案 (PAR: Project Authorization Request) も受け付けています。
坂村氏は IEEE Life Fellow/IEEE Computer Society Golden Core Member です。TRON と IEEE のつながりは1987年頃からと古く、1987年4月号の「IEEE MICRO」誌ではトロンプロジェクトの特集組まれたりしており、TRONWARE Vol.167 の「8・16 µT-Kernel 2.0仕様がIEEE標準に」では次のようなことが書かれています。
TRONプロジェクトとIEEEの関係は古い。坂村教授がIEEE micro誌の編集長を務めたり、TRONシンポジウムの論文集が毎年IEEEから出版されたりするなど、1987年ごろから関係を深めてきた。1998年にはµITRON3.0の仕様書がIEEEから刊行され、TRONの普及をより一層後押しした。2014年のTRONSHOWからはIEEE Consumer Electronics Societyが協賛に加わり、英語による論文セッションの開催が続けられている。
当初より坂村氏は「日本発の標準規格を作って(無償で)世界に広める」ことが目標でしたから、IEEE での採用は目標達成の一つと言えるでしょう。ただし標準規格は認定制度ではありませんから、「ITRON が世界でよく使われているから(デファクト・スタンダードだから)標準規格にしましょう」といって選ばれたわけではありません(私は坂村氏サイドからの提案だと思っていますが PAR に提案者の名前はなく、よくわかりません)。国際的な標準規格になったことでさらに広く使われるようになると想定されますが、IEEE 2050-2018 が普及するかどうかはこれからです。とは言え、2018年からもう8年も経っているわけで、IEEE 2050-2018 はなかなか世界に普及していないように感じます。IEEE 2050-2018 に準拠した製品を作っているのは、トロンフォーラム公式の μT-Kernel 3.0 とその派生版で、日本の会社による製品ぐらいしかないのではないかと思います。
- トロンフォーラム: μT-Kernel 3.0
- IEEE 2050-2018 準拠
- パーソナルメディア: PMC T-Kernel 3.0
- IEEE 2050-2018 とトロンフォーラムの μT-Kernel 3.0 準拠
- ユーシーテクノロジ: UTC μT-Kernel 3.0
- IEEE205-2018 完全上位互換
それにしても名前がややこしいですね。おそらく「μT-Kernel 2.0」みたいにバージョン番号の前にスペースがあるのは、μT-Kernel のバージョン 2.0 という意味で、スペースのない「μT-Kernel2.0」は一つの単語の仕様名(規格名)なのだと思います。そして「μT-Kernel 2.0」の仕様名が「μT-Kernel2.0」というわけです。たぶん。いや、違うかもしれません。よくわかりません。
トロンフォーラム公式の NEWS では次のような発表がありました。なぜか2017年12月18日のおそらく最初の公表の、日本語版記事がありません。元は IEEE の英語の発表なので勝手に翻訳できないとかいう理由でしょうか?
- 2017-12-18
- 英語: IEEE Standards Association (IEEE-SA) and TRON Forum Sign Agreement to Advance IoT Development and Interoperability (訳: IEEE 標準化協会 (IEEE-SA) とトロンフォーラムが IoT 開発と相互運用性を推進するための協定を締結)
- 日本語: みつからない?
- 2018-09-11
上記の2017年12月18日の記事を読む限り、契約的には TRON µT-Kernel 2.0(仕様書) の所有権 (ownership) を IEEE-SA に移譲 (transfers) し、IEEE-SA からトロンフォーラムにその知的財産の使用許諾が提供されるという形のようです。μT-Kernel2.0 の所有権を渡してしまってトロンプロジェクトの今後やライセンスについて気になるかもしれませんが、2017年10月16日発売の TRONWARE Vol.167 では次のように説明しています。
TRONの仕様がIEEE標準に ~IEEEがµT-Kernel仕様の標準規格化手続きを開始~
2017年8月16日、来日したIEEE-SA(Standards Association)のKonstantinos Karachalios氏らとトロンフォーラムの坂村会長との間で会談が行われ、µT-Kernel 2.0の仕様書をIEEEの標準規格として提供する旨の契約書にサインした。今後、IEEEではµT-Kernel 2.0の仕様書に対してIEEEの定める標準規格化の手続きを進め、IEEE版のµT-Kernel 2.0の仕様が策定される予定である。
... 中略 ...
昨今IoTに対する注目が集まっており、関連する技術開発やビジネスも盛んである。このIoTのエッジノード側の制御に有用なリアルタイムOSの一つがTRON系のOSである。一方、IEEEとしては、この分野においても標準規格の策定を進めたいところである。しかし、IEEEといえども、まったく何もないところから新しいリアルタイムOSの仕様を作るのは大変だ。そこで、デファクトスタンダードとして世界的にも実績のあるTRON系のOSをベースに、IEEE標準仕様を作るのはどうかという議論が数年前から起こっていた。このような背景から、IEEEとトロンフォーラムとの間で協力関係を結び、トロンフォーラムの持っているOSの仕様の一部をIEEEに提供して、IEEEとしての標準規格化を進めることになったわけである。
... 中略 ...
µT-Kernel 2.0の仕様書をIEEEに提供したことにより、今後はIEEE版のµT-Kernel 2.0の仕様が策定され、世界の誰もが無償でその仕様を使えるようになる。このような活動はIEEEの主導で行われ、公開後の仕様のメンテナンスやバージョンアップもIEEEが行う。トロンフォーラムはその活動に協力する。
ところで、T-KernelやµT-Kernelはすでに多くのユーザに利用されており、数多くの組込み機器に搭載されている。これらの既存ユーザに対しては、OS仕様のメンテナンスを続けていく必要があるし、新しくT-KernelやµT-Kernelを使ってみようというユーザに対しては、仕様書やソースコードを無償で提供している。TRON系のOSの継続利用や普及促進を図るため、こういったトロンフォーラムの活動は従来どおりに続けていく必要がある。
トロンフォーラムとIEEEとの契約書においては、こういった点にも配慮し、トロンフォーラムによるOSの普及活動がIEEEから何ら制約を受けないことが明文化されている。µT-Kernel 2.0の仕様書の無償公開やソースコードのダウンロード提供といったトロンフォーラムの活動は、今後も従来と同じように継続できる。また、µT-Kernel 2.0の仕様をIEEEに提供した後も、従来と同じように、トロンフォーラムが主体となり責任を持ってµT-Kernel 2.0のメンテナンスやバージョンアップを続けていく。従来からのT-KernelやµT-Kernelのユーザは、従来と同じ条件(T-Licenseなど)でOSの利用を継続できるのはもちろん、将来の展開についても、これまでどおりトロンフォーラムの活動の成果を期待し、その成果を活用していくことが可能である。そのうえで、世界標準として公式に認められたIEEE仕様との連携といったメリットが加わる。
ということで、IEEE 2050-2018 という標準規格になったとしても、トロンフォーラムによる OS の普及活動が IEEE から何ら制約を受けることはなく、仕様書の無償公開やソースコードのダウンロード提供は続けられるそうなので安心ですね。というか、IEEE に渡したのは μT-Kernel 2.0 の仕様書なので、μT-Kernel 2.0 の実装(ソースコード)には関係ありません。懸念点は μT-Kernel 2.0 の仕様書の無償公開が続くのかどうかですが、上記に書いてあるように続くようです。
さて、改めて何が標準規格になったのかと言うと、ベースは μT-Kernel2.0 であって T-Kernel ではありません。つまりCPU が16ビットであるとか、MMU(メモリ管理ユニット)を持たない、制限のきつい組み込みシステムのための仕様だということです。IEEE 2050-2018 の標準規格のページにもこう書かれています。
- IEEE Standard for a Real-Time Operating System (RTOS) for Small-Scale Embedded Systems
- 小規模組込みシステム向けリアルタイムオペレーティングシステム(RTOS)の IEEE 標準
IEEE の標準規格には、他に OS の標準規格として有名な POSIX (IEEE 1003.1-2024) があります。POSIX は IEEE だけではなく ISO/IEC 9945 としても標準化されており正式な国際標準規格です。POSIX は macOS や IBM の AIX が(Single UNIX Specification 経由で)準拠している他、Linux も認定は受けていないもののほぼ準拠しており、Linux/Unix 系 OS の標準規格となっています。坂村氏も間違ったことを言っていますが、Linux/Unix は POSIX というベースのコア OS の上に作られているわけではありません。Linux/Unix に組み込まれた共通の API の仕様を元に策定しているのが POSIX です。POSIX も仕様はインタフェースのみで、実装をどうするかは決まっていないので、ITRON と似たようなものです。
POSIX と TRON はどちらも OS の仕様ですが成り立ちに大きな違いがあります。POSIX の場合、まず最初に動作する Unix がありました。Unix は元は AT&T ベル研究所が開発した OS ですが、1970年代から1980年代の間、独占禁止法上の理由で AT&T が OS 開発ビジネスに参入できず、Unix は事実上のオープンソースとして企業や大学などに格安で配布されました。多くの会社が Unix のソースコードを元に独自の Unix を開発したことで互換性が低くなり、ソフトウェア会社は「アプリケーションの移植」に苦しむようになりました。その問題を解決するために作られたのが POSIX です。POSIX の場合は多くの Unix が開発されて実際の問題が発生してから、Unix の仕様から標準規格が作られました。それに対して TRON の場合はなにもない所に仕様を作ることから始めました。そのため仕様があっても、その仕様を利用した OS が作られるかどうかはわからないという状況で、ITRON は日本の多くの会社で採用されましたが、BTRON を採用した会社は限られました。Unix とは違い BTRON には利用可能なソースコードがなく、メーカーが一から作らなければならなったというのも大きな原因でしょう。Unix は移植性を第一に考えていましたが、TRON は性能重視で特定の CPU に最適化するものだったため移植性が低く、小さなソースコードですむ ITRON はうまくいきましたが、BTRON はうまくいきませんでした。
