ヴァンガード誕生秘話 ― あの現場のリアル・外伝3.5話 今だから語れるディメンション・ゼロの真実!「囲碁や将棋より麻雀が流行る理由」
★この記事は第三回と第四回の間に挟まる、外伝です。
ヴァンガードは知ってるけどディメンション・ゼロは知らないって人も、是非読んでみて下さい。
ゲームデザイナー、中村聡は天才である!
発想の幅が広いだけでなく、計算が異常に早く、カードゲームにおいては常に的確に最善手を打つ。
伊達にMTG日本人初のアジアチャンピオンになったわけではないのだ。
現在、ヴァンガードの誕生に関する逸話を皆さんにお読み頂いている途中ではありますが、その前に、中村氏が如何に
「カードゲームのデザインだけでなく、選択肢の多いゲームのプレイングにおいて天才的か」
を説明しておく必要があります。
なぜなら、続く第四話は、
「天才ゆえにアホの発想に至らず、天才ゆえにアホに寄り添う決断をしたゲームデザイナーの話」
になるから。
ではまず、ゲームデザイナー「中村聡」をご存じない方のために、漫画「デュエル・マスターズ」「デュエルジャック」に「NAC」として登場していた頃の勇姿を御覧いただきましょう。
大体、どういう人か解って頂けたと思います。
★真面目な中村氏の紹介
中村聡(なかむら さとし)は、日本を代表するトレーディングカードゲーム(TCG)プレイヤーおよびゲームデザイナーで、マジック:ザ・ギャザリングの初代アジアチャンピオンとして知られています。
KONAMIから発売された幾つかのTCGのデザイナーとして活躍。
漫画・デュエル・マスターズの棋譜作成担当、アドバイザーとして活躍。
初期デュエルマスターズの世界観設定、モンスターデザイン設定などを担当。(アーマード・ドラゴンも中村さんの創造物)
その後ディメンション・ゼロを介し、ブシロード製TCGの多くを開発しています。
さて。ヴァンガードの開発は2009年。時計の針を巻き戻し、2005年、株式会社ブロッコリーから「ディメンション・ゼロ(開発・中村聡)」が発売された年に戻ってみましょう。
2005年当時の、「運ゲー否定論」は、非常に大きなムーブメントでした。
小学生の時に遊戯王とデュエマを始めた少年たちが、ちょうど中高生になった結果、
「もう運ゲーは嫌だ!実力で決着がつくカードゲームがしたい!」
と考え始めたのです。(全員ではない)
ディメンション・ゼロは、当時のそういった機運に応えて開発されたTCGです。
令和に住む未来人である皆さんにとっては、
「あっちゃ~止めときゃいいのにwww」
と思われるでしょうが、これも歴史!
当時のTCG市場には実験が必要だったのです。
日本発の賞金制カードゲームとして発売したディゼロの第1弾は、ほとんどのカードショップが取り扱う程度にはヒットしました。
ポイントはいくつか。
◯マジで運ゲーじゃないTCGに触れてみたいという需要があった。
◯TCGは幼稚な趣味だと考えられていたので、「賞金が出る」のは、そのゲームを始める外聞的な理由になった。
◯木谷社長率いるブロッコリーには、TCG運営の実績と信頼があった。
◯当時「デュエルマスターズ研究所」や裏日記で知名度のあった「池っち店長」が、制作に関っている新作TCGという話題性があった……と思う。少しは。
◯NACが作ったTCG、という期待感はあった。
当時、一部カードゲーマーの間に、
「カードゲームなんて運ゲーじゃん!マジないわ~。俺実力あるのに引きが悪くて負けた時はマジ萎える」
という傾向があったのは事実でした。
意地悪な言い方をすれば、そういうプレイヤーに限って、環境デッキのコピーしか回しておらず、はたから見れば
「そりゃ環境コピー同士で戦ってりゃ、最低限のプレイング以外は運の要素しかなかろうよ。」
というものでしたが……これ、フラグね。
ぶっちゃけて言えば運ゲーが嫌なら最初っから、囲碁や将棋をやってれば良い訳で、それに対してトレーディングカードゲームは、
「運によって勝ち負けが左右されて、自分が勝った時は実力、負けた時は運のせい」
だと考えることができて、自分のプライドを守れる所が、変にツッパった中高生にとって優しい世界だったんですね。
もっとも、多くの人はTCGのそんなところをちゃんと理解して、愛していたと思います。
運で勝てるから、皆が幸せ。
実力だけで決まる世界より、運の要素があったほうが、誰にもチャンスが有る。囲碁や将棋より、麻雀をプレイする人のほうが多い。
さあ、そんな、TCGという、
「デッキと手札と引きがある時点で運の要素が絡むゲームで、如何に実力ゲーを作るか」
