高校の中学年向けの改訂版教科書の検定結果が出た。理科に着目すると「物理」「化学」「生物」「地学」のうち、地学の教科書は1社から1種類だけしか発行されていない。その背景には、これら4科目の中で地学の開設率が極端に低いことがある。しかし、地球や宇宙などを学ぶ地学が、高校生に人気がないとは考えにくい。地学はなぜここまで選択されないのか。その疑問の答えは理科教育の歴史をひもとくと見えてくる。
地学の履修はわずか0.6%
現行の学習指導要領では、高校理科は選択必履修科目である▽科学と人間生活▽物理基礎▽化学基礎▽生物基礎▽地学基礎――のうち、4単位の「科学と人間生活」を含む2科目または各2単位の▽物理基礎▽化学基礎▽生物基礎▽地学基礎--のうちから3科目を選択。その上に4単位の▽物理▽化学▽生物▽地学――が選択科目として設けられている。
今回の高校中学年向けの改訂版教科書の検定で、理科の各科目の受理点数を見てみると、物理が7点、化学が8点、生物が6点なのに対し、地学は1点のみだった。
地学の教科書を唯一発行する啓林館で、高校理科の教科書を担当する大梅健太郎第二編集部第三課課長は「小中高の理科の教科書を発行している啓林館として、4単位の地学の教科書をなくすのは忍びないものがある。何とか出したい気持ちを常に持って、今回も改訂版を発刊することにした。ただ、費用面の課題などもあり、将来にわたって発刊し続けるかというと、正直なところ分からない」と話す。
この背景には、そもそも地学を開設している高校が限られていることがある。
公立高校を対象に文部科学省が実施した2025年度の教育課程編成・実施状況調査によると、全日制普通科などにおける理科の各科目の開設状況は、物理や化学、生物に比べて地学が顕著に低くなっている(=グラフ)。
さらに履修状況をみると▽物理 22.9%▽化学 34.9%▽生物 19.3%▽地学 0.6%――と、その差は歴然だ。
日本が世界初の地学のナショナルカリキュラムを確立
なぜここまで、開設する高校や履修者が少なくなってしまっているのか。
地学教育の歴史に詳しい甲南大学理工学部地学研究室の林慶一名誉教授によると、明治時代の旧制中学校で行われていた理科は西欧からの流れをくむ博物学が当時の最先端で、生物学や地学を中心にしつつ、まだ新しかった物理や化学も学ぶような体系だった。
明治の終わり頃に帝国大学への進学を前提とした旧制高校が成立すると、理系では急速に学問的な発展を遂げていた物理や化学を学ぶ傾向が強まった。その一方で、文系は依然として博物学的な内容がメインだった。
さらに昭和に入ると、旧制高校の理系は甲類と乙類に分かれる。理学部や工学部を目指す甲類は物理と化学を、医学部や農学部に進む乙類は生物と化学を重視するようになった。
そして終戦を迎えると、日本の理科教育は大きな決断を迫られる。占領によって日本の教育制度が米国の影響を受けて大きく変わろうとする中、当時の東京帝国大学の教員らを中心にして地学教育を体系化する動きが起きた。この時、研究分野としては物理学に属する天文学も教育分野では地学に位置付けられるようになり、現在の地学教育の基礎が固まった。
日本では理科(自然科学)と言えば物理、化学、生物、地学の4領域を指すが、それはこの時確立したものだ。地学をナショナルカリキュラムとして整備した国は日本が初めてだった。
1960年に告示された高校の学習指導要領では地学も2単位ながら必修科目となっていた。しかし70年告示の高校の学習指導要領以降、多様化の流れの中で理科の科目を選択必修とする傾向が強まると、もともと高校現場では確立されて間もない地学を独立した科目として教えることに消極的だったこともあり、地学は次第に選ばれなくなってしまった。大学入試でも理科の科目は物理、化学、生物から出題されることが多かったため、進学を重視する高校ほど、地学を開設しなくなっていったことも拍車をかけた。
地学は、地球や地球を取り巻く環境を、地質や気象、宇宙の成り立ちなど、大きな時間・空間で捉える。これは物理や化学、生物にはない特徴だ。災害や地球温暖化などを考える際も地学の見方・考え方が欠かせない。林名誉教授は「地学を必修にするのは難しいが、地学の内容を含め理科の内容をバランスよく扱った科目を必修にして、全ての高校生が地学の要素を学べるようにしてほしい」と呼び掛ける。
そこで課題になるのは、地学を教えられる教員の育成だ。日本地学教育学会では論文や刊行物、学会、シンポジウムなどを行っている。同学会会長で兵庫県立大学大学院地域資源マネジメント研究科の川村教一教授は「学会は地学の授業をするために必要な技術や知識の伝承の場であると同時に、デジタルコンテンツやAIの活用など、新たな地学教育を開拓しつつ、地学教育を続けていくための情報提供の場だ」と強調する。
地学教育の必要性は国会でも話題に
この地学の問題は最近の国会でも取り上げられている。3月4日の衆院文部科学委員会で国民民主党の西岡義高議員は、地学を開設する高校が少ないことを指摘。「国民全体の地学リテラシーを向上させることは、昨今の自然災害が頻発している状況では必要なことではないか」とし、他の理科の科目と同等の位置付けにすべきだと松本洋平文科相に迫った。
これに対し松本文科相は「地学は何でこんなに少ないのかな、と私も同様に思う」と一定の理解を示した一方で「子どもたちの自由な選択をわれわれが強制することにもいかないということもある中において、地学というものに対してどのように興味を持ってもらうのか、教える内容、学ぶ内容というものの意義や楽しさを子どもたちにどうやって伝えるかは、とても大切な事柄だと思っている」と答弁した。
松本文科相は「子どもたちの自由な選択」と答えたが、現状は多くの高校生が地学を選択したくてもできない。次期学習指導要領や高校改革を進める中で、オンライン授業で地学を選択できるようにするなどの取り組みが考えられてもよいのではないだろうか。