坂村氏は POSIX を情報処理用で組み込み用としては使えないとか言ってるので、知らないのかもしれませんが(そんなはずはないと思うんですがねぇ)、POSIX にも組込み用の仕様「POSIX.13 (IEEE 1003.13)」があります。これは正確には POSIX でリアルタイムアプリケーションをサポートするためのプロファイル(API のサブセット)を定義したもので1998年に策定されました。
- PSE51:最小構成(単一プロセス・マルチスレッド)
- PSE52:PSE51 + ファイルシステム
- PSE53:PSE51 + プロセス + メモリ保護
- PSE54:フル機能(上記すべて)
POSIX は移植可能なアプリケーションが利用できる API の仕様を定義したものに過ぎないので、リアルタイム OS が作れるかどうかは実装次第です。とは言え POSIX は元々リアルタイム OS ではない Unix の仕様から生まれており、リアルタイム OS としてはサポートしにくい API を持っています。そこでそれらを減らしてリアルタイム OS を作りやすくしたのが API のサブセットであるプロファイルというわけです。仕様的にはざっくりですが、PSE51 と IEEE 2050-2018 が同じような対象範囲に見えます。実際の POSIX.13 準拠 OS には PSE52 までの対応が多いようです。Linux/Unix 用のソフトウェアを利用したい組込みシステムの場合は POSIX.13 (IEEE 1003.13)、制限のきつい小規模な組込みシステムの場合は IEEE 2050-2018 という使い分けで考えるとよいかも知れません。ただし POSIX と IEEE 2050-2018 の重要な違いは、POSIX はアプリケーションを移植するためのものでシステム的な API は規定していないという点です。焦点はアプリケーションの移植であり OS を作ることではありません。一方で IEEE 2050-2018 は OS を作るためのものなので、そういう意味では全く性質が違うものと言えます。
TRONWARE Vol.175 によると、IEEE 2050-2018 は異例の速さで標準化されたそうです。その理由は「意見が分かれず、通常は何回も行う投票が2回で済んだからだ」「µT-Kernel 2.0の品質の完成度と利用実績が、高く評価されたのだ」とのことですが、私は μT-Kernel2.0 準拠の OS の実装がトロンフォーラムの公式版とその派生版しかなく大きな議論が無かったからではないかと考えています。もちろん µT-Kernel2.0 の仕様書は ITRON からの継承で十分高い品質と完成度を持っていたと思いますが、POSIX では元は互換性が低くなっていた各 Unix の仕様を標準化するわけで、利害関係者が多いほど仕様の標準化には時間がかかるでしょう。µT-Kernel 2.0 は 2013年に公開されたものトロンフォーラムがリファレンス実装を提供しており、実装が分離しないように管理していたため「その仕様に反対意見がないのであれば問題ない」で進んだものと考えられます。ITRON ならまだしも µT-Kernel 2.0 の利用実績が多いとは思えないわけで、私は「利用実績が高く評価された」の部分には懐疑的なわけです。
IoTや「どこでもコンピュータ」との関係
あらゆる機械にコンピュータが組み込まれ、それらがネットワークでつながるという考えは、1984年のトロンプロジェクト発足以前からありました。機械を制御することが目的の組込み機器にとってネットワークは必須ではありませんが、工場に制御コンピュータがあれば、それらをネットワークでつなげて全体を強調して動かすという考えは自然な発想です。おそらく記録に残っていないだけで当時に思いついた人は何人もいたはずです。
最初の IoT デバイスと言われているものは、1982年に稼働した改造されたコーラの自販機です。カーネギーメロン大学コンピューター・サイエンス学部の大学院生だった David Nichols 氏によって、冷えたコーラを飲みたいために発明されました。最終的に自販機は、インターネットの前身となる ARPANET に接続され、finger coke@cmua と入力するだけで誰でも自販機にコーラが入っていて冷えているかがわかるようになったそうです。
インターネットの先駆けとなる ARPANET は1969年から始まりました。よく間違えられていますが、ARPANET は軍事目的や軍事用のネットワークとして開発されたわけではありません。ARPANET は研究プロジェクトとして始まり、特定のコンピュータに依存しないプロトコル(初期は NCP)によって、1970年代初頭にさまざまな種類のコンピュータが ARPANET に接続されるようになりました。ARPANET で使用するプロトコルは 1983年に NCP から TCP/IP への移行し、日本でも起源とされる JUNET が1984年にはありました。
Internet of things(モノのインターネット)というコンセプトと用語は、Peter T. Lewis によって1985年頃に誕生したようです(参照 wikipedia - Internet of things)。モノは必ずしも公共のインターネットに接続しなければならないわけではなく閉じたネットワークで十分なわけで、IoT という名前は正しくないとも言われていますが、おそらく当時の研究者たちにとって標準的なネットワークがインターネットだったのでしょう。
The concept of the "Internet of things" and the term itself first appeared in a speech by Peter T. Lewis to the Congressional Black Caucus Foundation 15th Annual Legislative Weekend in Washington, D.C., published in September 1985. According to Lewis, "The Internet of Things, or IoT, is the integration of people, processes, and technology with connectable devices and sensors to enable remote monitoring, status, manipulation, and evaluation of trends of such devices."[27]
その後、1991年に Mark Weiser が論文で Ubiquitous Computing(ユビキタスコンピューティング) を提唱し、Internet of things (Internet for things) という用語は1999年頃に Kevin Ashton によって独立に改めて作られたようです。
The term "Internet of things" was coined independently by Kevin Ashton of Procter & Gamble, later of Massachusetts Institute of Technology's Auto-ID Center, in 1999,[28] despite preferring the phrase "Internet for things."[29] At that point, he considered radio-frequency identification (RFID) an essential component of the Internet of things,[30] as it would effectively enable computers to manage all individual things.[31][32][33] The primary defining characteristic of the Internet of things has been considered its ability to embed short-range mobile transceivers in various gadgets and daily necessities, enabling new forms of communication between people and things, as well as between things themselves.[34]
トロンプロジェクトがネットワークをどのように考えていたのかいまいち不明ですが、ネットワークはつながればいいので具体的な実装をどうするかについては決めていなかったのではないかと思います。ただし TCP/IP など既存のプロトコルはリアルタイム性がないという理由で批判的で、μITRON バスや μBTRON バスなどを考えているということが1998年5月29日発売の TRONWARE Vol.51 に記載されています。
現在、ITRON は「どこでもコンピュータ」とか IoT (Internet of Things) の分野で語られることがありますが、当初の計画ではインターネットという広大な一つのネットワークに接続するのではなく、当時の既存の他のネットワーク(1970年代の分散制御システム)とは違い、「多数のコンピュータがつながること」を前提とした住宅やビルなどから始まる局所的なネットワークが想定されていたはずです(TRON電脳住宅など)。それを1988年頃より超機能分散システム (HFDS: Highly Functionally Distributed System)と呼んでおり、その実現に最終的に重要な鍵になると位置づけられたのが、構想で終わった MTRON でした(参照「TRONプロジェクト 1987~1988」17ページ)。ちなみに MTRON の仕様の一部にはネットワークの通信規約なども含まれていたようです(参照「TRONからの発想」)。
あらゆる機械にコンピュータが組み込まれてネットワークでつながるというコンセプト、つまり先駆けとなる「IoT (Internet of things)」や「ユビキタス・コンピューティング」の概念を、トロンプロジェクトでは1993年頃から「どこでもコンピュータ」と言い換えるようになったようです(参照 「TRONWARE Vol.23」1993年9月30日発売、「bit 1993年12月号」 - 電脳文化論 どこでもコンピュータ)。これは多数のコンピュータがつながる構想から、インターネット時代の到来による、どこでもつながる構想へのシフトと言えるでしょう。トロンプロジェクトの構想は IoT に近い概念を早い段階に構想していたため、坂村氏は日本で「IoT の父」などと呼ばれていたりするようです(が、別に坂村氏が IoT、「モノのインターネット」を生み出したわけではありません)。
アンケートに関する前提と参考資料
ここでは、アンケート結果の分析を開始するに当たっての、前提の話をいくつかまとめています。
組込み用OSのシェアは調べられない
まず、大前提として組込み用 OS の本当のシェアは調べることができません。なぜならメーカーは組込み機器の内部技術を公開しようとしないからです。企業秘密ですし公開しなくて構わないのですが、いくつか公開された採用事例(トロンフォーラムより)があったとしても、圧倒的多数は非公開なのでどうやっても調べられません。プリンタやカーナビの一部の機種や一部の部品で使われていることが判明したとしても、すべてのプリンタやカーナビで使われていることにはなりません。余談ですが、多分トロンフォーラムの採用事例、2000年代から2010年代中頃までのものばかりで更新されていないような気がします。「トロンはよく使われてるんだ!」って言いたい人はここから採用事例の登録ができるので登録してはいかがでしょうか?
