石川優実さんが「フェミニズム教」の信者化している件
フェミニスト VS アンチフェミニスト戦線2025
2025年が始まって2カ月と10日が過ぎた。
2025年になっても、フェミニストとアンチフェミニストは争いを続けている。
だが、そのフェミニストとアンチフェミニストの争いに2025年1月頃から一つの大きな変化が起きていると感じた。
フェミニストから東洋水産へのWebCMへの攻撃
その変化が表立って出てきたのは2025年2月中旬に東洋水産がWeb限定CM(つまり、TVでは放送しないTwitterやYoutubeを見ている人だけに向けた限定CM)として公開した「赤いきつね」と「みどりのたぬき」のCMにフェミニストが攻撃した件だった。
フェミニストは「赤いきつね」のCMが性的だと批判し、遠回しな言い方でCMの公開中止を東洋水産に求めたのだが、東洋水産はフェミニストからの攻撃を完全に無視し続けるという対応をした。
この騒動(東洋水産側が無視したため騒動にすらならなかった)は、フェミニスト側の完全敗北と言える結果に終わった。
フェミニストが世の中から無視される時代の到来
こうした、「フェミニストが世の中から無視される時代」は一体何故到来したのか?
その答えは下記の通りだ。
左翼・フェミニスト側は、右翼・アンチフェミニスト側から対話や議論を求められても 「思想的に対立する相手とは対話・議論は行わない」 という拒絶・断絶を続けて来た
結果、左翼・フェミニスト側と右翼・アンチフェミニスト側の間では分断が極まり
右翼・アンチフェミニスト側も
「そっか、左翼・フェミニストがそういう態度ならこちらも対話・議論する必要ないね」
と左翼・フェミニストを切り捨てた結果、「フェミニストからのクレームを無視する企業が増えた」
今後、フェミニストのクレームを無視する企業はどんどん増えていくだろう。
フェミニストが逆転勝利する方法
実際、東洋水産に完全敗北したフェミニスト達は、今度は三重交通にクレームをつけているが、三重交通からも完全に無視されている。
上記のポストで述べられている様に、「フェミニストが世の中から無視される時代」から、フェミニストが勢力を盛り返すためには同和やしばき隊のように、異論者の自宅や会社に押し掛けるというリアル社会での力技を使うしかない。
だが、同和やしばき隊と違って女性の集まりで構成されたフェミニストは、女性の集まりであるがゆえに「(リアル社会での)力技」を使えないという弱点があるから、フェミニスト達はこれから先粛々と滅びていくことになるだろう。
「フェミニズム教」の信者化した石川優実
こうしたフェミニストの大敗北が続く中、フェミニスト達の間で流行っているのがフェミニズム(feminism)の宗教化だ。
フェミニズムは「考え方の一つ」でしかない
フェミニズム(feminism)等の語尾に「-ism(イズム)」が付く名称は「思想を指す名称」である。
つまりフェミニズムというのは「考え方の一つ」でしかない。
「考え方の一つ」であれば、別の考え方が生じた時には簡単に捨て去っても良いものである。
しかし、その「考え方の一つ」でしかないフェミニズムを「考え方の一つ」から「信じ続けなければならない物」「捨ててはならない物」としてフェミニスト達の大敗北を認めず信じ続けているフェミニストが一部に存在する。
その代表例が石川優実さんだ。
最近の石川優実さんのポスト
最近の石川優実さんのポストを見ると。
「フェミニズムとは世の中の真理であり、それに目覚める事ができた自分は幸運であり、フェミニズムに目覚める事ができない人は不幸である」といった主旨の発言(画像参照)
「フェミニズムに目覚める事が出来ていない人は時代の流れに取り残されている、フェミニズムに目覚める事が出来た私は未来に生きている」という主旨の発言(画像参照)
「フェミニズムに目覚めることができない人は、世の中の真理が解らずに永遠に苦しみ続ける」という主旨の発言(画像参照)
等、「フェミニズム」を何らかの宗教の教典のように捉えている発言が散見されるようになった。
まるでかつてのオウム真理教の信者の様に見える。
思想の一つでしかない、簡単に捨てる事ができるのが長所でもあり短所でもある物を、石川優実さんは「自分の中で教典化」し、その教典を信じていれば自分は救われるし未来の世界に生きる事ができるとまで考えてしまうようになったようだ。
正に「フェミニズム教」の信者化した石川優実、と言える。
2025年3月9日の石川優実さんのポスト
最後に、「フェミニズム教」の信徒と化した石川優実さんが2025年3月9日(2025年国際女性デーの翌日)に投稿したポストを最後に紹介して、本記事の締めにしようと思う。



コメント
3良記事ありがとうございました。拝読させて頂きました。
フェミニズムに救いを求めてる格好ですよね。確かに信仰化していると思います。
kootooでしたっけ?あれで自分が教祖になろうとしたのだけど、そこまでの広がりにならなかったからもがいてる気がします
三品純様
コメントありがとうございます。
そちらの記事普段読ませて頂いています。
今回私はこの記事を例の「うんコール」が話題になるより前に書いていて
この記事を上げた後に例の「うんコール」が話題になっていました。
そして、例の「うんコール」の話を三品さんや他にも記事にしている方が居たのを見て
例の「うんコール」の根本はこういう話ではないかなと思ったので
コメントにこちらの記事を書かせて頂きました。
現実と思想が乖離している場合、通常の人は思想側を修正する必要があると思いますが、思想が教義となっている人は、思想側が変えられないので現実側を変えようとするんですよね。