〔PHOTO〕iStock
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このことは、現代の男性性一般を考えるにあたって鍵になるのではないか。私はそう考えて、男性性論『新しい声を聞くぼくたち』(講談社)をこの度上梓した。

バネット゠ワイザーが述べた通り、私たちは男であれ女であれそれ以外であれ、新自由主義的な資本主義という大状況を共有し、それによってさまざまな苦しみを受けたり、場合によっては解放を得たりしている。だがもちろん、同じ状況を共有しているからといって、男性と女性が同じ経験をしているわけではない。男性がマジョリティであることは確かなこの世界で、経験のあり方にはやはり非対称性があるのだ。

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本稿で述べた通り、一部の男性はそのような非対称性を見るのではなく、この世界を男女平等がすでに達成された社会として了解し、反応するのだが、それは苦しみの真の原因(例えば新自由主義的資本主義)を別のもの(ポストフェミニズム的女性という藁人形)へと転嫁するルサンチマン的な反応になってしまっているかもしれない。

重大な問いは、では、正しく世界を認識して苦しみの正しい原因をつかみ、「有毒な男性性」を脱ぎ捨てることを個々の男性に求めればそれでよいのか、ということである。おそらくそれだけでは不十分だろう。そこには実のところ、現代の新たなミソジニーのもう一つの重大な局面が隠されている。

それは、男性内部での分断である。上に示唆したように、新しいポピュラー・ミソジニーは、女性だけではなく、男性から男性に向けられてもいるかもしれないのだ。新たなポストフェミニズム的状況に自らの主体を調整して適応させる「強さ」を持った男性と、それができない男性との間の階級分断。これを解除するにはどうすればよいのか。

この続きは拙著をお読み頂くとして、冒頭で述べたような女性専用車両への反応の背景にはそれだけの「構造」が横たわっており、その全てを変えていくことこそが、フェミニズムの問題なのである。

【参考文献】
●Banet-Weiser, Sarah. Empowered: Popular Feminism and Popular Misogyny. Duke UP, 2018.
●McRobbie, Angela. The Aftermath of Feminism: Gender, Culture and Social Change. Sage: 2008.
●上野千鶴子『女ぎらい──ニッポンのミソジニー』朝日文庫、2018年
●河野真太郎『新しい声を聞くぼくたち』講談社、2022年
──────『戦う姫、働く少女』堀之内出版、2017年
●ケイト・マン『ひれふせ、女たち──ミソジニーの論理』小川芳範訳、慶應義塾大学出版会、2019年

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