パソコンでは使用している OS を公開するのが普通です。これはパソコン用 OS がアプリケーションを動かすためのプラットフォームであり、ユーザーが自分のパソコンで動くアプリケーションを入手して使うには、OS が何かを知らなければならないからです。しかし、組込み用 OS の場合、それが組み込まれた機械が動けばよいため、ユーザー(機械の購入者)にどの OS を使っているかを公開する必要がありません。公開する必要がないのであれば秘密のままにしておきたいというのは当然でしょう。
組込み用 OS のシェアは調べようがないため、トロンフォーラムはわずか100人程度のアンケート結果から推測せざるを得ないわけです。組込み用 OS の本当のシェアを調べることはできませんが、トロンフォーラムと同じようにアンケートを行うか関連企業への調査を行うことである程度推測は可能でしょう。トロンフォーラムは毎年のように高いシェアを維持していると公表しています。しかし、国外の調査結果(後述)では TRON OS のシェアは少なく、名前すら登場しないのが大半です。トロンフォーラムが公表したアンケート結果だけが、他とは大きく異なる傾向を示しています。このような明らかに不自然な結果について理由を調べる必要があります。
国外の調査結果ではシェア1%⁉️
国外の調査では ITRON のシェアは1%しかないというものまであります。ITRON は以下の右のグラフでシェアが多い方から34番目(上から8番目)にあります。ちなみににパーセンテージの数値はグラフの幅を測定して算出しました。合計で100%を超えるので計測方法に違いがあることに注意してください。
Embedded Systems Survey 2025: Insights and Trends PREPARED BY: Maurizio Di Paolo Emilio, Ph.D Editor Embedded.com
項目名が「ITRON (Japan)」となっているのが皮肉ですね。日本とわざわざ書かないといけないほど国外では知られていないのでしょう。もちろん、これもまた一つの調査結果でしかないのはそのとおりで、データに偏りがある可能性はあります。ただし調査報告書には全体で424の回答があり、EMEA(ヨーロッパ、中東、アフリカなど)が46%、Americas が40%、APAC(アジア太平洋。日本、中国、米国、ロシアなど)が14%と、世界レベルの調査であることが示されています。日本の組込み関係のイベント会場での調査とはスケールが全く違います。RTOS 以外も含まれていますが、組込み用として使う OS は RTOS だけとは限らず、トロンフォーラムの調査でも RTOS に限定していません。
Only include non-RTOS operating systems that you embed into your projects.
左側に書いてあるこの文章が気になったのですが、私はこれを「RTOS でないOS(Linux など)は、組み込みシステムに組込んだもののみを含めてください」と解釈しています。最初、「あなたのプロジェクトで組込んだ、RTOS ではない OS のみを含めてください」という意味なのかと思いましたが、組込み関係の調査で RTOS を含めないのはおかしいですし、「Please select」ということは RTOS を含む選択肢が用意されてたはずですし、RTOS の名前が結果に含まれています。英語は難しいです。
調査結果の多くは購入しなければならず詳細を知るのが難しいのですが、断片的に見つかるもの(eclipse.org とか こことか ここ とか)を見る限りどれも TRON (ITRON) が名前すら出てきません。何らかの理由で選択候補に含まれていないのか? とか理由を色々考えたのですがようやく ITRON が含まれるデータを見つけたのが、先の Embedded.com (ASPENCORE) のものです。どうやら ITRON の国外シェアは少なすぎてグラフに現れにくいということでよさそうです。先程の 2025年版の PDF をダウンロードするには個人情報の入力が必要(こっちだったかも?)ですが、限定された情報、または過去の情報であればウェブからみられます。
-
embedded survey 2023: more IP reuse as workloads surge
- 組込みLinuxとFreeRTOSがトップを占めている
- PDF のダウンロード (Internet Archive)
- 2019 Embedded Markets Study reflects emerging technologies, continued C/C++ dominance
- 2017 Embedded Market Survey
- Linux strong, Android surging says embedded survey (LinuxGizmos, May 29, 2013)
日本の組込み関係の有名サイト MONOist でも同じ情報源をソースとして、過去の履歴をまとめていたので紹介します。「リアルタイムOS列伝(1)- リアルタイムOSとは何か、ここ最近10年の動向を概説する」より
以下は Eclipse Foundation による調査結果です。
2025 Eclipse IoT and Embedded Developer Survey Report
国外の調査報告を探すのにあたり、以下のブログを参考にさせていただきました。大変助かりました。ありがとうございます。
アラフィフ フリーランスエンジニア(予定) ヤーマンのブログ
国産OS「TRON」の奇跡 Vol.2「組み込みを知らない有識者たち」
こちらでは他にも国外の情報が記載されています。また 国産OS「TRON」の奇跡 に TRON 関する記事をいくつか執筆されています。私のクソ長い記事よりもはるかに簡潔にまとめられているので、ぜひこちらも読んでみてください。
補足ですが、別の2003年頃の国外企業による調査では、ITRON の日本の組込みOS市場でシェア38.6%(OS を使用しないものを含む)とするものが見つかりました。
左: 日経 XTECH - TRONで動くWindowsCEが登場 より、右: TRONWARE Vol.86
写真5●モンタビスタのレディ社長が示した日本の組込みOS市場シェア。ITRONが38.6%、Linuxが10.9%で、両者を合わせるとほぼ半分を占める。Windows CEは2.8%に過ぎない
他に、(2019年公開の動画に含まれた)2016年のスライドらしきにページに、次のようなことが書かれています。(元スライドはどこかにないのかしら?)
- マイコンの95%は組込み機器に使われている
- 日本では約60%がTRON仕様OS
- 全世界では約30%程がTRON仕様OS
以上から、「日本のシェアが60%の時、世界は約30%ほど」と坂村氏が主張していたことがわかります。日本のシェアの根拠はおそらくトロンフォーラムのアンケートからだと思いますが、アンケートでは「OSを使用していないシェアを省いている」 ことに注意してください(つまり95%の組込み用途のマイコンの60%にTRON仕様OSが搭載されているわけではなく、OSを使用していないマイコンもたくさんある)。全世界のシェアがどうやって算出されたのかはわかりませんが、普通に考えて日本と世界とでシェアが同じってことは考えらませんよね。しかも、その60%という数字の根拠が実は日本の技術者の数だったというのがこの記事の内容です。それにしても、このときには日本と世界のシェアの違いを認識していたのに、いつから日本の話を世界にそのまま当てはめるようになったのでしょうか。もし ITRON の現在の世界シェアが実は1%だったとしたら、シェアでも Windows に負けている可能性すらあります。
国外の記事で ITRON が最も人気であると書いてあるものに、2003年の Linux Insider の記事「The Most Popular Operating System in the World(世界で最も人気があるオペレーティングシステム)」があるのですが(いくつかの記事がこれを参照している)、内容がトロンフォーラムの受け売りで、日本で流布している神話(例のスーパー301条の話など)が含まれていたりしていかにも宣伝チックです。まあ、この記事は参考になりません。なぜなら記事のコメント(下記の引用)の「人気OSのデータランキングはありますか? どうやって ITRON が最も人気があると判断したのですか? 最も多くのデバイスで使われているのか?最も多くの開発者によって使われているのか?どっちの意味ですか?」という質問に何も答えていないからです。記事の根拠は不明のまま明らかにされていません。補足ですが著者の Jan Krikke は IEEE のサイト (ieeexplore.ieee.org) で2005年に「T-Engine: Japan’s Ubiquitous Computing Architecture Is Ready for Prime Time」という記事も書いています。正直なんのために書いたのかよくわかりませんが、たまたま当時に知ったことを十分な検証なしに書かれた記事のように感じます。
Is there data ranking the most popular OSes that you can share with us? Or, how did you determine that ITRON was the most popular? And, does that mean "used in the most devices," or "used by the most developers?"