という命題を突きつけられた中村聡氏は、現代においてなお「名作」と語り継がれるTCG、ディメンション・ゼロを完成させます。
光栄ながら私はテストプレイヤーの一人として関与させていただき、運営でも「公式シニア・アドバイザー」(和訳すると「意見するオッサン」)として関わらせていただきました。
……だから知ってるんですよ。「数字」を。
第1弾はかなり売れました。ほとんどのカードショップが取り扱い、半数の店はシングルカードを取り扱うレベル。
新作TCGとしては大成功です。
ゲームシステムについては、ここで説明すると長いので割愛しますが、触った人間全員が唸るような、
「これを運ゲーだと言うと、頭悪いヤツと思われるぐらい」
の、選択肢が無限と感じられるほど多い、奥が深すぎるゲーム性を持っていました。
某、UFOに乗ってるカードゲームアナウンサー的に言うと、「デュープが深い!」って感じですね。
◯どうしてもルールを知りたい、という方はこの動画をご覧ください。
最初に無駄話が入るので、2分からご視聴下さい。
■ディメンション・ゼロルール解説動画
https://www.youtube.com/watch?v=Cnqr1Yo_NDs
当時、「2ちゃんねる」が全盛期でしたが、何でもかんでもイチャモンをつける2ちゃんねらーも、「ディメンション・ゼロは馬鹿にしづらい」という空気があったほどです。
そんなディメンション・ゼロの第一回グランプリの結果ですが、
「マジでプレイングの上手い人間が勝った。」
という説得力のある実話として、現在もブシロードでカードゲームの開発に関わるメンジョー博士(カーキン動画でのコスモМ)が、当時中学生で上位入賞し、賞金を得た、という話もあります。
……そして、そんなグランプリにも出場した実力派のプレイヤー達も、中村さんとの親善試合ではボコボコにされたという逸話も……
あのですね、普通、
「そのゲームを作ったデザイナーだから強い」
とは限らないんですよ。
拙作ゲートルーラーも、かなり構築ゲー、プレイングゲーなんですが、僕全然勝てないもん(涙)。
ゲームを作る才能、デッキを作る才能、デッキを回す才能、全て別のものなんです。
しかし中村さんは、トッププレイヤーとの試合でも、圧倒的勝利をキメた。
ゲームデザイン、デッキ構築、プレイング、全部持ってる。
改めて言おう。中村聡は天才である、と。
まず、これを理解しておいたうえで、続く「ヴァンガード誕生秘話 ― あの現場のリアル」の第四話を読んでいただきたい。
読むと、
「ああそうか、中村さんは頭が良すぎたから、最初は“こう”だったのか……!!」
と、得心が行くと思います。
今回は外伝、ディメンション・ゼロの話なので、その後のディゼロがどうなったかをお話して、終わりましょう。
ディメンション・ゼロは……
「第1弾はヒットしたのに、なぜか2弾から売上が半減して、そのまま逆転できなかったTCG」
です。
これが社会実験として、非常に興味深いんです。
まず、ディメンション・ゼロにとって、手札など情報の一部にしか過ぎません。
敵味方のエナジー数から導き出される「自分と相手の打てる選択肢の数とそのバリエーション」。
相手の手札の枚数から予想できるあらゆる選択肢と、自分の対応策。
盤面のユニットを、前進させるか否か。“プラン”を作成するか否か。
あらゆるプレイングを、
「自分のターンにすべきか、相手のターンにすべきか?」
(ディゼロは、ユニットのプレイすらインスタントタイミングだったのだ!)
頭めっちゃ使う。1試合すると、脳が1割痩せるようなゲームでした。
コスモМが言ってたように思うんですが、
「魔轟神デッキはディメンション・ゼロの30%ぐらい頭使う。」だそうです。
(逆説的に、魔轟神デッキの難しさを表していたのですが、要はディメンション・ゼロは他のTCGとは簡単には比べられないって事です。)
そんなTCGが世に放たれ、
「環境デッキのコピーを握って自分が強いと思っていたプレイヤーはどうなったか」
ですが……
綺麗にフラグ回収です。
「お前が強かったんじゃない。デッキが強かっただけ、と“分からせ”られた。」
ディメンション・ゼロで負けた時って、「運のせい」にはできないんですよ。
それまでに、1試合の中で何回も「自分で選択したシーン」があるので、
「4ターン目の一歩前進が悪手だったか…?!」
とか、
「5ターン目に何も考えずプラン作成した自分を殴りたい」
とか、色々気付かされるんです。
つまり、負けた試合が、ゲームの盤面が、
「負けたのはお前のせい。」
「弱いのはお前。」
という事実を突きつけて来るんです!
