「なぜ私には厳しい記事ばっかりなんですか!」 「衣笠祥雄」が涙を浮かべて抗議した「山本浩二」との“差” ライバルへの思い【監督になれなかった名選手たち】
デイリー新潮配信
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主なヤフコメは?
- 衣笠選手は優しさとプロフェッショナル精神を持ち、子供たちの憧れの存在であり続けた人物として評価されていると考えています
- 衣笠選手が監督になれなかったのは、球団との関係性や多面的な能力が求められる狭き門であることが要因とされているという意見もあります
関連ワードは?
- 衣笠祥雄
- 連続試合出場
- プロ野球
コメント235件
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個人的にはエリートである山本選手よりも泥臭く人間味のある衣笠選手の方が好きでした。西本投手からデッドボールで骨折したにも関わらず怒ることも逆に大丈夫だと言いつつ一塁に歩いて行きました。翌日の試合では代打で出場しましたが痛みがあるにも関わらずフルスイングをして最初のスイングはデッドボールを当てた西本投手が今後萎縮せずに投球できるようとのことだったと言っていました。本当に野球選手としてだけではなく人間的に素晴らしい方だと思いますます。
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鉄人衣笠、小さい頃大好きな選手でした。子供の頃連続試合出場記録を更新した時の記念下敷きをもらい、ずっと使っていました。引退後も衣笠さんが解説をされている時はとても嬉しかったです。選手目線の優しい語り口が好きでした。だんだん痩せられて、声がかすれていて体調大丈夫なのかなと思っているうちの訃報でした。大人になって子どもの頃知り得なかった当時の色々な事情を知り複雑な気持ちになりました。この記事を読むと彼の気持ちを思い胸が痛くなります。江夏さんとの友情話触れることも多く、漢気があって優しい方だったのだろうと想像します。衣笠監督を見られなかったことが非常に残念です。
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衣笠さんが以前TVのインタビューで「プロ野球の選手はプレイ、行動、仕草も含めて子供の憧れの対象にならなければいけないのに大人特にマスコミがそれをわかっていない」と言われた場面がありました。まさしくその通りで、子供が憧れるからプロに選手になろうとする。だから、観客やスポンサーなどのお金が回るそれで、プロのスポーツとして生計を建てる選手が生まれてくる。その循環の根底となるのは、まずは子供たちの憧れから始まるもんだと痛感した。おそらく亡くなる直前の撮影だったのから多少元気はなさそうに見えましたが、あの鋭い眼光、インタビューアな対する重たい語りかけはさすが衣笠さんだなと思いました。
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衣笠さんに限らず、マスコミの報道により誤解されていた選手は多いと思う。 例えば元巨人の清原さんも豪快な印象がありますが、チームメイトの高橋由伸さんや上原さんは「清原さんはマスコミから番長と言われていたけど、実際は繊細で優しい先輩。頻繁に若手選手の相談に乗ってあげたり、打撃のアドバイスをするなど後輩の面倒みが良くとても慕われていた」と言ってました。 お二人とも印象とは違い優しい人だと思います。
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衣笠さんは本当に優しかった。そしてプロフェッショナルだった。 プロとして、子供たちの手本でならなければならない。 そのソフトな語り口と優しい眼差しの中にも『芯』を感じさせる方だった。 プロフェッショナルであり、紳士だった。 出来れば衣笠監督も見たかった。派閥など色んな物があったのだろうか。 とは言え、コージさんもミスター赤ヘル。お会いした事もあるが、オーラも有り、カープファンにとっては、やはり『ミスター』 コージさん、キヌさん、正に両雄だった。 もうあんな黄金時代は戻らないのかな…
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衣笠は山本浩二とライバルでもあり、往年の広島を支えた中心選手であることには変わりはない。衣笠も色々と不祥事があったようだが、果たしてそれが監督になれなかった要因とは言い切れない。どの球団もスター選手は、将来の監督候補には違いないが、選手時代とは違ってマネージメント能力、コミュニケーション能力、折衝能力など多面的な能力が求められる。またバランス感覚も必要である。もちろん運不運もあるし、トラブルを起こしたら球団のイメージダウンにもなる。勝つだけが求められているだけではない。それに誰もがなれるわけではない。同学年でプロに入った同期で2、3人しかなれない。狭き門である。
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子供の頃は、山本浩二、衣笠祥雄と2人ともミスターカープ、スターでした。 就職して広島在任中に、衣笠さんと親しい方に出会い、昔の話をよく聞きましたが、そりゃカープに残れないなと思った笑 入団当時から白のカマロで流川で暴れまくっていたとか笑 たまたま松山へ向かうジェット船で隣の席に、衣笠さんが、気さくに話しかけてくださり、サインも頂き、昔話のイメージじゃないけど、やっぱり元プロ選手以上のオーラを感じました。
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連続試合出場やデットボールを受けての対応により、後年はプロ野球界一の人格者の扱いを受けていたし、少なくとも記述されているようなダーティなイメージを持っている方を探す方が難しかったと記憶している。 コーチや監督になれなかったのはオーナーとの関係性と伺っていたし、何より広島を追われても関東のキー局で解説以外の仕事も含めて引っ張りだこだったのだから、一時代を築いても引退後露出の少なくなる名選手よりは誠実で人格者な部分がお茶の間に受け容れられていたのだと思う。
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衣笠と山本浩。野球少年にとっては、2人とも眩しいスターで〝差〟なんてありませんでした。 衣笠が西本(巨人)から受けた四球で骨折、連続試合出場が絶望視されました。西本は謝罪の電話をかけましたが、衣笠はあのあと内角を突けずに7−1のリードを守れなかった西本に「大丈夫だ。気にするな」と返しただけでなく「どうしたんだ!?君らしくない、もったいない」と一喝したそうです(試合は引き分け)。 翌日、代打で登場した衣笠は江川に全て空振りの三球三振に打ち取られます。そして、あの名言。「一球目はファンのため、二球目は自分のため。そして三球目は西本君のために振りました」。 何度、死球を受けてもすっくと立ち上がりユニフォームの土を払うと、投手に向かって「大丈夫」と手を挙げて一塁に走る衣笠。かっこ良すぎました。 ファンに愛され、組織に愛されなかったグレートだったのかもしれません。
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球場で入待ちや出待ちをして、山本浩二さんにサインをお願いするとサインをしてはくれたが表情は不機嫌そうなことが多かった、一方衣笠さんはいつも笑顔で気軽にサインに応じてくれた。その他にも何度か両氏のプライベートの表情を垣間見る機会があったが衣笠さんに対していやな感情は一度も持ったことがなく、ずっとファンだった。
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