Thanks for these clarifications.
アンケート結果に感じる違和感
トロンフォーラムやあちこちのウェブサイトでは、60%のことを「TRON OS のシェア」のように書いていますが、繰り返しますが、これは OS のシェアではありません。記事にしっかりと書かれていますが、これは「システムに組み込んだ OS の API」のシェアです。といわれても、どういう意味かわかりませんよね? これがどういう意味であるかをこの記事で明らかにしています。
2024年度のアンケート実施日時は、EdgeTech+ 2024 が開催された 2024年11月20日(水)~22日(金)の3日間です。過去のおそらくすべてのアンケート期間はイベントが開催された3日間が対象だと思いますが、2025年度(記事執筆時点ではまだ未公開)のようにアンケート受付ページがインターネットで公開され(参考)、回答受付期間が2025年11月17日~12月12日と長い場合があるため、回答者数への影響に気をつけないければいけない場合があるかもしれません。
上記のグラフには世界的に有名な組込み用 OS である FreeRTOS、VxWorks、QNX、Zephyr、AzureRTOS (ThreadX) などの名前がありません。OS の API ということなので「POSIX または UNIX 系 API」や「その他の API」にまとめているのだろうということはわかりますが、TRON 系 OS だけ細かく種類が分かれているのはフェアとは思えません。「T-Kernel 2.0 仕様 API」「μT-Kernel 2.0 仕様 API」「ITRON 仕様 API」「μT-Kernel 3.0 仕様 API」「MP T-Kernel 仕様 API」「IEEE 2050-2018 仕様 API」「その他の TRON 仕様 API」の7つをまとめて「TRON 系 仕様 API」にすべきではないのでしょうか? どの TRON 仕様を使っているか知りたいなら、もう一つ設問を追加して「TRON 仕様を使っている人にお聞きします。どの TRON 仕様・バージョンを使っていますか?」と聞けばよいはずです。
このグラフが適切かどうかはアンケートの質問内容に依存します。仮定の話をしますが、一般論として TRON を扱う会社では複数の TRON 系 仕様 API を使うでしょう。昔の製品は「ITRON 仕様 API」を使っていたけれども、最近の製品では新しい「μT-Kernel 3.0 仕様 API」を使っているなどです。製品によっては POSIX API を使っている場合もあるでしょう。グラフにあるように、回答は「複数回答可」 なので、TRON 系仕様 API は一人で最大7つ選択できるのに対して、POSIX 系 API は複数の POSIX 準拠 OS を使っていたとしても1つしか選択できないことになります。これだと TRON 系 API だけが有利になるはずです。
一番気になるのは「有効回答数 112」で、少なすぎるというのはすでに説明したとおりですが、なぜアンケートの回答者数は107人(有効回答数99人)なのに、有効回答数はそれを超えてるのでしょうか? 複数回答だからと思いますが普通はそれを有効回答数とは言いませんよね? これが回答人数ではなく回答数ということであれば複数回答した人(複数の TRON 系 API を選択した人)が5人(有効回答者数基準だと13人)程度いることになり、TRON 系仕様 API は5%(同、13%)ぐらい水増しになっている可能性があります。
他にも「POSIX または UNIX 系 API」には Linux (Android、スマートフォン) や Apple の iOS は含まれているのでしょうか? 未だに「MS-DOS または DOS 互換の API」を使っているところが1%もあるのだろうか?という疑問もありましたが、有効回答数112件の1%は1件なので、一人ぐらいは古い機械のメンテナンスで MS-DOS(というより互換?)API を使っていても不思議はないでしょう。
このように「26回連続で TRON 系 OS のシェアがトップ」であると輝かしいことを言っていますが、発表資料では詳細がわからず不自然な点がいくつもあるため、私はこれを額面通りに受け取りません。データを見る時、「実数を見たら割合を疑え、割合を見たら実数を疑え」みたいな言葉がありますが、まさにその通りで回答数が少ないため、割合はちょっとの小細工で簡単に増やしてしまえます。私がアンケート結果に疑問を持ったのは、こういったことからです。
全26回のアンケート調査結果の情報源
トロンフォーラムのアンケート結果(組込みシステムにおけるリアルタイムOSの利用動向に関するアンケート調査報告書)は、2013年度以降、トロンフォーラムが法人向けに販売している商品です。中身は賞味20ページ程度だと思われますが、価格は安い「購入部署限定版」で10万円(+税)もする上に法人しか買えません。情報の価値はページ数で決まるわけではありませんし、何事もお金儲けは重要なので無料で公開しろとも言いませんが、正直言って買う気にはなれません。図書館などにないか調べましたが探した限り見つかりませんでした。「トロンフォーラム資料利用規約」によると不特定の人が閲覧することを目的とした図書館・資料館などが購入する場合には、別に定める利用規約(内容は不明)があるようです。トロンフォーラムの会員には公開しているようですが個人会員には公開されていないようです(参照)。要するにもっとよく調べろと言われても私にできるのはここまでです。この記事の内容に反論がある人は、もっと良い記事を書いてください。トロンフォーラムの会員企業であれば、簡単に情報が得られるのではないでしょうか。ただし、先の「トロンフォーラム資料利用規約」よると「転載や引用は事前に申請し、承諾を得た場合に限る」ようなことが書いてあるので注意して下さい。著作権法で認められた範囲であれば、申請なしに引用は可能なはずですがねぇ。
2013年より前のアンケート結果の詳細は過去にウェブで不特定の人に公開されており、今もかろうじて入手可能なので、私はそれのみを参照しています。独自で調査したい人のためにリンクなどの情報源をまとめました。2012年度版と2013年度版はリンク切れで見つからなかったので、2011年度版が現時点で入手可能な最新の詳細なアンケート結果となります。15年以上前の情報を参照しているので、現状とは違う可能性に留意してください。本記事で行っているのは現在のシェアがどうなっているかではなく、アンケート結果が妥当なものであるか、どのように解釈すべきかの検証です。
| 回目 | 年度 | ソース | 設問 |
|---|---|---|---|
| 1 - 5回目 | 1996年度から2000年度 | ertl.jp(下記と同等) | あり? |
| 1 - 5回目 | 1996年度から2000年度 | assoc.tron.org (Internet Archive) | あり? |
| 6 - 13回目 | 2001年度から2008年度 | assoc.tron.org (Internet Archive) | PDF に含む |
| 14 - 16回目 | 2009年度から2011年度 | t-engine.org (Internet Archive) | PDF に含む |
| 17 - 18回目 | 2012年度から2013年度 | 同上、リンク切れ | |
| 19回目 | 2014年度 (発表資料) | tron.org (詳細は非公開) | |
| 20回目 | 2015年度 (発表資料) | tron.org (詳細は非公開) | エラー |
| 21回目 | 2016年度 (発表資料) | tron.org (詳細は非公開) | エラー |
| 22回目 | 2017年度 (発表資料) | tron.org (詳細は非公開) | エラー |
| 23回目 | 2018年度 (発表資料) | tron.org (詳細は非公開) | 設問ページ |
| 24回目 | 2019年度 (発表資料) | tron.org (詳細は非公開) | 設問ページ |
| 2021年度(公開なし?) | 設問ページ | ||
| 25回目 | 2023年度 (発表資料) | tron.org (詳細は非公開) | 設問ページ |
| 26回目 | 2024年度 (発表資料) | tron.org (詳細は非公開) | 設問ページ |
| 27回目 | 2025年度(まだ未発表) | 設問ページ |