環境デッキを握って「運で負けるとマジ萎えるわー。運ゲーはクソ」と言ってた人間が、ディメンション・ゼロに挑戦した結果ボッコボコに分からせられた。
「運ゲーじゃないゲームをしたい」という需要に、真っ向から応えて、コピーデッキで勘違いしていた人達のプライドを、粉砕してしまったんです。
そして当然、「本当に手応えのあるTCGを求めていた人々」からは、大絶賛されました。
その結果。
ディメンション・ゼロのブースター、第2弾の売上は急落。第1弾の半分になりました。
……普通、第二弾の初動って、第1弾よりよく売れるんですよ。
第1弾が何回か、尻上がりに売れていって、ユーザーが増えて行って、第二弾は最初っから一気に売れる。
しかしディメンション・ゼロはそうならなかった。なぜか。
勝てなかった人の多くが、やめてしまったからです。
悪い言い方をすると、「逃げ出した」んですね。本当に悪い言い方ですが、一番事実を表している言い方だと思います。
ぶっちゃけて言うとね。
僕も、全然勝てなかったんですよ。ディメンション・ゼロ。
ゲームとしては大好きでした。けど、プレイすると全然勝てないんですよ。
僕にとってTCGで一番楽しいのは、デッキ構築。
自分が構築したデッキを広めるのが大好きで、実際、デュエマや遊戯王で当時、僕の作ったデッキは面白くて、強かった。だからデッキ紹介記事が爆発的に読まれていた。
(まだカーキン動画を作っていなかった頃です)
だけどプレイングは苦手。ディメンション・ゼロはガチのプレイングゲーでした。
だから、野試合でプレイしまくったかと言うと、正直それほど多くはない……暇がある時気軽にプレイしたいのは、やっぱりデュエマだったんですね。
流石に、他のTCGの数倍頭を使うわ、ベストを尽くしても勝てないわで、プレイするモチベーションは続きませんよ。
勝てる人間や、負けても、負ける過程を楽しんだり、試合後の感想会を楽しめる人間でないと、ディメンション・ゼロを続けることはできなかったと思います。
マジで、囲碁や将棋で負けまくっても、強くなるために続けることできるようなストイックな人。そんな人でないと、ディメンション・ゼロは続けられなかった。
その結果が、2弾の、「いきなり売上半分」。
その後、少しずつ減っていくユーザー数を回復することはできず、多くの人が「名作TCG」と認めていたにも関わらず、「商業的には弱点のあったTCG」として、ディメンション・ゼロはサ終します。
例えば、学校でね、
クラス内で何かが流行るとするじゃないですか。
で、「名人」が生まれると、そのブームは終わるんですよ。
強さの格付けが決定したら、その遊びは終わりなんです。
だけど、遊戯王とかデュエマは、新しいカードが発売すると、強いカードを手に入れた子供が下剋上できる。
ランキングが常に変わる可能性がある。
そういう所って、TCGが長く子供達にも愛された原因だと思いますね。
ディメンション・ゼロはそうならない。コミュニティがあったとして、三弾の頃には……もう、覆らない格付けが決定してたんじゃないかな。
という訳で、纏めます。
今でも時々、X(旧ツイッター)などで、
「カードゲームは運ゲー。運に頼らない、ガチのゲームがしたい」
というツイートを見かけますが、ひとつの歴史がそれを否定しています。
正確には、
「ディメンション・ゼロという、正に君が求めるような名作TCGがあったけど、運ゲーじゃないTCGは、商業的には失敗したんだ。」
という話ですね。
因みに、木谷社長はこれを教訓とし、ブシロードを立ち上げた際には、
「どうか皆さん、運ゲーだと言ってほしい!」
とヴァイスシュヴァルツを出したんですが、それはまた別の話。
(そしてヴァイスが本当に運ゲーかどうかも別の話)
さて、長い「脱線」でした。
「ヴァンガード誕生秘話 ― あの現場のリアル」の続きに行きましょう!
脱線が長かったから、第三話の内容、忘れちゃいましたね(笑)。
もう一度第三話を読み直してから、第四回に行くとしますか!
※本記事は当時の記憶に基づいており、表現には一部演出が含まれます。


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