これはやがて自分の身に起こるかもしれないことであるだけでなく、家族や、友人にも起こりえることでもある。私の友人でもすでにかなり進行した認知症の人がいる。身体能力は衰えていない、健康そのもの。しかし、完全に記憶によってたばねられている自分がほどけてしまっている人がまわりに3人ほどいる。
『自分は大丈夫かな?』と、みずから短期記憶を鍛えている。ひとつは英語の時事単語を記憶すること。どうするかというと、紙に書いて何回も繰り返して覚える。『こどもがはじめてのお使い』で、ニンジンとケチャップと繰り返して唱えながらお店まで行くようなものだ(爆)。
駐輪場の番号を覚える。自転車を引き出したら即座に忘れる数字ですが、駐輪している間の半日忘れないようにこころがける。食生活に気を付ける。などなど。ナッツ類がよいというので、アーモンド、カシューナッツ、クルミなどを豆腐にかけたりする。薄い田楽味噌のようなものをつくって豆腐にかけ、そこへナッツの粉末をかけると美味。
さらなる秘技は自転車で移動中、歌を歌うこと。イヤフォーンをしている人は修行が足りない。人気のないところへ来ると英語の歌を歌う。英語の歌詞を覚え、声を出すことでのどを鍛える。高齢者の大きな敵のひとつが”誤嚥”ですから、歌を歌うことは良いトレーニングになる。記憶力を鍛え、のどを鍛える。
昨日は最新の歌、ビイ・ビイ・Cを揶揄する歌を歌っていた。ちゅーとーのシューキョーでは犬を憎悪しているのだが、ビイ・ビイ・Cで、彼らIMINのために、ドッグ・フレンダリーなカフェや公園から犬を締め出し、郊外の野原で犬を散策させるのも制限して、豊かな英国の田園から犬を締め出し、IMINの人たちが英国の郊外の自然を愉しめるようにしよう、という放送をした。さらにいくつかの犬種は断種するべしという。これに犬好きの英国人が反発した。なかなか気が利いている歌詞で、曲もよい。
”ビイ・ビイ・C on dogs again, seriously they have no brains
14 thousand years together, this wokeist storm we will weather
Dogs are not hypocrite, nor useless jurno no halfwits
Don't pander to the crazy few, we'd rather say screw you
Dog friendly spaces are great. Caine friends do not hate.
Coffee shops and open parks don't make our future grim and dark
Dogs are loyal, dogs are blessed, dogs are our companions best.
Cancel dogs you say again, you are on a useless crazy train.
Youtubeで聴けます。Amelia Dog Damn B・ビー・Cで出ます
高齢者はとくに、犬やねこを相手にしていると、癒されると言われている。最近は認知症の人のためのロボット犬も開発されたという。そういう話、手塚治虫の火の鳥に出てきたように思いますが、ムーピー、あれはロボットではなく生き物だったか?
私は英国へいるときに、たまに犬の保護施設に行った。お金を払って犬を散歩させる。飼えない人で犬好きがしばらくのあいだ犬と一緒に居られる。犬と相性が良かったら、連れて帰ることも出来た。
英国の骨董の露店市にゆくと、だいたい老人が犬を連れて座っていたのを思い出す。日本でも英国でも、縄文人は犬を家族同様に扱い、ケルト人も犬を特別な存在として数千年扱ってきた。チュート―では預言者の妻がベッドの下に仔犬を飼っていたために、大天使が約束の刻限に来れなかったという。犬は人間の見えないものを見ることが出来ると私は思いますね。犬は散歩の途中で、よからぬ気配を感じると察知しますから。大天使が犬を嫌がるというのが私はよくわからない。
友人が認知症の親御さんの介護で疲れてしまっていて、気分転換に遊びに来た。睡眠薬をのまないといけないくらい精神的に参っているという。
じつは先日、認知症の本を買いました。『マンガでわかる認知症の人が見ている世界』という、文響社と言うところから出ている本。認知症に関するマンガの本とかは他にもありますが、この本はずば抜けてわかりやすい。私は眼からうろこでした。認知症の人が高齢化社会の中で増える中、どう接したらよいかの指針として、こうした本を読んでおくのはたいへん有益だと思います。
高齢化すると、耳が遠くなるだけでなく、人の話が速く聞こえるという。(2倍速で聴いている感じ)私も出来る限り、速度を押さえて明瞭に発音するように、高齢者の前ではこころがけている。一方、私がトロくなっていないか、このあいだ若い友人(30代)に訊いた。『話し方スローになっていません』と言われた。ただ、自分で自覚があるのだが、若者としゃべっている時は、私の話す速度も上がっているのを感じる。人間は相手の速度に自動的にシンクロさせるのではないか?その意味でも、ある程度の年齢に達したら、違う世代と接触するのがよい刺激になると思う。