24回目と25回目の間で年度が飛んでいるのはアンケート調査が行われていないためです。コロナ禍でイベントがオンラインで行われたためと思われます。2021年度はインターネット調査が行われた形跡はあるのですが、n回目の回数には含まれていないようで、アンケート調査報告書も販売されてないので、おそらく調査方法の違いで結果に大きな違いがあったためキャンセルされたのでしょう。2008年版は(回答プログラムの不具合により?)ダイジェスト版しかなさそうです。
この他に、雑誌 TRONWARE にて、いくつかアンケート結果の概要が載っていますが、発表資料よりは細かいですが詳細ではありません。なお、Vol.100 には Vol.1 - Vol.100 の PDF 版が付属しており、Vol.200 を買うと Vol.101 - Vol.200 の主要な記事がオンラインで読めるので、1冊ずつ買う必要はありません。2009年度から2011年度までは詳細がわかりますし、2017年度は比較的新しいですが、それほど詳しい内容でもないのでそれほど参考にはならないと思います。Vol.201 以降から、本記事執筆時点で最新の Vol.217(2026年2月16日発売)の間にアンケート結果はなさそうです。
- TRONWARE Vol.123 14回目(2009年度)
- TRONWARE Vol.128 15回目(2010年度)
- TRONWARE Vol.135 16回目(2011年度)
- TRONWARE Vol.140 17回目(2012年度)
- TRONWARE Vol.170 22回目(2017年度)
ちなみに、このアンケートは組込み関係の日本のイベント「EdgeTech+」とその前身である「MST(マイコンシステム&ツールフェア)」と「Embedded Technology」で行われたものです。過去のイベントサイトも(来場者数の調査のために)調べており、URL を後述しています。
- MST: MST98、MST99、MST2000、MST2001
- Embedded Technology: 2002 - 2014
- Embedded Technology / IoT Technology: 2015 - 2021
- EdgeTech+: 2022 - 2025(継続中)
経済産業省の調査報告書
補助として、経済産業省が(過去に公開していた?)「組込みソフトウェア産業実態調査報告書について」を参照しています。
組込みソフトウェア産業実態調査は、経済産業省が我が国の組込みソフトウェア産業の実態を把握するために、組込みソフトウェアに係る全ての企業を対象として、2003年度より毎年行っているものです。
本調査結果を集計した統計情報は、経済産業省の組込みソフトウェアに係る産業政策の立案や、我が国産業の国際競争力強化政策立案のための基礎資料となります。
この調査報告書は2004年度版から2010年度版まであり、「プロジェクト責任者向け調査報告書」中に「製品に搭載しているOS」が含まれています。トロンフォーラムによる個人へのアンケートとは異なり各業界団体の会員企業に調査票を送付して調査したものなので、偏りが小さく回答数も多く信頼性はより高いと考えられます。2011年以降のデータが見つからない(ない?)のが残念です。こちらも15年以上前のデータなので現状には当てはまらないと思いますが、トロンフォーラムのアンケート結果との傾向の違いについて参考になるでしょう。ちなみに IPA でも組込み関連の調査を行っているようです(経済産業省を引き継いだもの?)が、OS に関するデータは含まれていないようです。
OSのシェアの定義
OS のシェアの定義には大きく2つが考えられます。一つは使用されている製品台数ベースで、もう一つは採用事例ベースです。例えば TRON の採用事例の一つに小惑星探査機「はやぶさ」がありますが、「はやぶさ」は何万台もを生産するわけではないので製品台数としては少なくなります。もう一つの採用事例に Nintendo Switch のジョイコンがありますが、こちらは Nintendo Switch の販売台数 1億5000万台から少なくともそれ以上で、多人数プレイのために単体で売られており左右を別に計算すれば2倍になるので、製品台数は数億台にのぼるでしょう。どちらも採用事例としては1つですが製品台数は大きく違います。
TRON は世界中で数十億台もの製品や機器で使われていると主張していますし、OS のシェアは製品台数ベースで考えるのが妥当だと思います。しかし製品台数ベースで考えると TRON OS が採用されている組込み機器の数は多くても、実際に TRON OS を扱う機会は少ないことも考えられます。つまり TRON OS の API を扱う開発者のほとんどが日本人で、TRON OS が組み込まれた製品や部品が世界中に輸出されて多く使われている場合、日本人にしか知られていない TRON OS が世界中で密かに使われているというのはあり得るということです。これは TRON OS が組み込まれている機器が多くても TRON OS を扱ったことのある組込みエンジニアは少ないかもしれない という意味でもあります。もちろんこの話は TRON OS に限った話ではありません。例えば Android スマホのシェアが多くても出荷台数から Android OS の API を扱う開発者の数は算出できませんし、その逆で Android OS の API を扱う開発者の数から Android スマホのシェアも算出できません。
かつて日本独自の携帯電話(ガラケー)では TRON OS が使われていたそうです。詳細は明らかにされていないようですが、おそらく各メーカーがそれぞれで開発した自分たちの TRON OS を使っていたのだと思われます。現在ではスマホに置き換わっており、OS には Android や iOS が使われています。それならその分 TRON OS のシェアは減っていないとおかしいですよね? ただし、スマホで TRON OS が使われていないかと言ったらそうとは限らず、例えば内部のカメラの制御などに使われている(らしい)です。では仮にすべてのスマホのカメラの制御に TRON OS が使われたとして TRON OS のシェアは100%になるでしょうか? 言うまでもありませんが、なりません。なぜならスマホには TRON OS とは別に Android や iOS が使われているからです(一つの機器に組み込まれた OS が1つとは限らない)。また、カメラ以外の部品には別の OS が使われている可能性もあります。つまり何が言いたいかというと、例えばスマホが100億台あって、その全てのカメラ100億個に TRON OS が組み込まれていても、TRON OS のシェアは100%にはならないということです。これは世界の組み込み機器の60%に TRON OS が使われていても、TRON OS のシェアは60%にならないという意味です。
TRON OS が使われている事例だけを集めても、他の OS がどれくらい使われているのかわからなければシェアは算出できません。しかし、それはだいたい企業秘密なのでわかりません。また、OS を使わない製品や部品もあります。例えばある会社で組込み用 OS として TRON OS のみを使っていると聞いて入社したのに、実際の仕事では TRON OS どころか OS をほとんど使わないということも考えられるわけです。それにシェアが少なかったとしても小惑星探査機「はやぶさ」に使われているというのは凄いことですよね? まあ、実際の OS を開発したのは NEC なんですが。それでも坂村氏の仕様から OS は生まれているわけでシェアが少なくともやっぱり凄いわけです。なので、TRON OS のシェア(採用数)が多いとか少ないとか、だからなんなんだ? という話です。
アンケート結果の分析
ここより、トロンフォーラムの「組込みシステムにおけるリアルタイムOSの利用動向に関するアンケート調査報告書」の内容を詳しく見ていきます。なお、調査報告書のタイトルでは「リアルタイム OS」となっていますが、実際にはトロンフォーラムが用意した選択項目にはリアルタイム OS (RTOS) 以外も含まれており、実際には RTOS 限定ではありません。なのでタイトルも長いですし、「組込みシステムにおける OS の利用動向に関するアンケート調査報告書」とすれば良いと思うのですがね。
組込みシステムに組み込んだOS
発表資料で公表しているのは「組み込んだ OS の API」ですが、実はそれとは別に「組込みシステムに組み込んだ OS」の項目があります。OS のシェアと言ったらむしろこちらのはずなのですが、なぜ別の項目を OS のシェアとして公表しているのでしょうね? トロンプロジェクトがもともと仕様を作成するプロジェクトだから?
最近のアンケート結果の詳細は公開されていないため、現在もインターネットから閲覧可能である 2011 年度のアンケート結果 から引用します(後述しますが2023年以降、設問内容が微妙に変化しているので注意してください)。
「組込みシステムに組み込んだ OS」の ITRON は、他の OS とは異なり「仕様OS」と記述されていることに注意してください。これは ITRON はどこか一つの会社・団体が作っている OS ではないからです。例えば Nintendo Switch のコントローラ「ジョイコン」に採用されているのは「イーソル社が開発した ITRON 仕様の OS」です。イソール社だけで28%あるわけでなく、複数の ITRON 仕様の OS を合わせて28% です。それに対して VxWorks や QNX は一社なので、ITRON 仕様の OS の割合が大きくとも儲かっている会社はその一部しかない可能性があります。フリーの ITRON 仕様の OS は TOPPERS ではないかと思いますが、一体どこのメーカーの ITRON 仕様の OS が売れているんでしょうかね。
上の「組込みシステムに組み込んだ OS」には QNX や VxWorks といった有名な組込み用 OS の名前がありますが、下の「組み込んだ OS の API」では API 単位でまとめられており、さらに OS を使用していない割合が省かれています。OS のシェアなら前者だけで十分そうに思えますが、後者を別に設けた理由について、この項目が最初に追加された1999年度版によると複数の API を持つ OS が登場したためと以下の説明が記載されています。
この項目と次の項目については、前回までの調査から大きな変更を加えた。具体的には、前回までの調査では、OSの種類が決まればAPIは決まるという考え方から、組み込んだOSを問う項目の選択肢に「市販のITRON仕様のOS」や「自社用のITRON仕様のOS」を含めていた。ところが最近、複数のAPIを持つOSが増えてきており、特にITRON仕様のAPIと独自のAPIをあわせ持つOSが登場したことから、組み込んだOS(製品名)と用いたAPIを別々の項目で問うこととした。
ただし、複数の API を用いた例は(少なくとも当時は)少なかったため、設問自体は複数回答でありながら集計自体は「最も多く使用した API」のみを分析しているということです。また OS を組み込まない場合は省かれています。
次に、組込みシステムに組み込んだOSのAPIを問う項目では、単数回答でITRON仕様OSの比率が36.5%と最も多く、各種のOSの独自API(24.7%)よりも多くなっている。なお、この項目においても、回答比率が1%未満のAPIは「その他のAPI」に含めて集計した。
複数回答では、そもそも複数のAPIを用いたという回答自身が少なく、単数回答とほぼ同じ傾向となっている。そこで以下では、組み込んだOSのAPIとして、主に用いたものだけを使った分析結果を示す。
そのようにした意図は理解できなくもないですが、ややこしいことをしますね。結果として API にまとめた場合は ITRON 仕様の API が大きく増えています(※ は「組み込んだ OS の API」に OS 不使用を含める形に正規化したもの)。
| 組込みシステムに組み込んだOS | 組み込んだOSのAPI | ※ | |
|---|---|---|---|
| ITRON 仕様 | 38% (28% + 6% + 4%) | 55% | 48.95% |
| T-Kernel 仕様 | 20% (4% + 7% + 9%) | 17% | 15.13% |
| (上記の合計) | (58%) | (72%) | (64.08%) |
| POSIX・UNIX系 | 19% | 14% | 12.46% |
| Win32 | 5% (2% + 3%) | 8% | 7.12% |
| その他 | 7% (3% + 1% + 1% + 1% + 1%) | 6% | 5.34% |
| OS 不使用 | 11% (8% + 3%) | 含まず | 11% |
このような結果になる理由は「組み込んだ OS の API」からは、2番目以降に多く用いられた API が省かれているからでしょうか。ITRON 仕様がもっとも多く使用されているのは事実で順位が変動するわけではありませんが、「OS の API の割合」は「OS の割合」よりも強調され、実際に感じる OS のシェアよりも多くなっていると考えられます。
参考として「組込みシステムに組み込んだOS」のアンケートの実際の文面について、2011年度版(上)と2024年年度版(下)を以下に示します。選択項目に違いがある程度でそれほど大きな変化はなさそうです。「最も最近」または「直近」の意味は、直前に行ったシステム開発一つだけに限ると思いますが、複数選択可能であるため人によっては解釈の違いがありそうです。この文面からわかるのは、「組込みシステムに組み込んだOS」は OS のシェアではないということです。何台の組込み機器に組み込んだのかわからないですからね。
この設問に対して、最近(例えば1年以内)に関わった複数のプロジェクトで使用した OS を複数選択した場合、TRON 系仕様 OS は細かい違いで複数選択できるため、TRON 系仕様 OS に有利な結果が出てしまうことになります。
経済産業省の調査報告書との比較
経済産業省(経産省)の調査報告書の「プロジェクト責任者向け調査報告書」中には、どの OS を使用したかのデータが含まれています。
OS のシェアという意味では同様のものと言えるため、これとトロンフォーラムのアンケートの「組込みシステムに組み込んだ OS」を比較してみます。経済産業省の調査報告書の日付(2010年3月)はトロンフォーラムのアンケートの中間付近なので、その前後に行われたアンケート(2009年11月と2010年12月)と比較しています。
| 経産省 2010年3月 | 2009年11月 | 2010年12月 | |
|---|---|---|---|
| ITRON | 22.5% | 33% (22 + 6 + 5) | 35% (22 + 7 + 6) |
| T-Engine (T-Kernel) | 0.8% | 5% | 8% (4 + 1 + 3) |
| 上位以外のTRON仕様 | 0.8% | - | - |
| (上記の合計) | (24.1%) | (38%) | (43%) |
| Linux | 15.9% | 20% | 22% |
| Windows(CE以外) | 14.2% | 3% | 2% |
| Windows CE | 5.8% | 8% | 5% |
| 自社独自 | 4.6% | - | 5% |
| Linux以外のUNIX | 2.5% | - | - |
| DOS | 1.2% | 3% | 2% |
| その他 | 11.2% | 17% (6 + 9 + 2) | 11% (1 + 3 + 1 + 6) |
| OS 不使用 | 20.4% | 11% (9 + 2) | 10% (9 + 1) |
トロンフォーラムのアンケートは TRON 仕様 OS のシェアが多めになるだろうと予測していましたが、そのとおりだったようです。多めに出た理由は(Linux ではなく)「Windows(CE 以外)」と「OS 未使用」にあるようです。Linux はトロンフォーラムの方が多めにでています。ここからの推測は、Windows に興味がある人と組込み用 OS に興味がない人は、TRON に興味がないのではないかということです。念の為ですがこれは15年前のデータなので、今は傾向が変わってきており、特に OS 未使用は減っているのではないかと思います。ここで考えて欲しいことは、アンケート結果は調査方法によって違いがでるということです。経済産業省(経産省)の調査報告書は、各業界団体の会員企業に調査票を送付して調査したものなので、トロンフォーラムのアンケートよりも信頼できると私は考えています。
繰り返しますが、ここに挙げたのは「組込みシステムに組み込んだ OS」です。発表資料で公表されている「システムに組み込んだOSのAPI」は OS 不使用が省かれていることもあり、さらに TRON のシェアが多く見えるようになっています。
システムに組み込んだOSのAPI
トロンフォーラムでは、次のように TRON 系 OS の合計で約60%のトップシェアを達成したとあります。輝かしいことですが、そもそも「システムに組み込んだ OS の API」はなにを計測しているのでしょうか?
その結果、「組込みシステムに組み込んだOSのAPI」で、T-Kernel仕様APIやITRON仕様APIなどのTRON系OSの合計で約60%のトップシェアを達成しました。これにより、調査開始以来26回連続でTRON系OSが利用実績トップのOSとなりました。
まず、上記で「TRON系OSの合計」と書かれている理由はわかりますね? TRON OS は複数のメーカーが開発しているからです。つまり A社開発の TRON 系 OS、B社開発の TRON 系 OS、C社開発の TRON 系 OS、そういった複数の TRON 系 OS の合計が 60% であると主張しています。いや、ここでは「TRON系仕様の API」というのが正しいでしょう? ナチュラルに API のシェア から OS のシェアにすり替えられていますね。
26回連続で約60%のトップシェアを達成と書いてありますが、実は「システムに組み込んだ OS の API」は1996年度(1回目)から公開されたのではなく、1999年度(4回目)からの公開なので23回連続というのが正しいです。1996年時点でも同様の結果になったとは思いますが、2010年度に12年連続 と公表していたものが2013年度には18年連続に増えているのでモヤッとします。
次にどのような質問が行われたかについて確認します。次の設問は2011年度版のものです。質問は2段階(1段目は前述のやつ)になっており、まず、あなた(の会社)が最も最近開発された(または予定している)「システムに組み込んだOS(複数選択可)」を聞いてから、システムに OS を組み込んだ人に対して「用いた OS の API」を聞いています。
(前述の)「組込みシステムに組み込んだOS」が質問の前提条件
この設問が「システムに組み込んだ OS の API」」= OS のシェアの正体
「用いた OS の API」は2番目と3番目も聞いていますが、グラフでは一番目のみを集計しているようです。
この設問では、過去に別の OS を使っていても反映されませんし、別の OS を使った組込み機器の生産台数が多くても反映されません。さらに2番目以降に多く利用した API も反映されません。さて、この設問の意味をよく考えてみましょう。これは明らかに TRON OS のシェアではありません。「システムに組み込んだ OS の API」のシェアというのは、実際には、
「最近 TRON 系仕様 API を一番使った(または使う予定)」と答えた人が60%
でしかないということです。トロンフォーラムのアンケートにわざわざ回答するような人ですから、日本の組込みエンジニアで TRON 系仕様 API を最近使ったか、使う予定の人が60%(100人中60人)ぐらいいても普通なんじゃないでしょうか? それぐらいの人がいたからといって OS のシェアとは関係ありませんし、世界シェアとも関係ないのは明らかです。
「システムに組み込んだ OS の API」なんてわかりづいら言い方をせずに、アンケートの文言通りに「用いた OS の API」と書けばよいのではないでしょうか?「国内アンケート、26年連続で TRON系仕様 API を用いた人がトップに」と公表すればよいでしょう? そうすれば OS のシェアだと間違われなくてすみます。私は OS のシェア(組込み機器に組み込まれている割合)と間違われることを狙って、そう公表しているのだと思っていますが。
システムに組み込んだOSのAPI の推移
1999年度からの「システムに組み込んだOSのAPI」(実際には「最近 TRON 仕様 API を一番使った、または使う予定」と答えた人の割合)の推移は次のようになっています(2015 年度組込みシステムにおけるリアルタイム OS の利用 動向に関するアンケート調査報告書」の2015年までのグラフに2024年までのグラフを付け足したもの)。
全体として2010年頃までに「その他の API」を使っている人が減り、その分 TRON 系 API と POSIX 系 API を使う人が増えているように見えます。このグラフには含まれていませんが、API を使用していない人も減っていると思われます。2024年にその他の API が増えたのは(POSIX 系ではない)FreeRTOS のシェアが増えたからでしょうか? トロンフォーラムが調査開始以来、26回連続シェアトップと言っているように、TRON 系 API を使っている人の割合は安定してほぼ50%を超えていることがわかります。しかしながら、これは当然日本の話ですし、アンケートに回答する人の属性が大きく変化してないだけとも考えられます。ちなみに、以下の時点で設問内容は微妙に変化していますが、統計には大きな影響はないように見えます。
- 2001年
- システムに組み込んだOSを1つ(なぜか選択肢に ITRON 仕様 OS がない)
- 用いたAPIを多い順に最大3つ書く(「OS不使用」を含むグラフのみ)
- 2002年 - 2003年
- システムに組み込んだOSを1つ(選択肢に ITRON 仕様 OS が含まれている)
- 用いたAPIを多い順に最大3つ書く(「OS不使用」を含むグラフのみ)
- 2004年
- 最も最近開発されたシステムに組込んだ OS(複数回答)
- 用いたAPIを多い順に最大3つ書く(「OS不使用」を含む・含まないの両方のグラフ)
- 2005年 - 2022年
- 最も最近開発されたシステムに組込んだ OS(複数回答)
- 用いたAPIで最大3つから最も多いものを集計(「OS不使用」を含まないグラフのみ)
- 2023年 - 2025年(継続中)
スマホのOSはITRONが100%⁉️
言うまでもありませんが、スマホの OS は Android と iOS でほぼ100%を占めています。トロンフォーラムが公表している2024年の発表資料には、次のような「アプリケーション分野の組込み OS の API」も載っています。
これが正しいかどうか判断は難しいですが、一つおかしな項目がありますね。「通信機器(端末)」に組み込んだ OS の API が100% TRON 仕様というのはどう考えてもおかしいです。「通信機器(端末)」にスマホは含まれていないか Android は対象外なのでは?と思うかもしれませんが、以下にあるようにしっかりとスマートフォンや Android が含まれています。
ここから何がわかるのかと言うと、このグラフは「スマートフォンに採用されている OS」ではなく、設問のとおり、「アンケート回答者が直近の組込みシステム開発で使用した OS」でしかないということです。有効回答数が102しかなくグラフの割合から推測すると、多い項目でも20名程度しか選択していないと思われます。おそらく今回の回答者の中にはスマホ開発に関わった人がいなかったのでしょう。そして1人でも通信機器(端末)で TRON 仕様 API を使った開発をした人がいればシェア100%になります。アンケートの回答者が少ないということは、このようなあまりにもおかしな結論を生み出してしまうということです。
アンケートの設問には「個人用情報端末(カーナビ、PDA、電子手帳など)」「農業機器全般」「その他の業務用機器(業務用データ端末、キャッシュディスペンサ、自動販売機など)」「計測機器(オシロスコープ、ICテスタ、ガスメータなど)」「その他(?)の項目があるのですが、これらはグラフにはありません。おそらく回答者が一人もいなかったのでしょう。ちなみに2011年度版のグラフには、右に回答数らしき数字が書いてあります。例えば一番上の「通信機器(端末)」は ITRON 系 API を使っている人が100%なわけですが、たった3人の回答で判断しても良いものなのでしょうか? 割合だけを見ても実数がわからなければ判断できないという良い例です。2024年度版もアンケート結果の詳細を見ればこのようなことがわかるかもしれません。
結局のところ「アプリケーション分野の組込み OS の API」の意味も OS のシェアではなく。例えば2024年度の場合、「IoT 関連機器の75%で TRON 系 API が使われている」とは言えず、「IoT 関連機器を直近で開発した人が◯人いて、その中では75%が TRON 系 API を使っていた」 でしかないということです。
ITRON/T-Kernelは国外で知られていない
現在のアンケートにも含まれているかは不明ですが、2011年度のアンケートには ITRON / T-Kernel の要改善点が含まれており、その中で「海外の認知度が低い」は ITRON では 1位、T-Kernel は 3位(割合は2位と同じ)となっています。
海外での認知度が低くても、日本から輸出している製品に ITRON/T-Kernel が組み込まれていれば、海外での認知度は低くてもシェアが高いということはありえます。しかしそれから10年、日本製品のシェアは低くなっているわけで、アンケート結果でもそれがわかるような減りかたになっていないとおかしいはずです。つまりは公表している結果は OS のシェアを反映したものではないということです。
アンケート回答者数の減少による影響
この記事では回答者数が少ないことを問題視していますが、回答者数が減るとどういう影響があるでしょうか。以下にあるように、2010年度の回答者数は255人だったのが、2011年度では113人にまで大きく減っています。このデータを利用して考察してみます。
上のアンケートの回答者に対して、下の回答数が少ないのは「設計・開発・研究」をしていた人しか回答が不可能な設問だからでしょうか? 255 * 0.78 = 199、113 * 0.69 = 78 なのでそれっぽい数値にはなりますが、なんか釈然としませんね。
さて、アンケートの結果について、トロンフォーラムは「T-Kernel が増加している」と説明しています。確かに11%も増えていますが、本当にそのように考えて問題ないのでしょうか? ここでのポイントは2010年と2011年では回答数が大きく減っていることです。複数回答なので正確ではありませんが、1人が1つだけ選択したと仮定して人数を計算してみます。
| 2010年度 | 2011年度 | 差分 | |
|---|---|---|---|
| ITRON 仕様 API | 87人 (51%) | 39人 (55%) | 4%▲、48人▽ |
| T-Kernel 仕様 API | 10人 (6%) | 12人 (17%) | 11%▲、2人▲ |
| POSIX または UNIX 系 API | 27人 (16%) | 10人 (14%) | 2%▽、17人▽ |
| Win32 API | 21人 (12%) | 6人 (8%) | 4%▽、15人▽ |
| MS-DOS 互換 API | 5人 (3%) | 0人 (0%) | 3%▽、5人▽ |
| OSEK/VDX 仕様 API | 2人 (1%) | 0人 (0%) | 1%▽、2人▽ |
| その他独自の API | 19人 (11%) | 4人 (6%) | 5%▽、15人▽ |
このように人数を見ると ITRON 仕様 API を使った人は、シェアは4%増えていますが人数は逆に48人も減っており、T-Kernel 仕様 API を使った人は、シェアは11%増えていますが人数は2人しか増えていないことがわかります。もちろんこういう結果になったのはアンケートの回答者数が減ったからなのですが、これを見て一つの仮説が立てられないでしょうか? 「TRON に興味を持たない人がアンケートに回答しなかった」と。
2010年から2011年にかけて「組込んだ OS の API」の数は 100件 減っていますが、その減ったのが TRON 系 API 以外を選択していた人が多いと仮定しましょう。そうすると2011年のアンケート回答者は TRON ファンが濃くなるので TRON のシェアは増加します。実際にどうなのかはわかりませんが、割合だけを見て増えていると判断できても、回答者数に大きな変動があるため判断は難しいでしょう。
ちなみに先に挙げた「組込んだ OS の API」の推移を見ると2011年は TRON 系 API が10%以上増えて70%を超えていますが、次の年は10%減っています。2011年はアンケートの回答者数が大きく減った年です。何があったのかは不明ですが、元々の人数が少ないため数十人程度の違いで結果は大きく左右されてしまいます。アンケートの品質が重要であり、割合だけを見ていても気づきにくいことがあることを示しています。
減り続けるアンケート回答者数
以前はアンケートの回答者数はもっと多く(500人以上)いましたが、その回答者数は減少傾向にあるようです。これは「組込み技術者の中で TRON に興味を持っている人が減ってきている」とは考えられないでしょうか? 運がいいことにアンケートが行われた過去のイベント(JASA 主催の展示会)の参加者数がわかったので、アンケートの回答者数と共に割合をグラフにまとめました。イベントの参加者数は3日間の合計です。点がない所はデータがない(見つからない)ものです。
ソースとなる来場者数、回答数、回答率、展示会のウェブサイト URL(ここをクリック)
| 来場者数 | 有効回答者数 | 回答者数 | 回答率 | 展示会のウェブサイト (URL) | |
|---|---|---|---|---|---|
| 1996 | 64 | 4.75% | MST’96(?) | ||
| 1997 | 161 | 4.75% | MST’97(?) | ||
| 1998 | 14,058 | 307 | 2.18% | MST'98 | |
| 1999 | 12,405 | 421 | 3.39% | MST'99 | |
| 2000 | 16,889 | 564 | 3.34% | MST2000 | |
| 2001 | 14,785 | 250 | 1.69% | MST2001 | |
| 2002 | 16,741 | 425 | 2.54% | Embedded Technology 2002 | |
| 2003 | 19,201 | 386 | 2.01% | Embedded Technology 2003 | |
| 2004 | 21,309 | 393 | 390 | 1.83% | Embedded Technology 2004 |
| 2005 | 24,186 | 566 | 2.34% | Embedded Technology 2005 | |
| 2006 | 26,246 | 486 | 487 | 1.86% | Embedded Technology 2006 |
| 2007 | 26,643 | 366 | 1.37% | Embedded Technology 2007 | |
| 2008 | 26,892 | 506 | 1.88% | Embedded Technology 2008 | |
| 2009 | 22,117 | 352 | 1.59% | Embedded Technology 2009 | |
| 2010 | 21,988 | 255 | 1.16% | Embedded Technology 2010 | |
| 2011 | 28,538 | 113 | 0.40% | Embedded Technology 2011 | |
| 2012 | 28,419 | 277 | 0.97% | Embedded Technology 2012 | |
| 2013 | 23,984 | Embedded Technology 2013 | |||
| 2014 | 22,507 | 187 | 0.83% | EdgeTech+ 2014 | |
| 2015 | 25,077 | 190 | 251 | 1.00% | EdgeTech+ 2015 |
| 2016 | 25,654 | 232 | 356 | 1.39% | EdgeTech+ 2016 |
| 2017 | 25,281 | 100 | 139 | 0.55% | EdgeTech+ 2017 |
| 2018 | 26,607 | 124 | 154 | 0.58% | EdgeTech+ 2018 |
| 2019 | 23,035 | 77 | 115 | 0.50% | EdgeTech+ 2019 |
| 2020 | 66,625 | EdgeTech+ 2020 | |||
| 2021 | 17,837 | EdgeTech+ 2021 | |||
| 2022 | 22,081 | EdgeTech+ 2022 | |||
| 2023 | 33,128 | 66 | 72 | 0.22% | EdgeTech+ 2023 |
| 2024 | 32,427 | 99 | 107 | 0.33% | EdgeTech+ 2024 |
1996年度の回答者数は少ないですが、これは「ITRON関係に限定したため」と公式では考察しています(参照)。翌年も少ないですがまだアンケート実施の経験不足だったのでしょう。
今年度の調査において、ダイレクトメイル分の回収率は昨年度 (35.5%) よ りも低くなっている (昨年度はダイレクトメイルのみを用いた)。これは、調査対象を ITRON関連に絞り込み、組込み機器の開発技術者を想定してアンケ ートを作成したため、それ以外の人が受け取った場合にはアンケートに答えなかったためと思われる。昨年度の調査においても、アンケートの総回答数の内、ITRON関連の設問に回答したのは半分強に過ぎず、ITRON関連だけを考えると回収率は 18.3% となっている。つまり、ITRON関連だけを考えれば、昨年度よりも回収率は上がっているということができる。
今年度始めて、展示会におけるアンケート用紙配布やインターネットを用いた調査を行ったが、経験不足もあり、十分な効果を上げられなかった。特に 展示会での配布は、アンケート用紙が多くの資料の中に埋もれてしまい、(当 初から予想したことではあるが) 回収率的にはあまり期待できないことが分かった。
1998年度では「配布したその場で回答するようにお願いした」ことで回収率が大きく向上したとのことです(参考)。2005年度ではパソコンを使ったアンケートを実施しており、それにより回答者数が1.5倍になったとのことです。以降、どのようにアンケートを行ったかは不明です。
2009年度では回答者数が大きく減ったことを気にしており、次のように来場者数が減ったからでないかと考察していますが、2009年度以降のグラフや来場者数からもわかるように関係なさそうです。むしろ前年の2008年度がなぜか回答者数が多いと考えたほうが良さそうな気がします(2008年度はアンケート回答システムに不具合があったらしい)。
昨年度に比べ回答者が約30%減っている。これは、今年度のアンケートを実施した Embedded Technology2009 の来場者数(22,117 名)が、昨年度のアンケートを実施した Embedded Technology2008 の来場者数(26,892 名)より約20%減っていることが原因の1つと考えられる。
2011年度に極端に減っていることや2016年度に増えている点が気になりますが理由は思いつきませんでした。2011年度は唯一 TRON 系 API の使用者が大幅に増えて70%を超えているので関連性が気になります。アンケート方法の変化(粗品のプレゼントはいつからだろう?)や時代情勢(コロナ禍など)の影響も考えられますが、全体として回答者数も回答率も年々減り続けていると私は解釈しています。
私は TRON のピークは2000年代初頭で、2011年度以降は落ち目であると考えており、この結果は私の考えを裏付けるものとなったと考えています。余談ですが、以下の「JASA 30年史」(JASA は「一般社団法人 組込みシステム技術協会」でアンケートが行われた展示会の主催者)には1998年から2002年の間に、「μITRON・VxWorks」から「組込み Linux」の時代に変化したことが示されています。
JASA 30年史 より
アンケート結果の結論
- アンケートの内容は「OS のシェア」ではありません
- 60%とは「最も多く使用した API が トロン系仕様 API だった人の割合」です
- トロン系仕様 API を使用した製品が60%あるという意味でもありません
- 「OS の API のシェア」は「OS のシェア」よりも10%ほど多めに出る傾向があります
- 「OS のシェア」は経済産業省よりも10%多めに出る傾向があります
- アンケートは日本の会場で100人ほどが答えた結果です
- 国外の調査では ITRON のシェアは1%という結果もあります
- ITRON のアンケート回答者(ITRON への興味)は年々減少傾向にあると思われます
その他の補足情報
- ITRON の採用事例の多くは主に2000年代のものです
- JASAは2000年代にμITRONやVxWorksから組込みLinuxへ移行したような図を作成しています
まとめ
トロンフォーラムが主張する「シェア60%」の本当の意味を理解してから発表内容を読むと、ギリギリ嘘にならないように巧妙な書き方になっていなくもないんですよね。
その結果、「組込みシステムに組み込んだOSのAPI」で、T-Kernel仕様APIやITRON仕様APIなどのTRON系OSの合計で約60%のトップシェアを達成しました。これにより、調査開始以来26回連続でTRON系OSが利用実績トップのOSとなりました。
まず「組込みシステムに組み込んだOSのAPI」が何かを説明していないので、それが利用者の割合であっても嘘にはなりません。確かに「T-Kernel仕様APIやITRON仕様APIなどのTRON系OSの合計」は約60%です。「TRON系OSが利用実績」が組込み機器の採用実績とは言っていません。実際にはアンケートに答えた人が直近または予定する開発で 最も使用した API が「TRON 系 OS の API」だった人の割合でした。
たいていの人は「世界中で使われている組込み機器の60%に使用されている OS が トロン OS」だと勘違いするでしょうね。実際のシェアはわかりません。しかし、国外の調査で ITRON のシェアが1%しかないデータがある以上、60%を鵜呑みにすることはできないでしょう。













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